太陽の畑の方で魔力反応をキャッチしたが―――これはどういうことだ?やり合っている片方の魔力に俺の魔力が混ざっている。しかもそれを凄まじいペースで消費している。
(カナか…?いや、だとしたらカナの魔力も同等の強さで使われてないとおかしい。可能性としてはアリスがあの時逆用した魔力をなにかしらに保管していて、一気に利用している…か?)
流石に太陽の畑近辺には魔眼を同調させられるものが存在しない。あのフラワーマスターの幻想郷における行動範囲は狭いので、人里で鉢合わせることにさえ気を付ければ顔を合わせることは無いからだ。だがこれだけ派手に俺の魔力を使われたとなると、状況次第では俺まで敵と認識されかねない。そういう意味では状況を確認したくはあるのだが…
「豹?どうした?」
「いや、潜伏してる身で首を突っ込む必要はない。誰かはわからないが弾幕ごっこを始めたんだろう」
「…なんというか、豹の追手に選ばれた相手も不運だな。少なくとも私では、逃げに徹した豹に追いつくことは出来ないだろう」
―――くるみと似たような感想だな。まあ明羅は侍、正々堂々と真正面からの戦闘を好むのだから追跡・探査が不得手なのは当たり前だ。
…そんなことを思っていると里香が満面の笑顔で戻って来た。
「これでどうなのです!わたしに協力しない選択肢などもはやないのです!」
「…いや、なぜ試験管に入ってるんだ。本当に魔力回復薬なのか、これ」
試験管を4本突き出してきたが…つまりはこれ調合してそのままということだよな?精製する際に試験管を使うのはまだいいんだが、保存を試験管のままでしているのは不安しかないぞ。上質な魔力回復薬ほど凝った作りの容器が多いのは、容器自体に魔力を付与して保存してあるからだ。例えば神綺様が精製した秘薬の瓶に至っては時間固定魔法の術式を組み込んであり、個人によっては回復薬本体より容器の方が価値のある逸品だったりする。
「理香子はエンジニアとしてはわたしより下ですが、魔法使いとしてはわたしより格上なのです。問題ないはずなのです!」
「…明羅、解毒に使えるような薬草なんかを常備してたりしないか?」
「うーむ…少し探してみよう」
流石に何の備えも無くこの保存状態の薬は使いたくない…魔力は回復しても肉体に悪影響があっては俺にとって本末転倒なのだ。
「むぅ…理香子も連れてくるべきだったのです」
「そうだな、その方が俺も安心できた。まあ、研究者として俺と関わるのにメリットが無いとでも言われたんだろ?」
「よくわかりましたね。理香子の魔法嫌いは凄まじいですから、魔界人と聞いただけで断られたのです。科学だけで何物も完成させたい理香子にとって、魔法は甘えだそうなのです」
「そりゃ徹底してるな…里香はそう考えていないのか?」
「わたしは戦車技師なのです。戦車にとって有益なのであれば科学だろうが魔法だろうが組み込みます。兵器とは最終的に量産しなければ完成とは言えないのです!完成のために魔法を排除するのは非合理的なのです。このあたりは理香子とは分かり合えないのです」
なるほどな。理想だけを追い求める理香子と現実での最適解を優先する里香ということか。敵に回したくないのは里香の方、そういう意味では顔を合わせたのが里香の方だったのは運が良かったか。
「豹、以前報酬として受け取った永遠亭印の解毒薬があったぞ」
「…そうか、仕方ない。里香、とりあえず1本服用してみるが…それで保存状態が悪かったり魔界人に効果が薄かったりしたら受け取り拒否だ。そこは納得してくれよ」
「いいでしょう!早速飲んで修復を始めるのです!」
やれやれ…頼りたくないが、永遠亭印の薬なら効果に不安はいらないからな。いざとなったら麟に頼んで移し替える容器を用意してもらうか。
「大人数で何をしているのかと思えば、人形の尻拭いとはね。まあ、花を守ったことは評価してあげるわ」
これがフラワーマスター…風見幽香。なるほどねー、隠居同然って聞いてたけどこの隠しきれない強大な妖力じゃ警戒されるのが当たり前だわ。話だけで済めばいいんだけどね。
「…エリーという死神をあなたは知っているわよね?彼女がどこにいるか教えてもらえないかしら」
あれ、ルナサが最初に口を開くなんて珍しい。因縁持ちのアリスに気を使ったのかな?
「エリーなら夢幻館を修理させてるわよ。ただ、資金の相談でここに来たり資材の調達で魔界に出たりしてるから、留守にすることもあるけど。
でも、貴方達がエリーに何の用があるのかしら?」
「私たちの探し人がそのエリーさんのところに向かった可能性があるのよ~。出来れば場所も教えてもらえないかしら~?」
メルランも合わせたってことは、二人が会話してくれるってことだよね。これはわたしとアリスは口を挟まない方がいいかな?
「エリーと面識がある奴が幻想郷に居たというの?
そうね。場所も教えてあげるから、その探し人のことを私にも教えなさいな」
「私たちのライブを裏方として手伝ってくれていた豹という男よ」
「…一言で片付けられるとは思わなかったわ。もっと詳しく話しなさい」
「詳しくって言われても~。どういうことを知りたいのかを言ってくれないとこっちも困るわ~」
うーん…フラワーマスターは豹が意識的に避けてた相手の一人。あまり詳しいことを教えたくないわ。
しょうがない、豹のことはわたしから話しましょ。この中だとわたしが一番豹と再会できる可能性が高いから、こういう場合の囮・足止め役になるべきだものね。
「豹はわたしの家主だよ~。たぶん一番正確なことを答えられるのはわたしだけど、何を聞きたいの?」
「あら、貴方は初めて会うわね。私は風見幽香。貴方は?」
「カナだよ~、カナ・アナベラル。豹のお家に憑いた騒霊よ」
「カナね。その豹とやらが、どうやってエリーと知り合ったのかわかるかしら?」
「それはわからないわ。わたしが豹のお家で過ごすようになったのは割と最近のことなのよ。それにルナサやメルランと違ってあまり外に出ないから、豹の交友関係まで把握してないの」
「逆に言えば、エリーがそちらを訪ねたことは無いと?」
「少なくともわたしが憑いてからは来てないわ。それに資金を調達できればエリーを頼るって言ってたから、宿代を払うような浅い付き合いなんだと思うけど」
「ふうん、資金ねえ…
その男、魔法に精通してるのかしら?」
…まずいなあ、核心を突かれそうねこれ。ある程度の情報は落とさないと逆に興味を持たれるか。
「修復魔法や強化魔法はウィザードクラスよ。一芸特化っていうのかな?
強化魔法で自然災害から家を守るなんてことを平然とこなしてたわ」
「なるほど、そういうことね。エリーもくるみもそこまで夢幻館を気に入ってたということか」
くるみ!雛の話してくれた情報と繋がった!夢幻館っていうところを修復するために、豹はエリーとくるみに修復魔法を教えたことがあるってことだわ!
「えっと、なにか力になれたのかな?」
「ええ。質問の答えにはなっていないけれど、エリーに恩を売ったことがあるという点ははっきりしたわ。
ま、エリーはともかく夢月に目を付けられたら碌なことにならないでしょうし、私が気にする必要は無さそうね」
「―――待ちなさい、夢月ですって?まさか…!?」
「あら、流石にアリスは知っていたのね。いつ豹とやらが向かったのかは知らないけれど、もう手遅れという可能性は十分あるわよ」
…え?それは、どういう?
「…それは聞き捨てならないわ。どういう意味?」
「言葉通りよ。夢幻館は幻想郷と夢幻世界の境界に建つ、もともと私が寝泊りしていた洋館よ。
夢月は、その夢幻世界の主。今でも夢幻館に遊びに来てると三日前にエリーが私に話してるわ。好戦的で容赦ない、命を奪うことに何の躊躇いもない悪魔。鉢合わせたらそのまま戦闘になってもおかしくないわ」
「そんな!?姉さん、急がないと!」
「落ち着いてメルラン!まだ場所を聞いてないわよ!」
メルランが先に動揺してくれたからわたしは辛うじて平静を保てたけど…冗談になってない!異世界の主である悪魔なんて、まともに相手するのは危険すぎる存在…!
「夢幻館に向かうのなら、博麗神社の裏山にある枯渇した湖を進めば辿り着くわ。
勘の良い巫女がもう先に向かってる可能性もあるけど」
「―――っ!なんてところに入口があるのよ…!」
アリスでさえ表情を変えてしまう。わたしももう冷静でいられないっ!
本当に冗談じゃないわ!この人数で向かったらまず巫女に気付かれる位置じゃない…!それに、もう巫女が向かってるなんて可能性すら!
「――皆様、大丈夫です。ご主人様も、落ち着いてください」
そんなわたしたちを、今まで黙っていた上海ちゃんの一言が静めてくれたわ。
「…上海ちゃん?」
「豹さんは無事です。私はそう信じます。
幽香さんの予測より、私に宿った記憶の中の豹さんの方が信じられますから。
どうやって博麗の巫女に見つからないように湖に向かうかを考えましょう」
…すごいなあ、上海ちゃん。いや、これはお家の意識の方が強いのかな?
わたしだけでなくアリスもルナサもメルランもびっくりした顔で振り向いたけど、そのまま落ち着いて幽香に向き直ることが出来たわ。
「…つまらない人形ね。いや、人形だからこそ鈍いのかしら?」
「幽香。上海をバカにするなら私も許さないよ?」
「あら、メディが鈴蘭以外にここまで入れ込むことがあるなんてね。ま、人形同士ならこうなってもおかしくないのかしら。
これ以上は楽しめそうにないし、必要な情報はもうないわね?」
「そうね。一応礼を言っておくわ」
「いらないわよ。気が向いたらどんな結末になったかを見物しに行くわ。その時にでも寄越しなさい」
興醒めとでも言うように背を向けて幽香が帰っていく。…戦闘無しで情報だけ貰えたから、大勝利って言えるはずなんだけど。精神的には大敗だよね、これ…
「きっと幽香はその豹って奴が気に食わないからアリスたちで憂さ晴らししただけだわ。本当に手遅れだったら、はっきりそう言うはずよ」
「…そうなんですね。ありがとう、メディ」
「たぶん幽香がエリーって奴から離れたのが悪い。私がスーさんからなるべく離れないようにしてるのに、幽香はそうしてないんだから。割って入られたのは幽香の自業自得だわ」
「メディも随分と幽香に手厳しいわね」
「だってせっかく上海と向き合えたのに、いきなり上海を不安にさせるようなこと言うんだもん!言いたい放題言ったんだから私も言わせてもらっただけよ」
あはは、メディちゃんも素直だなあ。本人に面と向かって言ったら大変そうだから結果オーライかな。
「でも、困ったことになったわね。博麗神社の裏山…霊夢に感付かれずに向かうのはなかなか難しいわ」
「少なくとも、この人数で向かったら見つかる。となると神社から離れるように仕向けて隙を突くか」
「少人数で気付かれないようこっそり向かうか、かしらね~」
う~ん…これは、さっきと同じようにわたしが遠慮するべきかなあ。
「人数を減らすなら、わたしはお家で待つよ。そのかわり上海ちゃんは絶対に連れて行ってね」
「カナ?それでいいのかしら?」
「うん、少なくとも豹は隠れ家に戻るつもりはあるわ。この中だと私が一番再会できる可能性があるからね」
「そうね~、それなら姉さんとアリスと上海で決まりじゃない。上海とアリスは一緒に居た方が良さそうだし、二人と上海なら魔法でなんとかなるでしょ~?」
「…メルランも、いいのかしら?」
「私は元々姉さんを豹に会わせようとしてたわ~!だから私とリリカにも会いに来るように伝えなさ~い!」
「わかった。言葉に甘えるわ、メルラン」
「皆様…ありがとうございます!」
うん、できれば豹と上海ちゃんの再会は見たかったけどしょうがないよね。それにわたしとメルラン、リリカも加われば囮役も数で押せるし!
…なんてことを思ってたら、アリスの手配が上手くいったみたいで。
「―――ちょっと周りを警戒しててもらえる?」
「えっ、何?」
「…ルナチャイルドね?春告精を見つけてくれたのかしら」