「…始まってしまいました!幽々子さま、よろしいでしょうか!?」
「仕方ないわねー…妖夢、行くわよ」
「準備は出来ています!急ぎましょう!!」
…どうしようかしらねー。後の指揮を任せるって言われても、この件から私を遠ざける方向で紫が動いてたから細かいところまでは状況を掴めてない。でも橙だけじゃなく彼と直接の面識がない妖夢までやる気になってるから、私がついてないと迷わず戦場に飛び出すでしょうし…この状況で状況説明できるような余裕が紅魔館にあるとは思えない。加えて橙を前線に向かわせるわけにもいかない、今の状況で紫と連絡が取れるのは橙だけなのだから。
―――私は紫ほど彼を信用できない。さっきのタイミングで紫に助けを求めて来たのは、何か裏があるように感じる。それが幻想郷のためではなく、魔界のためという可能性は捨てきれないわ。
…こうなった今だと妖夢が昨夜魔界側の面々と話せてるのは大きいわね。妖夢がいれば私とも話はしてくれるでしょう。そこで妖夢がいい様に利用されているのか、魔界側を信用していいのかを判断できる。橙も確認できてるように、アリス達魔界はまだ動いていない…戦闘に加わる前に話を聞きたいところだわ。
(後方で日和見、とはいかないみたいね。
もう…被害を出さずに動くのは大変なのだけど)
「…始まったかい。天狗はどうする?」
「静観するしかあるまいよ。妖怪の山どころか幻想郷全体で合力しても魔界の国力には敵わない、そう言ったのはそちらだろう?」
「だねー、実力者はともかく兵の質が問題。一個人でも人里への急襲を空間魔法でやれるんじゃ防ぎようがない。こんなにわかりやすい急所を情報統制してまで隠してくれてるんだから、神綺は相当譲歩してくれてるよねー」
「私としては面白くないですがね。飯綱丸様と守矢にこき使われただけですから」
「私もですよぉ。あのクソ野郎を守るためにあんな規模で迎撃するなんて、理解できませんねぇ」
「こうなってみると、霊夢さんたちが鈴仙を連れてった後に仮眠しておいたのは正解だったんですね。流石は神奈子様です!」
「私は戦神だからね、全盛期の力は出せずとも今まで培った戦に関する勘までは衰えちゃいないよ。
…早苗は人里に戻る準備をしときな。豹とやらが同士討ちさせるようなヘマをするとは思えん、神綺の到着が近いと考えるべきだ」
「「「「っ!?」」」」
諏訪子様が博麗神社から帰って来るのを人里で確認したので、私もすぐ守矢神社に帰りました。烏天狗の大将さんも部下と共に足を延ばしてくれていて、集まった情報をすり合わせたのですが…最後の神奈子様の言葉に、諏訪子様以外全員が反応しました。
「どういうことですかぁ?それってあのクソ野郎の一派は魔界神の到着時間を知ってるとでもぉ?」
「知っていなくても予測は出来るでしょ。夢子ってのが一度魔界に帰って幻想郷に戻って来てるんだから」
「…そうだったな。そやつが戻ったのちに魔法の森から紅魔館へ向かった者もいた、魔界神の動向を把握していると見るべきか。
射命丸、今日一日は取材だけに費やすことを認めてやろう」
「本っ当に私をこき使ってくれますねえ!たまには飯綱丸様直々に新聞を発行してはどうですか?」
「嫌なら休暇に当てても構わないぞ?もっとも、この大規模衝突をみすみす見逃すことになるだろうが」
「そうですな、一記者として見逃せませんとも!
まったく…!好き勝手させてもらいますからな!!」
そう返して文さんが一人飛び立ちます。あの文さんをこうも上手く部下として動かせるのは凄いですね…烏天狗の大将の名は伊達じゃないみたいです。
「あれで射命丸は天狗全体の損得勘定もしているからな。戦闘に加わることはないだろうよ…あちらから手を出されなければだが」
「魔界からの侵入者に関してはその心配は不要だろう。可能性があるとすれば…好戦的な吸血鬼に地底から出て来た鬼あたりかい?」
「そうだな、少なくとも紅魔館を攻撃してる勢力が射命丸を叩く余裕は無い…結末だけ把握しておくには最適さ」
「ま、それが聞ければ私たちは十分だねー。攻撃に加わる気なら一戦しなきゃならなかったし?」
「私と典で守矢の二柱を相手取るなんて御免だよ、天魔様も勇儀様への対応で頭を抱えていたからな…状況次第じゃ私や天魔様が尻拭いに出向かなければならなくなる。余計な戦闘を行う余裕などないさ」
…なんだかこの方も苦労してるみたいですね。いわゆる中間管理職って立場なのでしょう。天魔様と文さんに挟まれるのは、気苦労が絶えない気がしますし。
「それじゃ、私はいつでも動けるようにしておきますね!」
「ああ、神綺の到着を確認したらすぐ命蓮寺の面々と合流しな」
「任せたよー早苗」
「甘いんだよ!!」
「コイツ…っ!」
俺の戦闘は初見殺し特化、再戦で勝ち切ることはかなり厳しい。実際博麗の巫女も昨夜で懲りたらしく俺に何もさせないでケリを付けるべく端っから攻撃に専念してきた。だが俺からすればその方が対処しやすい…!
狙いが甘いのを片っ端から蹴り返し、威力が低いのをキャッチして投げ返す!俺を生け捕る必要がある以上、あちらから接近せざるを得ないのだから。俺を狙ったのを直接反射すりゃ、俺の狙いが甘くても勝手に射線上に入って来るんだからな。
「ふざけた戦い方ね!!」
「効率的って言うんだよ、こういうのはな!!」
思うように近付けない苛立ちを隠しもせず悪態を付く巫女に向けて、挑発的な言葉を返してやる。後々のことを考えれば、少しでも巫女とアリスの距離は離しておくべき―――アリスの戦闘力を十全に活かしてもらうには、人形の布陣を整える時間が要るのだから。
ゆえに俺はひたすら後退と反射に徹する。幸い俺が逃走を優先するのは不自然じゃないからこそ、脇目も振らず巫女も突撃して来る。そして、ついにその時が来るのだ。
「―――ユキっ!」
『待ってたよ、兄さん!!』
「―――は!?
…っ!?隠岐奈の奴、しくじったっての!?」
最悪だった。追い込んだと思い込んでたけど、簡単に逃げられた。しかも、あの男の妖気が移動した先には…!
「神綺…!やってられないわね!!」
神綺が現れ、豹の移動した先…アリスの家に全速力で方向転換!!冗談じゃないわよ、意地でも間に合わせなきゃ!!
―――この時、誰一人私に続く奴…さっきすぐ続いた魔理沙すら私についてこなかったこと。そして目的地からアリスが私に向かって来たことで。私はようやくしてやられてたことに気付いたわ。
「茨華仙さん、お久しぶりです。情報交換させて頂けませんか?」
「貴方、竜宮の使い…!まさか龍神様まで動いたのですか!?」
「安心してください、私が豹さんに助力していることに龍神様は無関係です。
メルランさんのライブを続けてもらうために、私的に動いています」
「そんな事で…!?」
「茨華仙様、私が得た情報も全て開示します。それを踏まえてから判断していただきたいのです…!
豹さんが本当に、幻想郷に仇為す存在なのかを!」
「………椛。
時間がありません。手短であれば聞きましょう」
「っ!?どういう空間魔法だ…!?」
「な…!?我と太子様ですら反応できなかった!?」
「――ちっ!もう遅い、目の前に集中しろ!!」
「ふぅ…ここまでは順調みたいね。
理香子、どれを相手したい?」
「そうだな…部下の足がある方をもらって良いか?そちらの方が根が素直らしいんでね」
「任せるわ。
小悪魔、フォロー頼むわよ」
「お任せください!!」
「こんなにいるのかい!?数の上でも不利じゃないのさ…」
「申し訳ありません、小町さん。死神同士、お付き合いいただきますよ?」
「紅魔館を直接狙って来たのは3人ね、ならなんとかなる!エリー、全体的な援護は任せて!!」
「天使…!サリエルなる大天使の部下ですか」
「はい。サリエル様共々ヒョウ様に助けられた恩、ここで返します!」
「その、私たちも無益な争いは避けたいんです!ですからどうか、豹って人を捕まえるために…」
「随分といい子ちゃんな狛犬ですわね。今はもうそんな交渉が通じる状況ではありませんよ?
私たちは豹様を守るために動いていますわ。捕まえるなんて言語道断ですわよ…芳香、やりなさい!」
「ほいよ!!」
「邪魔はさせません」
「あん、なんだお前?」
「吸血鬼異変であなたに同行していた者ですよ、魔理沙」
「――っ!!?なんだと…!」
「…やっぱり、覚えてないですか。
本当に、どうして…!!」
本当に久し振りに、言葉を交わした魔理沙は。あの時と何も変わらず、私に憎悪の視線を向けてきました。
ですが、私はもうあの頃の私ではありません。豹さんに出会えたことで、成長できたのですから!
「…聞きてえことは山ほどあるが、今はそれどころじゃないからな。どけ!」
「邪魔はさせません、と言いました」
私からも憎悪をありったけ込めた視線で睨みます。
…博麗の巫女同様、異変であれだけ好き放題暴れても敵対者からさえ好かれる魔理沙です。ここまでハッキリとした憎悪を向けられることには慣れていなかったのでしょう。何故そんな視線を向けられるのか理解できないようで、私に気圧されたようでした。
―――だからこそ、私は激情のままに言葉を叩き付けました。
「魔理沙は忘れるだけで済んだのに!私は忘れられた!!
家も家族も捨てた魔理沙が覚えられてるのに、人里を守る私が忘れられたの!!
なんで、なんで私が忘れられなきゃならなかったの!!?」
「な、何を言ってやがる」
「忘れられるべきなのは魔理沙でしょう!?
親に捨てられたのか自分で出て行ったのかは知らない。でも、人里は魔理沙から捨てた!!
それなのに…人里を守るべく育てられた私が忘れられた!!どうして!!?」
もう魔理沙と顔を合わせる機会なんて無い。だから怒りと、憎悪と、悲しみを全部ぶつける。
「私はお父さんと一緒に暮らしたかった!!
阿求や小鈴と、人里で変わらない生活を送りたかった!!
なのに…なのに!魔理沙のせいでっ…!!」
忘れつつあるあの日―――私と魔理沙が忘却の呪いを受けたとき。全ての責任が魔理沙にあるわけじゃない…深追いしたのは魔理沙ですが、私も援護するために追ってしまったのですから。
当時から魔理沙は私より格上だった。だから私の援護なんて必要なかったはず…魔理沙を追うのではなく引き返して慧音さんに報告していれば、それこそ豹さんや妹紅さんが私に同行してくれたはずでした。
当時の私はそれを選ばず、追撃を優先してしまった。だから魔理沙だけの責任じゃない、私の自業自得でもあります。
ですが、それを理解していても…私は魔理沙が許せなかった。人里を捨てたのに、人里の皆から忘れ去られることのなかった魔理沙が憎かった。豹さんに嫌われたくなかったから、こんな負の感情は心の底に押し込んでいました。
―――ですが、今ここに豹さんはいません。そして、この先豹さんと魔理沙が会話することもないでしょう。
だから、積もりに積もった私の醜い私怨を、今ここで全て吐き出します!!
「私は、私だけは魔理沙を赦さない!!
ここで恨みを晴らします!!!」
「なんなんだよお前っ…!?」
私では魔理沙に勝てません。ですが、負けないことはできる!!
豹さんのため、私自身のケジメのため…!ここで魔理沙を食い止めます!!