パンデモニウムの中庭に降り立ってすぐ、ルビーが出迎えに来てくれたわ。
「夢子さん!緊急事態ですか!?」
「まだある程度余裕はあると思いたいけれど、先輩が直々に動く事態には陥ってるわ。神綺様は?」
「執務室です!私は終わらせるべきことは済ませましたので、ご一緒します!」
「夢子ちゃん!何かあったのね?」
「はい、魔界で神綺様と会談した上海達だけではなく、サリエル様と幻月にも接触しましたので。魔界の状況もある程度把握しています」
「えっ!?サリエルと幻月ちゃんが先行しちゃうような状況になっちゃったの!?」
「はい…月の頭脳・八意永琳の拠点にルナサの妹であるメルランが拉致されてしまい、先輩自ら救出に動いてしまいました。ユキを戦力として召喚してまでです」
「「ええっ!?」」
神綺様とルビーの反応が揃ったわね。上海達から先輩の返答と現状を聞いているからこそ、ユキを
「…月の頭脳を相手にするならユキちゃんの力が必要だもんね。夢子ちゃんがそっちに合流しなかったってことは、ヒョウくんはそれなりの戦力を揃えて攻撃に踏み切ったってことかな?」
「はい、ユキ以外にもアリスが強者と認めるだけの戦力が2名加わっていたそうです。その2名以外にも上海とルナサを含め9名、総勢13名で襲撃に向かいました。アリスが把握できている敵戦力からすると、拠点の防衛戦力で警戒が必要になるのは多くても5名だそうです」
「月の頭脳相手だと安心は出来ないけど、それだけいるならヒョウくんが指揮して目的が捕虜の救出なら…被害はそんなに出さずにやれるはずね。
わかったわ、それで夢子ちゃんが戻って来た用件はなあに?」
「サリエル様との通信でお聞きしたのですが、『邪神としての繋がりで、協力してくれる当てがある』とのことでしたが。
袿姫様のことでしたら、今は幻想郷の畜生界に滞在しているそうです。それにアリスも幻想郷で交流があり、アリスの名前でも協力してくれるかもしれないとのことです」
「ふえっ!?袿姫ちゃんが幻想郷に居たの!?」
やはりまだ魔界では把握できていなかったようだわ。アリスに感謝しないとね。
「ですが、その畜生界にアリスが向かう場合は妖怪の山と旧地獄で住民達の妨害を受けることを避けられないそうです」
「あ、つまり私が直接その畜生界に向かえばいいのね!」
「それか私を使者として飛ばしてもらうかになります。ですが、急進派を実力行使で排除したのであれば神綺様が動くような余裕は…」
「むしろ夢子ちゃんが処理する方が早く終わるのよー!それに袿姫ちゃんの居場所がハッキリしてるなら隠れ切る自信もあるし。そのままアリスちゃんと合流せずに一回戻って来るから!だから夢子ちゃんにお願いしていい!?」
「…先輩のことですし、いくら神綺様でもサボることはありませんか。わかりました、残りの処理は引き継ぎます。
ですが、終わり次第私も幻想郷に戻ります。これは神綺様でも譲れません」
「わかってる。夢子ちゃんもヒョウくんに会いたがってるのは、私が一番よく知ってるんだから」
「…はい、お願いします」
袿姫様の説得は難しくないけれど、私より神綺様が直々に出向く方が緊急事態ということに現実味が出るでしょう。それなら、私は神綺様の手を空けるために、魔界の案件を処理するべき。
「それじゃ、さっそく袿姫ちゃんにお願いしてくるね!
ルビーちゃんは夢子ちゃんを手伝ってあげて!私が戻るより先に夢子ちゃんが後片付け終わらせてくれたら、一緒に幻想郷に向かっちゃっていいから!」
「ッ!?
わかりました!夢子さん、お手伝いします!!」
「お願いするわルビー。先輩のためにも、すぐ終わらせるわよ」
「うん、お願いね夢子ちゃんにルビーちゃん!
……………ホントだ、幻想郷に袿姫ちゃんがいる!行ってきまーす!」
その声と同時に神綺様がゲートを開き飛び込んでいく。
…本当に、本気になった神綺様は凄い。幻想郷の畜生界という情報を得ただけで、一分もかからずに袿姫様の居場所を特定し移動してしまう。私が同じことができるようになるのに、どれだけの時間がかかるのか想像もつかない。
(でも、未だ後手に回ってしまっているのも事実。間に合えばいいのだけれど…!)
(完全に判断ミスだったわね…!まさかこれだけの戦力を揃えて総攻撃して来るなんて!)
左フックに速射弾を連射して相殺し距離を取ろうと図るのだけれど、魔力拳銃とユキの乱射に空間魔法を組み合わせることで私の移動を制限してくる。そしてその移動制限弾の威力が凄まじい精度で調整されていて、彼自身は被弾しようが全く影響が無い――私が被弾すれば足が止まるだけの威力はあるのにも関わらず。
つまり、無傷で済む威力に調整した誤射前提の援護射撃…この兄だけが自由に動ける戦場を作るための乱射魔法だということ。恐ろしい程の兄妹愛ね!!
「せえぃっ!」
「しつこいわね!」
移動妨害した先へショルダータックルで突進してきたところに防壁を展開して食い止め、その防壁を迂回する軌道の追尾弾を撃つ。支えきれなくなった防壁が砕かれると同時に再度魔力拳銃が構えられるけれど、これを回避してはまた再利用されるのだから銃口に防壁を張ることで暴発を狙う!
「ッ!」
「時間魔法…!銃弾なのに速度差があったカラクリはそれね!」
「月の頭脳は流石だな!魔法にも精通してるか!」
しかし防壁が展開されたのを瞬時に理解した彼は
跳弾と援護射撃を避けつつ次の手段を再考。小手先の魔法で彼を止めることは不可能、物理的・肉体的な方向で対応しなければならない。それなら…!
「ッりゃあ!!」
「そこ!!」
「ぐっ!?」
弓を壊されて持て余していた矢を、右ハイキックに合わせて足の甲に叩き込む!!彼の蹴りの力強さと速さを逆用することで、非力な私でも貫ける!これで少しは怯「この程度で怯んで護衛が務まるかよォッ!!」
「うあっ!?」
矢が刺さった手応えはあったけれど、全く意に介さず左ストレートが飛んできた…っ!咄嗟に鳩尾を右手で庇ったことで最低限の防御は出来たけれど、重いっ!直撃していたら一撃で意識を落とされていたでしょうね…!砕かれた骨が再生するまでは右手はまともに使えないわ。そのタイミングで状況がさらに悪化したことを把握できてしまう。
「な、なんでこんな羽目にぃ!?」
(くっ、てゐが逃走すら出来ない!?人形も一人と数えれば13名…ほぼ2.5倍近くの数、それも私と輝夜を抑えられる強者まで含まれている。魔界人がこれほどの戦力を幻想郷で揃えた上で、永遠亭との敵対を選ばせたと言うの!?)
幻想郷内の状況に関しては、ウドンゲとてゐによる外部との接触や八雲紫をはじめとする幻想郷内の有力者からある程度の情報を仕入れていた。でもそれでは全く足りていなかったことを、窮地に陥ってから思い知ることになるなんて…!!
月の遷都騒ぎの時にもっと警戒心を持つべきだったということ…潜伏すべき逃亡者だというのに、安穏な日々に慣れて油断していた―――言い逃れの出来ない、平和ボケ。それを同じ逃亡者である豹に思い知らされるとはね!こうなった以上、いくら私と輝夜でも数で押し切られる。致し方なしか…
「攻撃を止めなさい!騒霊を無事に解放しようにも、その戦意では引き渡すことも出来ないわ!」
「ほざけ!!部下すら皆殺しにしたキサマを信用出来るかぁっ!!」
「「なっ!?」」
豹が叫び返した返答に、私だけでなく聞き取れてしまったらしい輝夜まで声を出して反応してしまっていたわ。
―――この男、私が輝夜と再会した刻のことをどうやって知ったというの!?思い込みなどではなく、確信を持った表情で言い切ってきた。そしてそれは、ここまで問答無用で攻撃に徹することの答え合わせにもなっている。あの刻私の下した決断を知っているのであれば、私との交渉は断固拒否されても仕方がない…!信用しろと言う方が無理でしょう。
―――この絶叫による動揺で、戦局が決する。
「ほざけ!!部下すら皆殺しにしたキサマを信用出来るかぁっ!!」
「「なっ!?」」
あの男が永琳に怒鳴り返した言葉に、私も思わず声を漏らしてしまったわ。私と共に過ごすための永琳の決断を、なんで知ってるのよ!?
「永琳に殺された月の使者。そいつを屍術で呼び戻して喋らせたんだってさ!
豹は本当に恐ろしい魔法使いだったってことだよ、永い付き合いの私も知らなかったぐらいにね!!」
「わざわざ教えてくれるなんてね!どういう風の吹き回しかしら!?」
「教えて差し上げる方が動揺を誘えそうですので。豹様がここまで徹底的に戦意剝き出しの理由をご理解頂けましたか?」
「理解したくなかったわよ!!」
その疑問に妹紅とメイドが答えてくる。それはつまり、今永遠亭に攻め込んできてる連中全員にこれを周知させているということだわ…!魔界人に協力する幻想郷の住民がこんなにいる理由がこれなんて、予想できるはずないじゃない!!
てゐもやられてついに私と永琳二人だけ。そして新たに参戦してきたのも合わせると倍じゃ済まない数になってるわ…!嫌な予感が当たったってこと、騒霊を解放しようが対話できるような相手じゃない!!
(一度殺される方が確実に脱出できるわね。いくら永琳でもこの戦力差をひっくり返せるような策を考える余裕は無い、それなら…)
妹紅とメイド、ユキは私を殺す方が問題になると理解できている。つまりその方法は取ってこないでしょう。狙うべきは、そこまで考えが及ばないであろう一枚落ちる相手。
「どこ見てやがる!?私が殺さずに大人しくさせるなんて器用な真似は出来ないとでも思ってるの!?」
「五月蠅いわね!!本当に久し振りに私も余裕ないのよ!!」
私を拘束するような形で妖術の炎を作り出す妹紅。数えるのをとっくに止めたぐらい殺し合ってるのだから、そういう器用な真似も出来るのは知ってるっての!
(最後に突っ込んできた騒霊じゃ私を殺し切れないでしょうし、永琳が狙ってる人間の楽師も攻撃的な動きを全くしてない時点で同じと考えられるわ。その護衛に回ってる死神とは距離が遠過ぎる、メディスンも毒が全身に回るのに時間がかかる…となれば)
当たり所次第であっさり殺せる得物持ちが、メイドの他に一人だけいる!
おそらく戦力的に劣っているからこそ、騒霊の護衛として最後まで戦場に出てこなかった敵が!!
「ここまでやりたい放題されて、ただの一人も撃退できないのは癪だわ!!のこのこ土足で上がり込もうとしたのを後悔しなさい!!」
「っ!?」
あえてこちらから声を掛けることで、意識をこちらに向けさせる!!
剣と盾で武装した白狼天狗―――天狗社会の下っ端でしかない種族だから恐れるに足らない相手だけれど、その剣で首を落とすなり心臓を貫くなりされれば短時間でリザレクション出来る!
白狼天狗になんて勿体無いけれど、月の姫を殺したという名誉と功績をくれてやるわよ!一度態勢を立て直す代金としてね!!
―――地上に降りて永いのに、私は月の民らしく…地上の住人を見下し、侮っていたということを思い知らされることになったのだけれど。
「眠れ」
「は………?」
私に振り向いた白狼天狗が、その言葉と共に…目を合わせた……瞬間。
…抗いようの……ない、急激な……睡魔に………襲われて………
(……やっちゃった、かしら………)
……永琳ですら、不覚を………取り、かけた…って、魔眼…………
…まさ…か、こん……な………下位、妖怪に…………与え………て、いた…とでも……………?
「倒れ込んだ衝撃で目覚められても困るからな。畳の上までは運んでやるよ」
薄れゆく意識の中で、妹紅の声が聞こえた気がした。