寂しがりやな魔界人の幻想郷逃亡録   作:影就

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第206話 恐怖の対象

「魔法の森の人形遣いがこのお寺に何の用です?」

「ここの住職が私の姉と知り合いだから案内したのよ。もっとも、別の用件が入って仙界に飛んだけどね」

 

姫の格好をした警官が命蓮寺境内に降り立つ。人里有数の実力者でありながら、その素性や背後関係が全く流れてこない不審者…小兎姫。あまり情報を漏らしたくはないけれど、伏せすぎて豹を捜索する方向に動いてしまう方が厄介になる。

 

つまり、小兎姫の行動はある程度この接触で誘導しなきゃならないわ。そのためにも、彼女がどんな立ち位置で動いたのかを迅速に特定しないとね。

 

「仙界?

動いたのは豊聡耳神子ですか?それとも霍青娥かしら?」

「後者ですよ。小兎姫さんは強大な鬼がここの地下…夢殿大祀廟へ向かったのも把握できていらっしゃいますか?」

「もちろん。その後続けざまにこのお寺で大きな力が働いたので様子を見に来たわけですし。

それで、人形遣いの姉なら魔界人ってことよね?どういう用件で仙界に出向いたのかしら?」

「あれ?アリスが魔界出身なのは結構知られてるの?」

「いいえ、私からは聞かれなきゃ話してないわ。どうして知ってるのよ?」

「警察として実力者の情報を集めるのは当然のことよ。そもそも、幻想郷で魔界と繋がりがあるのは人形遣いとこのお寺ぐらい。交渉の伝手としてなるべく中立でいてもらいたいから、様子を見に来たわけですし」

 

―――本当に底が知れないわね、この不審者。魔界が大きく動いたのは昨日からなのに、ここまで理解できてるなんて…私の出身どころか命蓮寺と魔界の繋がりまで調べ上げてたということ。

…これは、下手に情報を伏せる方がハイリスクね。どこまで裏を取られてるかわかったものじゃないわ。

 

「私たちがここに来たのは、貴方も把握してる最初の動き…鬼の四天王・星熊勇儀が夢殿大祀廟に向かったということを知ったからよ。面識のある聖なら状況を教えてくれると踏んでね」

「でもその鬼は地底に帰っていますし、それに仙界は関係ないでしょう?どうして魔界人が仙界に向かう必要があったのかしら?」

「わたしたちは兄さんを迎えに来たんだけど、あの邪仙は情報不足で兄さんと闘り合っちゃったそうよ。その結果兄さんと直接交渉するんじゃなくて、わたしたち魔界と交渉しについさっき出向いて来た」

「なるほど、その兄というのが豹だったわけね」

「「「「っ!?」」」」

 

私とユキだけじゃなく、聖と星まで大きく反応する。豹の立場もそれなりに理解してるってことだわ、この警官…!

 

「あ、私はまだ豹を逮捕する気は無いから安心していいわ。一応面識はあるし、彼から人里を巻き込むことはまず無いからね」

「それを理解しているのであれば…いえ、だからこそですか」

「ええ、あなたたちや豹は人里に無害でも、魔界全体はそうとも言い切れない。だからここまで様子を見に来たのよ。この寺は魔界と繋がりがあるのだからね」

「…不信感を持たれてしまうのも仕方ありませんが、門徒の多くは人里の者です。人里を狙うような魔界人であれば、命蓮寺の全戦力を持ってそれを止めます」

「そこは信用してますので大丈夫ですよ。あくまでここに来たのは様子を見るためですから。

だからこそ、命蓮寺はともかく魔界人の考えは教えてもらいたいのですが」

 

少なくとも命蓮寺は信用してくれてるのね。これも聖と星の人徳かしら?

逆に言うと、私とユキは要警戒対象ということ―――どこまで話すべきかしら。そう頭の中を整理していると、ユキが先に対応してくれたわ。

 

「あなたの言う通り、魔界には幻想郷を良く思ってないのもかなりいる。だからこそわたしたちはあまり大きく動けない…幻想郷の住民と衝突すると問題になるからね。

だから、わたしも仙界に向かった夢子も実力行使には出ない。夢子が仙界に向かったのも、先に動いた邪仙の伝手で上層部に相互不干渉を求めるため。これで信用できないなら、明日また出直してきてくれないかな?

明日になったら、神綺様…魔界の創世神も幻想郷に来てくれるはずだから」

「…いいでしょう、少なくとも実力行使に出る気は無いというのは信じられます。この人数差で会話を優先するあたり、巫女や魔法使いよりは穏当なようですから」

「霊夢と魔理沙は人里の警官にすらその扱いなのね…」

「事実ですし、なにより魅魔さんまでこの件で動いてますから無駄な消耗は避けたいのよ。

明日また話を聞きに来るわ。それまで余計な騒ぎを起こさないように」

 

ユキがしれっと夢子が仙界に向かった理由を一部分だけ伏せ…摩多羅隠岐奈の件を隠して伝える。聖と星に向けて深く追及されると危ない気もしたけれど…小兎姫は納得したようで命蓮寺から飛び去って行ったわ。なんとかやり過ごせたと思って良いでしょう。

 

「…クセしかないだけじゃなくて、実力もあったねあの子。喧嘩腰じゃなくて助かったかも」

「そうね。妖怪相手にはかなり横暴って聞いてたから、最悪な事態も覚悟してたのだけれど。予想より状況を把握してた以上、魔界人相手だと軽い衝突でも問題になると判断できてたのかもしれないわ」

「余計な騒ぎを起こさないように、だからなぁ…個人であそこまで情報を集められるとは思えない。どこと繋がってるのかわからない以上、わたしたちから深入りするべき相手じゃないか。

…アリス、もうここを離れた方がいい。これだけ実力者が立て続けに来ちゃってるから、あの連中が向かってくるリスクがある」

「そうね。聖も星も、悪いけど今日はここまでよ」

 

星熊勇儀に茨華仙、霍青娥に小兎姫…私たち以外にもこれだけの実力者が命蓮寺と夢殿大祀廟に出向いている。霊夢や魔理沙がいつ飛んできてもおかしくなくなってるわ。

それを、聖と星も理解できていて。

 

「はい、今日は色々教えて下さってありがとうございました」

「私たちは神綺様とお話しできるまで、これ以上大きく動かないようにしますが…幻想郷と魔界の戦争を防ぐために役立てることがあれば微力を尽くします。そのために手が必要になりましたら、私たちを使ってください」

「ありがとう、星。そうなったときはよろしくね!」

「それじゃ、失礼するわ。もし霊夢や魔理沙が来た場合は何も隠さず私たちのことを話して構わないわよ。

向こうも私たちを()()()()()()()()だと決めつけてるでしょうしね」

「お話しした上で、穏便に済ませるように説得はしておきます。

アリスさんとユキさんも、お気をつけて」

 

友好的な言葉を返してくれたわ。ルナサやカナたちを頼り切れなくなった今では、数少ない協力者となってくれそうね。

 

 

 

 

 

―――そうして、私とユキは命蓮寺を飛び立ち…帰宅の途に就いたのだけれど。

人里を通り過ぎ、魔法の森上空に差し掛かったタイミングで。その魔力反応に気付くことになったわ。

 

「あ、夢子が帰って来た!」

「って、脱出経路ってルーミアだったの!?」

 

思ったより早く夢子が戻って来たのだけれど、位置が悪い…私の家を通り過ぎて博麗神社と紅魔館の中間点辺り、ルーミアと同位置に出て来たわ。

夢子も当然それを理解してるから、すぐに通信が入る。

 

『アリス、聞こえるかしら?』

「ええ、おかえりなさい夢子」

「お疲れ様!とりあえず私とアリスはもう命蓮寺を離れてるから、合流し――ッ!?」

 

そのタイミングで、急に反応が現れる。

 

「ッ!?人里に急に出て来た!?」

「エリスに幽玄魔眼!?なんてことしてくれてるの!?」

『っ!?これは、人里なら安全と踏んだのが間違いだったようね!』

 

もう少し早く現れていれば、私がすぐ人里に行けたのに…なんて間の悪い!?命蓮寺より私の家の方が近くなってから出て来るなんて!これは私はどちらに向かうべき…!?

 

―――偶然にもこのタイミングで、その判断の助けになる相手を露西亜人形(マトリョーシカ)が繋げていて。私たちはまだ運があったと言えるのでしょう。

 

『アリスさんですかー!?さっき上海さんたちがメルランさんを助けに大急ぎで向かってくれたのですよー!

リリーはよくわかっていないのですが、これはお役に立つお話ですかー!?』

「え、リリー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

全速力…とはいっても妹紅さんは私とカナに合わせてくれてるようだけれど。リリカの元へ急いでいる途中でこちら側の事態が大きく動いたのは、3人とも把握できたわ。

…最優先で察知すべき動きには、気付けなかったのだけれど。

 

「リリカと雷鼓さんが向かって来てくれてるね」

「だとすると殿を受け持ってくれたのは誰だ?」

「衣玖さんだわ…あのお騒がせ天人が動いたから、衣玖さんも降りてきてくれたのだと思う」

「ああ、そういえばあの竜宮の使いはメルランちゃんのソロライブに毎回顔を出してたか」

 

そう、派手にやり合ってる反応が残っているのにリリカと雷鼓が私たちと合流するように動いているわ。そして交戦地点と別方向から向かってきている反応も一つある。さらに、一番大きな変化が。

 

「妖怪の山に向かってるのがあのパパラッチ天狗だよね?」

「ええ、私たちが撃退したのを察知して合流を優先したってことでしょう」

「そうなると今交戦してるのは天界の住人同士ってことだよね?何があって地上で暴れてるんだか」

「…リリカと雷鼓に聞かないとわからないわ。もう一つこちらに向かって来てる反応と合わせて聞くためにも、急ぎましょう」

 

―――この時、私たちはメルランを狙って動かれたことに気付くのが遅れてしまっていた。分散した際に、私だけでなく妹紅さんと咲夜すら見落としていたミス…上海と私・カナでは【探査・索敵魔法の範囲】に大きく差があったということ。

私は魔法使いじゃないから、豹から教わったとはいえ魔法を使いこなせてるわけじゃない。アリスとユキから『魔法使いの才能がある』と認められたカナも、魔力温存のために後方…人里側は上海たちに任せる方向だったから前方に集中して索敵魔法を行使してたから、人里は範囲外になってしまっていた。妹紅さんも同じ考えだったみたいで、メルランを狙って人里に突如現れた二つの反応に気付くのはもうしばらく後になってしまい…摩多羅隠岐奈の目論見通りに動かざるを得なくなってしまった。

 

「―――ルナ姉!無事だったのね!」

「リリカもよく逃げ切れたわね。射命丸は一旦引き下がったみたいよ」

「あー、追いかけてこなかったの衣玖が止めてくれてたんじゃなくてさっさと離脱してたからなのね。損切りが早いというかなんというか…」

 

無事にリリカと雷鼓とは合流出来たわ。ただ、余計なのもついてきてたけれど。

 

「…って、なんか今までの相手と比べると大したことないのがこっちに来てる?」

「あー…あのバカ追って来たのか。例の氷精よ、あの天狗が上手く利用して手駒にしてたのよ」

「チルノか。付き合ってるヒマは無いし、私が燃やすのが手っ取り早いか」

「その…チルノちゃんは私が連れて帰りますので、あまりひどいことしないでください」

「「「「「っ!?」」」」」

 

これには私だけじゃなく妹紅さんすら驚いてたわ。

霧の湖の大妖精が、急に姿を現して後ろから声を掛けて来た。

 

「び、びっくりした…いつからいたの!?」

「チルノちゃんが飛び出していった先に、皆さんが向かったのを見てしまったので…

イヤな感じがして来てみたら、やっぱりって…」

「…豹は私が思ってた以上にとんでもなかったのね。力の弱い妖精に高度な隠形魔法を仕込めば、偵察要員としてここまで優秀になるのか」

 

豹が魔法を教えてたって言ってたけれど…妹紅さんの言う通りとんでもない使い方を教えてるわね!私とカナどころか妹紅さんでさえここまで近付かれても気付けなかった。この妖精は、豹が情報を集めるのに使っていた一人だったということなのでしょう。

皆が彼女に反応しているうちに、その元凶が飛んできて。

 

「追い付いたぞヒキョー者!!

…って、また増えてるな!何人いようと最強のあたいには関係ないけど!」

「…チルノちゃん。雪ではしゃぐのもほどほどにね」

「あれ、大ちゃん!?なんでこいつらなんかと!?」

「明日お話ししてあげるから、『今日はおやすみ!』」

「え゛っ………」

 

そしてその言葉を向けられたチルノはそのまま地面に墜落…しそうなところをワープした大妖精が受け止めようとして支えきれず、一緒に落ちていったわ。

 

「って、なにやってるの!?」

「あ、ありがとうございます。無理がありましたね…」

 

それを見たカナが大慌てで落下位置に鳥型弾を集中させて受け止め、声の聞こえる距離まで引き上げる。

…アリスとユキが認めるわけだわ。私はあんな器用な真似、できる気がしない。

 

「…ノエルっていう命名はすごいじゃん。こんな簡単に眠らせるなんて」

「いいえ、これは豹さんがチルノちゃんを捕まえた時に使ってくれた補助魔法です。私が【チルノちゃんを力尽くで止められる】ように、睡眠魔法への抵抗力をなくす魔法をかけたそうです。

…チルノちゃんを傷付けたくないっていう私のお願いを、豹さんなりに聞いてくれただけです」

「うっわ…豹ってそんなことまでやれるの?頼らせてもらえてた私たちは相当運が良かったのね」

「はい…私も豹さんに感謝していますが、それ以上に【怖い】んです。

豹さんなら、いつでも簡単にチルノちゃんを私から奪える。それに、チルノちゃんならいつか私じゃ止められなくなってもおかしくない…いつか豹さんがチルノちゃんを切り捨ててしまうって不安が、なくならないんです。

ですから、これ以上チルノちゃんを皆さんと関わらせたくないんです。明日からも私はチルノちゃんを止めますから…このまま帰らせてください…!」

「…ええ、構わないわ。そのまま連れて帰りなさい」

「ありがとう、ございます…!」

 

私が返答すると、リリカがノエルと呼んだ妖精はチルノを背負って霧の湖へ飛び去った。

その背中に視線を送りながら、妹紅さんが言葉を漏らす。

 

「豹が怖い、か…

守ってくれる豹は優しいし、頼りがいもある。でも、敵に回してしまえば…たしかに怖いのかもね」

「わたしはそんなこと考えたこともなかったけど…力の弱い妖精だからこそ、気付けたのかも」

「…色々考えさせられるけれど、今は時間が無いわ。衣玖さんの援護に急ぎましょう」

「いや、ちょっと待ってルナサちゃん。敵味方の判別が付かないのがすぐそこまで来てる…話を聞いた方がいいんじゃないかい?」

「へ?…って、誰よこれ。誰か心当たりは?」

 

リリカの疑問に全員が首を振る。でもその反応は私たちが足を止めたことに気付くと、速度を上げてすぐここに辿り着いたわ。

 

「追い付きました!紅魔館から援護に参りましたよ!」

「は!?豹はあそこにも伝手があったの!?」

 

事情を説明できてなかった雷鼓が驚いてるけれど、私も違う意味で驚いたわ。レミリアが、咲夜の他にも増援を送ってくれるなんてね…!

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