扉の先に広がる洞窟を抜けて、太陽の光が届く地上に出たわ。ここが幻想郷…ビルや魔法研究所が建ち並ぶ魔界の都市と比べると、自然に溢れた穏やかなところね。
…アリスが滅多に魔界へ里帰りしないのもわかっちゃうなあ。都会派なんて言ってるけど、アリスは一人静かに集中する方が好きだしね。必要な研究資料だけ取り寄せれば、魔界よりずっと研究や実験は捗るだろうし。
―――兄さんも、ここが気に入ったのかなあ。
「夢子、探査魔法を広範囲に展開するから邪魔してきそうなのは追い払ってもらえるかな?」
「任せなさい。先輩以外にも、アリスの位置は把握して」
「わかった!」
扉に入る時点でわたしと夢子を覆わせていた隠密行動用の魔力遮断領域を解除して、探査魔法を行使する。兄さんなら自身を遮断領域で隠しつつ領域外を探査魔法で探るなんてものすごい使い方も出来るんだけど、わたしはそこまで至れなかった。要するにあまり得意な魔法じゃないんだけど、今の状況に限ってはわたしより適任な魔法使いはいない。
それが、ようやく報われるのが今日………!!
「本当にここにいる…!隠すように魔力を抑えてるみたいだけど、わたしの知らない魔法を展開してる!!
行使されてる相手が誰なのかはわからないけど、感謝しないとね!」
「それが無ければ捕捉できなかったと。幸運に恵まれたようね…アリスは?」
「兄さんとは逆方向に向かってたけど、わたしたちに気付いたのかな?動きが止まってる。
合流は後にしたいな。兄さんは魔力を抑えてるから、使い終わると見失うかも」
「なら先輩を優先しましょう。どっち?」
「って、言ってるそばから終わらせちゃった!最短距離を直進するから、付いてきて!」
やっと会える、もう逃がさない…!そう思って飛び出したけど、そんなに幸運が続くことなんてあるはずもなく。
「―――魔界人ですね。幻想郷に何の用でしょう?」
「「っ!?」」
半霊を纏わす銀髪の少女が、わたしたちの前に立ち塞がったわ。
「魔界人と理解できているのなら、退いてくれないかしら。私たちも幻想郷の住人と諍いを起こしたくない。そちらも魔界と全面戦争を起こしたくはないでしょう?」
「そうですね。なのでこのまま魔界に帰ってもらいたいのですが」
紫様の命で接触しましたが、私には状況が未だに理解できていません。でも、何をすれば良いのかだけは藍がわかりやすく伝えてくれた。
「あなたたちは敵対するつもりが無いのは信じますが、私以外の者がそう見てくれるとは思えませんから。喧嘩っ早い者が動く前に立ち去ってもらうのが一番です」
―――夢子というメイドを足止めしろ。咲夜と似た格好だから判断がしやすく助かった。彼女を足止めしろということは、もう一人は任せてしまっていいはず。
そう、考えてたのだけど。
「―――夢子。先にこのまま真っ直ぐ行って」
「え?」
「こんなすぐに止めに来て、それがあの巫女じゃない…たぶん、兄さんが手を回してる。
そう簡単に会ってはくれないってことだから、逃がさないために…夢子が追いかけて」
…どうしよう。夢子じゃない方が割って入ってきた。
「でも、それならユキの方が」
「大丈夫。兄さんは、
でも、夢子からは逃げるかもしれない。背中が見えた今がチャンス」
「先輩が手を回してるという予測の根拠は?」
「兄さんが受け入れてくれた場所を守らないはずがないでしょ?」
「…そうね、じゃあ任せるわ!」
相談はすぐにまとまってしまって、夢子が即座に動く。行かせちゃだめだ!
「ごめんね。足止めはわたしの存在意義だったの」
「うっ!?」
夢子が動いたとほぼ同時に、もう一人の魔界人が撃ってきた!
「ちょっと…噓でしょ!?」
魔法使いだとは思ってた。魔界人は魔法の扱いに長ける種族って聞いてたから、剣士として魔法を凌ぎつつ接近戦に持ち込む鍛錬になるだろうと勝手に思い込んでたけど…!
「詠唱も予備動作もなしで、これだけの数を!?」
「あなたも全面戦争は避けたいみたいだから、威力は抑えるけど…
その分、数と速度を重視するよ!兄さんが来るまで、相手になってもらうわ!」
バラ撒かれる光弾の数と速さが尋常じゃない!夢子を追うどころか避けるので精一杯だった!
こうなった以上、仕方ないよね…私の相手は彼女!!
「あなたが相手だと、峰打ちで済ませるような余裕なんてない。斬り捨てても、文句は言わないで!」
「お断りよ。近付けないぐらいに遠慮なく撃たせてもらうから!」
「え…?どういう状況よ!?」
「ユキさんと夢子さんですよね!?ご主人様、どうすれば!?」
枯れた湖を出てしばらく。香霖堂に向かう途中で、ユキの魔力をキャッチしたわ。ただ、何故か夢子も一緒だった。それだけなら普通に合流すれば済む話だったのだけど…
「いきなり二手に分かれた挙句、ユキは早速やり合い始めた!?何考えてるのよ!?」
魔界と幻想郷の関係はとても良いとは言えない。幻想郷の住人はともかく、魔界の住人は靈夢たちによって大被害を受けながらも生き残った者達は強い恨みを持っている。それがわからない二人じゃないでしょうに!とりあえず索敵魔法で状況を探るけど…
「―――相手は妖夢?なんで妖夢がユキと!?」
「ご主人様、今の私たちには仲間がいます!手を貸してもらえないでしょうか!?」
「っ!そうだったわね。――カナ!応答できる!?」
『アリス?余裕無さそうだけど何かあったの!?』
「まだ香霖堂かしら!?ユキがいきなり手を出してくれて面倒なことになりそうなのよ!私が今から止めに行くけど、ルナサを孤立させるのが危険になるかもしれないからメルランかリリカをこっちに回して!その連絡用の人形を私のところに戻すから、それを追ってきてもらえればいい!」
『えっ!?それじゃ残りの二人は!?』
「入れ違いになると困るから、カナは豹の隠れ家で待機して頂戴!私と合流しない方が人里で明羅のことを調べるついでに、入れ違いでルナサが人里に向かった場合の合流役でお願い!」
『あ、ちょっとアリス!?』
今の状況を霊夢に知られると話が通じなくなる!多少強引にでも皆に動いてもらわないと…!
「上海は夢子を追いなさい!ユキはともかく夢子は考え無しに動くことは無いはずだから、協力して用を済ませ次第私のところに連れて来て頂戴!」
「わかりました!」
(なんてタイミングだよっ…!初動で完全に出遅れた!)
ユキと夢子にとってはこれ以上ないタイミングで幻想郷に到着したようだな…!二度と使わないと思ってたルーミア専用の封印術式を再現していたせいで、魔力遮断領域を展開していた二人が洞窟を出て探査魔法を行使した時点でようやく俺が察知した。俺が別の魔法に集中していたことで、ものの見事に魔力遮断領域による索敵魔法の妨害を喰らったわけだ。おまけに、最後の仕上げが終わってねえ!
「これで封印は問題ないだろうが…鏡なんて持ってるはずないよな」
「おにーさんがいいと思うならそれでいいのだー」
ルーミアの髪に
「なんでユキじゃなく夢子が俺の方に来てる!?」
「んー?おにーさんどうかしたのかー?」
これは計算外だ。ユキと接触する前に夢子と会うのはマズい!
ユキから夢子を説得してもらうために夢子の足止めを頼んだのだ。俺を魔界から追放した張本人である夢子は、俺が魔界から消えたことで誰よりも被害を被った相手だ。俺が担当・調整していた分野は夢子か神綺様自身にしか処理できないものがほとんどだったから、戦後処理で甚大な負担を夢子は負ったはず。
それに何より、今度こそは―――――
「豹、終わったのか?」
明羅の声で我に返る。迷ってる時間なんてない、今、俺が逃げるべき手段は…!
「明羅、すまない!状況の読みが完全に外れた!ここに向かってる彼女の相手を頼む!余裕があれば、ルーミアは逃がしてくれ!」
「は?どういうこと…っ!?」
「えっ…?おにーさん!?」
土のゴーレムのガワを俺に似せて創造し、緊急脱出用の経路を開く!
彼女の所には長居できないからこそ、一時凌ぎに使わせてもらおう!
「聞こえてたよね!メルラン、リリカ、どっちに行く!?」
「私がアリスの方に行くわ!リリカ、文句ないわね!」
「当たり前じゃん!私がそっち行くと思ってた!?」
「メルランも気を付けてね!まだ大丈夫だとは思うけど、巫女に見つかるとすごくマズいと思う!
リリカは、もし人里で巫女に会えたら少し粘ってみて!」
「気乗りしないけどやってやるわよ!」
「頼んだわリリカ!」
アリスがあんなに余裕がないのははじめて…!それを察したメルランとリリカはすぐに動いてくれた。ほかに、お留守番役のわたしに出来ることは…!
「…今の声、アリスよね?何かあったの?」
「っ!成美さん、アリスとお友達?」
「まあ、同じ魔法の森に住む魔法使いとしてそれなりの付き合いはあります」
「ごめん、アリスのことを信じられるなら、今のことは伏せてほしい!特に、靈夢と魔理沙には!」
「ふむ…?なにか異変なら、魔理沙はともかく霊夢には伝えるべきじゃないのかい?」
店主さんにも口止めが要るみたいね…!
「霖之助さん、豹が魔界人ってことは聞いてる?」
「魔界人!?そういうことか…
わかった。今の話は二人には伏せておこう。成美君も、そうしてくれないか?」
「…まあ、いいですが。理由は聞かせてもらっても?」
「霊夢と魔理沙は、魔界に乗り込んで大暴れしたことがあるんだ。それ以来、幻想郷と魔界の関係は拗れてしまっていてね…
これ以上二人が魔界人に被害を出すと魔界が黙っていない可能性があるんだ。これは妖怪の賢者と魅魔さんから聞いた話だからかなり信憑性がある」
「うわー…物凄い大事なんですね。わかりましたカナさん、私も黙っておきます」
「ありがとう!それじゃ、わたしも失礼しますね!」
わたしはもう祈るぐらいしか出来ない。これ以上何事もないように、終わってよ…!
「………?」
くるみとエリーと別れてしばらく進み、ちょうど枯れた湖から外に出ようとしたところで。見慣れない二人の金髪美少女が飛んで行くのが湖の底から見えたわ。…念のため、少し待ってから外に出た方がいいかしら?
―――なんてことを考えた私だけれど、緊急時における勘というものは悪くないみたいで。突然膨れ上がった魔力に驚愕することになる。
「…っ!?これは!?」
見慣れない少女という時点で思い当たるべきだったわ。今放たれた魔力は、豹の魔力にそっくり…!
さっきの二人のどちらかが、おそらく…!
(落ち着いて…!私が今見つかるわけにはいかない。でも、この湖に興味を持たれて降りてこられると夢幻館に逃げ込む前に追いつかれる可能性がある。なら、交戦してるうちに木々に隠れつつ強行突破する方がリスクは低いかしら…)
ある意味、私が単独行動している今の時点では博麗の巫女以上に見つかってはいけない相手。誰かしらのフォローが無い状況で、私の立場を魔界人に隠し通せるかは…正直に言って自信が無い。
判断に迷う私だけれど、思いもしない助けの手が差し伸べられた。
「――ルナサさん!時間を貸してください!」
「きゃっ!?」
突然後ろから声を掛けられて、思わず悲鳴が出てしまったけれど。
「――あなたはたしか、橙?」
「はい!藍さまの命令でルナサさんをお迎えに参りました!
冴月麟さんのところにご案内します!このスキマにどうぞ!」
「っ!助かるわ、行きましょう!」
思っていたより早く彼女と接触できそうね…!豹のために、協力できればいいのだけれど。