「―――といったところね。これ以上は八雲として私から動くことは出来ない…豹が動いてから援護することしかできないわ」
「…まさか紫が博麗の巫女を見捨てるなんてねー。流石に読めなかったわ」
「見捨てたわけじゃないわ。豹が霊夢を生かす方向で動いてる以上、霊夢の生存は確定する…豹を慕って集まった妹分達なら、豹の方針に従うもの。博麗の巫女という立場と、霊夢本人の不思議な魅力も合わさることでね。
もっとも、魔理沙の安全は保障できないけれど」
「でも、魔理沙を魔界に引き渡すことには反対なのは紅魔館に集まったみんなの中にもいるんじゃないですか?」
「そうだな、それは否定しない。だがそう考えている者が存在すれば逆に魔理沙の安全に繋がる…豹は妹分には甘いからな。人質として使うことはあっても、魔理沙を我々の許可無しに魔界に引き渡すことがなくなる」
「紫も藍も迷いなくそう言い切るのがねえ…茨華仙や閻魔様は頭を抱えたんじゃないかしら」
スキマでそのまま白玉楼に降り立つと、先に戻っていた妖夢が幽々子様に取り次いでくれた。橙も無事に合流したことで、ようやく私も一息つける…状況は最悪に近くなってしまったが。
紫様のおかげで豹が霊夢を切り捨てることが無いことは確認できたが、本当にそれしか得たものがない。レミリアが自発的に動いていなければ、隠岐奈様の目論見通りに事が進んでしまっていただろう。
「豹と永く付き合っていれば、反逆したのにもしっかりした理由があるって察せるわ。
…付き合いが無い相手から信用されないのは仕方ないことだけれど、隠岐奈はともかく華扇とはもっと交流を持たせておくべきだったわね」
「そうですね…紫さまだけじゃなくて茨華仙さまも豹さんのことを信じてくれていたら、隠岐奈さまもここまで強引に動くことはなかったかもしれないです」
「あれ、橙も豹とはあまり関わりが無かったんじゃないの?」
「あまりお話ししたことはありませんけど、紫さまと藍さまからいろいろお話ししてもらいましたから…頼れるお兄さんっていうのはわかってました」
「そうだったんだ。でも私が聞いて来ただけでもいろんな相手から頼りにされてたからなあ…何も不思議じゃないのかな」
「妖夢もだいぶ感化されちゃってるわねー。話を聞いただけでこれなのだから、紫と藍がベタ惚れなのも仕方ないのかしら」
私が妖夢を前線に連れ出したことで、妖夢の豹への好感度がかなり高くなっていた。このあたりは妖夢の素直さと豹の立ち振る舞いが上手く嚙み合った結果だろう…今となっては八雲として直接的な援護に向かわせられるのは妖夢だけになっているから、この妖夢の心境変化はかなり大きい。幽々子様は能力の関係で、スペルカードルールが適用されない戦闘に参加させることは避けたい。豹の妹達だけでなく、豹を敵視する面々にも死者を出すわけにはいかない…犠牲者が出てしまった勢力は後に引けなくなる。魅魔が魔理沙を保護すべく積極的に動いているように。
「豹に惚れ込んでることは今さら否定しないわよ。豹はそれだけの存在ということを周知出来なかったのが私最大の失敗。豹の希望を尊重した結果だけれど…幻想郷に永住してもらうためには、八雲として都合の良い立場に抜擢して表にも出てもらうべきだった。ままならないものね…」
「まあ、私がここに口を出すこと自体が今更だものねー。
それで、私たちから動くわけにはいかないみたいだけど。結論として紫は私と妖夢に何をさせたいのかしら?」
「…想定してもらいたい状況は二つ。
一つは霊夢達が紅魔館に総攻撃を仕掛けた場合。こうなると最早幻想郷の内戦と言える大規模衝突になるから、幽々子直々に参戦しても誰も文句は言わない。【陣営問わず死者を出さない】ことを守れるなら、幽々子も戦闘に参加して構わないわ。紅魔館の援護に入って頂戴…時間に余裕が無い以上、隠岐奈や閻魔様あたりは人質を取って脅迫することも視野に入れて来る。撃退より豹の協力者の護衛を優先して動いて」
「私に向かない注文ねー。妖夢、頼んだわよ」
「ゆ、幽々子様…私は最初からそのつもりですが、幽々子様は参戦する気はないのでしょうか?」
「ここまで大人しくしてたのに制限が掛かる戦闘なんてしたくないわよー。遠慮なく暴れていいならストレス解消にはなるでしょうけど、そういう状況じゃないのよね?」
「…その通りですが、ストレス解消が必要になるような生活を幽々子様が送っておられるのでしょうか?」
「失礼ねー!私だって冥界の管理者としてお仕事があるし、食べ過ぎないように我慢してるのよー!?」
「あれだけ食べてまだ足りないの?本当に幽々子はどうしてこうなったのかしら…
まあ、私としても死者を出されるわけにはいかないから幽々子に無理強いはしないわ。それでもう一つの状況は、神綺が幻想郷に到着した場合。いつになるかは予測できないのだけれど、今日中には神綺が幻想郷に到着する…これは魔界から出向いた夢子とユキから確認したから間違いない。
こうなったら隠岐奈は大きく動けなくなる。ただ先に話した通り、霊夢・魅魔・魔理沙・風見幽香が神綺を攻撃すると全面戦争になるわ。そして魔理沙を取り巻く状況が悪化してる以上、風見幽香だけじゃなく霊夢・魅魔・魔理沙も神綺に接触を図るでしょう…下手をするとその場で攻撃しかねない」
「そうね、あの巫女と魔法使いは先制攻撃が基本だもの」
「それを避けるためにアリスと地底から出向いて来た埴安神袿姫が霊夢・魅魔・魔理沙の妨害に回ってくれるでしょうけど、別方向から風見幽香が参戦すると手を回し切れなくなる可能性があるわ。だから神綺の到着が先になった場合は、霊夢・魅魔・魔理沙・風見幽香が魔界からの訪問者を攻撃させないよう動いて頂戴。隠岐奈含む他の勢力は無視していいわ、魔界に一勢力だけで敵対することは避けるはず」
「こっちの方がまだ私は暴れられるかしら?魅魔と風見幽香ならそう簡単に死んでくれないでしょうし」
…犠牲者が出るのは避けたいが、隠居した魅魔と管理者さえ扱いに困っているフラワーマスターであれば許容範囲。出来れば生け捕りにして魔界への交渉材料にしたいところだが、幽々子様にそれを求めるのは難しいだろう。
「問題なのは…紅魔館攻撃と神綺の到着、どちらが早いか不透明な点。妖夢だけでも即座に送れるようにしばらく私もここで待機するわ。
神綺の到着が早ければそれで終わらせることが出来るのだけれど…」
「それは幻想郷側でどうにかできることじゃないものねー。
まあいいわ、ちゃんと約束を果たすなら豹の援護に回ってあげるわよ」
「ありがとうございます、幽々子様…!」
幸いなことに、幽々子様と妖夢は我々の味方であり続けてくれた。
後は紫様の言う通り、魔界神の到着の方が早いことを祈るぐらいしか私にはできないか…
「―――確実に我らの手駒として動かせるのはこれが全てだろうな」
隠岐奈と部下二人が後戸で連れて来たのは萃香と明羅さんに小町、迷いの竹林の兎と一度追い出された月の玉兎二匹、仙人の部下二人に地獄で見かけた番頭神だったわ。これで紅魔館に殴り込めるだけの数にはなったと思ったんだけど…不満があるのに説明することになったわ。ああもう面倒ね…!
「私を強引に呼び戻したんだ、やり返すのに知恵を貸すってことだね?」
「無論だ。豹本人だけでなく幻月とサリエルも厄介な相手、鬼の四天王が狙ってくれるなら任せたいさ。
もっとも、策なんて練る必要もない。紅魔館を攻撃すれば誰かしらは出て来るだろうよ。だがお目当てを狙うのを妨害される可能性を下げるためには、侵攻軍に加わるのが手早いだろう?露払いを押し付けられるのだからな」
「はっ、たしかに勇儀あたりに邪魔されちゃ面倒だ。いいだろう、乗ってやるよ」
紫にスキマ送りされた後であの天使みたいな悪魔にやられたらしい萃香は相当殺気立ってるけど、伊達に幻想郷の管理者なんてやってるわけじゃないみたいね。隠岐奈が機嫌を損ねない形で上手く乗せてたわ。あの状態の萃香は相手するのも面倒だから感謝しておこうかしら。
「いつまで経っても戻らないとは思っておりましたが、まさか太子様を裏切るとは…!」
「だから早く切っておくべきだって言っておいたんですよ」
「すまんな屠自古、利用価値があるから手元に置いておきたかったのだ。それは屠自古も理解できるであろう?」
「そうですが…」
「ならば切り捨てる良い機会だったと思ってくれ。少なくとも青娥が去ったこと以外、私に損害は出ていないのだからな」
「まったく…これで少しは懲りて下さいよ?」
「裏切り者の始末は我にお任せを!」
「うむ、頼りにしておるぞ布都」
仙人は部下二人にあの邪仙が裏切ったことを詰められてたわ。あの邪仙、味方からも警戒されてたってわけね…まあ納得しかないけど。とりあえず読心能力持ちの意識が私に向かないだけでも気分は楽ね。
「…まさか、埴安神袿姫が魔界と繋がっていたとは」
「支配欲が薄いことで情報収集を怠っていたことは認めざるを得ません。彼女が動いた場合私が対応しますが、交戦となれば紅魔館に集まった戦力に意識を向ける余裕は無くなります。不満も不安もあるでしょうが、その場合は摩多羅隠岐奈の指揮に従いなさい」
「いやー、いくら四季様でもあの邪神と魔界神に繋がりがあるなんて調べられなかったでしょうよ。あたいらに責任なんて無いですし、中立を保つべきなんじゃないですかい?」
「小町、もう少し危機感を持ちなさい。幻想郷と魔界の全面戦争の引き金になりかねないのです」
「あたいが話を聞いた限りじゃ、豹ってのは幻想郷も守ろうとしてたみたいですよ?下手に刺激する方がマズいんじゃないですかねえ?」
「そうですね…私もヒョウが幻想郷と魔界を衝突させるように動くことは無いと思っていますが。四季様は何故そこまで警戒しているのでしょうか?」
「小町と久侘歌にすらそう思わせてしまうとは…本当に恐ろしい男だったようですね。
二人とも人伝の話だけで警戒心を緩め過ぎです、前提条件を思い出しなさい。彼の者は反逆者…己の母とも呼べる魔界神にすら刃を向けた危険人物です。どれだけ慕われるような行動を取っていたとしても、過去の事実は変わりません。一度反乱を起こした者が、二度目の裏切りを行わないなどと考えるのは危機感が足りていません」
「あー…」「う…」
…閻魔の部下2人はあんま信用出来なさそうね。閻魔らしくド正論で黙らせてるけど、豹にむしろ好印象を持ってるっぽいわ。ホント、他人から話を聞かされただけで好意的にさせるとかあの男いったい何なのよ!?
「それを貴方が言いますか。まずは実力行使の博麗の巫女が、異変を起こした側からも好意的に見られているのと同じことじゃないですか?」
「だから人の心に返事して来るなっての。あんな裏切り者と私を一緒にすんじゃないわよ」
そしていちいち内心に突っ込んでくるコイツも面倒臭い。さっさと終わらせたいってのに、ここに来てまだ仲間内で揉めてるとこまである。
「…八意様の言う通り、報復を向けるべきはこっちの秘神じゃないですか?」
「言われてるわよ、輝夜」
「何言ってるのよ鈴瑚!?あれだけ好き勝手されてやり返す気ないの!?」
「あちゃー、清蘭はそっちか…さっきまで戦ってた二人組と手を組むのはいいわけ?」
「ぐ…でもあいつらより永遠亭を襲って来た奴等の方がむかつくじゃない!」
「だそうよ永琳。本当にあの男にやり返さないでいいっての?」
「最初からそう言ってるわ。それなら鈴瑚は私の指揮下に置く、ウドンゲと清蘭とてゐが輝夜の援護でいいでしょう」
「ちょっ!?私が前線は無茶ですってお師匠様!?」
「私が前線送りなのは確定なんですか…?」
永遠亭の連中は輝夜と永琳が揉めてるせいで、連れて来てる兎共も意見が割れてる有り様。下手すりゃ足引っ張るんじゃないのアイツ等は。それ以上に使い物にならなさそうなのが…
「…明羅、そこまで豹が惜しいかい?」
「………申し訳ありません師匠。ですが、里香とリィスが豹の元に去ったのも理解できてしまうんです」
「明羅までかよ…!なんなんだよ豹って野郎は!?」
妖夢を足止めすることで私を援護してくれた明羅さんだけど、物凄く迷ってるのが私でもわかる。こんな状態で戦闘になんて出せないわ…なんでこの状態の明羅さんを引っ張ってきたのよ隠岐奈は。
―――今すぐにでも紅魔館に向かいたいってのに。こんなところで時間を食ってる暇なんて無いのがわかってないのかしら?
そう思ったところで、私でさえ気付けるぐらい大きな魔力が。紅魔館で膨れ上がったわ。