寂しがりやな魔界人の幻想郷逃亡録   作:影就

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第2話の数字だけ全角になっていたのを修正してます。
本文はそのままなので読み返さなくても大丈夫です。


第4話 賢者の眠りは妨げられる

「おや、こんなところで同業に会うことなんてあるんだねえ」

「あら、バレてしまいましたか。私は鎌を置いてきたんですが」

 

今日は妙な光景が続くもんだ。屋根伝いに走る黒服の男の次はアンクゥ…西洋の同業者じゃないか。

サボってここに来てるあたいが言うのもなんだけど、死神が人里に何の用があるんだか。

 

「ははっ、あたいのこれは営業サービスみたいなもんだからさ!人里でももう誰も気にしないよ」

「でしょうね、得物だとしたら手入れが雑ですし」

 

うぐっ、痛いとこ突いてくるなあ。これでも十分実戦に耐えるんだけど。手入れがめんどくさくて雑なのは否定できないよ。

 

「警戒されても仕方ないですけど、別に人を襲おうなんて思ってないです。巫女と魔法使いにボロボロにされたことがありますから」

「ありゃ…そりゃ災難だったねえ」

 

あの二人は西洋の死神にも容赦無しかい。

 

「まあこれも何かの縁さね、あたいは小野塚小町だ」

「エリーです。本当に、人里で出会うなんて不思議な縁ですね」

 

 

 

 

 

幻想郷の西端を目指し駆け抜ける。俺みたいに目的がなければまず誰も向かわない場所とはいえ、人気がないゆえに妖怪に出くわす確率は上がる。まだ日が沈む時間ではないが、警戒する必要はあるだろう。

攻撃魔法が壊滅的な俺にとって、本能だけで生きる獣や低級妖怪の方が厄介な相手になる場合がある。搦手でしか対応できない以上、小細工なしで真正面から向かってくる方が対処方法が限られるのだ。魔力や妖力が小さく索敵魔法で感知し損ねる相手に先手を取られると面倒なことになる。

 

(そもそも空振りに終わると甚大なタイムロスなんだが、だとしてもリターンの大きさを考えると試さない手はない)

 

博麗神社は幻想郷の東端、外の世界との境界に位置している。空間魔法に精通した俺に対し博麗大結界の詳細を伏せたのは管理者たちの一致した方針だろうし、俺も詳しく知るつもりはない。しかし、外の世界にも通じる博麗神社が東端にあるというのなら、西端にも重要な何かがあるはずなのだ。

 

そう、俺が狙っているのは紫さんとの接触。彼女と直接話が出来れば、当面の問題だけでなく最大の疑問すら答えが出る可能性がある。すなわち、神綺様が幻想郷に来る理由。

 

俺に察知できた神綺様の反応を管理者たちが気付かないはずがないのだ。つまり神綺様の訪問は黙認されているということになる。博麗大結界が張られてからは幻想郷への出入りが禁じられていながら、割と頻繁にやってくる神綺様を例外扱いする理由…そこを知れれば締め出す方向に持っていけるかもしれないのだ。クレーマーのようで情けないが。

 

懸念としては紫さん以外の大物が出てきた場合。特に摩多羅隠岐奈が出てくると非常に厄介だ。最悪そのまま魔界に追い出される可能性すら出てくる。

 

そのリスクを負ってまで試す必要があるかというと微妙なラインだが、すでに俺自身の平和ボケぶりを顧みるとハイリターンを優先すべきと判断した。安定をとってもどこかでミスる気がする…となれば大博打に出るべきだろう。

 

…そして、俺は賭けに勝ったらしい。

 

「豹か、久しぶりだな」

 

森を抜け開けた草原に出ると、美しい九尾の狐が佇んでいた。

 

 

 

「久しぶりなのに手土産がなくて済まない。時間が惜しくてな…」

「構わないさ。そもそも豹がいつ来てもおかしくない状況になっていたからな」

 

むしろ苦笑するような表情で藍が言葉を返す。その反応でまず推測の一つは確信に変わる。

 

八雲藍。妖怪の賢者・八雲紫の式神である。俺にとって数少ない面識のある大妖怪で、友人だ。

俺がいまだ幻想郷で見逃されている大きな理由が、紫さんに恩を売った過去があること。ここにたどり着いた当時は、魔法の知識において俺を超える魔女や術師が存在しなかったため利用価値があったのだ。得意魔法が攻撃魔法でなかったことも大きく、危険性の低い大魔法使いと認識されていた。隠れ家で隠棲しながらも俺の知識が必要な時は協力し、逆に魔界へ続く扉が発見された際にはそれが安定するまで雲隠れさせてもらったりと俺からすればギブアンドテイクな対応だったのだが…紫さんはそれを恩と思ってくれている。

 

結果、紫さんの式神である藍ともそれなりの付き合いがある。お互いの立場上、あまり顔を合わせることはないのだが。ごく一部の管理者以外の大妖怪たちに俺の存在が割れていないのは、当時俺が協力した案件も藍の働きに偽装してもらっているところが大きい。実際藍でも同じ結果は出せただろうが…時間効率という点でやはり数は力だったらしく、紫さんの発言力が安定するまでは対立軸を出し抜くためにも俺と藍が同じ場所に存在することは徹底的に避けていた。

 

「…紫さんと直接話せるか?できれば藍にも聞いておいて貰いたいが」

「ええ、私もそのつもりよ。御機嫌よう、豹」

 

地平線に沈みつつある太陽を背に、スキマを開いて大妖怪が姿を現す。

 

妖怪の賢者・八雲紫。俺にとっての大恩人。

そして、お互い最後は切り捨てる覚悟を決めている、歪な関係の友人だった。

 

 

 

 

 

「最近は随分と目立っているようね。何か心境の変化があったのかしら」

「きっかけは俺の弱さ…というより未練です。妹の面影を見てしまったルナサに負けました」

 

思えば秋も深まる季節。そろそろ冬眠の時期に入る紫さんは情報を整理したいらしく、屋敷に通してくれた。俺としても幻想郷において最も秘匿されている地の一つであろう八雲邸で話ができるのはありがたい。

 

「最大の誤算は楽団のファン達です。嫉妬という感情で魔力を持たない人間たちに認識阻害魔法を破られるとは思いませんでした」

「にわかには信じがたい話だけれど、あの熱中具合を見ればあり得ることなのかしら…それにしても」

 

どこか不満げな表情を作って紫さんが口を開く。

 

「いい加減そんな堅苦しい言葉遣いはしなくていいのよ?私だけいまだにさん付けなのもよそよそしいし…私とそんなに距離を取りたいのかしら?」

「…そう遠くないうちに、終わりそうですから。紫さんは平気かもしれませんが、俺は一線を越えると無様を晒すのが目に見えてます」

「…神綺ね」

「はい。年貢の納め時ということでしょう。ここまで耐えたんですからやせ我慢させてください」

 

もう長い付き合いになるが…俺は紫さんに対して上下関係をハッキリさせるべく敬語を用いている。元々使い慣れていない口調なので崩れることも多々あるが、己の脆さを自覚してる以上、線引きは徹底しなきゃ紫さんにも後味の悪さを残すことになるだろう。

 

記憶に焼き付いた夢子の表情。親しくした相手を切り捨てる苦渋の選択。紫さんほどの大妖怪ならもう慣れたものなのかもしれないが…万が一にも、もう二度とあんな表情を向けられたくはなかった。

 

「紫様、お待たせしました。橙も連れてきました」

「おはようございます紫さま!」

 

藍が橙を連れて戻ってきた。なるほど、平和になった幻想郷だと俺の抱える案件は貴重か。橙にも経験を積ませるわけだな。

 

「久しぶりだな、橙…といっても覚えてないか?」

「いえいえ、豹さんですよね。お久しぶりです!藍さまにいろいろ聞かせてもらいましたから覚えてます」

 

妖怪としてはまだ幼い部類に入る橙だが、藍に見込まれ紫さんに認められた素質はズバ抜けている。俺の巻き添えで失わせないようにしないとな。

 

 

 

「それで、ここのところ幻想郷に入り込んできてる神綺だけど…豹はどこまで自分で調べてるのかしら」

「人形遣いのアリスを訪ねに来ていて、長居はせずに帰っていくということだけですね。下手に痕跡を残したら即座に見つかるでしょうから、遠巻きな情報収集しかできてません」

 

橙も話を理解できているようなので、すぐに本題に入ることができた。

 

「ああ、その通りだ。私と紫様で直接話を聞きに行ったが、それ以上の理由はないそうだ」

「まずここを豹に聞きたかったのよ。魔界神ともあろう者が、たった一人の魔法使いのために幻想郷に忍び込むなんてこと、あり得ると思う?」

 

そうだよなあ。幻想郷の管理者からすれば信じられないよなそんな理由。その反応が当然なんだが…

 

「十分あり得ます。神綺様は紫さんが思っている以上に大切な娘たちには過保護です」

 

今日、上海と接触したことによってこれは言い切れる。

 

「例えるなら、博麗の巫女や橙が修行のために魔界に移住するとなったとき。紫さんと藍は神綺様と同じ行動を取らないと言い切れますか?」

「成程、わかりやすい例えね。あれだけ頻繁に顔を出すことはなくても、機会があれば様子は見に行くでしょう」

「いいお母さんなんですね、魔界神さまは」

 

…藍が物凄い苦悶の表情を浮かべたのは見なかったことにしよう。

 

「なのでその言葉に嘘はないでしょう。もし俺の始末が目的であれば、神綺様一人で来るということは無い…と推測してます。俺が目的なら従者を何人かは連れてくるはず」

 

俺を始末するだけなら神綺様一人でいい。ただ神綺様の性格を念頭に置けば、始末する前に俺と会わせようとするはずだ。つまり俺が幻想郷にいることはまだバレていないはず。

 

「俺の存在が露呈しなければ放置していても幻想郷に害を及ぼすことは無いと思います。ですが他の管理者たちは問題にしていないのですか?」

「面白くは思っていないでしょうね。ただあんなにあっさり魔界から侵入されると止めようがないのよ。私が魔界を常時監視するわけにもいかないし」

「それに魔界神と正面からやりあうのは誰であろうと骨が折れるからな。有効な手立てがない以上、我々も傍観するしかないだろう」

 

神綺様を締め出すことは不可能か。まあ情けない手段だったし仕方ない。しかしそうなると…やはり潮時ということだ。

俺が魔界からの逃亡者であることは管理者の面々も周知のことだが、神綺様直々に捕まえに来る可能性があるような存在だと知っているのは紫さんだけだ。そのおかげで今まで重要視されることは無かったのだが、今日になってその前提が崩れてしまった。

 

「俺からは別口で報告があります。今日、そのアリスが俺に接触を図ろうとしました」

「「「!!」」」

 

三人が息を呑む。

 

「ルナサのおかげで会話する前に離脱出来ましたが、追撃してきた人形を確保して囮に使ってます。隠れ家に残したカナがしっかり時間を稼いでくれたようで、今ここにいる状況です」

「襲撃されたわけではないのね?」

「少なくとも人里で仕掛ける気はないようでした。ただルナサと話し込んでいたので、協力を求めていたのではないかと推測しましたが確証は無いです」

「つまり斥候として侵入していた?」

「アリスが追手だと仮定するなら、人形遣いという点も踏まえてその可能性が高いです。先ほど言いましたが、俺の始末が目的ならアリスより優先して派遣されるべき相手がいる。彼女じゃなくアリスが幻想郷に来たということを考えると、アリスの目的は俺の始末ではなく捜索だったのでしょう」

 

これは推測…というより願望でしかないが、俺の大罪を知らないアリスが派遣されたのは温情なんだろう。発見した時点で説得して連れ帰れるならそれでいい、拒否されたなら応援を送ると。

彼女ほどの実力があれば、俺を捕らえるのは難しくとも命の危険は無いから。

 

「おそらくアリスの目的自体は今日で果たされた。次に神綺様が訪れるとき…従者を連れて来たら確定です。俺の処刑の準備が始まる」

「そんな…」

 

やはり橙はまだ覚悟が出来ていなかったらしい。動揺が声に出てしまっている。

 

「…それで、豹はこれからどう動くの?」

「潜伏するしかないでしょう。巻き込むことになる皆には悪いが…幻想郷からすでに離れたと判断されるまで粘り切れれば俺の勝ちです」

「あらためて聞くけれど、外の世界に出る気はない?そうすれば八雲の下で保護できる」

 

幾度も聞かれた、生き延びるだけなら最善の提案。

 

「すみません、その選択肢は取れない。…漢としての意地があるので」

 

逃げて逃げて逃げ続けて、何をいまさら格好つけてるのかと言われても仕方ないが。

アイツへの最後の義理だけは果たさなければならない。

 

「わかったわ…それで、どこに送ればいいかしら」

「…その前に一つ。逃亡資金として、何かしら使えそうなものを買い取って頂けませんか」

 

持ち出してきたアクセサリーを並べる。紫さんや藍にかかれば呪具として活用できるはずだ。しかし藍にそれを突き返された。

 

「資金ぐらい融通してやる。そもそも豹は紫様からの褒賞をほとんど辞退してただろう…いざという時に困るぐらいなら最初から素直に受け取っておけ」

 

そして財布を渡される。いや、これ藍のじゃないのか?それに厚みも重さもかなりある。

 

「後々状況のすり合わせに私が出向く。その時に財布だけ返してくれればいい、中身は好きに使え」

 

…ほんと足向けて寝れないな。俺なんかにここまでしてくれるとは。

 

「ごめんなさいね…私個人としてはもっと手を尽くしたいのだけれど」

「俺一人のために魔界とやりあうわけにもいかないでしょう。今まで匿ってくれただけで十分すぎますよ…

 博麗神社の裏山の湖にお願いします」

 

 

 

 

 

(不甲斐ないわね…友人ひとり守ることすら覚束ないなんて)

 

豹の立場が特殊過ぎるとはいえ、妖怪の賢者であればもっと上手く立ち回れたはずなのに。

結局、豹は私を切り捨てる方向に進み始めている。

 

「藍、橙を連れてルナサと接触して頂戴。身内に甘い豹の事よ、きっと誑し込んでるからこちら側に引き込んで」

「同感ですがひどい言い草ですね…紫様はどちらに?」

 

少しぐらい言わせなさい。藍とはお互いあれだけ砕けた話ができるのに、私には最後まであれで通す気なのだから。

 

「眠る前に隠岐奈に釘を刺してくるわ。それと豹の読みが外れてたら、アリスは泳がせておいて。状況によっては神綺に対する切り札になる」

「仰せのままに。橙、行くぞ」

「はい!藍さま!」

 

今年はのんびり冬眠してられなくなりそうね…

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