皆で豹さんの隠れ家に辿り着きましたが、念のために人里を私が監視できるよう屋根の上に陣取って人形に声を掛けることにします。
「アリスさん。今、大丈夫でしょうか?」
『――ええ、大丈夫よ。ただ…遅かったのだけれど』
「遅かった?どういうことなの?」
カナさんが聞き返しましたが、私には状況が把握できてしまいました。遅かった、つまり間に合わなかった。豹さんは夢幻館からすでに移動してしまったということ…
『豹はたしかにここに来てたそうだけど、昨日の朝に出て行ってしまったそうよ』
『えーっと、私の声も聞こえるのかな?私がくるみなんだけど、そっちにいる人で誰か明羅っていう女侍を知らないかなー?』
え、明羅?女侍の明羅と言えば。
「私は面識がありますね。まさか、彼女のところに豹さんが?」
『知っているのですか?出来れば、私たちにも教えてもらいたいのですが』
雛さんの情報からすると、今返事を返してきたのがエリーでしょうか?話を聞く限りでは、私にとって妹弟子に当たる二人。豹さんに師事した技術は全く異なるものだとは思いますが…
「ルナ姉も聞こえてる?その二人、信用していいの?」
『…少なくとも、私とは協調すると言ってくれてるわ。魔界と繋がりのあるアリスは信用しきれないそうだけれど』
「ハッキリそう言ってるんなら、信じていいんじゃないかしら~。今の状況でアリスも信用するって言われる方が逆に疑いたくなるもの~」
メルランさんは情報交換に賛成のようですね。私にとってもその方が都合が良いので、乗らせてもらいます。
「すみません、面識があると言っても、会話したのは一度きりなので居場所などはわかりません。ですが人間であることは間違いないので、人里の有力者なら居場所も知っているかもしれません。あれだけの実力を持つ人間であれば、自警団や支配層が放っておくはずがありませんので」
『…椛、その言い方はもしかして』
「…はい、情けない話ですが手合せを申し込まれて敗北しました。―――少なくとも剣腕に関しては、私より遥かに上。その直後に続けて手合わせを受けた豹さんは、白刃取りからの頭突きで返り討ちにしていましたが」
『…待って椛。豹ってそんな肉体派なの?』
『豹さんは攻撃魔法が苦手なのだそうです。空間魔法を駆使して接近戦に持ち込むのが基本戦術だそうですよ』
『…魔界人とは思えない戦闘スタイルね。でも、魔力をあれだけ制限して動くのが常態化していたのであれば理に適ってるのか』
…言われてみれば、魔界人は魔法に精通する種族と聞いています。格闘戦に長ける豹さんは、魔界人では少数派なのかもしれませんね。
『申し遅れましたが、私がエリーです。そちらにいる皆様の、お名前を伺っても?」
「白狼天狗の犬走椛です。職務の都合で、自由に動ける身ではないのですが」
「メルラン・プリズムリバーよ~。姉さん共々よろしく~」
「その妹のリリカ。まあ、よろしく?」
「わたしはカナだよ~、カナ・アナベラル」
「春を告げる妖精のリリーですー」
『…カナさん、私たちから一つ確認したいことが。冴月麟さんのことを覚えていらっしゃいますか?』
「っ!?どうしてその名前を!?」
『エリーだけじゃなく私も麟さんの名前だけは覚えられてるの。それ以外は忘れちゃってるんだけどね…』
『豹さんが、機会があれば私たちとカナさんを会わせたがっていたのです。麟さんの名前だけでも覚えていられる共通点を探したかったのだと思いますが…
時間に余裕があるときに、夢幻館まで足を延ばしていただけませんか?』
「わかった、時間を作れたらわたしもそっちにお邪魔するね!でも、先にルナサと上海からも話を聞いておいて!」
『あ、ルナサとはもう私が話したから大丈夫!』
『ええ…彼女のことは、わからないことばかりなのだけれどね』
冴月麟…?どなたでしょう。豹さんの知り合いなのでしょうか。
気にはなりますが、私から呼び掛けた用件も済ませなければなりません。豹さんの不在がわかってしまった以上、捜索はまだ続けなくてはなりません。それなのに、今日はもう時間が来てしまいますので…
「アリスさん、それでこちらからの報告なのですが。博麗の巫女はお昼までは人里から動かないと思います。ですがそれ以降はどう動くかが読めない状況です」
「わたしから魅魔のことを伝えたんだけど、巫女じゃなくて周りが食いついちゃったの。あの様子だと、成功とは言えない…午前中の足止めは華扇さんのおかげで出来たんだけどね…」
「なので、リリーはどうするかの確認をしたいのですよー。温存しておいた方が良かったりするのですか?」
『午前中…つまり今から戻れば温存できるということね。でももう少し情報の交換もしておきたいわ』
「でもさ、帰るだけならルナ姉とアリスが分散すれば逃げ切れたりしない?見つかったとしても、一人での移動ならテキトーに誤魔化せるじゃん」
「私としては姉さんがちょっと危ないかなと思ってたんだけど~、エリーもくるみも協調してくれてるんでしょ。それなら個別行動でも大丈夫じゃな~い?」
「それに、私はそろそろ詰め所に戻らなければなりません。リリーを温存するのであれば、私が連れて帰ることが出来る…一晩抜けた理由を補強できますから。
とはいっても、アリスさんとルナサさんが撤退にも援護が必要なのであればリリーを頼るべきでしょう。その判断をしてもらいたくてこちらから呼び掛けました」
『…アリス、分散して撤退するというのであれば私がくるみとエリーの相手をもう少しするわ。もし豹の妹が今日来た場合、なるべく早くアリスと合流してもらうべきだと思う。アリスしか知らない相手なのだから』
『それはそうだけど…ルナサは後発でいいのかしら?霊夢の相手は厳しいでしょう?」
『厳しいわね。でも、アリスと巫女で激突する方が後で困ると思う…二人とも幻想郷有数の実力者なのだから。逆に私なら見つかっても、楽団の案件って誤魔化せるのよ』
『それもそうね…』
少し迷ったようですが、アリスさんの決断は早くて。
『それじゃ椛、リリーを送ってもらえる?私は今から戻って人里で明羅の情報を集めるわ。今日中は無理そうだけど、明日カナにリリーの家に向かってもらって今後の予定を伝えさせるから、それに合流して今日の経過を聞いておいて。リリーもわざわざ付き合わせて悪かったけれど、同じ作戦を使うことがあるかもしれない。その時は手を貸して頂戴』
「わかりました。明羅のことも、文様なら何か知っているかもしれません。あまり気は進みませんが、今日会えたら聞いておきます」
「悪いなんて思わないでいいのですよー。リリーで力になれるなら、呼んでください!豹さんに会いたい気持ちは同じですよー」
『ええ、椛もリリーもありがとう。何か情報が手に入ったら、明日カナと共有しておいて』
「それじゃ、カナたちは霖之助さんに話を聞いておいて貰えるかしら。私もここから香霖堂に向かう…ルナサは直接人里に向かって頂戴。とりあえず慧音に聞いて、情報が得られなければ稗田にでも聞きましょう」
『わかった!大丈夫だとは思うけど、アリスもルナサも気を付けてね!』
椛の提案で、私にとって理想的な状況に持っていけたわ。アリスには悪いけれど、ね。
「それじゃ、私は先に行かせてもらうけれど…ルナサ、この人形持っておきなさい」
「…止めておいた方がいいと思う。もし巫女が私を追ってきた場合、その人形を持ってたらアリスとの繋がりを隠せなくなるわ。夢月という悪魔も豹に手を貸してくれている以上、それほどの危険は無いはず…渡すなら私より、エリーかくるみじゃない?」
「あぁ…霊夢のことだし目ざとく見つけられる可能性はあるわね。エリーとくるみはこの人形必要かしら?」
「そうですね…アリスは、私たちがその人形を悪用するとは思わないのですか?」
「悪用のしようがないわよ。会話以外の用途には適さないし、私が定期的に同調して状態を確認できるから」
「…いや、人形遣いって聞いてたけど。魔法使いとしての方が恐ろしいんじゃ…」
「ま、否定はしないわ」
「たしかに連絡用として置いて行ってほしくはありますが…ルナサさんの危惧は私たちにも当てはまるのではないでしょうか」
「…たしかにね。それじゃ、持ち帰るわ」
「皆様、どうか豹さんをお願いします」
私たちの会話を人形を介して聞かれるのは避けたい。アリス自身は豹を好意的に見ているけれど、魔界との繋がりがある以上聞かせたくないことがある…上海には悪いけれど、ね。
アリスと上海が立ち去ると、くるみが口を開いたわ。
「上海はいい子だねー。ちょっとかわいそうかなあ…」
「そうね。アリスにも言えることだけど、豹さんに危害を加える気は無いのは本当なのでしょう。でも、豹さんを魔界に連れ帰ってしまう可能性を考慮すると、信じることはできない…少なくとも、魔界からの追手と合流した後でもう一度話を聞かない限りは」
「…八雲紫は『カナとあの人形はこちら側へ引き込める』と言っていたわ。どこまで信じていいのかはわからないけれど」
その言葉で、エリーが私に向き直る。
「…あらためて、挨拶を。エリーです。どうか豹さんのために、手を貸してください」
「ええ、くるみから少し話は聞いたけれど。もう少し私たちだけで整理しましょう」
「うん!時間が合えば幻月さんと夢月さんにも紹介するから、お願いね!」
私たちが、八雲の駒。利用されるだけで終わらせないためにも…上手く協力しないとね。
「それじゃ神綺様、先にわたしは向かいますね!」
「うん!でも、例の4人との交戦は避けてね。それが表に出ると魔界の方が騒いじゃうから」
「わかってます。あの時と違って、わたしが侵入する側なんですから!なるべく隠密行動を心掛けます」
そう言ってユキがパンデモニウムを後にする。本当にいつまで経ってもブラコンだわ…あれだけ残ってた仕事、全部一晩で片付けてる。普段からそうしろ。
「…それでは、神綺様。私も終わらせられる仕事を済ませてきますので」
「ええ、お願いね!私は流石に今日一日じゃ終わらないから…私の許可が必要な案件も明日まではだいじょうぶ!」
「はい」
神綺様も久しぶりに全力で仕事してる。あのスケコマシにここまで入れ込まれるのは面白くないけど、付き合いの長さや積み上げた功績、その実力と人格を思い出せば仕方ない。
………私みたいな捻くれ者からすると、手を抜くのが下手過ぎるスケコマシとしか思わないんだけど。
(まあ、しばらく私の仕事を押し付けられるのは悪くない)
神綺様の留守番なら、面倒な案件を丸投げする立場に回れるので楽は出来る。手に負えない案件は帰ってくるまで棚上げすればいいし、どうでもいい案件は下っ端にやらせればいい。自由にできる時間を増やして研究に専念…それもパンデモニウムに残る稀少な資料と照らし合わせながら研究できる貴重な機会。
この時間を少しでも長くするために、私も今日中に出来るだけの仕事や面倒は終わらせないと。
「あ、マイもいってらっしゃーい」
「……(コクリ)」
ルイズもパンデモニウムに来てるし、旅でふらついてる分はみっちり仕事を押し付けよう。私の自由時間のためにこき使わせてもらう。
さて、ユキは夢子さんの分まで必要な回復薬や道具を調達してるはず。それを手伝わされるのを避けるために、遠出の必要がある仕事から片付けるべきね。
(―――なんて思ったのが運の尽きか。あのスケコマシ…マジで帰って来たら全力で冷凍たくあんぶちかましてやる…!)
「あなたがマイね?ヒョウとサリエルについて、話を聞かせてもらいます」
「当然、拒否権なんて無いわ」
夢幻世界の双子悪魔が、単独行動した途端に絡んできた。冗談じゃない。