「お待たせして申し訳ございません。犬走椛、出頭いたしました」
「うむ、ご苦労」
「遅いですよ。飯綱丸様も椛を甘やかし過ぎですな」
リリーを家まで送り届けて、詰め所に戻った私を待っていたのはいやに馴れ馴れしい上司からの出頭命令。私を性的に狙っているのか同僚に比べて妙に私へ絡んでくる困った上司です。なんというか、もう少し適切な距離感というものを理解してほしいのですが…まあ文様というさらに上を行く困った上司がいるせいで軽くあしらえるようになってはいますけれど。
…豹さんと出会ってから殿方に対する理想が高くなりすぎてしまった気がします。私も行き遅れてしまいそうですね…ここで口に出すわけにはいきませんが。決して飯綱丸様や文様がそうだと思っているわけではありませんよ?
「ここに呼び出された理由は察しているな?」
「はい。文様がここにいる理由も想像がつきます」
「…見てたの。現場に居なかったのに仕事熱心なことで」
今朝発射された2発の光線…ここに文様が同席しているのはあの時の文様は撃たれた側―――離脱するところだったということなのでしょう。アリスさんのおかげで、私が追うべきはあの2発ではなくさらに早い時間に撃たれた初弾の方ということがわかっています。それなら…私が把握できた情報を隠す必要はないでしょう。
逆に、初弾の情報があれば助かるのですが。
「自由時間とはいえ、緊急時に山から出ていたことを謝罪します。申し訳ございませんでした」
「それは構わん。自由時間に不在というだけで処罰するとなると犬走より先に処罰しなければならない者が多数出てくるからな。そもそもこの程度の案件など現場の判断で処理するべきだ。わざわざここに来させたのも中間管理職共が犬走に余計な処罰を与えるのを避けるためだしな」
「…私などにそのようなお気遣い、感謝の言葉もありません」
「犬走は自分が思っているより優秀だ。見る目が無い連中の横槍で埋もれさせるのは惜しいさ。
だからこそ、聞いておかなければならん。今朝、犬走は何処に居た?」
私ごときが大天狗たる飯綱丸様を欺くことなど出来ません。そもそも豹さんの後を追うこと自体が命令違反…下手に隠して露見する方が問題になるでしょう。それなら、正直に事実を語るべき。
「友人であるカナさんの探し人に協力していました。昨晩から春告精と共にカナさんの家に出向き、つい先ほど春告精を家に送って帰還したところ、出頭命令によりここに参上いたしました」
「カナ…?聞かぬ名だな。何者だ?」
「一昨日山に入り込んでいた騒霊ですな。生意気なお子様でしたが、騒霊としては同行していた騒霊楽団の誰よりも強い力を持っていましたよ」
「ああ、典が言っていた連中の一人か。それで、その探し人というのは?」
豹さんの名前を出すことに躊躇いはありますが…少なくとも飯綱丸様は私とは別口で豹さんのことを知っていたことを雛さんが教えてくれました。そのおかげで、隠すのではなく知らないこともあったという体を装えます。
「豹さんという空間魔法使いの方です。雛さんの古いお知り合いだそうで、私も何度か会話に混ぜてもらっていました。カナさんも豹さんとお付き合いがあるそうで、お互い情報交換した成り行きで友と認めてくださいまして。手掛かりを知っているかもしれない春告精も加えて行動していたのが昨夜から午前中にかけてになります」
「おや、このお堅い椛が天狗社会の外に男を作るとは!こんなところで記事のネタが拾えるとは思いもしませんでしたねえ!」
…予想はしていましたが文様が私の方に食い付きましたね。豹さんとなら記事にされても私は構いませんが…私ではとてもかなわない相手が片手では足りないほどいらっしゃいます。また捏造記事と評判を下げることになっても私は悪くないですからね?口には出しませんが。
「―――そうか。犬走が奴と交友があったとはな…いや、むしろ都合が「飯綱丸様!入りますよ!!」
…話の途中で闖入者が現れました。大天狗様の仕事場であるここに押し入って来るなんて、物凄い度胸ですね…
「…姫海棠。返事を返す前に入って来るな」
「申し訳ありません飯綱丸様、私が許可を出しました。ですが、急いだ方が良さそうな案件なのですよ…
都合がいいことに、射命丸様と犬走もここに居たので」
「え?文はともかく、椛も?」
入ってきたのははたて様でした。菅牧様もご一緒ですが…全く同じことを思ってしまいます。
下っ端でしかない私が、ここに揃った皆様と同じ場所にいるのは場違いとしか思えないのですが…
「ほう、典が急ぎたくなるとは面白くなりそうだね。姫海棠、何の用だ?」
「今朝、初弾が撃たれた平原で【熱線の発射元】を念写したらですねー…
バッチリ写ってくれたんですよ、こんな写真が」
その写真をこの部屋にいる全員に見えるように差し出してもらえましたが、私は思わず声を出してしまいました。
「豹さん!?」
「うげ…さっきのガキ」
ほぼ同時に嫌そうな声を文様が上げましたが、はたて様ははっきり名前を出した私の方に反応しました。
「ひょう?椛、どっちのこと?」
「男の方が豹だ。成程な、こんな写真が撮れた以上、姫海棠には情報を開示すべきか。射命丸も居て丁度いい…その上犬走による補足も期待できる、と。たしかに一度で話が済むか」
「それに、今射命丸様ガキって反応しましたね?そっちもわかりそうなら、どこまで情報統制するかも決められそうですし…ね?」
「わかるも何も、このガキが今朝の熱線騒ぎの犯人でしてな。明羅はたしか…りかと呼んでいましたねえ」
「―――っ!?」
声を抑えることが出来たのは幸いでした。もしかしたら…とは思っていましたが、文様は本当に明羅の居場所を把握していました。すなわち、今朝の発射地点付近に明羅がいる!一刻も早く皆様にお伝えしなければなりません。
ですが、豹さんのことを私がどれだけ隠せるか…ここにいる皆様に、腹の探り合いで勝てるはずありません。絶対に知られてはいけないことだけは、伏せ続けなければ…!
「一応確認するが…姫海棠は豹を探ることを禁じた理由を聞きに来たわけだな?」
「はい。どうしても幻影の裏方を記事にしたいってわけじゃないですがー、こんな偶然があった以上問題ないのであれば記事にしたいですしー。詳しいことを教えてもらいたいんですよねー」
「ふむ、つまりはこの男が幻影の裏方…悔しいですが今回ばかりは完全に後れを取りましたな」
「ふふん、文のその反応が見れたのも収穫だわ♪」
「…飯綱丸様、私からも確認させてください。この案件、私などが聞いても大丈夫なのでしょうか?」
駄目でもともとですが、逃げられないか確認してみます。
「構わんさ。あの厄神を通じて奴と面識があるのなら、私との因縁も聞いているのだろう?むしろ奴側の視点と食い違う部分があれば補足しろ」
「因縁ですかー?この男、叩けば埃が出るタイプだったり?」
「そうですよ。なにしろこの男…魔界から逃亡して八雲の庇護を受けた挙句、そのまま八雲の隠者として暗躍している危険人物なのですから」
「―――八雲の隠者!?まさか、この男が!?」
「射命丸は覚えていたようだな。姫海棠は私が大天狗の地位を継いですぐの頃、反対派が蜂起しかけたのを未然に鎮圧した一件を覚えているか?」
「えーっと…飯綱丸様が後継となることに反対していた男達を中心に、有力者を山から追放したんでしたっけ?」
「そのきっかけになったのがこのクソ野郎なんですよ。なんせ問答無用で私を拉致しやがったんですから」
「…その話は、一昨日はじめて雛さんが話してくれました。ですが、私自身も豹さんにお世話になった身です。豹さんとの接触が罪だとしても、今後関わりを断つつもりはありません」
菅牧様が豹さんをそう呼んだことで、私の覚悟が決まりました。豹さんを追うには、天狗社会の一員ということが足枷になる。ならば、追放されてしまえば自由に動ける。
私ごときが山の外で生き延びられるかは不安もありますが、このままでは私も豹さんの敵になってしまう…
天狗社会は、豹さんを受け入れることは無いようですから。
「あや…椛がここまで。これは本当にいいネタになりますねえ!」
「おい射命丸、離反者を出すような記事は控えろ。守矢が来てから哨戒任務は頭数不足なんだ。貴重な指揮官候補の犬走に抜けられるのは困る」
「そうよ、文はもう少し山の現状にも興味を持ちなさい。現場の白狼天狗から増員の要請がずっと上がってて、今後の処罰に一ヶ月無休哨戒任務を加えようと動いてる有力者が居ることとか知らないでしょ?」
「待て、姫海棠が何故それを知っている」
「クスクス…悪い男に騙されて」
「典も煽るな!ええい、話が進まん!
犬走、さっきも言ったが私はお前を買っているんだ。奴と私個人に因縁があるとはいえ、関わりを断てとまでは言わないさ。ただし、奴のために天狗社会から出奔することは許さん」
「…それは」
大天狗様直々に買っていると話されるという、この上ない栄誉。ですが、それに続く言葉は現状を変えることは不可能という、厳しい現実。
私が山を降りたとしても、飯綱丸様は私を連れ戻すと言っているのですから。
「それに、奴も年貢の納め時のようでな。近いうちに魔界に連れ戻そうとする追手が幻想郷に来ると八雲が予測を立てている。切り捨てざるを得ないからこそ、私たちも手出しするなと言ってきたんだよ。
幻想郷に対する魔界の大衆感情は最悪に近い。これ以上魔界人に被害が出ると全面戦争の可能性が出てくる…それを避けるために、豹を嗅ぎ回るのは止めろ。追手の魔界人との遭遇戦を避けるためにだ。つい一昨日の八雲藍からの依頼だ」
「あやや…思っていた以上に大事ですな。魔界との戦争となると我々も参戦せざるを得ない…面倒ですね。大人しく幻影の裏方は諦めますか」
「そうねー…戦争の引き金なんて引きたくないし。飯綱丸様の命令通り、記事にするのは諦めますねー」
「それでははたてさん、念のためにその写真も預からせていただきますね」
「はいはい。一段落したら再印刷して使うのはいいのよね?」
「クスクス…それはご自由にどうぞ」
…皆様に伝えなければならないことが増えました。八雲はすでに豹さんを切り捨てているかもしれないということ。豹さんの写真が、明らかに豹さんを敵視している菅牧様の手に渡ってしまったこと…!
「まあ、豹に関してはこういうわけだ。犬走も、友に協力して後を追うことまでは止めはしない。だが、魔界と敵対する状況になれば引き下がって山に戻れ。これは命令だ…従わないのであれば実力行使で連れ戻す。良いな?」
「……………はい、了解しました」
悔しいです。私では、豹さんのために今の立場を捨てることすら出来ないなんて。
「それでだ…射命丸。この奴ではない方の少女、犯人と言ったが何者だ?」
「詳しくは調べられませんでしたが、どうやら明羅の知人ではあるようですな。河童共が喜びそうな科学技術を使った熱線のようで、話が通じないので写真だけ撮って退散しました。
まあ、撃ってきた科学技術兵器を見た限り管理者共が放置できるものではないので、我々が手を出さずとも破壊されるとは思いますよ」
「先にこちらに攻撃を仕掛ける可能性は?」
「低いでしょう。試射と言ってましたので、完成する前に巫女あたりが破壊するのでは?」
「ふむ…そうだな。犬走、この少女のことを豹を追う上で知った場合は報告を上げろ」
「はい…。私は、これで哨戒任務に戻ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、時間を取らせて悪かった。今日もよろしく頼む」
「…それでは、これで失礼します」
己の無力を痛感しながら、大天狗様の仕事場を後にします。せめて…伝えられる情報だけでも皆様に伝えなければ。
哨戒任務に出る装備はもう身に着けていましたので、そのまま詰め所に一度戻ろうとしましたが。何か悪寒が走り、直感的に千里眼で博麗神社の裏山方面を視ると。
見知らぬ二人の金髪少女が、洞窟から出て来たところでした。