「豊聡耳様、魔界からのお客様をお連れしましたわ」
「ほう…青娥、ご苦労」
これが豊聡耳神子…戦力として警戒が必要なのは邪仙も含めて4名。
「よくぞ参られた。私がここ神霊廟の主、豊聡耳神子だ」
「魔界の創世神・神綺様に仕えるメイドの夢子と申します。そちらのお二方もお名前を伺っても?」
「うむ、我は物部布都。太子様に仕える尸解仙じゃ」
「おいっ!?魔界人相手にそんな簡単に…」
「ご安心下さって結構ですよ。名前を利用した魔法の心得もありますが、会談の相手へ実力行使に出る気はありませんので」
「…太子様、信用できるのか?」
「ふむ、少なくとも魔界人ということに嘘は無い。外部から意図的に十欲の幾つかを消し去られたように感じる…人の世で生まれるような存在ではないからな」
―――そういうことね。先輩が徹底的に避けていた理由はこれだけで理解できた。
読心系能力…先輩にとって戦闘での相性は非常に良いけれど、潜伏生活を送るには最も警戒するべき相手。己の能力を無効化出来る存在の情報を集めるのは当然のことなのだから、余計な情報を与えないよう隠れ続けていたということ。
「蘇我屠自古だ。見ての通り亡霊やってる」
「よろしくお願いします。
それで、私の目的は理解していただけましたか?」
「すまないな、私の能力は貴公のように『欠けている』者に対しては精度が落ちる。憶測で対応するには重過ぎる案件であろう?要求は正確な言葉にしてもらいたい」
「それでは遠慮なく。
摩多羅隠岐奈の介入を防ぐべく協力していただけませんか?」
ハッキリ言ってしまえば、私の結論はここに出向く前から出ていた。仙界の面々は味方に付ける必要は無い…摩多羅隠岐奈と協調したということは、八雲紫の対立軸ということ。つまり先輩を連れ帰った後のことまで考えれば、八雲紫の不興を買うリスクに見合うだけのメリットが無いのだから。
魔界の立場からすれば、八雲紫が幻想郷の代表として交渉に出て来るのが理想的。つまりこの一件で八雲紫の影響力が落ちて、別派閥が魔界との交渉に回る方がずっと面倒なことになる。私達と協調したことによって『八雲紫は魔界の信用を失った』『魔界から仙界の面々と誼を通じた』と幻想郷側に広まる方が問題になるわ。
そして当然、八雲紫の対立軸が先輩の引き渡しを主導したという事実を作らせるわけにもいかない。これだけでも八雲紫が魔界との交渉役を外される可能性が上がるのだから。
つまり私がこの世界に出向いた本当の理由は、情報不足を私が補うため。先輩が徹底して避けていたのであれば、おそらく私たちと協調してくれていた面々は誰一人として仙界勢力の実情を知らないはず。だから私直々に本拠に乗り込むという強硬手段を取った。
アリスとユキにさえ伏せたのは、諜報活動のためだけに敵本拠へ乗り込むのは反対されるでしょうから。つまり私の目的は
だけどこちらから申し入れた会談なのだから、最低限の体裁は整えなければならない。私ではなく魔界に余計な敵意を持たせないためには、交渉決裂という結果までは残す必要がある。そこまで残せば私の責任の方が重くなるのだから。
「その要求とお主らの目的は相反するのではないか?お主らは豹なる魔界人を連行することが目的、隠岐奈殿からの依頼は豹の捕縛。追討ではなく捕縛が目的であるのなら、豹の身柄を魔界に引き渡す方向で動いているということだ。
魔界と隠岐奈殿が協調することで、豹を魔界へ追放することに何の問題があるというのだ?」
「摩多羅隠岐奈が尖兵として扱う3名が問題になります。博麗の巫女・悪霊の魅魔・その弟子霧雨魔理沙―――彼女たちにこの一件で動かれること自体が魔界の不利益になる。
摩多羅隠岐奈自身が最前線に出るのであれば協調という選択肢もありましたが、この3名を前線に出すという時点で相容れません。逆に言えば、ここにいる皆様が彼女たちに替わり最前線に出て頂けるだけでも魔界は構いません」
「要するに、博麗の巫女達がこの件で動くのが問題ということか」
「その通りです。私は今朝の時点で八雲紫に魔界にとって問題となる4名の不介入を求め、八雲紫が同席させた博麗の巫女本人に承諾させたのですが。その会談を終えてすぐに摩多羅隠岐奈が博麗の巫女含む3名に手を回しています。
つまり、摩多羅隠岐奈は独断で魔界と幻想郷で交わした約定を反故にして動いています。そのような相手を信用することは出来ませんので」
そう返すと、豊聡耳神子は不敵に微笑んで返してきた。
「私からすれば、八雲紫が約定を守ると信を置く方が危険だと思うがな。
八雲紫の方こそ、以前に起きた異変の結果で魔界を軽視しているのではないか?」
「…成程、魔界は対等な立場で交渉できるような立場ではないと?」
「そうは言っておらん。魔界がその気になれば人里を簡単に滅ぼせることを知らぬわけではない。
だが、八雲紫の方針は幻想郷全体にとって余計な危機を招くこともある。それを防ぐために隠岐奈殿が動いたという可能性が、魔界側の考慮に入らないのかということだ」
これは好都合。何の問題もなく決裂する理由をあちらから作ってくれたわ。
「魔界にとって八雲紫の理想は、とても共感できるものなので。
八雲紫はここ幻想郷において、魔界としては最も信用に足る交渉相手なのです。彼女と結んだ約定を反故にした摩多羅隠岐奈とは、無条件に協調を断るべきと判断できるほどに」
「なに…?」
「魔界の創世神・神綺様が私たち魔界人に願うのは、『自由に生きてほしい』ということ…ただそれだけです。
これは、八雲紫の『幻想郷は全てを受け入れる』という寛容さに通じものがあります。
私達魔界が以前の異変に関して大幅に譲歩しているのは、八雲紫のこの理想に共感できたからなのです。ゆえに、これを否定する相手と深く関わる気はありません」
「…世界を創造するほどの神が、そのような理想に共感することを信じろと?」
「神綺様を否定するのであれば、私が全力でお相手しますが?」
「「っ!?」」
私が威圧のための魔力を解放すると、両隣に控えていた物部布都と蘇我屠自古が即座に臨戦態勢に入る。
―――その流れる気から判別できる属性は、物部布都が炎、蘇我屠自古が雷。これだけで敵対した際の情報としては十分なアドバンテージになる。これ以上引き延ばす必要は無いわね。
「ですが、最初にお伝えした通り実力行使に出る気はありませんので。
交渉決裂ということで失礼させていただきます」
「むう!待てい!!」
空間魔法を幻想郷の出口と繋いでゲートに入る。声と共に物部布都が真っ先に妨害を試みて、それに豊聡耳神子と蘇我屠自古が続くけれど…私だけでなく先輩の魔力も補助に利用して創った空間魔法のゲートがそう簡単に塞がることもなく。悠々と私は幻想郷に通じる異空間へ脱出した。
(…それにしてもあの邪仙、妨害に加わらなかったわね。
先輩の子供だけが目的というのは本気か…色々問題はあるけれど、上手く協力体制を続けるのが理想かしら)
幻想郷に開いた出口から飛び降りながら、そんなことを考える。次に邪仙から接触してくれる機会があれば、もう少し詰めた話をしておきたいわね。
「び、びっくりしたのだー」
「ごめんなさいねルーミア。これを出口に使うのが一番効率が良かったから」
先輩の魔力を宿したカトラスを入り口に、私の魔力を宿したレイピアを出口に。魔界でも最上位の空間魔導士二人の魔力を使用した空間魔法だから、外部から妨害・閉鎖を行うには私と先輩の二つの魔力で繋がった魔力回路と術式に介入する必要がある。空間移動系能力を持っている存在であろうと、空間魔法の知識・私と先輩の魔力を切り離すだけの魔法のコントロールという2点を持っていなければまず介入できない…そして、私は先輩の魔力を扱えるようになりましたというメッセージにもなる。
先輩なら、この空間魔法に気付かないはずがないのだから。
「………ッ!?」
夢子が戻って来た。それも俺の魔力を補助に使用した空間魔法でだ。
(戻って来た場所は…ルーミアか?明羅の庵で接触してたってことだな。
…夢子も変わらず、鍛錬を続けていたことの証明か)
空間系の能力を除いて、
少なくとも俺が魔界を追放された時点では、夢子は俺の魔力と組み合わせた空間魔法までは習得できていなかった。だが今、夢子は俺の魔力も補助に使って空間魔法を行使した。
―――今なら、俺の空間魔法にも届くと…見せてくれたのだ。
(…警告になる上、成長を示すことにもなる。
夢子らしい意思表示だな、本当に…)
神綺様の従者として、俺よりもずっと重い責任を負って創造された夢子。他のどの魔界人よりも負担の大きい立場に置かれているのだから、俺に出来る限りのことはフォローしていた。パンデモニウムの運営や拡張された魔界の整備、異界から魔界を狙う侵略者への対応…神綺様の指示で俺達が対処していたことを、夢子が中心に仕切ることでも解決できるようにする。それは一つのミスが魔界全体に悪影響を及ぼすことすらある、精神的なプレッシャーが凄まじい役回りだ。
夢子はそれに耐えきり、神綺様の従者としてだけでなく魔界の支配者の代行として魔界人から認められるまで成長した。
それ以降、俺は夢子に対し余計な干渉をせずフォローが必要な際だけ指示を受けようとしたのだが…夢子の先輩呼びは変わることが無く、俺には命令ではなく依頼することを徹底していた。神綺様の護衛でしかない俺と、神綺様の代行を務める夢子の上下関係を明確にすることも必要だと判断してのことだったが…夢子にとって俺は【替わりのいない仕事の先輩】だからこそ、部下扱いはしたくなかったらしい。
立場上明確にしておくべきだと言ったのだが、『兄として振舞う先輩を顎で使うのが、どれだけ難しいか理解できないですか?』と返されて俺が折れた。結局、最後まで俺は夢子の下に回ることなく…反逆者として牙を剥くことになった。
(にもかかわらず、意図的に成長を見せる手段を取った。
ユキや雛の言う通り、俺を処刑する選択は取らないってことか…)
そして…そんな責任を負う夢子だからこそ、素直に甘えられる相手がいなかった。俺に求めていたのは、その方向で夢子を支えるポジションだったのも理解できていた。もっとも、意地っ張りなところもある夢子は最後までそれを表に出すことは無かったのだが…その夢子が、
俺を捕らえて処刑するのであれば、こんな意思表示は必要ない。むしろ隠し通して、俺が脱出のために空間魔法を行使するときに使えば…神綺様の援護無しでも夢子が俺を捕らえられただろう。
つまり―――捕らえるのではなく、説得して連れ帰るという意思表示。
ユキの言ったとおり、夢子も諦める気はないということだ。
「…駄目だな、確実に甘えちまう。
一番未練を断ち切れていないのは、俺だ…」
思わずこぼれてしまった言葉に反応するかのように、注視すべき反応が足を止める。
(ッ!そう来るかよ、風見幽香…!)
博麗神社に向かわせた白鳩はフラワーマスターを博麗神社に誘導することを優先して、そのまま中途半端な位置に待機させる選択を取ったのだが。俺の二通りの予想は両方とも外れる…白鳩に釣られず鈴蘭畑上空辺りで停止した風見幽香は、そこで探知魔法を行使した。それらしいというかなんというか、こういった方向の魔法は不得意なようでこの小屋は範囲外のようだが…迂闊に動けばまず捕捉される。
要するに、俺は風見幽香が帰宅するまでこの小屋から動けないどころか魔法の行使すら出来ないということだ。風見幽香は夜に睡眠をしっかり取る妖怪…一度足を止めたのであればこの天気にこの時間、博麗神社近辺まで足を延ばす気は無いだろう。要するに残った片割れが距離のある位置にあることを察したことで、自宅に近い空間魔法の反応地点を探るだけで済ますことにしたってところだろう。
(くそっ、これ以上余計なことは起こらないでくれよ…!)
―――