夢子と二人で私の家に帰り着き、すぐ異界間移動の準備を始める。この辺りは空間魔法が展開し辛いちょっとした力場なのだけれど、母さんからすれば大したことないらしく。手に負えないような自然災害や魔法の暴発、爆発事故が起きた際の緊急脱出口が家の裏庭に隠されているわ。
相変わらずの過保護なのだけれど、実際今回のような緊急事態で有効利用できるのだから感謝するべきよね。
「…ここね。たしか追撃を避けるために使い捨てって言ってたから、母さんがこっちに来たらもう一度設置し直してもらおうかしら」
「神綺様ならアリスが頼む前に再設置するわ。それを断ると『なら魔界に帰って来てよー!』って泣きつかれると思うわよ」
「ああ、それもそうね…」
不定期ではあるけれど時間を見つけては魔界を放り出して私に会いに来るんだから、緊急脱出口が使えなくなるのを放置するはずが無いわよね。むしろ今から夢子が使うことで、紫や例の摩多羅隠岐奈とやらに問題視されると面倒になるかもしれないか。
そんなことを考えていると、私より先に夢子が状況の変化に気付く。
「―――ッ!夢月と妖夢がぶつかる!?アリス、妖夢と一緒に居るのは誰かわかるかしら!?」
「小兎姫だわ…!人里に住む実力者の一人。よく考えなくても夢月クラスの規格外が人里を横切るのなんて看過できるはずなかったわね…!」
「妖夢のことは軽く夢月にも聞かせたけど、見逃してくれるかしら…!」
もし夢月と妖夢・小兎姫で交戦し始めてしまったら私が仲裁しに向かう必要が出て来る。現状夢月が幻想郷に侵入した理由が【風見幽香の対処】だということを理解しているのは魔界関係者と豹を保護しようとしてる面々に八雲主従だけ…幽香以外と戦闘状態になってしまうと、無関係な実力者が動いてしまう可能性があるのだから。
――でも、それはいらない心配だったようで。
「…そのまま人里を通過させてくれたようね。ヒヤリとしたけれどなんとかなるか」
「夢月が実力行使せずにいられるなんてね…本当、先輩は先輩のままだわ」
妖夢と小兎姫もそのまま人里を横切るように動き始めたわ。太陽の畑方面へ抜けることを黙認してくれたということでしょう。
「それじゃ、アリスはしばらく例の連中の動きを捉えておいて。先輩とユキを狙うような動きを見せたら妨害して頂戴」
「ええ、そのつもりよ。もっとも、いくら私でも一人で霊夢と魔理沙に魅魔をまとめて止めるのは難しいから、サリエルと幻月を頼ることになると思うけどね」
「それは仕方ないわ。私もなるべく早く戻るつもりではいるけど、袿姫様の返事次第では結構時間が掛かるかもしれない…その時は早めに頼ってしまって」
「わかったわ。夢子も気を付けて」
「私の心配はいらないわよ。袿姫様は先輩の味方にはなってくれないかもしれないけど、私と神綺様の敵に回ることは無いわ。
行ってくるわね」
そう返して夢子が魔界へと飛ぶ。そのゲートが閉じるのとほぼ同時に、人里で大きな動きがあった。
(―――!
これは…慧音が人里を隠したようね。妖夢と小兎姫は時間稼ぎが本来の目的だったってことか)
永夜異変の時のように、人里に被害が出ないよう慧音が先手を打ったようね。今改めて探査・索敵魔法に集中してみると、藍と幽香の戦闘は何気に流れ弾が人里に届いてもおかしくない位置でやり合ってる。それはつまり藍と夢月が交代したら人里も巻き込まれる可能性の方が高くなるということ…人里の守護者である慧音からすれば、今の時点で迷わず安全策を取るべき状況だものね。
そして、私の予測を裏付けるように小兎姫が夢月と妖夢から離れ隠された人里へ降りていく。おそらく慧音と合流するのでしょう。これで幽香は夢月に任せてしまっていいでしょう。
(お騒がせ天人を抑えに行ったカナたちはまだ交戦中…あのグループからの援護はあまり期待できないか。
となると問題は魅魔になるわね…霊夢と魔理沙は守矢神社に向かってるから、メルラン救出が早く終われば間に合わずやり過ごせるかもしれないのだけど。魅魔は単独行動で永遠亭に直行して――って、これは?)
博麗神社の面々の動向も拾い始めたところで、妖夢がここ…私の家に方向転換したわ。夢月はそのまま藍と幽香の交戦地点に向かってる、これはつまり…
(夢月が妖夢を私の援護に回したということ?
…思ってた以上に夢月も豹を気に入ってるってことか。豹直々に動いてしまった以上、霊夢と魔理沙・魅魔を抑える戦力を別に用意しなきゃならない。それなら藍が連れて来てくれた妖夢は真っ先に使うべきと。
そして、私も護衛するべき夢子とユキが離れた以上フリーなのだから、残りの3人の相手に回れってことね)
排他的かつ好戦的な夢月が、初対面の妖夢を無傷で見逃す。これはいくら摩多羅隠岐奈でも予測できないであろう状況でしょうね。豹だけでなく紫の手回しも流石と言うほかないわ。
そして、夢月が交戦地点に到着したとほぼ同時に藍の反応が消える。これで紫も動くはずだから、私は妖夢との合流を優先した方がいいでしょう。先行している魅魔を紫が抑えてくれれば、私と妖夢で霊夢と魔理沙を止めれば問題ない。紫もサリエルと幻月に幻想郷内で暴れられるのはなるべく避けたいでしょうし。
(問題は永遠亭を叩いた皆が消耗した状態で連戦することだけれど、守矢神社から永遠亭に向かうのであれば慧音と小兎姫が情報収集のために足を止めさせるはず。その時間を含めてもメルラン救出が出来なかった場合は…サリエルと幻月に動いてもらうしかないわね)
今思えばリリーが
…そんなことを考えていた私だけれど。この時消えた藍が摩多羅隠岐奈に介入されていたのに気付くことが出来なかった。この一手は、当事者の藍ですら打たれてから気付くという…敵ながら見事で、私達にとっての決定打になってしまっていたわ。
「―――っ!ここは!?」
「いらっしゃーい藍。お師匠様の命令でね、向こうが片付くまで僕達に付き合ってもらうよ!」
「珍しくお師匠様が本腰を入れてるから、邪魔されるわけにはいかないわ!」
しまった…最初から私を狙っていたのか!空間魔法に対処できない相手では豹を捉えることすら出来ない、そして豹自身の空間魔法だけでなく紫様のスキマも利用すれば高位の空間術師が敵対者であろうと問題なく逃げ切れる。
それを防ぐためにまず私を孤立させる。紫様と隠岐奈様、幻想郷の管理者同士であればお互いの能力で空間移動を妨害し合えるが、私も紫様のスキマを扱えることで総合的には紫様の方が空間系能力に関しては上回っている…隠岐奈様の二童子はスキマの妨害を行えるほど後戸を扱うことができないからだ。
だが、豹を敵視する者の中に――この力関係をひっくり返せる者がいたのだ…!
「くっ、お前等だけじゃないな!私でも手古摺るこの【異界との壁】…やはり幽玄魔眼と組んでいたか!」
「ふーん、魔眼が言ってた通りコイツも相当みたいね。ま、あの秘神と魔眼で二重に閉じ込めればそう簡単に出れないのは本当みたいだし…援護射撃はしてやるわ!あんたら前に出なさい!!」
「「言われなくても!!」」
幽玄魔眼。世界を創造することができる夢幻姉妹でさえ『抜けるより破壊する方が早い』と判断したレベルの異空間を創り出せる者…!隠岐奈様と協調することで、私ではそう簡単に抜け出せそうもない異空間に閉じ込められてしまった。そして、脱出を阻止するための足止め役は二童子だけではなく!
「金髪黒翼、頬に星を持つ悪魔…お前がエリスか!」
「やっぱりわたしも知られちゃってるか。
残念だけど、わたしは魔力をムダ遣いできないの。だからあんたの相手なんてしてられない…邪魔はするけどね!!」
そして悪い予測が当たっていたことを証明するかのように、もう一人の侵入者・エリスも姿を現す。霊夢達を豹に差し向けたのは、紫様と私を
「考える時間なんてあげないよ!!」
「管理者の従者同士、楽しく踊ろうじゃないの!」
「黙れ、付き合う暇など無い!!」
幻想郷の立場上は同格の相手二人に、豹の反乱の生き証人でもある古き悪魔。私一人では厳し過ぎる相手だが、足止め目的であるが故に殺意すらあった風見幽香に比べればまだマシだ…!どうにかして脱出経路を切り開かなければ!!
「―――という状況だったので、連れて来るのではなく拉致になってしまいました…」
「…弱ったわね。まさか豹本人だけじゃなく、彼の協力者もここまで私を敵視してたなんて」
予定通りとはとても言えない形で、清蘭と鈴瑚が騒霊を連れ帰ってきたわ。最低限の成果は得られたけれど、私達が予想以上に悪い立場に置かれていることが浮き彫りになった形。
ドレミー・スイートに向けられた言葉を、事実としてその日のうちに痛感することになるなんてね…
「好意的に見られてるとは思ってなかったけど、ここまで嫌われてるとは私も思わなかったわ。まさか楽団でしかない騒霊が倍の数を相手にしてでも徹底抗戦を選ぶなんて」
「それもスペルカードルールを無視してまで拒絶した。目を覚ましても協力するどころか口を割るはずもない。騒霊にも効果のある薬剤を調合することから始めないといけないかしら」
これでも人里においてならここ永遠亭の評判は悪くない。ウドンゲの薬行商や藤原妹紅による急患の受け入れなどで、深入りはせずとも拒絶されない程度には人里の住人からの信頼はある。
だからこそ豹の協力者でしかない騒霊…即ちサリエルとは無関係な騒霊が対話すら拒否する程の敵意を持っているのは想定外。それは私達に対し豹は敵意どころか憎悪すら抱いているということ。サリエル本人はともかく、命令で月に乗り込んできた魔界人がそこまで
結論としては、情報を得るには昏睡状態の騒霊を起こすだけでは足りないということだわ。まあ、メディスンのように毒が効かないといった存在ではないだけ、私の薬剤で解決できる点では幸運だとも言えるのだけれど。
「それで、鈴仙はどうしましょうか?」
「悪いけれど、こちらから迎えに行くわけにはいかないわ。拉致という形になってしまった以上、別の関係者が乗り込んでくる可能性がある。戦力としてウドンゲを連れ戻すために、ここの戦力を減らすのは本末転倒よ。
ウドンゲにはすぐ自力で帰ってくるように伝えて」
「それがですね…さっきの早苗って巫女じゃなくて守矢の戦神が『迎えに来させろ』って言ってるそうです。『豹をどう扱うのが正解なのかが読めなくなった』から、迎えに来ないなら解放できないって…」
「…情報不足なのは守矢神社も同じだけれど、別口から情報が入って来たということね。守矢の戦神と風祝を同時に相手にしてウドンゲが逃げ切れるはずもないか。
仕方ないわ、襲撃者を撃退したらてゐを迎えに行かせるって伝えなさい」
「うえー私ですかぁ?」
「仕方ないでしょう?清蘭と鈴瑚では天狗に追い返されかねないわ」
「こんなところで前に起きた異変の悪影響が出るなんてね。でもこうなると…妹紅も呼び出して手伝わせようかしら?」
「そうね…てゐ、手の空いてるイナバを動かしてもらえる?」
事態が相当悪くなっていることを理解した輝夜が、戦力を引き込もうと提案して来る。ウドンゲが離脱している以上、使えそうな駒はかき集めておくべき。
そう判断して即座にてゐに指示を出したのだけれど、事態は私が予測しているよりずっと悪化していたわ。
「あ、それなんです!!鈴仙と交戦した相手の中に、その妹紅ってのとメディスンも居たそうなんです!
迷いの竹林が時間稼ぎに使えないって言ってました!」
「「はあっ!!?」」
思わず出てしまった声が輝夜と揃ってしまったわ…!!そして、まるでそれが聞こえていたかのように。
「輝夜ァ!!出てきやがれ!!
すぐ出てこないなら屋敷ごと燃やして追い出すぞ!!」
永遠亭の中にまで届く、藤原妹紅の怒声が響き渡った。