「―――成程ねえ、神綺が本気で会いたがるわけだ。追われてる状況で迷いなく人質の救出を陣頭に立って行うなんて、潜伏すべき者として不相応な行動…護衛としての性分を変えられていない。それは神綺だけでなく魔界の旧友も求めていたヒョウの姿そのものだったわけかい」
「護衛としての性分っていうのも間違いじゃないですけど、正確には【全ての魔界人の兄】であろうとする兄さんのままだったのが一番の理由です。兄さんはわたしだけの兄さんじゃなくて、かつて魔界に留まっていた頃は最年長の魔界人として兄であることを貫いてましたから。
…カタマサと会季がくたばった後も魔界に留まることを選んだ最古参の魔界人が、兄さんの帰りを拒むことは絶対に無い。兄さんが幻想郷の保護を願ってる限り、わたしたちだけじゃなく魔界有数の実力者がそれを支持してくれるよ」
「後始末で頭が痛くなるでしょうが、先輩も協力して貰えるなら日常茶飯事レベルまで厄介さは落とせますので。ユキの言う通り普段パンデモニウムから距離を置いている最古参の強者も先輩のためなら手を貸してくれます…誰もが先輩のお世話になった者達です」
「それでも不足であれば異界間外交に従事している私が、今でも先輩との再会を望んでいる異世界への移住者を呼び戻します。ヒョウさんに会えるというだけで、魔界に里帰りしてくれるであろう友人とは今でも連絡を付けられますから!」
母さんが知り得ない直近の大規模衝突を袿姫と磨弓に説明し終えて、袿姫が漏らした感想がこれ。それに対し魔界から幻想郷に直接乗り込んできた夢子・ユキ・ルビーがすぐさま補足する。本当に豹への信頼が厚いわね…
「皆さん全幅の信頼を寄せているのですね。私もヒョウという方から兵長として学ぶべきところは多そうです」
「そうだね。兄さんは否定するだろうけど、指揮官として不可欠な人望を兄さんは持ち合わせてる。遠い遠い昔…まだ魔界が創造されて間もないころに兄さんが積み上げて来た人望は、今でも魔界に大きな影響を与えられるほどなの。妹のわたしは兄さんと違って後輩の面倒を見るのはあまり得意じゃなかったからね…それこそわたしが神綺様の側近としてかなり自由な立場にいるのも兄さんのおかげだし。
でも、そんなわたしが魔界の重鎮って肩書を持ってるから兄さんが魔界にいつでも帰れるわ。これぐらいしか、わたしは兄さんに返せるものがないからね」
「いや、ここまでとはねえ。サリエルだけじゃなく神綺の側近複数が幻想郷に突っ込んできたのも納得だよ。
だからこそ、幻想郷でヒョウを保護していた者と排除を狙っていた者で大事になったわけかい」
「そういうことでしょうね。もっとも、私は母さんや夢子達がここまで信頼してた男がいるなんて一昨日聞かされるまで知らなかったのだけど」
「そのアリスがヒョウを発見したことで、永く止まっていた神綺達の時間が動き出したのだな。
思っていた以上に、大きな歴史の動きに関わることが出来そうだねえ」
「そのお言葉…!袿姫様もヒョウさんを信じて頂けるのですね!」
「ああ、ルビーだったかい?そこは心配しなくていいよ。ヒョウを信じてなきゃわざわざ地上まで出てこないよ。
ただ、まだどう動くは決められないってことだよねえ」
「ええ、上海が戻るまでは敵の動向を注視しつつ待機するしかありません――っ!?」
「っ!上海が紅魔館から戻って来てるわ。ゴリアテも連れて来てるってことは、私への援護も考えたようね」
「ごめんなさい袿姫様、わたしたちが交戦してしまうのはあまり良くないんです。敵が動いてしまったら」
「私が食い止めてあげるよ、神綺がヒョウと再会するところには私も居合わせたいからねえ。足止めだけなら造作も無いさ」
「そのために袿姫様と私がここに出向いています、お任せ下さい!」
「その場合は私も出るわ、袿姫なら私の人形と合わせることも出来るわよね?」
「無論だ。一騎当千の猛者も、圧倒的な数と再生には手こずるというのを見せつけてやろうじゃないか」
袿姫が味方として頼もし過ぎるわね…!一昨日までは私が最高戦力として動かざるを得なかったからこそ、私が補助に回れる戦闘力持ちはありがたいわ。人形遣いとしての私は、後方からの援護の方が能力を活かしやすいのだから。
もっとも、袿姫がここに合流したのを把握できていれば上海とゴリアテの追撃に動くのは下策…何しろ豹は紅魔館に居るのだから。むしろ僅かでも戦力が減った紅魔館を狙う可能性もある。その場合は救援に向かうべきか…敵戦力を見て判断しましょう。
「―――!?
紅魔館が先に動いたわね…いえ、アリスが真っ先に動いた可能性もあるかしら」
「む…?
これは、豹の魔力も混じっているが…もう一つの魔力も考慮するとアリスの人形が揃って主の元に戻っているのか」
把握したことは真っ先に伝えることで索敵に関する優位性をアピールしておく。少しでも隠岐奈の戦力を削ぐためには、
…もっとも、時間効率を優先した速攻で霊夢と豹を戦闘させることを許してしまった私の失態の方が取り返しは付かないのだけれど。
「『戦力が手薄だから引き抜いたか…?』ですか、内心に留めておく予想でもないでしょうに。
読心能力を持っている割に己が厄介者として警戒されているのを理解できていないのですね。いえ、敵に回しても勝算はあると考えているのでしょうか?
支配欲まみれなだけでなく読心能力と仙人としての力に慢心しきっていますね。そこを見抜かれているから全面協力する有力者を得られないのに気付かないものですかね。私と違って読心能力を使いこなせていないようで」
「…閻魔様の気持ちをこうも早く共感できるとはな。これだけの実力者に囲まれて不快感を与えるだけのお前の方が読心能力を持て余しているのではないか?」
「どこがでしょうね?覚妖怪は精神を弄ぶ存在、私の言葉だけで格上の相手を不快感に落とし込むのは存在意義のようなものです。私ほど覚妖怪の本分に忠実な者は存在しないと自負していますが?
なにしろ、今この場で私を殺害するわけにはいきませんからね。貴方一人がそう考えても、後戸の秘神や諏訪子さんに止めに入ってもらえますし」
「仙人ならこの程度の挑発に乗らないでください、余計な時間を食うわけにはいかないのです。
さとりも少し言葉を慎みなさい。ここにいる数名は古明地こいしではなく地霊殿のペットたちを処分するような横暴も辞さない、それは防ぎようがないはずよ?」
「ふん…」
「茨華仙も損な役回りですね、同情はしませんが。この期に及んで中立を保たなければならない使命感など邪魔なだけでしょうに」
命の危険がないことでさとりの正論と毒舌が冴え渡っているわね…まあ、そのうち私にもそれが向くのでしょうけど。それを利用して時間稼ぎを狙えるのだから悪くは「私がそんなことに読心能力を使うとでも?スキマ妖怪が理想とする方向に話を進ませるものですか。貴方の内心をバラ撒くことでの時間稼ぎなんてさせませんよ」
「…スキマ妖怪だけ被害が無いのは腹立たしいけど、その目論見通りに事が進むのも気に入らないわ。その点だけは私も同意してやるわよ。
それで、結局アンタ達じゃ有効な策を出せないってことよね?なら永琳をここに連れてきなさい、私の命令なら拒否しないわよ」
「はあ?永琳に取引を無視させる気?」
「永琳が襲撃者と交わした取引は『追撃をしない』ことよ。情報交換に出向くのは追撃じゃないわ」
…その内心を読まれてさとりが即座に先手を打ってきた。本当に面倒な相手だわ。
そして蓬莱山輝夜が出した意見に霊夢が反応し、それに屁理屈を即答する。思っていた以上に腸が煮えくり返ってたようね。従者の交わした取引を主の強権で破棄させる気満々…本人が自覚してる以上に月の住人としてのプライドが高いせいで、目に見える形での報復をしなければ納得できないということ。
それを利用するように隠岐奈が返答する。
「はっ、月の姫君は御伽噺通り小賢しいのだな。だが有効な手段ではある。
いいだろう、覚妖怪は紫が連れて来たからな。奴は私が連れて来てやろう」
「待ちなさい摩多羅隠岐奈。先に紅魔館から動いた人形の件を白黒付けてからです。
僅かとはいえ紅魔館の戦力が減りました。こちらから動くことも考慮すべきでしょう」
「おやおや、閻魔様ともあろう方が随分と余裕が無いねえ。まあ、動くってんなら私が出てやるよ?魔理沙を守るためなら手を尽くしてやるさ」
「あー、動くんなら私は先に失礼するよ?これ以上ここにいたら魔界から信用されなくなるからさー」
「そうですな、私も帰らせてもらいましょうか」
「ふん、お前らは結局豹の肩を持つってんだな?」
「そりゃそうだよ、どう考えても先に手を出したあんたらが一番悪い。しかもよりによって現在進行形で豹の家に取り憑いた騒霊を狙ったんでしょ?豹個人としても魔界に引き渡すべき最有力候補だよ、そこの魔法使いは」
「それに不満があるのが博麗の巫女と師匠の悪霊なのでしょう?妖怪の山は豹を敵視してはいますが、排除するために魔界を敵に回すわけにはいきませんので。流石にこの判断は天魔様が付けるべきですから、下っ端の私は報告に戻らねばなりません」
「ああそうかよ、薄情な奴等だぜ。勝手にしやがれ!」
「待ちなさい、閻魔様の焦りもわかりますが人形2体が離れた程度で攻撃を仕掛けても豹に逃げ切られるのが見え透いています。今詰めるべきは古明地こいしへの対処だわ。
八意永琳の考えを聞くまでは残りなさい。その方が中立を保つのにも役に立つわ」
…いい感じに場が荒れて来たわね。この状態を継続することが一番簡単な時間稼ぎ。私の内心を読心能力で理解しているさとりも、華扇の脅しがそれなりに聞いているのか口を挟まないでいる。そして霍青娥の行動で信用が無いことを理解している豊聡耳神子も積極的に意見を出せない…読心能力持ちが議論に消極的な今、私が余計なことを言葉にする必要は無い。藍もそれを理解しているから私以上に発言を控えている。
少なくとも、この様子なら対応策が出る前に上海がアリスの元に帰り着く…豹が最も恐れているのは夢子とユキにもう一人現れた魔界人らしき反応が交戦すること。紅魔館ではなくアリスと埴安神袿姫を先に潰すべく動かれた場合の迎撃戦力としてアリスの元に帰したのでしょうね。
それならこの状況を傍観しているだけで、豹に対する援護になるでしょう。
「…あの、なんで私までメイド服着させられているんですか?」
「豹様が商売人のあなたを戦闘に巻き込まない配慮をしていたので、その意思を最大限尊重するためですわ。その格好で炊事や掃除を行っていれば、少なくとも優先的に狙われる可能性は低くなりますもの」
「それにお兄様が帰って来た時の反応も楽しみだからな。リリーとノエルに真正面から『似合ってるな、かわいいぞ』と照れもせずに言うお兄様だぞ?ミケに対してどう言葉を掛けて、ミケがどう反応するのかも楽しみじゃない」
「あー、ダテに悪魔の館って呼ばれてるわけじゃないんですね…思ってたのと全然違う方向でしたけど」
「でも、ミケさんもお似合いなのですよー」
「それに、ミケさんと一緒なら私でも不意打ちぐらいは出来ます。リリーちゃんとも一緒に三人で入口近くのお掃除をしていれば、紅魔館内部に侵入することを最優先に行動する人から他の妖精メイドさんたちを守れるかもしれません」
「へー、命名って呪い凄いんだねー。ノエルも妖精メイドとして働かない?なんなら私の専属でもいいよ」
「フランの専属はむしろ罰ゲームだわ…狂気に飲まれても一回休みで済むからって、軽い考えで勧誘するんじゃないわよ」
「なんかパチュリー私に当たり強くない!?」
「…そのあたりはノエル自身の意志も尊重してやれ。
だが、その考えは悪くない。レミリアと私も迎撃に出ることになれば、紅魔館内部の妖精メイドやホフゴブリンの退避はミケが中心に行ってくれ」
「はい、それぐらいは保護してもらえた以上やります。…メイド服はどうにかして欲しかったですけど。ご丁寧に尻尾穴まで空けられてるし」
「ノエルを紅魔館で雇うなら、ミケは私が雇いましょうか?」
「…その反応、もしかして夢月さんのメイド服は」
「姉さんの趣味だよ。私が気に入って着てるのもあるけど、翼穴付いてるメイド服を自宅で姉さんも着たりするから」
次は6/25(火)までには更新します。