寂しがりやな魔界人の幻想郷逃亡録   作:影就

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第36話 足りなかった覚悟

―――結局、動きは無しか。

 

視られている。それは昨日の時点で察したんだが、異空間越しなので俺一人では対処が出来ない。狙いは十中八九俺なのだろうが、エリーかくるみという可能性も考えて一晩警戒していたんだが…一夜明けるまでただ視ているだけで動きが全く無いのは予想外だ。

 

(だが、寝静まったエリーとくるみを狙わなかった。すなわち目的が俺なのは間違いないだろう。問題は、誰がこのタイミングで俺を監視する必要があるかなんだが…)

 

紫さんか藍なら昨夜接触しやすい状況を作った時に来てくれただろうからこの可能性は無い。夢幻姉妹が俺を逃がさないために仕掛けたのというのがタイミング的にはしっくりくるんだが、夜更けに夢幻世界へ戻って来ているのに引き続き夜明けまで視ているというのが引っ掛かる。そもそも俺に気付かれず湖に遮断結界を張れるような幻月と夢月が、異空間越しとはいえ俺が位置を把握できる程度の監視を置くというのも考えづらい。

 

(アリスたち幻想郷側の追手は監視するぐらいなら直接乗り込んでくる。麟は空間魔法に関しては俺より格下、異空間越しの監視なんて出来ない)

 

現状、誰が俺を監視しているのか判断材料が足りない。そして厄介なことに単なる監視であれば俺一人でも先手を打って捕まえることが出来るんだが、異空間越しだと把握できても俺自身に攻撃手段が無い。となるとエリーかくるみ、麟に協力してもらう必要があるが…今の状況だとエリーとくるみにリスクを負わせるのは避けたい。下手すると夢幻姉妹を敵に回してしまうからだ。

 

「となると麟なんだが…回復面を考えるとこんな盤面で出したくない」

 

戦力として以上に回復役として麟の存在は大きい。ある程度の無茶なら誤魔化せるからだ…事実昨日の時点で麟がいなければ右腕を失ってたわけだからな。俺が相手取っても麟を守り切れる相手以外に出したくない。

 

(今は放置するしかない、か。情報が無さすぎて手を出せない)

 

―――くるみに指摘されたとおり、割り切れなかった俺は…心地よい潜伏先を失うことになる。

 

 

 

 

 

「おはよう、エリー」

「え、豹さん?今日は随分と早いですね」

「元々睡眠無しでも活動できる肉体にはしてあるからな。昨日は結果的にゆっくり休ませてもらったから、昨夜は考え事に費やすことにした。早く起きたんじゃなくて寝てないだけさ」

「昨日の大怪我でゆっくり休んだなんて言わないでください。それこそ今から寝てください。昨日も言いましたが夢幻館の修復はそんなに急がなくていいんですから、豹さんは無理しないでください」

「なんだか麟を連想する勢いだな…」

 

視られている以上、気は抜けない。誰が視ているかわからない、すなわちエリーとくるみへの被害を気にせず俺を狙ってくる可能性があるのだ。むしろ今の状況だとその方がエリーに援護を頼めるから俺にとっては理想的だが。

 

俺の事をある程度知っていれば孤立したところで襲撃を掛けてくるだろう。逆に言うとエリーと行動を共にしている限り手を出してこないのであれば、俺の事を事前に知っている奴の仕業ということになる。こちらの方が慎重な対応をする必要がある以上、エリーには悪いがこのタイミングで仕掛けてきてほしいところだが…

 

「―――追手ですか?」

「いや…判断材料が足りない。エリーはいつから気付いてた?」

「ごめんなさい、豹さんが警戒態勢になっていたので聞いただけなんです…もしかして、もう近くに?」

「近くとは言えないが、昨日から視られてはいる。寝込みを襲ってこなかった以上、エリーかくるみを狙ってるわけではないようだが…巻き込むことになるだろうな。先に謝っておく」

「謝らないでください、私もくるみも覚悟はできています。くるみを起こしてきます」

 

エリーがくるみの部屋に向かう―――仕掛けてくるならこのタイミングだろう。

しかし、俺の都合に合わせてくれるはずもなく。

 

「ふあ…だいじょうぶですかあ、豹さん?」

 

明らかに寝足りないくるみが顔を出すまで動きが無く、そのまま三人合流出来てしまった。

 

 

 

「視られてるだけ、なんだがな。誰の手によるものかがわからない」

「少なくとも、幻月さんか夢月さんという線は無いと私とくるみから保証できます。魔界からまだ帰ってきていないのであればあり得たのですが、夢幻世界に帰ってきているのであれば違います」

「私たちとは格が違いすぎるお二人なんですけどねー。豹さんの監視を任せられるぐらいは当てにしてくれてます。私たち二人がいるのに夢幻世界から監視するなんてことしないですよ」

「だよなあ…昨日話しただけでも監視なんざせずとも俺を追い詰めるぐらいわけないってのは理解できた。そこを考えると、やっぱ違うか」

 

反撃されること前提でくるみに炸裂弾を撃ち込んでもらったのだが、しばらく閉じたもののまた監視を始めている。ただ、魔眼の類ではあるものの監視以外の用途は持っていないらしく、反撃は無く俺が目を合わせても邪視の影響もなかった。逆に言えば、対処しようがないということでもあるのだが。

 

「今は注意だけしておくしかないか…二人ともなるべく孤立しないようにしてくれ。このぐらいのことで呼ぶのは避けたかったが、空間魔法ならまず頼るべきは――!?」

 

計ったようなタイミングだな…!?まさか紫さんだったのか?

 

「豹さん?」

「いや、悪い。八雲からのお呼び出しだ。二人が視界に入る位置で話してくる。対象は俺だから大丈夫だとは思うが…奴の方にも警戒はしておいてくれ。おそらく誰の手の者なのかは彼女に聞けばわかるだろう」

「あ、それならお任せした方が良さそうですね!お願いします」

 

この会話を終えれば、しばらく八雲は頼れなくなる。ある意味、監視されるタイミングは絶妙だったわけか。

 

 

 

 

 

「待たせたな。ある程度の手回しは済ませて来た」

「助かる…って、どういうことだ?」

「豹?どうかしたのか?」

 

スキマを開いて藍が夢幻館の正門近くに降り立つと同時に、監視していた魔眼が去った。

 

「いや…昨日から異空間越しに監視だけしていた魔眼の類がいたんだが、藍が来た途端消え失せた。まさかとは思うが紫さんじゃないよな?」

「それは無い。すでに紫様は豹を切る方向で動いているよう偽装しているからな。豹に監視を付ける意味など無い」

「だよな…藍にも心当たりはないか?俺たち三人だと手詰まりでな」

「いや…見当もつかない。私も紫様も今日まで夢幻館どころか博麗神社にさえ意識を向ける余裕が無くてな。少なくとも豹を異空間越しに監視できるほど空間魔法に長けた者がここ…夢幻世界との境界に目を向けることは無いだろう。それほどの手練れが豹だけのために夢幻姉妹を刺激することはするまい」

 

藍の言う通りなんだよな。俺並に空間魔法を扱える存在は紫さんと藍以外にも数名は思い浮かぶ―――紅魔館のメイド長、茨華仙、後戸の秘神、悪意無き邪仙、竹林の姫あたりだ。だが摩多羅隠岐奈を除いて彼女たちが俺を監視する理由が見当たらない。その後戸の秘神にしても夢幻世界に関わってまで俺を追うというのは考えにくい。なにしろ夢幻世界は【博麗大結界を通らず異世界に出る手段】として貴重なのだ。管理者側にとっても利用価値がある以上、その主である夢幻姉妹に目を付けられる真似はしないだろう。

 

「対処できない以上放置せざるを得ないか…先に状況を聞かせてくれ。とりあえず俺の方は今の奴以外はどうにかなった。幻月と夢月も敵に回さずになんとかなりそうだ」

「…その口振りだと、ひと悶着あったな?まぁ、私も紫様も気付けなかった以上、上手く誤魔化せてはいるようだが」

 

なんでわかるんだ。詳しく聞いてこないのが逆に怖いぞ。

 

「こちらからまず伝えるべきは、アリスは追手ではなかったということだな。だが、おそらく今日魔界に連絡が入るだろう。辛うじて我々の手回しが間に合った形になる」

「なんだと…つまり俺を見つけたのは偶然だったとでも言うのか?」

「そうだ。これに関してはルナサのおかげではっきりした…この二日、アリスが魔界に連絡を取らずにいたのは彼女の誘導が大きい」

「…ルナサを巻き込んだのか」

「むしろルナサ自身が覚悟を決めて協力してくれている。豹は自分に向けられる好意を軽く見過ぎだ…九尾の私が言っても皮肉にしか聞こえないかもしれんが、異性を誑し込むのも程々にしておけよ?」

「気を付けてはいるつもりなんだがな…」

「…ああ、言っても無駄なようだな。彼女たちの表情でもう察した」

 

目線を向けるとエリーとくるみが揃ってジト目で俺を見ていた。俺が何をしたってんだ…

 

「そしてこれが豹にとって最も重要になるだろう。昨日、魔界からの旅行者を名乗るルイズという女性がアリスと接触している。その会話の中で、橙が拾った言葉だ。

『ユキのお兄ちゃんの名前がヒョウだったはずですわ』『ユキをこっちに送るよう母さんに頼んでおいて』」

「――っ!?」

「なるほど。彼女が魔界人なのは間違いないようだな」

 

こうなることはわかっていたのに、動揺を抑えられなかった。向き合う覚悟が…出来ていなかった。

 

「…一つ、俺から頼んでいいか?ユキが来るなら…必ず夢子も来る」

「夢子?神綺のメイドのあの夢子か?」

「ああ。ユキは俺が相手するべきだ…だから、夢子を足止めしてほしい。そうしてもらえれば、ユキは無傷で追い返せる」

「追い返すじゃなく、一度退かせるだけに終わる気がするがな」

 

読まれてるな。まあ、当たり前か…

 

「希望に沿えるかはわからないが、手配はしてやる。だが、私も紫様も幻想郷を守らなければならないし、豹を死なせたくないのは本気だ。魔界人に容赦は出来ない…それは受け入れてもらうぞ」

「わかってる…いざとなれば、俺から動くさ」

「何もわかってないな…私から伝えても、届かないのがもどかしい」

 

それを受け入れるわけにはいかないんだよ…藍が幻想郷を守る存在であるように、俺は魔界を守る存在だったのだから。

 

「それと、忘れる前に伝えなければならないのが麟についてか。紫様も驚いていたが…ルナサに忘却の呪いは作用していないそうだ」

「っ!本当か!?」

「少なくとも、私よりは長く覚えていられるのは間違いない。日が暮れて夜が明けると、私は麟のことを忘れてしまう…弟子扱いしたこともあるのに、情けない話だ。だが、ルナサは忘れることなく記憶している…紫様が直々に確認したから間違いない」

 

ここに来て麟の方に打開策が出てきそうだとは…!アリスが俺を見つける前にわかっていればっ…!

 

「これから麟に今の状況を伝えに行く。ルナサにはもう紫様が話を通したそうだが、麟からルナサを訪ねさせる形になるだろう。最後まで当てにできるのはこの二人だ。上手く扱え」

「言われなくとも。ルナサには足向けて寝れないようだな」

 

巻き込む形になってしまったが、単純に人手が増えるのは助かる。生き延びれたら、しっかりとした礼をするべきか。

 

「最後に、手回ししておいた潜伏先だな。豹から向かうつもりはないだろうが、幽々子様は協力してくれるそうだ。私と紫様は勝利がほぼ固まったらスキマで白玉楼に送るつもりでいる」

「冥界のお嬢様か…たしかに俺じゃ思い付けない相手だな」

 

一応面識はあるが…覚えられているかは微妙なところだ。彼女の能力的に、護衛特化な俺は必要ないだろうからな。

 

「それと、夢殿大祀廟も使え。豹にとっては理想的な潜伏先になるだろう」

「…どこだそれ?」

「把握してなかったのか…政治家気取りの聖人はわかるな?奴が祀られていた墓所だが、連中が仙界に移ってからは無人だ。命蓮寺の墓地から入れる…あの寺の住職からも許可は取った」

 

ああ、豊聡耳神子絡みだったか…読心系の能力持ちは徹底的に避けてたからな。俺が知らなくて当然か。

 

「たしかに、大物が封じられていた地と考えれば利用価値は高いな。候補に入れておく」

「霊夢に関してはある程度こちらでも止めるが…魔理沙には十分気を付けてくれ。最悪な想定は、魔界人と霊夢・魔理沙が衝突すること…そうなると豹を見捨てなければならなくなる…

―――逃げ切ってくれよ」

「…ああ、そのつもりだ」

 

返し忘れそうだった藍の財布を手渡し、別れを告げる。

 

「それじゃ、しばらくお別れだ…麟を、頼む」

「麟は豹が頼りにしろ。…またな」

 

藍がスキマに去る。またな、か…

 

 

 

十分過ぎるほどの、助けを貰った。後は、八雲を頼らず動かなければならない。

まずは…ユキが来る前に、覚悟を決めることからか。




次の更新も少し遅れるかもしれません。ちなみに理由は同僚が濃厚接触者判定→発症によりシフトが変更になったため。
はよコロナ収まれ!…水曜日には間に合わせます。
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