―――気が付くと、半泣きの神綺様が目の前にいた。
「ヒョウくん!?気が付いた!?ホントごめん!!
咄嗟で手加減できなかった!!」
そして抱き付かれた。ああ、神綺様だ…昔のまま、子供っぽいこんな反応もそのままだ。
「…完全に意識を持ってかれました。でも大丈夫ですよ。落ち着いてください、神綺様」
「よかった…いくらヒョウさんでも、神綺様の魔法が直撃してしまったので不安になってしまいました…!」
「ルビーも心配かけてすまなかったな…だが、これで俺なりのケジメは付いた。
魔界に帰ることを、あいつらも許してくれるだろ………」
「う、うぅ…!
帰って来てくれるのね、ヒョウくん…!!」
「まだ幻想郷で果たさなきゃならない義理がありますが。
それを済ませ次第、魔界に帰ります。いくつか神綺様を頼らないとどうしようもないことがありますが…」
「私に出来ることは任せて!ヒョウくんが帰って来てくれるなら、みんなも手伝ってくれるから!」
ルビーが間近で見ているというのに、俺にしがみついて離れようとしない神綺様。本当に、変わってない…
苦笑するルビーも含めて、本当に懐かしい…かつて俺が魔界で過ごしていた頃を思い起こされる反応だった。
…そんな郷愁に浸っていると、次々と皆が集まって来る。
「兄さん、終わったんだね!」
「神綺様、先輩!大丈夫ですか!?」
「…治療は不要か。神綺もヒョウも、流石だな」
真っ先に合流してくれたのは当然のように魔界の皆、ユキと夢子とサリエル様。俺が目を背け、ひたすら逃げ続けても…俺の帰りを待ち続けてくれた妹と、大恩ある相手。
―――本当に、俺は優しい相手に恵まれている。
「月の連中は黙りましたか、サリエル様?」
「妹紅が『後は任せろ』と言ってくれてな」
「フランも宵闇妖怪によって【屋外で】全力で暴れる貴重な機会を楽しんでるわ。玉兎共を脱落させた以上、不覚を取ることは無いだろうよ。蓬莱人だけでなく美鈴もフォローしているからな」
「そうか…レミリアはもういいのか?」
「暴れ足りないのが本音だがな。お兄様だけでなく魔界の上層部と直接交渉できる機会は逃せないわ」
「レミリアちゃんっていうのね。ヒョウくんを助けてくれてありがとー!」
「ちゃんは止めろ。まったく…あのお人好しギャングといい魔界人はちゃん付けがデフォなのか?」
そしてレミリアも早々に切り上げてこちらに合流してくれていた。これは俺にとって嬉しい誤算―――これから片付けねばならない幻想郷の管理者たち相手の交渉に関して、レミリアも加えた打ち合わせができる。神綺様相手にも何一つ物怖じせず普段通り振舞うレミリアの胆力は、交渉に置いてこの上なく頼れるのだ。出席してもらうことで【魔界と友好的な幻想郷の有力者】という、俺にとって都合の良い参加者を増やせるのだから。
ここまでの会話を終え俺もあらためて探査・索敵魔法を展開し戦場の状況を探ると、勝敗が完全に決するタイミングだった。
「―――なんとかなったか、摩多羅隠岐奈が引き下がった。
…それを察した豊聡耳神子の一派も離脱してるな、損切りが早い。これで好戦的な連中以外は撤退するだろ」
「そうね、アル中の鬼とお兄様が連れて来た鬼にコンガラって剣士ぐらいかしら?この期に及んで継戦するのは」
「となると引き下がり辛い立ち位置になるのは小野塚小町と庭渡久侘歌か。手の空いた皆で包囲するだけで停戦してくれると助かるが…」
四季映姫・ヤマザナドゥが敗北を悟ろうが、勇儀がそう簡単に喧嘩を止めるハズがない。おそらくここが最後まで戦闘が続くだろう。同じ理由でコンガラ様と魅魔もそう簡単に終わらないが、麟と霧雨魔理沙の魔力反応が拾えなくなっている以上魅魔は離脱のチャンスがあれば愛弟子を優先するハズ。コンガラ様の気分次第とはいえ、交戦を続ける部下がすでに脱落済みだから問題にはならない。
伊吹萃香に関しては雷鼓とドレミーがすでに援護に回ってるからもう心配はないはずだ。こいしを敵に回した状況で雛の厄を気にする余裕は無い、加えてサリエル様の加護により俺に力を貸してくれた皆は厄が纏わりつくのを防げるのだ。伊吹萃香が厄による不運に見舞われるのはもう避けられない運命。
残りはいつの間にか参戦していた天人くずれと天邪鬼に、人里方面で激闘を繰り広げている袿姫様とフラワーマスターだ…と思ってる間に茨華仙を狙っていた天邪鬼が離脱を始める。このあたりの潔さが捕縛されず潜伏を続けていられる理由だろうな、豊聡耳神子一派と同じで損切りが早い。
フラワーマスターに関しては磨弓に星と聖白蓮、封獣ぬえが合流しているから問題はない。いくらフラワーマスターと言えどこの5対1であれば劣勢だ。人里を護る慧音にも小兎姫の他に命蓮寺から派遣されたであろう雲居一輪と守矢の風祝が同行してるから万が一も無い。
俺の失点と成り得る厄介事の火種は、全て潰せたと言っていいだろう。
「まあ、幸いなことに小野塚小町と庭渡久侘歌は紅魔館を直接狙ってた。出不精なパチュリーが依頼した連中を撃退した後で周囲の掃討に加わることはないだろうし、帰り道ついでに背後から叩いてくれるだろ」
「そうだな、パチェだけでなく咲夜もそちらを先に潰すだろう。私たちの勝利はもう揺らがないわ」
「うん!やったね兄さん!!」
レミリアの勝利宣言にユキが答えながら飛び付いてきた。神綺様とユキに左右から抱き着かれる形だ。
――ああ、この展開は…
「…懐かしいですね。この光景、魔界でも見せられました」
「あの時私は当事者だったから気付かなかったが…これは少し妬けてしまうな」
「ほう?やはりお兄様は魔界に居た頃からスケコマシだったのね」
「…もう何も否定できねえ」
両手に花状態をツッコまれる。だが神綺様もユキも振り払う気にはなれない。
俺がずっと求め続けながらも、ずっと逃げ続けていた相手なのだから。
…そして、この状態のまま合流してくれる皆もいて。
「豹さん!」
「思ったより早く決着は付いたようね」
麟が駆け寄り、アリスが降り立つ。少し遅れて上海とゴリアテも寄ってきた。
「豹さん、神綺様!大丈夫ですか?」
「私は平気よ!ヒョウくんはちょっと危なかったけど…」
「えっ!?大丈夫ですか豹さん!?」
「結果的にはこの通りほぼ無傷だ、問題ない…
―――ゴリアテ、だよな?喋れたのか!?」
「あっ、はい!隠れ家さんのおかげで、わたしもしゃべれるようになりました。あらためてよろしくお願いします!」
「本当に凄いですね、豹さんの隠れ家は…」
俺だけじゃなく俺の側に辿り着いた麟も礼儀正しく挨拶するゴリアテに驚いていた。少なくとも永遠亭に殴り込んだ時点ではしゃべることが出来なかったはずだ。つまりあれから夜が明けるまでの短時間でゴリアテは言語能力を完全に理解したということ…俺の隠れ家だけでなくゴリアテも人形としては規格外なのだろう。
だが、驚いてばかりもいられない、優先して確認すべきこともある。
「麟は大丈夫か?上手くハメてくれたようだが」
「はい、流石に無傷とはいかずひっかかれたりはしましたが…豹さんに鍛えてもらったおかげで肉弾戦では勝てました。でも豹さんが決着を付けてくれましたので、鳩尾に全力の拳を叩き込んで後はレティさんに任せちゃいました。
『豹のところに行きなさい。私はこの魔法使いを紅魔館に放り込んだらまた冬を楽しむって伝えてもらえると助かるわ』
だそうです…レティさんはもう、紅魔館から離れていますか?」
「―――ああ、紅魔館から離れるように移動してる。レティらしいな…組織に属さない妖怪らしく、必要以上の感謝は受け取りたがらない。
礼を言うのはしばらく先になっちまうな」
「そうなんですね…それなら、もう解呪してしまいましょう」
そう麟が返すと同時に封じられていた麟の魔力が戻り、紅魔館に霧雨魔理沙の魔力が現れる。そのタイミングで気付いたが、摩多羅隠岐奈の二童子が紅魔館から居なくなっていた。撤退と同時に部下はしっかり回収していったようだな。まあこればっかりは俺や青娥が立ち会ってようが防げなかっただろうし仕方ない。
問題は紅魔館に放り込んである敵戦力が拘束を破ってリリー・ノエル・ミケを襲うパターンだが、パチュリーと咲夜だけじゃなく理香子も紅魔館に向かっている。魔法嫌いなのに行動原理がパチュリーに似てるのは皮肉だが、現状としては有難い動きだ。なにより魅魔と実際に交戦経験がある理香子の存在を察知すれば、いくら魅魔でもこれだけの戦力差相手の強行突破は選択し辛いだろう。コンガラ様との戦闘後であれば猶更だ。
つまり咲夜とパチュリーに理香子が紅魔館に撤退すれば、捕らえた敵戦力が暴れようとしても十分抑えられる。加えて魅魔相手に交渉もできるワケだ。麟は期待以上の戦果を挙げてくれた。交渉は青娥もしくはパチュリーが上手くまとめてくれるだろう。
「アリスもありがとうな。博麗の巫女はどうした?」
「一時的に飛行能力を封じる魔法をかけておいたわ。今頃は歩いて博麗神社に帰る途中だと思うわよ」
「ベストな対応だ。幻想郷のことも考慮して動いてくれるのは本当に助かる」
「ま、私も幻想郷をそれなりに気に入ってるから。お礼はいらないわよ」
平然とそう返してくるアリスだが、俺にとってこれは救われる答えだった。
魔界からの移住者であるアリスが、幻想郷を気に入っていると評してくれたのだ。紫さんの求めた理想郷は、魔界人にとっても共感できるものだということが実証できたことになる。それは八雲の隠者として幻想郷に長く関わって来た俺にとって…今までの行いに意味があったと、胸を張れるってことなのだから。
そして、今のアリスの言葉を聞いてもらいたかった相手も…スキマを開いてこの場に出向いてくれる。
「―――上手く着地させてくれたのね。本当にありがとう…豹」
「これで少しは、紫さんに恩を返せましたか?」
本気で闘って来たのだろう。紫さんだけでなく、続いてスキマから飛び降りて来た藍と幻月・夢月も目立った外傷は無いが衣類はかなりボロボロになっている。幻想郷の管理者とその式に、夢幻世界を統べる双子悪魔が戦闘後というのが一目でわかるレベルの姿を晒すことなど滅多に無い…それだけの激闘を繰り広げてきたわけだ。
「楽しませてもらったよ。ありがとう、ヒョウ」
「礼は俺じゃなくて紫さんと藍に言ってくれ、夢月」
「礼を言われても困るがな…」
「つれないですねえ、ストレス解消にはなったでしょう?」
そして幻月と夢月も満足してくれたようだ。紫さんに功を挙げさせるなんて役回りを押し付けた以上、攻撃されても文句は言えない。だがそんな素振りはなく、敵意の無い笑顔を俺に向けてくれる。ありがたい限りだ。
「でも、これで紫さまと豹さんにとって理想的な状況になったんですよね!?」
「ああ、後は神綺様と夢子が対処してくれる。お願いしていいんですよね?」
「もっちろん!
ヒョウくんを受け入れてくれたお礼をちゃんとしなきゃ」
「ええ、先輩が納得できる形に落とし込みます」
「…助かるわ、神綺」
そしてただ一人ほぼ無傷の橙が嬉しそうに言葉を紡ぐ。おそらく俺がケリを付けたことで、橙が紫さんにこちらの状況を伝えてくれたのだろう。ある意味一番困難な役目を、簡単にこなしてくれたのだ。橙にもしっかり礼をしないとな。
「それじゃ皆、魔界と幻想郷にとって理想的な状況に持って行くために…もう少し力を貸してくれ」