「それで永琳、対処法はあるのかしら?」
隠岐奈が八意永琳と玉兎一匹を連れて戻ってくると、早速蓬莱山輝夜が問い掛ける。元々ここに集まっていた面々では打開策を出せなかったのだから自然な反応ではあるのだけれど、こうも話を急ぐあたり意地でも豹本人に報復したいようね。
私と藍と橙を除くここに集まった面々は、豹の粛清もしくは幻想郷からの追放を前提に動いている。それは豹を迎えるため神綺が幻想郷に侵入した時点で、蓬莱山輝夜個人が豹を攻撃することが難しくなるということ。魔界との戦争は避けなければならないというのは、私も含めて幻想郷の有力勢力全てが一致している見解―――神綺到着後に蓬莱山輝夜の私怨だけで豹含む魔界人を攻撃しようとしても、幻想郷の住民総出で止めに入ることになる。そこまでは理解せざるを得なかったからこそ行動を急いでいる…永遠を生きる蓬莱人とは思えないほど感情的。
(もっとも、彼女が月の民だからこそ豹も本気で攻撃したのでしょうけれど)
サリエルの反応からしても、豹個人だけでなく魔界上層部も月を強く敵視している。逆に考えれば永遠亭が不穏な動きを見せた場合、神綺やサリエルの協力が得られるということ―――豹が私の元を去ってしまう替わりに永遠亭と月に対し強力過ぎる協力者が出来る、そう考えれば豹が魔界に帰ってしまっても幻想郷に損は無い。
…私個人と藍個人にとっては、精神面で大き過ぎる損失になってしまうけれど。
「無意識を操る程度の能力への対処法ね…
まあ、私の薬で対応できないわけではないけれど」
「その薬を服用するような実力者がいるとでも?こいし対策を即座に出せるのは流石は月の頭脳というところですが、非現実的な案は対処法には成り得ませんよ」
「…本来彼女を制御すべき貴方には言われたくないわね」
「心を読んで一人だけ納得してるんじゃないぜ。永琳もさとりもちゃんと説明しろよ」
あっさり対策自体はあると言い切るのは流石だけれど、八意永琳をもってしても現実的な手段ではない、か。
さとりが読心してまた有力者に突っかかり、この場にいる中でもっとも危険な立場に置かれている魔理沙が説明を求める。
「相手が無意識に隠れるというのなら、対抗させる駒の意識を消してしまえばいい。本能だけで暴れるバーサーカーなら、無意識を操られることなく彼女の姿を捉えられる。
もっとも、古明地こいしを見失わない代償に敵味方の区別なく暴れ回るでしょうけれど」
「ちょっ…!それじゃ意味ないですよねお師匠様!?」
「さらに言えば生半可な駒じゃこいしに返り討ちにされるから、かなりの実力者を暴走させることになる。それだけの実力者が己の意識を手放す薬なんて飲みませんよ。――ああ、敵に回ったのに飲ませるつもりでしたか。その敵を捕らえる前にこいしに暴れられると困るという話ですが?」
「そこの覚妖怪の言う通りで、古明地こいしを相手取れるレベルの戦力で狂戦士化させられるような手駒が必要になるのだけれど…そんな貴重な戦力を手放す者はいないでしょう?
だからこの対応策を打つ場合、捕虜にした敵に投薬するのが合理的。ただし、その捕虜を取るための交戦で古明地こいしに不意打ちされるリスクは許容してもらう必要があるわね」
「それでは根本的な解決策にはなりません。
その薬剤で対応するのであれば、古明地こいしを排除するためだけに使い捨てる有力な戦力を見繕えということですか」
「私は戦闘に参加するつもりはない。永遠亭から薬の提供はしても、捨て駒までは用意できないわよ」
「ふむ…都合の良い戦力に心当たりがある者はいるか?」
閻魔様の出した答えに隠岐奈が確認を取るけれど、ただでさえ戦力不足気味な状況で有力な手駒を使い捨てるなんて愚策は誰も取らないでしょう。返答する者は一人もいない…それなら、私から揺さぶりをかけておきましょうか。
「誰も心当たりが無いのなら、私から推薦してあげるわ。
輝針城に逃れた天人くずれなら戦力的にも使い捨てること前提でも適任よ。紅魔館よりは輝針城の方が襲撃するリスクは少ないでしょう?」
「成程な、たしかに奴なら捨て駒にしても問題ない。紫の意見にしては随分と真っ当だが、これがどう豹の援護に繋がるのだ?」
「豹の援護にはならないわよ。単純にあの天人くずれを合理的に処分できる好機、それを利用するだけだわ」
「紫の私怨が多分に入ってるわね…たしかに投薬候補としては悪くないけれど、彼女を利用するには戦力の消耗と時間の浪費が避けられないわ。もっと即効的な案は無いのかしら?」
今の時点で輝針城には少名針妙丸の他に天人くずれと依神姉妹がいる。ただ問題になるのは私か隠岐奈で拉致しようとしても確実に抵抗する点…私は推薦したとはいえ拉致に協力する気は無いし、隠岐奈もついさっき天人くずれを利用したからには次に顔を合わせれば交戦になる。あのクソガキは同じ相手に二度も利用される前に報復に動くタイプ。
そこを考慮すれば余計なことをする前に先手を打って黙らせておくだけの理由はあるのだけれど、実力だけは不相応にあるあの天人崩れをさとりと永琳のようにパっとこの場へ拉致することが不可能。それなりの戦力で投薬させられる状態まで叩いて大人しくさせる必要がある―――そこまで理解している華扇が非効率的だと別案が無いのか問い返したわ。
…それに、霊夢と華扇はあの天人くずれを捨て駒にするのは不本意でしょうしね。私の私怨が入っているように、霊夢と華扇はあの天人くずれに借りがあるのだから。
「時間効率を重視する場合は、古明地こいしに不意打ちされるリスクを許容する必要があるわね。肉親の確保は出来ているのだから、彼女を人質に交渉するのが手っ取り早いわ」
「説明を聞いていなかったのですかね?こいしから見て私に人質としての価値は無いと先ほど伝えましたが?――ああ、肉親としての情はそんな簡単に割り切れるものではないと。月の頭脳と呼ばれる天才も随分と情に脆いようですね。
こいしにとって豹は運命の相手だそうですよ。姉妹付き合いより運命の恋の方が優先される…情に脆い月の頭脳なら理解できるんじゃないですか?」
「…そこまで入れ込んでるとは読めなかったわ。でも、藤原妹紅やユキの反応を思えばそうなってもおかしくはないか。
本当に面倒なことになってるわね…輝夜、引き下がる気は無いの?」
「え、何よそれ。まさか永琳でもお手上げだっての!?」
「敵に回られた相手の能力が厄介過ぎるわ。肉体的な影響しか受けない豹に、無意識に潜むことで全く動きの読めない古明地こいし、蓬莱人すら疑似的に殺し得る最上位生命魔法を扱うサリエル。この3名が揃った時点で短期決戦は不可能だわ。
豹が盾役、サリエルが回復役、古明地こいしが攻撃役に専念するだけで多大な消耗戦を強いられる。防ぎようがない攻撃を仕掛けてくる古明地こいしと即死の魔眼持ちのサリエルを搦手が全く通じない豹が護衛し、負傷はサリエルが問題なく回復する…被害無しで仕留めるのであれば幻想郷自体に甚大な被害が出るレベルの大規模攻撃で地形ごと消滅させるというのが効率的かつ合理的よ。
彼ら3名だけのために交戦地点を復興不可能な焼け野原にすることになるけれどね?」
「当然、許可できないわ。それだけの被害を出す前提なら、龍神様にも報告が必要になる…隠岐奈もこの点に異論はないわね?」
「そうだな、私としては選択肢の一つとして数えたいところだが…龍神様がお認めになるはずが無い。魔界との全面戦争となれば、同じ結末を迎える可能性があることは考慮に入れてもらいたいところだがな」
「じゃあ何よ?このまま何もせずに神綺が来るのを見ていろとでも紫は言いたいわけ!?」
「私は最初から霊夢にそう言ってるわよ。『この件、霊夢は一切関わらないで頂戴』って。
隠岐奈の口車に乗せられて霊夢が動いた結果が今の状況。完全に悪化したのは理解できているわよね?」
「………悪かったわね。でも、放っておくわけにはいかないのよ」
色々不満はあっても、霊夢は博麗の巫女としての責を果たすべく動いている。今回は、私が霊夢と豹に距離を取らせていたところを隠岐奈に突かれる形で最悪の結果を招いてしまった。
霊夢を責めるのは筋違い。だからこそ、これ以上は何も言わない。
「私からすれば報復は豹じゃなくそこの摩多羅隠岐奈に向けるべきだと思うのだけれど、輝夜はそうじゃないのかしら?」
「永遠亭に殴り込んできた張本人に向けない報復に意味があると思うの?」
「…そうね、輝夜はそういう性格だったわね」
「私からすれば永遠亭もいい加減に態度をはっきりさせてもらいたいのだがな。いつまで月と通じているつもりだ?
永遠亭の存在があの地獄の女神、ヘカーティア・ラピスラズリが幻想郷に興味を持つ元凶となったのだ。状況次第では魔界神・神綺以上に幻想郷にとって危険な女神、奴の介入に関しては永遠亭にも責任が発生する。そのリスクを負ってまで月との繋がりを保つ必要があるのか?」
「そういうこと…幻想郷の管理者の一角が永遠亭を狙い撃ちの形で巻き込んだのは、そこに牽制を入れるためだったと」
「放置できる存在ではあるまい?幻想郷にとっても、永遠亭にとってもな」
「だからと言って魔界を出しに使うことはなかったでしょう!」
「逆に聞かせてもらうぞ茨華仙。永遠亭をこのような会談の場に引き摺り出すに足る案件が他にあったか?」
「…ヘカーティア様を警戒するのは仕方ありません。茨華仙の指摘通り手段に問題があったことも事実です。
ですが、摩多羅隠岐奈も茨華仙も今は引きなさい。今現在優先すべきは魔界人・豹に関してです。余計な時間を費やす余裕はありませんし、永遠亭を戦力として数えることが出来る今の状況で相互不信に繋がる議論は必要ありません」
そして永遠亭と月に関する方向に話がずれかけたのを閻魔様が軌道修正したわ。閻魔様も己の判断で星熊勇儀を敵に回してしまった以上、強くは出れないようね。それに地獄の閻魔としてヘカーティア様と繋がりがある以上、隠岐奈の考えも理解できてしまっている…結果的にこの場において魅魔に続いて隠岐奈に協力的な立場になっているわ。
「結局のところ、あの無意識妖怪に対して確実な対処法はないってことかい。
それなら単純な話だ。命が惜しい臆病者は参戦しなきゃいい。私は魔理沙を魔界に引き渡すのは断固拒否だからねえ、紅魔館に殴り込む準備は出来てるよ」
「私もだぜ魅魔様!どうせお前らは私のことなんざ交渉材料としてしか見てねえんだ。だったらここで大人しくしてても命の危険があるのに変わりはないからな!」
「そうね、私もさっき言った通り魔理沙を見捨てるほど薄情じゃないわ。付き合ってやろうじゃない」
「そう…ならもう私も止めないわ。
豹は霊夢を殺すわけにはいかないって今でも考えてくれてたから、霊夢の好きにしなさい。魅魔と魔理沙には容赦しないでしょうけど」
そして、これ以上は時間の無駄と結論付けた魅魔がハッキリ意思表示したことで霊夢と魔理沙も同調したわ。悪くはないタイミングでしょう…少なくとも、この状況で結論を出させるなら守矢と天狗勢力は同調できない。古明地こいしを敵に回してまで戦闘に参加することにメリットが無いのだから。
「あー、それじゃ私はもう帰るよ?あんたらに付き合う義理なんてないし」
「そうですな、私も失礼させていただきましょうか。下っ端の私が判断すべき案件ではありませんからねえ」
「そうだな、これ以上余計な情報を渡す必要もあるまい。好きにするが良い」
「そーさせてもらうよー」
案の定、早速洩矢諏訪子と射命丸は一言残して博麗神社を後にしたわ。最低限の援護は出来たでしょう。
それなら、私からもこれ以上余計な情報を渡す必要は無い。古明地さとりがいる以上、この場にいるだけで情報を引き出されてしまうのだから。
「それじゃ、私も失礼するわよ。幽々子に状況を説明しなきゃならないから」
「ほう?紫が博麗の巫女への支援を打ち切ると言うのか?」
「今言葉にしたばかりよ。豹が霊夢を殺すことは無い…それだけは確信できたから問題無いわ。
これ以上、私が神綺の不興を買うのも避けるべきですし」
「待ちなさい八雲紫!この期に及んで管理者の歩調を合わせることすらしないのですか!?」
「ええ、この場に残った面々とは相容れないわ。
何故なら、私は『豹が幻想郷を滅ぼすことは無い』と確信しているもの。
ここを信じることが出来ない相手と、これ以上話すことはありません。帰るわよ、藍、橙」
「はっ!」「はいっ!」
閻魔様が食い下がろうとしたけれど、これ以上は無駄。
ここまで追い込まれても霊夢の命は奪わなかった。そこを伝えても豹を信じられない相手にまで、私が気を使う必要は無い。
ここから先は、豹と魔界を信じた幻想郷の住民の助けになるべきなのだから。
不満しかない視線を背中に受けながら、藍と橙を従えてスキマに入る。ここから先は、いかに豹の邪魔をしないで動けるかどうかね…!