神綺様が繋げてくれた出口を4人で通り抜けると、パンデモニウムの謁見の間だった。辛うじて戻って来れたか…!
「神綺様、閉じます!」
「いいわねサリエル?」
「ああ…心配ではあるが、奴を始末した以上研究素材扱いされることは無いはずだ。そもそも私の下にいた天使数名でさえ月に留まりたがる者と私と共に魔界に向かいたがる者とで割れてしまっていた。この形であれば、月に留まる気が無い者だけが追ってくるだろう。悪くない結果だ…悔いは残るがな」
サリエル様一人、部下を見捨てて逃げ去った形になるのか…それは悔しいだろうな。
夢子によって出口が閉じられた。これで任務達成だが、ボロボロな上に神綺様を月に入らせるまでさせてしまった…謝らなければと思ったものの、もう体の自由は利かなくなっていて。
「……先輩はいつまで両手に花を楽しむつもりですか?」
夢子がジト目で俺を見るが、楽しんでるわけじゃない…!神経毒が回り切ってもう口すら動かせないんだよ!
「兄さんなんでこんなに震えてるの――ってそうだった!解毒しないと!」
「えっ!?大丈夫なの!?」
「…神綺、落ち着け。ユキと呼ばれていたな、八意永琳の仕業か?」
「あ、はい!毒矢を受けちゃって…!」
「矢傷はどこだ?」
「右肩です!矢自体は兄さんがすぐ抜いたんですけど…」
左腕に抱えたサリエル様と右手を掴んだユキでやり取りしている横で、心配そうな神綺様とジト目の夢子が俺を見ている…なんだこの状況。
「―――大丈夫だ、この程度なら問題ない。私に使った睡眠ガスのような代物であれば危なかったが…」
傷口にサリエル様が手をかざすと、暖かな光が俺の身体に回った神経毒を吸い出していく…!これが、癒しの天使としての力なのか。全身に回った毒をこれほどの速度で解毒しきるとは、凄まじいな…!
「ありがとうございますサリエル様。助かりました」
「礼を言うのは私の方だ…ありがとう、護ってくれて。君の名を聞かせてくれ」
「ヒョウです。今、降ろします」
「あ…その、だな。こんなことされるの、初めてで、な。心地良いから…もうしばらく抱えてもらっててもいいだろうか」
「…失礼でないのであれば、構いませんが」
「フフ、命を救われた相手に失礼などと思わないさ」
とはいえ左腕だけで抱えるのは不安定だ。サリエル様が構わないのであれば、しっかり支えさせてもらおう。
「ユキも、ありがとな…今回ばかりは本気で危なかった」
「ほんとにね…次は私も最初から――って、兄さんはこれだから…」
「あ~サリエルずるい!私もそんなことされたことないのに~」
「それを私に言われても困る。神綺なら自分でその相手を創り出せるだろう」
「俺でいいなら、神綺様をこう抱えるぐらいやりますが?」
「………先輩、サリエル様の客室は用意してありますので、こちらに」
「兄さん、妹として言っておくけどそういうとこ直した方がいいよ?そのうち刺されても困るし」
「別に直さなきゃマズいことしてるつもりは無いんだが」
「先輩の異性に対する行動はアウト判定される方が多いことを自覚してください」
掴まえてくれていたユキの右手を離して、両腕でサリエル様を支える。それだけでこの言われようだ…サリエル様の方が俺より長く戦っていたのだから、休んでもらうためにしっかり支えるのがそんなに問題行動なのか。
「慕われているのだな。これからは、私も頼りにさせてもらうことになるだろう。よろしく頼む、ヒョウ」
腕の中で微笑むサリエル様は、天使の名に違わず…美しくも可愛らしかった。
(走馬灯ってか!?冗談じゃねえ、こんなところで!)
予想通り幻影からの攻撃は無い、だが本体である魔眼が俺に向け光線を放ってくる。この程度簡単に避けられるが、問題は攻撃手段…!
「サリエル様が、綺麗な
あっさり光線を避けられたことで光球と針弾の連射に切り替えてきたが、俺としてはその方がありがたい!針は避けて球は蹴り飛ばすか跳ね返して狙う―――が。
「本当に攻撃魔法を使えないのかよ。なのに頑丈さと回避能力が異常。ここに閉じ込めた以上負けは無いが、仕留めるのに時間がかかりそうだ…本っ気で忌々しいなお前!!」
【魔眼を閉じる】だけで反撃が避けられるのだ。先読み空間魔法という手段はあるが…移動先の空間を確定できない限りまず当たらない。それに5つ全てを潰すには魔力も足りない、俺にとって相性が悪過ぎる!
「サリエル様に直接会えるのであれば返す、それじゃ納得できないのか?」
「今のテメエをサリエル様に会わせられるか裏切り者がぁ!その口閉じやがれ!!」
駄目だ、完全に怒りに飲まれてやがる…!使い魔であるのなら、もう少し感情をコントロールできる存在だと思っていたが、五つもの魔眼を制御し意思を保っているのだ。その精神はすでに使い魔としての意識を失くしているのだろう。主の意思より、己の意思を貫けるほどに…!
「ずっと、ずっと再会を祈っていた相手が既に裏切っていたなんて、伝えられるか!罪を犯して堕天させた仲間にすら涙を流すほど優しいサリエル様が、永い時を過ごすための心の支えの一つを失ったら…涙を流すぐらいじゃ済まない。そして、アタシじゃそれを慰めることすら出来ないんだよ!」
連射じゃ無駄と判断したのか、光線で薙ぎ払いにかかって来たっ!?誘導して誤爆させるような位置取りじゃない、これは避け続けるしかねえ…!
「そして、裏切り者という事実は消せない。テメエが生き続ける限り、サリエル様が真実を知り傷つく可能性があるんだよっ…!消せないなら、隠すしかない…口を封じて、アタシが捻じ曲げた過去を伝えるしかない!サリエル様が傷つくことない当たり障りのないお話をな!」
「俺一人口封じして誤魔化せるものかよ…!これでもそれなりの伝手は持ってるんだぜ!」
「黙れぇ!最初からテメエが裏切らなけりゃ良かった話だろうが!!」
それは、その通りだ。俺が反逆しなければ、ユキも神綺様もサリエル様も夢子も…俺と親しい付き合いのままでいられたのは事実。全ての原因は、俺にある。
どこまで聞いているのかはわからないが、その言葉には反論できない。してはいけない。
「裏切り者には死を。それが、お前の行動指針だったそうじゃねえか。
なんでテメエ、逃げ延びて生き続けてやがる」
これをハッキリ面と向かって言われたのは、初めてだった。
だが、想像してたより、動揺は無く。
「俺の最期を、魔界と幻想郷にとって意味のあるものにするためだよ。
迷惑かけた以上、後始末の助けになるようにな」
魔界にも幻想郷にも、世話になったから。
この二つの世界が、争うことが無いようにしたいから。
漢として、アイツとの最後の義理だけは果たさなきゃならないから。
「サリエル様のためじゃないというだけで、アタシはお前を許さない。ここで誰にも知られることなく、消えろ」
「許してくれないなら、逃げ切るしかねえよなぁっ!」
だが彼女が俺の知らない使い魔である以上、俺が絶対に勝っている点があるのだ―――戦闘経験。
感情に振り回されたお子様を、会話で気を散らせることなんざ造作も無く…!
「攻撃魔法が使えないだけなんだぜ、俺はよ!!」
「ぐっ…!?てめ、嘗めた真似を!」
薙ぎ払われる光線の隙間を抜け続けてるように見せつつ、会話で気を散らせる。そうして違和感を持たせずある程度接近した魔眼の一つを暗器として隠し持っているナイフの強化投擲で潰した!油断を無くすであろうため相変わらず同じ相手に二度は使えない手だが、彼女相手に逃げ切るにはこれが必須。なぜなら、俺一人じゃ勝てない以上助けを呼ばなきゃならないのだ。
そのためには、少しでも力を削ぐ必要があった。魔眼一つでどれだけ弱体化するかは未知数だが、駄目ならもう一つ潰せばいいだけの話…っ!
「やってくれるじゃねえかっ…!甘く見てたのは認めてやる、だからもう開かれると思うなよ!!」
残った二対の魔眼が先程の罠のように四角形を形取ると、そこから光球を乱射して来る!そして反撃を受けないよう魔眼は閉じられる。たしかにこれじゃもう俺には手出しが出来ない…
「このまま終わらせる!逃げようとせずおとなしく斃れろ!」
「ごめんだな。逃げ切るために粘らせてもらう!」
とはいっても、この狭い異空間。あえて狙いを付けずひたすら数で攻めてくる乱射を全て避けきるのは至難、多数被弾する。だが、この程度なら致命には至らない…!
そして、一つ潰したのはやはり大きかった!
「ここね!大丈夫ですか、ヒョウ!」
「…へえ、こんなに早く閉じられるか。並の相手ではないみたいね」
「なっ…双子悪魔!?なぜアンタ達が!」
って、夢幻姉妹!?来てくれるなら藍だと思ってたが…戦力的には好都合とはいえ、俺の頼みを聞いてくれるか…?
「なぜって…私たちがヒョウを助けるのがそんなに不思議かしら」
「魔眼か…死にはしないけど、動き辛いわね。脱出は手間取りそうか、ここ」
「救援ありがとな…だが、もう一度脱出口繋げられるか?」
「させねえ…!ヒョウさえ消せばいい…そこを動くな!」
「あら…これはたしかに面倒です。死なないですけれど、まともに動けない…魔眼としては最上位ですね。
ヒョウ、なにか手はありますか?」
…魔眼で束縛されてるのに随分と余裕だな。やっぱ桁違いだな幻月も夢月も。
「…二人とも、一時的に片目を借りていいか?信じてもらえれば、脱出する前に彼女を狙える」
「その方がただ脱出するより私好みよ。乗ってあげるわ」
「お手並み拝見ですね。具体的にどうすれば?」
「気に入らねえ、その余裕。少し痛い目見ろよ!」
…本当に使い魔とは思えないぐらい直情的だな。だが、おかげでやりやすい…!
やはり姉妹の束縛に力を割いているらしく、攻撃がさっきまでよりぬるい。これなら俺が盾として二人を守り切れる!
「頼みたいことは簡単だ。俺が仕掛けて動きやすくなったら、二対の魔眼を潰してほしい。人型は幻影…本体はあっちだ」
「任せてください。それじゃ、お願いします」
「わかりやすくていい。やって見せてよ」
「助かる…!それじゃ、失礼する」
幻月の右目と夢月の左目を俺の魔眼と同調させて、俺の右目も同じ状態にする。そのために至近で目を合わせて二人の怖さをあらためて実感するが、今は頼もしいほかない――これで仮初めとはいえ、魔眼の数は同等…!
「さあ幽玄魔眼、俺の魔眼が欲しいなら…俺を超えて見せろ!!」
「テッメ、本当に気に入らねえ!!」
夢幻姉妹を束縛するため魔眼を使っているのなら、その二人の視界を借りれば目を合わせられる。数が同じなら、後は持ち主同士の睨み合い…わかりやすくどちらが上かの勝負!俺が彼女の魔眼を閉じさせず、幻月か夢月が潰してくれればいいだけだ!!
「くそ…なんで、なんで裏切りやがった!これだけの力を持つお前が、なんで!?」
「知りたかったら、神綺様かマイに聞くんだな…!」
思っていた以上に、幽玄魔眼は使いこなしていた。時間制限のない根競べであれば、仮初めの三つで数を誤魔化している俺の負けだっただろう。だが、今回はタイマンじゃない。
「本当に、やりますねヒョウ…!幻想郷に留めておくのはもったいないです」
「姉さんがそこまで言うとはね。私も同感だけど!」
「…負けか。覚えてろよヒョウ、その魔眼、絶対に返してもらうからな!!」
束縛を破った姉妹が二対の魔眼を潰すと、幻影も消え去った。
―――おそらく、俺が最初に潰した魔眼が無事で、それを核に再生するのだろう。決着は持ち越し、だな。