「始点と思われる平野に向かった白狼天狗によれば、特に不審なものは発見できなかったとのこと。付近に庵を発見したものの、以前多数の白狼天狗を返り討ちにした女侍の庵だったようで交戦する前に一度報告を上げてきたようです」
「女侍…?ああ、あの悪霊の部下だな。なら白狼天狗は撤収させろ。そのうち射命丸が勝手に向かうだろうから放っておけ」
日も昇り切らない早朝から白狼天狗が慌ただしく動いて何事かと思ったが、魔力による熱線が山の上空に向けて照射されただけだった。報告を受けた中間管理職の烏天狗がわざわざ報告と確認に来たのだが、実害はなかったのだからこれぐらいで私にいちいち確認を取りに来るなと言いたくなる。
「御意。もう一つ、白狼天狗に関して別件です。犬走椛が山から出ているようです。今日の哨戒任務は昼過ぎからのため自由時間ではありますが、今回のような状況に際して即時対応出来ないのは問題かと。処罰は如何いたしましょう?」
「犬走が不在?珍しいな…」
しかしこちらの報告は捨て置けない。犬走は白狼天狗の中では群を抜いて有望、こんなくだらないことで処罰する必要などない。相変わらず男共は力ある女を排除したがる…今の幻想郷においては有力者のほとんどが女だというのに、時代錯誤も甚だしい。
だが、あの真面目な犬走が自由時間とはいえ山から離れているのは気になる。処罰など必要ないが、何をやっているのかは把握しておきたい。実力があると言っても白狼天狗、下っ端としてこき使われる身だ。スキマ妖怪やら後戸の秘神やら妖怪寺の住職やら、好待遇で引き抜きにかかる連中に捕まって寝返られるのは避けたい。
「処罰は私直々に言い渡す。戻り次第出頭するように伝えろ」
「飯綱丸様から?奴などをここに立ち入らせることなど」
「黙れ。余計な口を挟むな」
「…申し訳ありませぬ。失礼いたします」
一礼して見る目の無い烏天狗が去る。まったく、朝から気分を悪くさせてくれる………そう悪態を付きたくなったところで、典の笑顔に気が付いた。
「―――典の仕業か?」
「どうでしょうねー?あんな下っ端に出来ることなんて高が知れてますし」
そう言いながら実に悪い笑顔を隠せていない。案の定早速動いたな…これは、しばらく泳がせた方が良い結果になりそうだね。
「おはようございます」
「おはようなのですよー!」
「おはよう!ちょっと待ってね、軽く朝食作っちゃうから!」
椛さんとリリーが起きて来たから朝食を作り始めるわ。とはいっても家主の豹がいないからほとんど食材は残ってないんだけど…それをダメにしちゃうのももったいないし、朝食にしちゃいましょ。
「すごいですね…騒霊であれば、家事は一人で同時進行出来るのですか」
「リリーじゃ絶対に出来ないですよー…お料理をどこまでやったのか、お掃除をどこまでやったのか絶対わからなくなるのですよー」
う~ん…わたしはそんなに難しいことしてるつもりないんだけどな~。今度ルナサにも同じことできるか聞いてみよう。
残ってたお米は使い切っちゃったから、時間作って人里に買い出しに行かなくちゃ。でもわたし人里に詳しくないんだよね…アリスかルナサの手が空いた時に頼もうかなあ。
「ご馳走様でした」
「おいしかったのですよー!カナさんお料理上手なんですね」
「そうなのかな~?まあ、豹よりは上手い自信あるけど」
「そういえば、豹さんの料理は…」
「あ、椛さんも知ってたの。下手ではないんだけど、レパートリーが少なすぎるのよね」
豹の料理は、お味噌汁とか野菜炒めとか煮物とか誰でも作れるものの繰り返し。変に自分で工夫したりしないから普通に食べられる料理なんだけど、食べることが好きな人妖だと1週間で飽きると思うわ。豹は食べられればいいって考えだったから、飽きるとか思いもせずに繰り返してたみたいなのよね。
「数えられるぐらいでしかないのですが、丸一日豹さんに戦闘訓練していただけたこともありましたので。私はお弁当を作っていきましたが、豹さんはいつもおにぎりでした。一度だけ私が豹さんの分までお弁当を作って差し上げたら、とても喜んでもらえましたね。料理にここまで手間をかける気にはなれないと言っていました」
「豹さんらしいです。やりたいことと必要なこと以外は雑に終わらせてしまうのですよー」
「あはは、外でもそうなんだ!このお家に引っ越してきてしばらくしたら、わたしが我慢できなくて料理するようになったからね~。
最低限でいいと判断したことに関しては、本当に最低限で済ませちゃうのが豹なのよ」
なが~い逃亡生活で浸み込んじゃったんだろうけど、食事や掃除、洗濯や入浴なんかは本当に最低限のことしか豹はやらなかったわ。こんなことに時間も手間も割きたくない!って考えなのがすぐわかるぐらい、手早く済ませるけど雑。まあ、まったくやらないよりはずっといいんだろうけど。
「それでは、後片付けと準備を終わらせてアリスさんの家に向かいましょう。私は場所を知りませんので、先導をお願いします」
「ええ、椛さんにはアリスからの指示をもらってほしいからね!間違いなくわたしたちの中でリーダーに向いてるから!」
「リリーもお片付け手伝うのですよー」
今日はしっかりミーティングしたいからね。早くアリスと合流しましょ!
編集作業の途中だったせいで出遅れたのが痛かったですな。既に哨戒中の白狼天狗が現地に到着して待機している…一番乗りとはいきませんでしたか。
仕方ないので顔に覚えのある奴に状況を聞こうとしましたが。
「――あやや?撤収命令ですか?」
「はい。飯綱丸様いわく『射命丸が勝手に向かうだろうから』とのことでしたが…その通りのようで安心しました。後はよろしくお願いします、射命丸様」
「思いっきり見透かされてましたか…」
白狼天狗に声を掛ける前に後方からやって来た哨戒任務の元締めが、面白くない言葉を残して白狼天狗達を連れ帰っていきました。あの言い方だと大したことないだろうから私の記事で確認すれば十分と飯綱丸様は判断したと。相変わらず私を上手く使うことに長けてますな…いつかは目に物見せてやりたいですが。
「女侍の庵ですか。おそらく明羅のことでしょうが…一応話は聞いておきますかね」
修行と称して人里に留まらず、庵に寄って来る雑魚妖怪を返り討ちにするだけでなく武者修行として神霊にすら手合わせを求める人間の女侍。人間ごときと嘗めてかかり一閃で勝負を決められた白狼天狗は数知れず。白黒の魔法使いの姉弟子だけあって、軽い気持ちで相手に出来ないので面倒なんですよねえ。ちゃっちゃと終わらせて編集作業に戻らせてもらいましょうか。
「…いつかの記者か。こんなところに何の用だ?」
「つい先ほど、この辺りから強い魔力が放たれましてな。記事のネタかと思いやってきたのですが…
どうやら下手人はこれですか」
庵の近くに大砲のような作りをした物体が鎮座してますな。意外にも記事のネタになるものがあるではありませんか!
「それは里香の試射だろうな。見ての通りだ」
「おや?お客様なのです?」
「初めて会いますな。清く正しい新聞記者、射命丸文です。こちらの物体、取材させてもらっても?」
どうやら河童共が熱を入れている科学技術系の建造物ですか。大砲の上部から少女が顔を出しました。
「丁度いいのです!取材させてやりますので試射の終わった主砲の威力実験に付き合うのです!」
「は?」
取材させてやるという偉そうな態度にも思うところがありますが、威力実験に付き合え、とは?
私が答えを返す前に少女が引っ込み、私の方へ砲塔が向き直る…って!?
「今から主砲を発射しますので、耐えてくださいなのです!身をもって記事に出来るのでお互いに利益があるのです!」
「いやいやいや!?何を抜かしてますかこのガキは!?」
「里香はいつもこんなものだ。喰らいたくなかったら避けろ」
「言われなくとも!」
砲塔に魔力が充填されるのを察知し、大慌てで射線から外れます!
「いくなのです!!」
「いや待ちなさいっての!!」
何の躊躇いもなく撃ってきましたよあのガキ!一昨日の騒霊といい最近の親共は何をやっているのですか!?
「なぜ避けるのです!?受けてもらわなければ妖怪に対してどれだけの威力があるのか把握できないのです!」
「わざわざ食らわせなくてもわかるでしょ!!これだけの熱線を生身で耐えられる妖怪なんて一握りしかいないわよ!!」
「妖怪の耐久性は高いのです。あたいの思い込みだけで結論を出すのは早計なのです。
次は避けないで受けてくださいなのです!!
「明羅!!止めなさいよ!」
「人間の私では実験にならないそうでな。ここに来たのが運の尽きだと思って諦めてくれ。
私が止めたところで無駄なのは今までのやり取りで理解できるだろう?」
「そうですな!!では取材は次の機会にということで!!」
冗談じゃないわよ!避けた時点で一枚写真は撮ったから十分だわ!!話の通じないガキの相手なんてしてられるかっての!!
「あ、逃がさないのです!!次発いくなのです!!」
「―――っ!!」
一気に射線から外れる上空に飛び上がる!とんだ貧乏くじを引かされたわ!
対空射角はそれほど高くないようで、随分と下方を熱線が通り過ぎた。これ以上絡まれる前に離脱させてもらうわよ!こんな理不尽なことで久々の全速力を出すことになるなんてね!
「やれやれ…本当にどこにでも出てくるなあの烏天狗は」
白狼天狗ぐらいだと考えていたが、強大な妖力反応を捕捉してあの記者のことを思い出した。慌てて隠れ場所を考えたところで、上手く利用できると思い付いたのがこの方法だった。
「それでどうなのです?主砲の燃費改善に豹の魔法は転用できそうなのです?」
かなり狭いが戦車の中に入らせてもらい、里香の次の目的である燃費改善のために主砲を準備してもらう。それを難癖付けてあの記者に向けて撃ってもらい追い返す。戦車を壊す方向に動かれると明羅への負担が大きくなり厄介なことになる可能性もあったが、明羅が取材に付き合わされたことがあったせいで追い返すことに賛成してくれて助かった。そして軽い取材気分で来てたおかげで本気でやり合う気は無かったのも幸運で、一枚写真を撮って射命丸文は退却。あの写真を俺の予測通り使ってくれれば、既に敵視されているあの大天狗に対して陽動をかけられる。
…まあ、そこまで上手くいく可能性は低いんだが。
「とりあえず見たところ、主砲に魔力増幅術式を組み込んであるよな?」
「そうなのです。砲撃用に充填してある魔力タンクから主砲に魔力を送って、組み込まれた術式で 威力を増加させたビームを発射するのです」
「となると俺の使ってる術式は魔力減衰術式がベースだから対極なんだ。下手すると打ち消し合って威力が落ちて燃費も悪化する可能性がある。だからいきなりこの戦車の主砲に試すのはリスクが高過ぎるぞ」
「ならさっき改造し終えた副砲で先に試してみるのです!この魔力増幅術式は威力上昇の基本なのでほとんどの砲に組み込んであるのです。豹のために改造しましたがわたしの役にも立ったのです!」
「…役に立ちそうでなによりだ」
しっかし、参ったもんだな…俺もこの戦車、詳しく調べたくなってきたぞ。量産しなければ完成とは言えないと里香は言った。つまり本当に量産できれば、俺もこの強力な戦車を手に入れることが出来るかもしれないのだ。攻撃に関しても防御に関しても文句の付けようがない。それに、俺にとって未知である科学技術…正直に言って興味が沸いた。八雲の隠者として破壊すべき対象だが、俺個人としてもこれの開発に関わってみたいと思ってしまう。
「なら早速試してみるのです!もう手伝わない理由はないのです!!」
「わかってる。でも先に明羅に礼を言ってからな」
―――そんなこと言ってられない状況なのにな。本当に俺は未練がましい。
「こんなこともあるのねー。嗅ぎ回るなと言われても、これはちょっと記者として追いたくなるわー」
早朝に確認された熱線が再度2発撃たれて、先を越されてたっぽい文がそれから逃げるように猛スピードで飛んで行ったけど。そのおかげで私が初弾の発射元と思われる地点に足を延ばしたのには気付かれなかったみたいね。
そこで私は【熱線の発射元】を念写したわけなんだけど。
「まさか、幻影の裏方が写るなんてねー」
私の手の中の写真には、熱線を放つ物体を構えた金髪長身の男と、傍らで満面の笑みを浮かべる少女が写っていた。