寂しがりやな魔界人の幻想郷逃亡録   作:影就

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主人公の過去語り再び。


第26話 役目を捨てた切っ掛けは

持ち出していた魔力回復薬を飲み、強襲されても足手まといにはならない程度のコンディションに戻す。自作したもので魔女や薬師が精製した薬ほどの効果は無いとはいえ、追手じゃない相手との戦闘で使うことになったのはかなり痛いが…手に入れる当てがないわけではない。それならばまだ追手が無いうちに使って自然回復の足しにすべきだろう。ハイリスクだが当てと接触できれば、秘薬レベルの本物を貰える可能性がある。

…彼女を頼るような状況は、もはや詰みとも言えるのだが。

 

「それで、俺とサリエル様について話すとしてその前に聞いておきたい。口振りからすると、幻月と夢月はサリエル様と直接面識があるのか?」

「ええ。夢幻世界を創り出してそう時間も経たないうちに、誰の手によるものかを調べるため直々に乗り込んできた。もうずいぶん昔のことだけど、いまだにあの時ほど危機感を感じたことは無い…」

「ようやく二人で落ち着ける場所を創ったのに、最初に入り込んできたのがかつて月を支配していた堕天使でしたから…私たちが存在するのはそれほどの大罪なのかとあの時は思いました。そんな心配は全く必要なかったのですけどね」

 

世界を創り出した、か。つまり夢月が翼を失ったのはそれが理由なんだろうな。

 

「新しく創り出された世界の主が私たちだということを確認すると、何をすることもなく去っていきました。魔界で過ごしているだけあって、悪魔というだけで討伐するような横暴な天使ではなくて助かりました」

「あの時戦闘になったら間違いなく私たちがやられてた。夢幻世界を創ったばかりで魔力ほとんど枯渇してたし…ただあの状態の私たちに何もせず帰ったのは悔しかったけど。並の天使や悪魔なら誓約なり呪いなりで私たちに枷を付けるぐらいはしていっただろうから」

「…あの、夢月さん?わざわざ豹さんを痛めつけてから連れて行こうとした理由って、それだけですか?」

「そうよ。あの絶好の機会をふいにした結果がこれと思い知らせたいじゃない。魔力がほぼ回復した今なら勝てはせずともいい勝負は出来るだろうし」

「俺が死にかけるのは自業自得だが夢月とサリエル様が本気でやりあったら魔界も夢幻世界もただじゃ済まないだろ。やめてくれ」

「豹さんにはもう少し残される側の気持ちを考えてほしいです」

「あ、それは私とエリーからも重ねて言っておきますねー」

 

矛先がこちらに向いた。その言葉は、俺に刺さり過ぎるから止めてくれ…

まあ、これでどのタイミングで面識ができたのかの予想は付いた。これなら問題ない―――最悪な状況である夢幻姉妹が神綺様側に回るという可能性は低いだろう。

 

「そうはならなかったから、話を戻すぞ。俺とサリエル様の関係を簡潔に言うと、元護衛と護衛対象だ」

「………いえ、どういうことですか?堕天使に護衛されるほど、豹さんって偉い人だったのでしょうか?」

「エリー、逆よ。ヒョウが護衛してた方…だとしても信じ難い話だけど」

「そういうことですか…たしかにその答えを聞くと納得が出来ることばかりですね。

魔法を得意とする魔界人が、なぜ近距離での格闘戦に長け頑強な肉体を持っているのか。あれほどの空間魔法を使えるヒョウが、なぜ攻撃魔法をほとんど使えないのか。そして、先程使っていた魔眼…サリエルが魔眼を与えるほどヒョウを信頼しているのは何故か。

最も信頼する護衛としてサリエルに側仕えしていたのであれば、必要な技能だけ集中して会得している優秀な護衛ですね」

「それは買い被りだ…たしかにサリエル様と俺は戦闘における相性はいい。だが護衛として派遣されたのは一回きり、それも神綺様の助けがあった上で辛うじて護り切るという情けない結果だった。俺は左目を潰された挙句神経毒を喰らってほぼ無力化されたし、窮地を察して助けに来てくれた妹も魔力をほぼ使い切って、当時ほどの力を振るうことは二度と出来なくさせてしまったしな…」

 

思えば、俺の全盛期だったからこそ生き延びることが出来たのだ。今の俺が同じ状況に置かれたら、間違いなく死だ。

 

「長くなるが…詳しく話さなきゃ駄目か?結果だけなら今話した通りなんだが」

「当然ね。ヒョウだけでなくサリエルまでそこまで追い詰めた相手、下手な戦闘よりもよほど面白そうな話じゃない」

 

だよな…仕方ない。

始めよう。護衛役のヒョウが、反逆者に堕ちる切っ掛けの話を―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒョウくん、しばらく月に行ってもらえない?」

 

珍しく俺一人で神綺様に呼ばれたと思えば、全く予想できない言葉が飛んできた。

 

「神綺様の命令なら断ることは無いです。とはいえ場所が場所…詳しいことは教えてくれるんですよね?」

「もちろん、むしろよく聞いて行って!ちょっと冗談で済まないことになりそうなの」

 

神綺様が創造した魔界もようやく落ち着いたとはいえ、異世界に俺を派遣するような余裕はまだ無い…はずだ。神綺様を除けば今魔界で過ごす中では俺が最年長の魔界人。大半の魔界人たちが自由に生きても問題なく日々が進むようになったが、何かあった際に俺が不在となるとユキや夢子に相当な負担がかかってしまう。

それを考えた上で俺に動けと言っているのだ。かなりの大事になっているのは間違いない。

 

「私の友達にサリエルっていう天使がいるんだけど、魔界に引っ越すって話になってたの。月の支配者なんて大変な任務を押し付けられててね。考え方も理想も合わないのが月に来てからずーっと我慢してたんだけど、そいつらがそれなりに支配体制を確立させたから身を引くと決めたんだって」

「それだけなら問題は無さそうですが、俺がお迎えしないとならないということは空間移動絡みで何かトラブルですか?」

「そのぐらいならヒョウくんに頼まないわよー。サリエルはもう片付けも引き継ぎも8割方終わらせてるんだけど…利用価値がある以上魔界に行かせず管理下に置くべきって考えの奴らが暗躍してるらしいの」

「なんだそれ…あとは好きにしろって言ってるのにそれだけじゃ不足とか随分と傲慢かつ強欲な連中ですね」

 

創造した神綺様の性格が色濃く反映されてるからだろうが…俺たち魔界人は野心というものが薄い。自由志向は強いので神綺様や俺に反抗するのは多数いるが、魔界の新たな支配者として神綺様に取って代わろうと思う奴はごく少数なのだ。完全にゼロじゃないのが神綺様らしいところだが。

だから身を引いて引っ越すという相手を引き留めるどころか支配下に置こうとする神経は不快にしか感じなかった。

 

「そういうわけでねー、これを教えてくれた子に護衛兼こっちへの案内役を一人送るってサリエルに伝えるよう返しておいたから、準備してくれないかな?しばらくはヒョウくんのお仕事他の子に回しておいたから!」

「そこまで手回ししてくれてるなら大丈夫ですね。準備したらここに戻って来れば?」

「うん、月への入り口は私が繋いでおくから。サリエルが心配だからなるべく急いでね!」

「わかりました」

 

かなり本気で準備しなくてはな。神綺様が友と認めるような相手を狙おうとする相手…油断すれば護衛どころか俺が死ぬだろう。

 

「あ、それとその子が気を付けるべき相手のリストを送ってくれてたから、往復する間によく見ておいて!」

 

その声で俺の前にすでに封を解かれたリストが飛んできた。

 

「リストって…何処が暗躍ですか。ここまでバレてるならサリエル様自身で対応できるのでは?」

「サリエル本人はそう思ってるみたいなんだけどねー、そこに書いてる4人を見て私は不安を覚えたの。

そんなリストが手に入った理由は、実行部隊の中核になるであろうその4人はあまり乗り気じゃないみたい。でも首謀者は相当立場が上らしくて、命令系統的に断れないらしいわ。その結果、作戦反対派によって情報が漏れたんじゃないかなー」

「全然支配体制確立できてないじゃねえか…大丈夫なのかよ月の連中」

 

聞いてて呆れる話だが、神綺様が不安を覚えるほどの相手じゃ俺も死力を尽くさなきゃならないだろう。まあ、俺を派遣するということはサリエル様自身に反撃するだけの力はあるということ。盾役を務めるだけなら俺の真骨頂だ。神綺様の期待に応えなければな。

 

 

 

 

 

 八意永琳

新興勢力の重鎮。天才薬師でおそらく指揮官。研究者的な面から命令を渋々ながらも承諾したらしい。

彼女が首を縦に振ったことにより後述の二人が協力したそうだ。つまりコイツを落とせば勝ちになる可能性がある。弓の名手なので、サリエル様が狙撃されないよう注意されたし。

 

 綿月豊姫

新興勢力の姫の一人。空間魔法に通じており、魔界への移動を妨害できる相手。少なくともコイツを撃退しないと脱出が困難になる。我々が最優先で狙うので、足止めが続くうちにサリエル様だけでも逃がすように。

 

 綿月依姫

上記の妹。単純な戦闘能力で言えば4人で最強だと思われる、新興勢力の訓練官。我々では止めることができないので、コイツに見つかる前に脱出を願う。

 

 稀神サグメ

新興勢力の重鎮。彼女は新興勢力内でも上層部以外にその能力が伏せられており、何かしらの切り札であろうと予測される。しかし、密偵が「発言に言霊並の強さがある」ということを確認。遭遇した場合あらゆる手段をもってでも黙らせるべき。

 

 

 

「我々だとか密偵だとか、もう小規模な内戦じゃねえか…」

 

リストを見終えて思わず言葉が漏れる。どうやら敵側とは精神的な在り方が魔界人とは相容れない…俺たち魔界人は不満を感じる命令には基本従わない。それで戦闘に敗北することになってもだ。

神綺様曰く「私は奴隷を創りたいわけじゃない」そうだ。反抗する奴を止めるのは面倒だが、神綺様のその考えは素晴らしいと思う。

 

だが月の連中は、不満があろうと命令には従うらしい。この情報を見る限り上層部を敵に回しても十分張り合える気がするが…なぜ刃向かわないのか。サリエル様だけでもという文面がある以上、俺たち同様に死を覚悟してでも抗う意思を持つ月の者もいるのにだ。

 

(まあ、そう創られている俺が理解できるはずもないか)

 

顔と有する能力を覚えておくべき4人…理想はこいつらに会わずに脱出すること。あまり深く関わりたいとは思えない考え方の連中だ。俺の味方がどれだけ粘ってくれるかによるが、サリエル様を連れて即座に帰るべきだろうな。この4人以外、俺には敵味方の判別すらすぐにはつかない。捨て駒となる覚悟を決めた者たちまでは、俺には救えない。

 

「守れないことにも、慣れなきゃならないからな…」

 

護衛として、護ることを目的に創られた俺だが…目に見える者すべてを守ることなんて不可能だ。俺の力は、そこまで強くない。だからこそ、護るべき相手を救うために、守らない味方も作らなければならない。

神綺様に逆らう同胞(おとうと)たちを相手にしてすら、止めを刺したのに後悔のある俺だ。この甘さを捨てるためには、丁度いい機会なんだろう。その方向で考えれば、俺にとっても悪くない戦場だ。

 

そんな余裕なんざない戦場になることを、この時の俺は考えもしなかった。死力を尽くす覚悟を決めながら、油断があったのだ…

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