「やれやれ…紫がここまで堕とされるとはな。博麗の巫女と対立してすら見捨てられんとは」
「豹に対する評価を低く見積もり過ぎていたわね。まさか幻想郷の創始者とも言える紫がここまで庇うなんて」
閉じたスキマに向けて視線を残しながら、華扇と秘神が言葉を漏らしてるわ。私もまさかあの紫があそこまで気にかけてる男がいるなんて思いもしなかったわ…不覚を取りかけたから豹の強さは思い知らされたけど、強さとは別の方向でも紫はあの男を頼りにしてたってことね。
「そうですね、博麗の巫女だからこそあえて隠していたのでしょう。なにしろ去り際に考えていたことすら『ここから先はいかに豹の邪魔をしないで動けるか』です。こいしもとんでもない男に引っかかったようね」
「まずは実力行使が基本の博麗の巫女に対し存在すら伏せていたのすら、かの魔界人の希望を尊重した結果だった故。幻想郷を裏で牛耳る大妖怪が、一人の男に惚れ込んで動いていたなどと思いもしなかった」
「…わざわざ心の中に返事して来るんじゃないわよ」
ったく、これだから読心能力者は…余計なストレスになるからあまり手を組みたくないのよ。今はそんなこと言ってられる状況じゃないから仕方ないけど。
「その信を置いた者が大問題なのです。単なる優秀な魔界人というだけであれば魔界神に回収させて見逃すことも選択出来ました。ですが、彼の者は【創造主たる魔界神に反逆しながらも無事逃げ延びた】危険人物―――母とも呼べる存在を見捨てた者なら、幻想郷も平気で切り捨てる。普通はそう判断すべきなのです」
「だが紫は『豹が幻想郷を滅ぼすことは無い』と言い切った。裏切り者だった男に何故あれほどまで入れ込めるのか…少なくとも幻想郷の管理者としては危機感が不足過ぎる。一度主に反逆した男が、次の主に反逆しないと言い切れるはずが無いのだ。普通はな」
「彼の最も厄介な能力は戦闘能力ではなく、信頼構築能力だったということでしょうね。
現時点で紅魔館にあれだけの戦力を集結させることが出来ている。自身は隠者として表に出ることのない役割だけを果たしていたのにも関わらず。
八雲紫だけじゃない…サリエルが幻想郷に侵入している以上、豹も己の反逆者としての過去を明かしているはず。だというのに紅魔館から離れる反応は拾えていない…少なくとも彼に協調する面々は、博麗の巫女と白黒の魔法使いに後戸の秘神を敵に回しても徹底抗戦する意思を固めているということだわ。豹の力になるために、ね」
「魔理沙が置かれた状況を広めることが出来れば、こっちに同情してくれる奴もいそうなんだけどねえ。
管理者として次善の策なのは変わらないんだろう?」
「そうだな、悪いが魔界での所業に関しては幻想郷の管理者として擁護できん。魔理沙を魔界に引き渡す気が無いのなら、豹か風見幽香を生け捕ってもらう必要があるということだ」
「ちっ、どっちも面倒臭そうだけど、やるしかないんだよな…!」
「安心しな魔理沙、私がちゃんと守ってやるよ」
…最悪、魔理沙は魅魔に任せるしかないわね。私でもここまでの話の流れで『魔理沙を魔界に引き渡すことに反対』って考えてるのが私と魅魔しかいないってことはわかる。そしてそれは【豹より魔理沙を魔界に引き渡すべき】だと考えてる奴の方がずっと多いってこと…要は紅魔館に集まった連中はそう考えてるってことなんだから。
ホント、なんであの男がこんなに好かれてるのよ。反逆者なんていう信用できるような奴じゃないってのに…!
「まあ、好きにすればいいわ。私は直接的には動けないから、帰りたいのだけど」
「待ちなさいよ永琳!本当にやり返さないでいいわけ!?」
「最初から私はそう言ってるわよ。輝夜こそ引き下がってくれないかしら?」
「冗談じゃないわ。このまま勝ち逃げされたら私の怒りは何処にぶつければいいのよ?」
「まったく…
とりあえず、こうなった以上この場に残った面々は紅魔館に総攻撃を掛ける気でいるってことなのでしょう?それなら使える手駒も全員呼び出しなさい…ここから先に伏せておきたい情報は出てこないはずよ」
「それもそうだな。仕方ない、舞と里乃にも手伝わせるとするか」
永琳と輝夜のやり取りを受けて、隠岐奈がまた後戸に入って行ったわ。
…まだ終わってない。魔理沙と幻想郷を守るためにも、豹をなんとかしてとっ捕まえないと…!
「―――ってワケで、ルビーだ。俺にとって数少ない弟子と呼べる、信頼できる妹だ」
「すぐに魔界に向かうことになりますが、よろしくお願いします」
「使えるモノはフル活用、ね…やっぱりお兄様は抱え込んでおきたかったわ。八雲紫が本気で幻想郷に留めようとしてたのがよくわかる」
こいしのおかげで無事にルビーを連れて紅魔館に戻った俺は、すぐさまアリスと袿姫様の協力を得られたことを皆に伝え、そのままルビーに頼む動きまで説明した。俺達の作戦はここで立てたものをそのまま決行するのだから、後は準備を整えるだけ…神綺様の到着前に済ませなきゃならないことはもうそれほど多くない。
「それこそ独自ルートで魔界と繋がってるレミリアなら、カムさんに用件を伝えてもらえれば時間は作る。そう出来るようにするためにも、この作戦を成功させなきゃならない…細かいところを詰めてくぞ。
神綺様が来る前にやっておくべきことだが、里香の戦車の移動と稗田邸の襲撃。あと休息が必要な皆の仮眠だな」
「休息はもう十分よ。サリエル様と麟の治癒能力で、疲労回復も済ませてるわ」
「あくまで肉体的な作用ゆえに、精神的に無理はしてもらいたくないが。それは全てを終わらせてからゆっくり休めば問題ないだろう。今は、ここにいる皆がヒョウの望む結末のために動いてくれるさ」
「ありがとうございます、サリエル様。
…皆、それじゃ悪いがケリが付くまで頼んだぜ」
「もっちろん!そのためにここに集まってるんだから!」
休息は俺がアリス達と交渉している間に済ませてくれたということを、ルナサが答えサリエル様が補足してくれた。そして俺の言葉にカナが心強い返答をくれる…俺もしっかり、応えないとな。
「それじゃまずは里香の戦車に関してだ。さっき伝えた通り、里香の戦車は俺や魔界と関係なく幻想郷の管理者が破壊しに動く可能性がある…だが昨日射命丸を追い返すために二発主砲をブッ放しても管理者が動くことは無かった。昨日と今日では状況が違いすぎるとはいえ、移動させるだけなら問題はないだろう。
少なくとも、紫さんが問題視することは無い。このタイミングで博麗神社から離れたということは、摩多羅隠岐奈だけでなく博麗の巫女にも助力しないってことだ。逆に言えばこちらの戦力拡充は見逃してくれるハズ」
アリスの家から戻る途中でこれは察知できた。加えて洩矢諏訪子と射命丸が妖怪の山へ帰り始めたのも把握できている…敵戦力はこちらの予想通りまで減ったと見ていいだろう。問題は、八意永琳も結局博麗神社に後戸で移動している点―――結局月の連中は取引を守る気なんざ無いってことだ。大掛かりな策を打つ時間は無いだろうが、俺じゃ読めないような手を使ってくる可能性は十分にある…それを避けるためにも、なるべく早く神綺様に動いてもらいたい。
「そういえば八雲紫があの神社から移動してたね。何処へ向かったのかヒョウは目星付いてるの?」
「おそらくは白玉楼…冥界だろう。あそこの主は紫さんが全幅の信頼を寄せている数少ない相手でな、俺の潜伏先に推薦してくれるレベルだ。そしてメルランが人里で狙われた時点で配下の剣士を援護に向かわせてくれてた…にもかかわらず彼女はここにもアリスの家にも博麗神社にも合流していない。つまり白玉楼へ帰っている―――紫さんがまだ動かせる手駒ってポジションに戻ったってことだ」
「そうですね、妖夢さんは上海が妹紅さんと雛さんを迎えに来てすぐにアリスの家から離れています。後々連絡役として動くことになると思うとも仰っていましたので、共闘は出来なくとも協調は出来る立場にいてもらえると思います」
「あ、妖夢のことだったんですね。それなら信用して平気だと思いますよ。私とサリエルもアリスと一緒に通信人形で話せてますし、夢月は顔も合わせてますので」
「そうだったのか、なら話が早い。
妖夢が問題になる可能性が一つだけあってな、幻月と夢月で紫さんを誘い出した後に白玉楼の主から命令を出された場合だ。一応俺も冥界のお嬢様…西行寺幽々子と面識はあるが、紫さんほど俺を信用出来るはずがないからな。こうまで派手に動いちまった以上、彼女自身も幻想郷まで出向いてくる可能性がある…この場合妖夢は西行寺幽々子の命を優先する」
「ああ、あの亡霊がどう動くかは読めませんものね。スキマ妖怪とは違う方向でやりにくい相手です」
「咲夜の言う通りで、紫さんと親しいとはいえどこまで俺を援護してくれるかが未知数。少なくともユキと夢子を攻撃することは無いだろうが…俺と神綺様を止めに入る可能性は十分にある。そうなる前に妖夢を通してこっちの作戦を伝えられればいいんだが」
「あ、それだけなら私が動いてあげるわよ。もう動かせる人手がいないのが問題なんでしょ?
戦闘が前提じゃないなら私を数に入れていいわ。少なくともリリーとノエルよりは私の方が狙われても抵抗は出来るし」
「いいのかミケ?わざわざ着替えてくれてるのに」
「ルーミアが前線に出る覚悟決めてるんだから私もこれぐらいやってあげるって。今まで御贔屓にしてくれたお礼ってね」
「そうか、ありがとな。それじゃもしも西行寺幽々子が直々に動いたのを察知できたら、ミケが妖夢に状況を伝えてくれ…それにしてもよくここまで似合うメイド服を見繕えたな。尻尾穴まで開いたメイド服なんて意図的に縫製しなきゃ手に入らないだろ?」
「――っ!本当に臆面もなくそういうこと言うのね豹…
なに、私までハーレムに加えたいわけ?」
「人聞きが悪過ぎるだろ!!ユキすら傍で護ることが出来なかった俺にそんな甲斐性があるかよ…
妹分に素直な感想を向けるだけで口説いてると解釈されちゃたまったもんじゃないんだが」
「どの口が言うんだか…お兄様は少し自分の言動や行動を客観的に見直した方がいいんじゃない?」
「ククク…まさかフランがこんなところをツッコむとはな!やはりお兄様は面白いよ」
「もう好きにしてくれ…」
「私からも重ねて言っておきます。豹さんの女性に対する距離感はだいぶ狂ってますからね?
私みたいな相手は豹さんが思っているよりずっと多いってことを理解してください。そうしないと後ろから刺されてしまいます」
「ああ、私からも麟に同意しておくよ」
「ユキにも夢子にもルビーにも言われたよそれは…なんなら神綺様もユキに同意してたしな」
非戦闘員扱いしていたミケが西行寺幽々子への対応に回るのを自分から提案してくれたが、ついでに着替えていたメイド服を褒めると多数からツッコまれた。というかミケ本人と麟・妹紅に言われるのは仕方ないが、フランドールに言われるのは流石に心外だぞ…レミリアはともかくフランドールは俺の言動や行動に興味なんて無かっただろ。
「少なくとも、ここに集まってから聞いた話だけでもお兄様が女を引っかけ回ってるのはよくわかったよ?」
「…そこまで顔に出てたか?」
「豹は女性関係に関しては表情に出るわ~。自覚してなかったの~?」
「いや、そんな表情を知ってるのはそれこそメルランとルナサぐらいじゃないかい?少なくとも私は気付かなかったんだけど」
「そりゃ、雷鼓に比べれば私たちの方が豹との付き合いは長いしねー。それこそルナ姉のライバルがこんなにいたなんて思いもしなかったし」
「そもそも、八雲紫が博麗の巫女への援護を止めたって時点で八雲紫も相当豹に入れ込んでるわ。私や麟みたいな弱者の立場だと、ハーレムの末席を狙うのが現実的なのに気付いてないとは言わせないわよ?」
「雛まで乗って来るのか…頼むからこのあたりは落ち着いてからにしてくれ。時間がいくらあっても足りなくなる…『女の子は恋の話が大好き』らしいからな」
「あははっ、私の言葉も覚えててくれたんだ♪
でもそんなこと言っちゃっていいのー?終わってから大変そー♪」
「それがわかってるから今話題にしてほしくないんだよ…!」
自業自得とはいえどうしたもんだろうなこれ…
まあ、今はそれどころじゃない。優先すべきは神綺様に伝えるべき決行時間だ。
「話を戻すぞ…とりあえずルビーが魔界に戻り次第すぐ里香の戦車は紅魔館に移動させる。
次に決めなきゃならないのは、稗田邸襲撃の時間だ」