寂しがりやな魔界人の幻想郷逃亡録   作:影就

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第68話 兄のケジメと、妹のワガママ

「兄さんっ!」

 

千年以上の時を経ても、俺とユキだけの召喚魔法は全く問題なく作用して。俺の呼び掛けに応えたユキが召喚され、そのまま飛びついてきた。

 

「久しぶりだな、ユキ…―――本当に、悪かった」

 

しっかりと受け止めて声を掛ける。永い永い時間顔を合わせることはなかったが、お互いの生存は確信できていた。ユキから何度呼び掛けられても、ひたすら応えずにいた俺。どれだけの月日が流れようと、俺に呼び掛けることを忘れることは無かったユキ。

俺が応えることが無くとも、ユキが俺を召喚することを諦めることがなかったから。無事だということはお互いわかっていた。

 

「謝らなくていい。兄さんが応えるわけにいかないのは、妹のわたしが一番よくわかってたから。

 今、兄さんからわたしを呼んでくれた。それだけで、兄さんが昔のままなのはわかったからね」

「そうか。本当に…俺にはもったいない、よくできた妹だなユキは」

 

正面から抱き着いたまま顔を上げて俺に微笑む。遠い昔の記憶そのままの笑顔だった。謝罪はいらないと言ってくれたから、帽子を取って頭を撫でてやる。

 

「ふふ、兄さんはやっぱり兄さんのままだね。ずるいなあ…いろいろ言いたいことも聞きたいこともあったのに、これだけで満足できるなんて。わたしがチョロいだけかもしれないけど」

「言いたいことも聞きたいこともぶつけてくれ…時間が許す限りは答えるさ」

「なら、魔界に帰ってきて」

「………それは」

 

これだけで、理解できてしまった。ユキは…いや、この反応なら夢子も神綺様も。

俺を処刑する覚悟がまだ出来ていない、と。

 

「ホントに変わってないね兄さん。わたしたちは誰も気にしてないのに」

「優し過ぎるんだよ…皆」

 

結局、俺だけだったのだ。俺の罪は死をもって償うべきと考えているのは。

俺の矜持を曲げれば良いだけだと、皆は結論を出しているのだ。

 

「ところで、あなたは兄さんの彼女?」

「…そう思ってるなら相当図太いわね。豹に抱き付きながら聞くことじゃないわ」

「あはは、そうだね。でもこの感じだと、兄さんの女癖は治ってないか」

「女癖って…直さなきゃならないような真似をしてるつもりはないぞ」

「豹、その言葉椛とルナサとカナにも言える?」

「言えるが…何かおかしいこと言ってるのか、俺は」

「あー…これは兄さんだわ。ごめんね、兄さんは妹としか見ないから自覚無いのよ」

「そうみたいね…つまりは昔からこうだったの」

 

…俺越しにユキと雛で会話しているが、なんというか…雛もこういった話に乗って来るんだな。逃亡中の俺が恋人なんぞ作ったら弱点にしかならないんだから、浮ついた話にするわけがないだろうに。

 

「兄さん、何度も言ったけど誰彼構わず手を出すのは止めなよ?そのうち後ろから刺されるから」

「そんなことはしてねえよ!俺が力を尽くすのは逃亡に手を貸してくれる相手にだけだ」

「その相手は何人いるのって話よ。私が知る限りでも椛・ルナサ・カナに私で4人いるけど、妹扱いでヤキモキしてる相手はもっといるんでしょ?」

「俺にそんな相手が何人もいるはずないだろ…これでも一応隠棲してる身なんだから」

「4人もいる時点で隠棲出来てないことはわかってるよね兄さん?」

「…その通りだな。何も言い返せねえ」

 

どこまでもユキをここに召喚(よびだ)した目的から外れていく。どうやって軌道修正すべきかと思うと、雛が察してくれたようで。

 

「豹はともかく、妹さんには厄が移ってしまいそうね…何か大事な話をしたいのでしょ?私はしばらく離れるわよ」

「気を遣わせてすまないな、雛…離れるついでに警戒を頼んでもいいか?俺を探すような動きをしてるのが近づいて来たら教えてもらいたい」

「いいわよ。そのかわりさっきも言った通り後でちゃんと教えなさい。私は豹の味方なのだから」

 

そう言って雛が空へ舞い上がった。―――味方、か。ありがたい限りだ。

 

「厄…雛さんは厄神なのね」

「ああ、俺の能力は雛の周りに集まる厄すらもある程度は防いでくれるようでな」

「そういうことかあ…これは雛さんも本気なわけね」

 

ユキがなにか納得した表情をすると、俺から一歩離れる。俺も帽子を戻してやる。

 

「それで、兄さんはわたしに何をしてほしいのかな?」

「…夢子を説得して魔界に帰ってくれないか?」

「無理!わたしたちは兄さんを連れ戻しに来たんだから!

 神綺様も夢子も、ずっと探してたんだよ?兄さんの無事はわかってたんだから!」

「俺が皆と共に過ごすわけにはいかない。反逆者には死を…数え切れない同胞(おとうと)達に対して俺が下してきた裁きだ。

俺だけが、反逆という罪を犯しながら魔界で生き続けるのは――俺が許せない」

「わたしも神綺様も夢子もサリエル様もみんな、兄さんには魔界で一緒に生きてほしいってずっと変わらずに思ってる。みんなもう兄さんを赦してるのに、なんで兄さんは自分を許せないの?」

「ユキたちが許しても、俺が死を与えた奴らは許さないだろう。俺のために戦って散った皆もな。

俺が奪った命に対してのケジメは付けなきゃならない。同じ罪を犯したのならば、同じ裁きを受けるべきだ…俺が積み上げてきた屍を、俺の命で清算するためにな」

「その清算は、わたしたちを泣かせてまでも必要なの?」

「………俺にとっては、な。ユキたちには不要な清算だってのはわかってる」

 

ユキが大きなため息をつく。

 

「兄さんの矜持って、そこまで貫かなきゃならないもの?

 月でも同じようなこと言った気がするけど、もう一度言うよ。

 そんな自己満足で死んだら、わたしも後を追うからね?」

「それは…!」

「兄さんにも未練があるんだよ。あの頃みたいに魔界で過ごしたいって未練が。

 そうじゃなきゃ、魔界に戻らず生き延びる理由なんてない。

 ここ幻想郷で、まだ生きたいって思う理由が出来たのもあるかもしれないけどさ。

 兄さんなら、すぐ魔界に戻って来れたのに。そうしなかったのは、まだ死にたくなかったから」

 

何も、言い返せない。月でそうしたように…俺がユキの呼び掛けに応えれば、いつでも魔界に戻れたんだから。

 

「…それでも、だ。俺は俺の意思で反逆した。カタマサ達の誘いに乗ってな。

 アイツらは、俺を勝たせようと全力を尽くした。

 漢として、アイツとの最後の義理は果たさなきゃならない…戻るわけには、いかねえんだ」

「…どうして、あのバカ野郎をそこまで庇うかな」

「幻想郷で長く過ごして、思い返したらな。

 俺にとって唯一の【同性の親友】だったからだって、気付いた。

 …俺は、兄として振舞いすぎたから…対等な友人ってのがロクにいなかった」

 

俺より年長の同胞(あにき)達は、皆魔界から去っていたから。俺は最年長の兄として、弟と妹を支え続けるのも役目の一つだと考えてた。だから、魔界人に対しては常時上から目線だったのだ。

でも、アイツ…俺と共に決起したもう一人の首謀者、カタマサ。アイツだけは俺と対等な目線で付き合ってくれてたから。本気で神綺様に勝つために、ほとんどの準備を済ませてくれたから。

俺一人では出来なかったことを、俺のためにやってくれた。それに対する義理は果たさなければならない。

 

「このままじゃ、ヒョウだけ不自由な世界になる」―――アイツなりに、魔界のことを考えた行動だったのだから。俺も俺なりに、魔界のことを考えて行動しなければならない。

 

反逆者である俺が、魔界をこれ以上不安定にさせないために…俺の命を使わなければならない。

そのためには、俺を処刑する覚悟を神綺様たちに決めてもらわなければならないのだ。俺が魔界に戻れば、また神綺様に刃向かう連中が動き出すのは分かり切ってることなのだから。

 

「―――しょうがない、か。兄さんが反乱に乗らないっていう選択を取れなくなったのは、わたしのせいだしね…今は、一度退いてあげる」

「ユキ…」

「でも兄さん!わたしたちは諦めないよ。

 今ちゃんと顔を合わせて話して、兄さんに未練があるってのはわかったから。

 次は全力で兄さんを捕まえに来るからね。強引に魔界に連れ帰れば、兄さんは折れてくれる。

 わたしたちを、まだ大切に想ってくれてるから。時間が解決してくれる」

 

…そうなるだろうな。ユキや神綺様の優しさに甘えて、俺は堕ちるだろう。

そうならないためにも、逃げなきゃならない。

 

「そうか…仕方ないな。俺はこのまま逃げさせてもらう。ただ…ユキ。これだけは伝えておかなきゃならない。夢子にも必ず伝えておいてくれ」

「え、何を?」

「―――今、幻想郷には八意永琳がいる」

「ッ!?そいつって、月の…!?」

「ああ。月の姫様と暮らすため移住してきたと言ってるらしいが、裏で何をやってるのか知れたもんじゃない。竹林の中にある永遠亭という屋敷に隠れ住んでいて滅多に外へは出てこないが、俺とユキは顔を知られてる。ユキは名前までもだ…奴以外にも薬の行商に出てくる月の兎が居るから、十分に気を付けてくれ」

「わかった、それは気を付ける。なるべく夢子と離れない方が良さそうね」

「頼むぞ。それと、俺が使ってた隠れ家がある。カナという騒霊に留守番を頼んでるから、事情を話せば寝泊りぐらいはさせてくれるはずだ。今から送るから、接触しておいてくれ」

「…本当に、兄さんは変わらないね。やっぱり、ずっと傍にいてほしい。一緒に来てはくれないの?」

「………ごめんな、ユキ。身勝手な兄で」

「そっか。でも、諦めないからね。妹のワガママを、受け入れさせて見せるから!」

「お手柔らかに頼む」

 

隠れ家の屋根に仕込んだ…アリスとカナがやり合った時に魔眼を同調させた風見鶏を出口にする。

 

「ユキ、話せて良かった…ありがとな」

「そんな別れの言葉いらないわ!次は本気で連れ帰るからね!

 魔界で、ゆっくり話しましょ!」

 

その言葉を残して、ユキは俺の開いた出口に去って行った。

 

 

 

 

 

「話は済んだようね。あれで良かったの?追いかけてくる気満々のようだったけど」

「良くは無いけどな…来てしまった以上、八意永琳の存在は伝えなきゃならなかった」

 

降りてきた雛が声を掛けてくる。思い通りにはいかなかったが、危険人物の共有が出来ただけでも顔を合わせるだけの価値はあっただろう。

 

「妬けちゃうわね。妹扱いされるのには慣れたつもりだったけど、ここまでお兄ちゃんやってたとは思わなかったわ」

「褒められてるのか貶されてるのかわからないな…」

「ま、いいわ。中に入って話しましょう。私に出来ることなんてほとんどないでしょうけど、何も知らずにお別れなんてごめんだから。ここに来た以上、話せることは全部話してもらうわよ」

「わかってる。ユキと話して、俺も色々思い知らされたからな…気持ちの整理を付けるのに丁度いい」

 

厄が移るのは不安だが、味方とハッキリ伝えてくれた雛が話し相手になってくれるのは助かる。

決裂した話だろうと、ユキとの再会に心が動いてしまったのは事実だからな…




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