「それで、くるみとエリーはこれからどう動くつもりだったの?」
あまり時間を掛け過ぎるわけにもいかない。孤立している時間が長過ぎると、アリスが不審に思ってもおかしくないから。
だからこそ、聞かなければならないことをすぐに聞く。
「私たち…というより幻月さんがなのですが。豹さんとサリエルさんを会わせようと動いています――くるみ?」
「さっき話した通り、サリエルは豹さんの力になってくれるかもしれないの。でも、魔界神への反逆者である豹さんがサリエルを頼ること自体が魔界にとってリスクがあるからって…先に魔界の状況を調べてくれって頼まれたわ。私たちは魔界に縁が薄いから、幻月さんと夢月さんが情報を集めに行ってくれてるんだけど…」
「私たちには、豹さんのために出来ることが何もない…幻月さんと夢月さんが魔界の状況を把握して戻って来てくれたら、サリエルさんに話を聞きに行って幽玄魔眼の排除もしくは懐柔するために魔界に出向くつもりでした」
「つまり、今は動くことが出来ない。逆に言えば、ここに来ればどちらかには会えるのね」
アリスに人形を持ち帰らせたのはこれが理由ね…アリスにも聞かれるリスクを背負うなら、時間を作ってここで顔を会わせるべき、と。
「はい。幽玄魔眼を排除するとなればここ夢幻館を無人にするかもしれませんが…私かくるみどちらかはここにいると思ってもらって大丈夫です」
「逆に私たちからルナサに連絡を取る場合はどうすればいいかな?」
「…幻想郷の地理はどの程度把握してる?」
「私はほとんど知らないんだよね…ただ、同族が幻想入りしたって聞いた時に足を延ばしたから紅魔館の場所はわかる」
「同族…?もしかして、くるみはヴァンパイア?」
「そうよ、だからあまり幻想郷中心部には出たくないわ…日傘が手放せなくなるからねー。逆に、ここに来るのは深夜でも問題なし!」
くるみが会話を優先してくれて助かったようね…弾幕ごっこならともかく、戦闘となるとヴァンパイアに勝てる気はしない。少なくとも屋内に誘い込むまではやらないと勝負にならないでしょう。
「私は湖を出てから人里を経由して太陽の畑に向かうルートは把握していますが、それ以外はほとんど無知です」
「それなら…素直に私の家に来てもらうのがいいかしら。くるみ、紅魔館がわかるのであれば霧の湖もわかるわよね?紅魔館とは別に、霧の湖近くに洋館があるのは知っている?」
「あ、もしかしてあの廃洋館が?」
「そう、霧の湖近くの廃洋館がプリズムリバー邸。そこに来てくれれば私か妹二人の誰かはいるはず」
「わかったわ、何か急ぎの用があったら頼らせてもらうね」
…リリカが応対することになるとちょっと不安だけど、さっきお互いに声のやり取りはしてくれている。問答無用で追い返すことは無いはず。
「ルナサは八雲から何か指示を受けてるの?夢幻館に出張ってきたのは妖怪の賢者じゃなくて式である九尾の狐だったわ。妖怪の賢者自身とルナサは直接会ったりしたのかな?」
「…ええ、思っている以上に八雲紫は豹を頼りにしていたわ。私と直々に顔を合わせて『頼むわよ』なんて伝えてくるほどに」
「流石は豹さんですね…妖怪の賢者にさえそこまで言わせますか」
私は豹のことを知らなさすぎて、その強さや凄さをここ数日で初めて知った。でも、豹の事情を知る相手からの話を聞いても、私にとっての豹とそれほどの差は感じない。
―――兄らしく振舞って、慕われている。私だけじゃなく、誰に対しても。…八雲紫さえも、同じ対応だったのでしょうね。
「八雲紫からの私に対する指示は『アリスが魔界側に付いた場合の足止め』と『機を見計らって麟とルナサを接触させるから二人で豹のために動け』の二点よ。ただ、冴月麟に関しては私が探し当てることは不可能でしょうから待つしかない」
「となるとアリスの足止めだけど、まだ魔界側が幻想郷に来てないから動きようがない」
「だからアリスと一緒に豹さんを探してここに辿り着いた…ですね。それはつまり、アリスと共に豹さんを追うことを八雲には伏せていたのですか?」
「あのスキマ妖怪にそんな隠し事は出来ないわ。直接顔を合わせたのは一昨日なのだけれど、それまではアリスが魔界と連絡を取らずに幻想郷の捜索をするように誘導しろという指示を八雲藍から受けていたのよ。直接会ったときに『アリスと豹が顔を合わせても影響はない。後は豹自身が魔界の追手から逃げ切れるかどうか』と言われたから、そのまま豹を探してた。
…私だって、豹の傍に居たいのだから」
「…豹さんも罪作りですね。私たちだけでなく、ルナサさんも惹かせてしまっているなんて」
「豹さん自身が落としてる自覚無いのも問題だしねー。どうしてあんなに自己評価低いのかなあ」
…やっぱり、くるみもエリーも妹分として豹を慕っている。それも当たり前…逃亡先として選ぶような相手に、豹が《兄》であろうとしないはずがない。
「そういう状況だから、私はこのままアリスと一緒に豹を追うけれど。アリスが昨日幻想郷に呼び出した豹の妹…ユキ。彼女がやってきてどう動くにしろ、アリスは魔界神と縁を切ることは出来ないでしょう。ここに豹が居ない以上、私がアリスを裏切ることは避けられなくなったわ。そう遠くないうちに、ね」
「私たちに出来るのは、その時の加勢…ですね」
「ええ…私の能力は精神干渉だから、人形遣いであるアリスとの相性は悪い。アリス本人に干渉できても、命令を受けた人形に効果は無い。魔法使いとしては論外、アリスの足元にも及ばない。
力を、貸してほしい」
「任せて。私もエリーも、戦闘ぐらいでしか役に立てないから。
豹さんを、魔界神に渡すわけにはいかないわ」
「はい。アリスと上海に敵意が無くても、魔界神の立場では豹さんを見逃せません。
豹さんに頂いた恩を返すために、私たちの力も使わせてください」
くるみとエリーに頼り切るわけにはいかないけれど、私一人では足止めにすらならない。
その時には…助けを求めさせてもらいましょう。
夢幻姉妹…天使のような翼を持つ双子の悪魔。しかしその姿は天使を目の敵にする悪魔たちから疎まれ、幼少期から襲撃を受け続けることになる。だが双子は幾多の死線を乗り越え生き延び、異世界を創り上げ魔界から去った。上級悪魔でさえ手を焼く強者となった姉妹は、その世界で安穏とした日々を送るようになっている。
(それがどうしてここにいる?しかもヒョウにサリエル…私を狙ってくる理由が不穏すぎる!)
あのスケコマシのことで私を狙ってくる理由は一つしかない。でもサリエルについて私を狙う理由が皆目見当がつかない。それこそあの堕天使は私のことをあまりよく思っていないのだから。
「………何が聞きたいのよ?」
「フフ、素直で助かります。反逆者のヒョウの名が伏せられている理由。それを「見つけたー!!」
「―――やれやれ。面倒なのに見つかったようね」
話を遮るようにこちらに飛んでくる影…いや、悪魔?
「幻月、夢月!どういうこと!?」
「エリス、後にしてもらえないですか?先にマイと話したいので」
「知らないよそんなの!どうして裏切り者に手を貸したのよ!?」
「何の話よ。説明する気が無いなら帰って」
「……………」
また厄介な奴が来やがった。サリエルを慕う悪魔、エリス。悪魔のくせに無邪気で素直、それ故に争いと不和をもたらす…相手にしたくない奴。
「魔眼から聞いたの!サリエル様を裏切ったヒョウを助けたって、どういうことなの!!」
「魔眼…?ああ、あの使い魔ですか。ヒョウはサリエルを裏切ってなんていません。話を聞かない魔眼の早とちりです」
「嘘だ!あの陰陽玉の巫女に手を貸す奴が、なんで裏切り者じゃないのよ!?」
「陰陽玉の巫女とヒョウは無関係よ。ヒョウの雇い主と巫女が関係あるだけで」
「…?なんでそれで無関係になるのよ。雇い主と関係あるなら巫女とも関係あるでしょ」
「……………」
まさか、ヒョウのヤロー夢幻姉妹にまで手を出した?どれだけ節操無しなのよ。
兄であることに拘るせいで、守られることのない規格外な連中に受けが良いのはよく知ってるけど。まさか凶暴な双子悪魔すら妹扱いで誑かしたの?呆れるしかないわ。
でも、私にとってはチャンスかもしれない。上手く悪魔同士で争ってくれれば、逃げ切れる…
「雇い主が同じでも役目が別ということです。妖怪退治が生業の巫女と、空間魔法を研究するヒョウが同じ仕事をすることは無かった。ヒョウは巫女と顔を合わせたことすらないのですから」
「そんなの信じられないわ!魔界から追い出されたからあの巫女と組んだんでしょ!」
「追い出されたんじゃなくて逃げ出した、よ。そもそも巫女が魔界人と手を組むことがあると思ってるの?」
「…それはそうだけど」
…まずい。悪魔のくせに上手く丸め込まれかけてる。当てにせずさっさと逃げた方が良さそう。
パンデモニウムにさえ戻れば、神綺様に助けを求められる。悪魔共だけで言い合ってるうちに、離れるか。
「でも、サリエル様を傷付けたのは事実だもん!わたしは魔眼を信じる!
だから、ヒョウをやっつけるために幻月と夢月も手伝って!」
「お断りよ。むしろ幽玄魔眼を潰したいぐらい」
「そうですね。ヒョウを狙うことは私と夢月が許しません」
「なんでー!?どうしてヒョウなんかを信じるのよ!?」
まるで駄々っ子ね、相手にしてられない。今のうちに…
「それなら実力行使よ!わたしが勝ったら文句言わずに手伝いなさい!」
「あら、そんな条件付けていいの?返り討ちにして逆に手伝わせてあげようかしら。
姉さん、話を聞くのは任せるわ。私はちょっとエリスと遊ぶ」
「仕方ないわね…すぐに終わらせてよ?」
「二人で一人前のくせに生意気!思い知らせてやる!!」
―――役立たず!もう少し気を引いときなさいよ!
「そういうことですので、逃がしませんよ?」
姉の方に目を付けられた………本っ当にやってられない!!