「カムさんが直接幻想郷に侵入するためのゲートが、その紅魔館にあるってことなのね」
「そうだユキ。カムさんは空間魔法補助用の魔法具を使って移動してるそうだが、ルートが開通してるなら俺が繋げられる…カムさんが出向いてくれたことで俺も知ることになった魔界へ通じるこのルートだが、神綺様への連絡役として魔界に送れる存在が紅魔館にはいなかった。だが、このタイミングでルビーが幻想郷まで出向いてくれたことで足りなかったピースが埋まる」
「戦闘では役に立てない私にとって、これ以上ない役割ですね…!
ヒョウさん、私にやらせてください。ヒョウさんを助けようと動いている皆さんにとって最大の援護になります!」
「やってくれるか、ありがとなルビー…!
幻想郷まで出向いてくれたのにとんぼ返りさせることになってすまない。だが、俺が発端となって魔界と幻想郷の全面戦争を起こすわけにはいかねえ…頼むぜ」
ルビーも俺の知るルビーのまま…次世代の魔界人として最古参であるがゆえに、自身の戦闘力を深く理解している。幻想郷で戦闘に参加するより魔界との連絡役として動く方が安全かつ全体の益になるとすぐ判断し、何も言わずに俺の言葉に従ってくれた。
俺にとって数少ない弟子と呼べる存在のルビーも、ユキと夢子と同じですぐにでも俺を魔界に連れ帰りたいはずだ。だが幻想郷に直接出向いたのにもかかわらず、魔界が最優先になる選択を選んでくれている…俺の教え通り、ルビーと俺が生き延びるための最善策を即座に選んでくれたのだ。
ルナサ達から聞いた通り、ルビーは今でも俺の妹でいてくれている。
だからこそ俺は、このまま俺と魔界を敵視する面々に捕まるわけにはいかない。兄として、妹たちに迷惑をかける交渉の材料にされることは避けなければならないのだ。
「先輩、一つ聞かせてください。カムさんは何故このタイミングで幻想郷を訪れたのですか?」
「レミリア…紅魔館の主が気を利かせてくれてな。くるみとリィスから俺の現状を聞いた時点でカムさんに幻想郷に俺がいることを伝えてくれてたそうだ。もっとも、ここまで早く反応されるとはレミリアも思ってなかったみたいだが。
俺は念のために紅魔館の住人には名前を伏せ八雲の隠者で通してたんだが、くるみとリィスがヒョウという名を出したことでレミリアも魔界の動向にある程度合点がいったそうでな…カムさんに『ヒョウという魔界人に心当たりはないかな?』と聞かれたことがあったのをしっかり記憶してたから、迅速に動いてくれたワケだ。
ちなみに部下じゃなくカムさん直々に出向いた理由は…確保してくれてた会季のハルバートを俺に届けるためだった。魔界に帰ったらカムさんにもしっかり礼をしないとな…」
「えっ!?それって兄さんがあの時持って行ったやつ!?」
「そうだ、偶然か運命か…カムさんの故郷に流れ着いたのを確保してくれてたそうだ。『これは神綺さんやユキちゃんじゃなくヒョウくんに渡すべきだと思った』って言われたよ」
「そんなこともあるんですね…それこそ、カムさんじゃなきゃ気付きもしなかった可能性もありますか。私たち魔界人は武器にあまり価値を見出せないですからね…」
「そうね…先輩の言う通り、運命を感じずにはいられない。
それに、紅魔館の主も優秀ですね。先輩が妹として認めているのも納得です」
夢子の疑問は問題なく解決できたようだな。小悪魔がカムさんを紅魔館ロビーに連れてきた時はレミリアも軽く驚いてたが、カムさんのフットワークの軽さは全く変わってないってことなんだろう。魔界有数のギャングのボスが連絡を受けて即日異世界に乗り込んでくるなんて普通は思わない。
そしてこれで話は終わりと思ったらしいこいしが、次の動きを確認して来る。
「それじゃ私が豹とそこのルビーさんを隠して紅魔館に戻ればいいの?」
「ああ、そうだが少し待ってくれ。戦闘とは別にアリスにもう一つ頼みたいことがある」
「私?何かしら」
「サリエル様と幻月が俺の救出に動いてくれる前に、人形を使って通信したと聞いている。その通信人形は持ち出しそびれて俺の隠れ家に置きっぱなしらしいんだが、アリスが遠隔操作して移動させることは出来るだろうか?」
「問題なく出来るわよ。紅魔館に移動させればいいのかしら?」
「いや、アリスと紅魔館が繋がった証拠を掴まれるのはマズい。アリスの通信人形なら盗聴される可能性は低いとは思うが、人形が紅魔館方面に移動しているのを野良妖怪や妖精に目撃されるリスクは無視できない。移動経路を考慮すると霧の湖の人魚や氷精あたりが目撃し、それが博麗神社に集まった勢力の関係者に伝わり報告が回るって可能性がある」
「そうですね…あの氷精は私だけでなく、リリカさんたちにも喧嘩を売った上で追い返されています。移動中の人形を見つけたら追ってきてしまうでしょうし、情報源として博麗神社に集まっている方々に回収される可能性もあります」
「…上海の成長速度は本当に凄まじいわね。豹の隠れ家のおかげなのかもしれないけれど、ここまで完璧な状況判断が出来るようになるなんて」
「そうね、上海はもはや人形であることが制限になってしまうかもしれない。神綺様がアリスを次のステップに進ませるのも、そう遠くないでしょう」
「夢子の言う通りだろうな…だが、今はその話を続ける時間が惜しい。本題に戻らせてもらうぞ。
アリスの通信人形だが、命蓮寺に向かわせてもらえないか?命蓮寺にユキと夢子が訪れていたのはすでに博麗神社に集まった連中にも周知されてるだろう…つまり人形の移動を確認されても問題ない」
中立を保つ必要がある命蓮寺だが、星がこいしとこころをアリスの家に送り守矢神社の中立化を伝えてくれた点を踏まえると俺に協力的と見ていいだろう。少なくとも敵対する気は無いのだから、地味ながら重要な役割を任せたいのだ。
「たしかに命蓮寺と通信できる状況にしておくのは悪くないわね…後でつつかれても母さんが到着したときに予定を合わせるためって逃げ道が作れる」
「そこは神綺様に調整してもらってくれ。まったく別の方向で頼んでおきたいことがある。
―――あえてアリス達に決行時間は伝えないでおく。その方が第三者から見て俺と内応したようには見えなくなるだろうし、神綺様がこの家を幻想郷への出口として使う以上先に決行時間を伝えてもあまり意味が無いからな。だから神綺様がここに到着した時点で命蓮寺に一つ通信してもらいたい…『交戦は避けられないだろうから、人里に流れ弾が着弾しないよう防衛に回ってくれ』、だ」
「あー…たしかに兄さんと神綺様が本気でぶつかったら流れ弾まで気にしてられないもんね。人里の防衛なら中立を貫かなきゃならない命蓮寺がやっても問題ないし」
「そうだ、とにかく俺は付け込まれる事実を作っちゃならねえ。そこらの野良妖怪なら巻き込んでも問題無いが、人里に被害を出したら確実に突っ込まれる。だが人里防衛に割く戦力の余裕なんざないし、初動が遅れると防衛に向かっても間に合わなくなる可能性もある…だからこそ命蓮寺にも臨戦態勢でいてもらいたいんだ」
「でも今のタイミングでこの件を命蓮寺に伝えるために人手を動かすと、何故この時点で人里防衛を任せるなんて連絡が出来たのかという矛盾が生じてしまう。だからアリスの通信人形を利用する必要がある」
「そういうことだ夢子。加えて言えば俺の隠れ家を情報収集として手の空いた奴に家捜しされた場合、アリスの人形が見つかると付け込まれるリスクがある…それを潰すためにも回収はしたかったんだが、アリスが遠隔操作できるなら俺の隠れ家から命蓮寺に回す方がリスクは少ない。アリスの家から命蓮寺まで移動させるよりもな」
「…なんだか私が貴方を探しても追いつけなかったのがあらためて納得できるわね。ここまで緻密な作戦立案能力があるなら、情報不足の私たちが逃げる貴方を捉えられるはずもないわ」
「俺は神綺様の護衛だったんだぜ?無事に逃げ延びることこそ本来の使命だ…これだけは衰えさせちゃならねえ能力。神綺様が俺に与えてくれた、一番大切な存在意義だからな。
…裏切り者が何を言うんだって話だが」
「兄さん、最初に言ったけどわたしたちは兄さんが裏切り者だなんて思ってないよ。反逆にちゃんとした理由があって、それにわたしだけじゃなく神綺様も夢子もルビーもみんな納得出来ちゃったんだから」
「…そうだとしても、俺が反逆したのは取り返しのつかない過去の事実だ。
これ以上は魔界に帰ってからにさせてくれ…時間に余裕が出来てから、な」
「先輩………」
アリスの通信人形を使って命蓮寺に頼みたいことを伝えた流れで、俺の反逆の話になった。だがこれに関しては長くなる…俺の矜持と、清算の話になるのだから。
だから、全てが終わってからだ。神綺様に敗北してからなら、俺も踏ん切りを付けられるだろうから。
ユキと夢子とルビーは複雑な表情だったが、俺が魔界に帰ることを前提に話したことで今は引き下がってくれたのだろう。途切れた会話をアリスが再開してくれる。
「…そこは私が首を突っ込むことじゃないから、当人たちで終わらせて頂戴。
とりあえず、豹の隠れ家の
「ああ、よろしく頼む。
それで袿姫様、フラワーマスターが動いた場合人里への被害などお構いなしで攻撃してきます。風見幽香が動いた時点で人里防衛の切り札も動くはずですが、ある程度の時間はかかります…ですので磨弓抜きでも渡り合えるようでしたら、人里方向への流れ弾の処理を磨弓にお願いしてもよろしいでしょうか?」
「磨弓、やれるな?」
「袿姫様の命であれば必ず果たします」
「ありがとうございます。
人里が安全になればすぐに理解できますので、確認でき次第磨弓もフラワーマスターへの攻撃に回って大丈夫です」
「へえ、なかなか面白い守り方みたいだねえ。期待しておくよ」
慧音なら人里を隠す判断のタイミングは問題ない。ただ実行に移すのに時間がかかるし、先に俺の策の内容を伝えるわけにはいかない…それゆえの命蓮寺への協力要請だ。俺と神綺様だけでなく、風見幽香は交戦する位置が人里からそう離れていない場所になる…太陽の畑と人里の位置関係的にこれは避けられない。人里防衛の観点では袿姫様の参戦が大き過ぎる―――もし袿姫様と磨弓がこの場に居なかったなら、人里に被害が出ることは許容せざるを得なかった。幻想郷の管理者でも持て余す風見幽香との交戦なら、人里への被害も致し方なしという打算…ここに関しては摩多羅隠岐奈でも強くは出れない。なにしろ当人が風見幽香を制御下に置いていない管理者の一人なのだから。
アリスと袿姫様、磨弓の合意は得られた。予想以上に話が早く纏まったのは大き過ぎる…後は、神綺様次第。
「夢子、神綺様が無理なく幻想郷に来れる時間は予測できるか?」
「正午前には確実に終わる仕事量でしたが、決行は早ければ早いほどいいのですよね?
先輩が魔界の後始末に回ってくれる前提であれば、多少仕事を残してもなんとかなります…ルビー、これは私が言ったと神綺様に伝えておいて」
「わかりました!」
「俺が決めてしまっていいんだな?」
「ええ、私たちにとっても先輩は最優先すべき存在です。
先輩が準備を整え次第、決行してください」
「わかった。紅魔館の皆と詰める。
あらためて、皆…どうかよろしく頼む!」
最後にもう一度頭を下げ協力を求める。
そんなことは必要ないとでも言うように、すぐ返事が返って来る。
「任せて!兄さんのためだから!」
「はい、先輩のために尽力します」
「ええ、こちらこそお願いするわ。魔界と幻想郷の現状を維持して頂戴」
「もちろんです!隠れ家さんへの恩返しのためにも、力を尽くします!」
「私も楽しませてもらうんだ、好きにするといい」
「私は袿姫様の命に従います、お任せください」
「ありがとな…!
アリス、囮としてルビーの魔力を宿らせる人形を用意できないか?」
「この子を使いなさい」
返答と同時にルビーに仏蘭西人形が近寄ると、すぐさまルビーが魔力を注ぎ込む。
「それじゃルビー、ついてきてくれ。こいし、頼む」
「はいっ!あらためてよろしくお願いします、ヒョウさん!」
「はーい!」
返事と同時にこいしが俺とルビーも無意識に隠し、目の前で見失った皆があらためて驚いている。こいしのこの能力が無ければ出すことのできなかった協力要請だ…こいしにもしっかり礼をしねえとな…!
「行くぞ。はぐれないよう、こいしもルビーも抱えてくからな」
「えへへ、わかってるー♪」
「…えっ!?」
右腕にルビー、左腕にこいしを抱えて紅魔館へ戻る。ルビーが顔を赤くしているが、無意識に隠れた状況でトラブルが起きたら即座に対処できるか不透明なのだ。少しの時間、耐えてもらおう。