ご主人様の指示で夢子さんの魔力反応へ全速力で向かいます。人形である私の小さなボディは戦闘における回避において利点になるのですが、長距離の移動に関しては逆に欠点になってしまいます。単純に私が溜め込める魔力量の差…どうしても私のボディに充填できる魔力量はご主人様やカナさんに比べると少なくなってしまう上、単に移動するだけでも消費してしまう。私たち人形にとって避けられない問題…継戦能力。妖怪化することによってそれを解決したメディは、間違いなく私たち人形が力を求める上では理想形になるのでしょう。
なので、補助となる魔法などは何も行使せずに向かっていたのですが。
「おおー!人形が勝手に動いてる!あたいのお宝にしてあげる!」
「っ!?」
下方から声が聞こえた途端、氷塊が飛んできました!よりによって、こんな時に出くわすなんて…!
「なんで避けるのよ!人形のくせに生意気な―!」
「…氷精。寒くなったせいで活発になりましたか」
「しゃべった!?心が詰まってる人形じゃないのよ。危ないじゃん!
最強のあたいが動かないように氷漬けにしてやる!」
「あなたに構っている時間は無いんです!容赦できませんから!」
氷を操る妖精チルノ。この氷精は力の強さに対し精神が全く成長していない厄介な妖精です。明らかな格上に対しても何も考えずに喧嘩を売る向こう見ずな子供。おまけに返り討ちに遭っても死の概念の無い妖精は復活するのですが、この氷精は敗北で恐怖を覚えることが無い…というより復活した時点で敗北した際の恐怖を忘れているようで、同じ格上の相手に何度でも挑んでくる。幻想郷で上位に入る大妖怪でさえも、相手にするのが面倒臭い雑魚として認識するほどの厄介者なのです。
そして、冬になると冷気を好むこの妖精は活動域を広げます。多くの妖精は寒気を嫌うため同族と行動する機会が減るので、テリトリーの外に出てくることが多くなるのです。今日の私は見事に引き当ててしまったのでしょう。
(ご主人様といるときに私の経験を積むための相手にしたかったのですが、この緊急時に鉢合わせてしまった。それなら最初から試したいことを試して、ご主人様にもこの位置を把握してもらうべきですね)
この場で魔力を使い果たすことになるとは思いたくないですが、ルイズさんが注意してくれたように私を研究対象として見るような相手から目を付けられる可能性があります。ご主人様であれば魔力が枯渇した私でも位置は把握できるのですが、豹さんのようにそれを妨害できる方もいるのです。
最悪の事態を考えると、私が応戦したこの位置情報は残しておくべきでしょう。
「くらえー!氷塊《コールドスプリンクラー》!」
「―――『夜叉を、お借りします』!!」
ぶっつけ本番でしたが、成功しました!昨日のメディ相手には使うことのできなかった夜叉…妖精相手なら、手加減し損ねて斬り捨ててしまっても問題ありません。そして、人間サイズで行動する時間を少しでも短くするため…必要なことだけを纏めた私だけの魔法!
「へ?おっきくなった!?」
ゴリアテちゃんの巨大化術式と空間魔法による夜叉の受け取り。この二つを同時進行するための短縮詠唱は私以外には全く役に立たない魔法です。ですが、それゆえに相手の虚を突ける!
「名刀と呼ばれたことを信じますよ…!《
「なにそれ!?カッコいいけど火はやめろー!!」
名刀の名に恥じず刀身が炎熱ですぐ傷むことは無く、魔力剣としての使用に耐えられます!これなら、強引に押し切れる!!
撃ち出された冷気から発する氷の槍を私に向かってくる分だけ斬り払いつつ、正面突撃!!
「げっ、くるなー!冷符《瞬間冷凍ビーム》!!」
「うぅっ!?ですが、今は時間が惜しいんです!!」
迎撃として3本のビームを撃ってきましたが、魔力残量のことを考えても他の手を打つ余裕はありません…!夜叉とご主人様の魔力を信じて、突き進むだけ!!
「これでっ!」
「わぁっ!?」
リボンやスカートの裾はもうカチカチに凍ってしまっていますが、強引に接近することに成功しました!流石に炎剣は恐ろしいのか、私の繰り出した刺突は攻撃を諦めてまで回避しましたが。
「もう邪魔しないでください!!」
「ぎゃん!!」
前方一回転を加えた全力のかかと落としで地面に叩き落としました。即座に巨大化と炎魔法を解除し、夜叉を鞘に収めて送り帰します。
随分と魔力を使ってしまいました。夢子さんの魔力反応までの距離ならなんとか足りそうですが、帰り道までは無理でしょう…夢子さんの手を煩わせてしまいますね。
「…って、上海まで!?今日は一体何が起こってるのよっ!」
ユキがいきなり手を出して夢子はそのまま移動。仕方ないから上海に夢子を追わせて私はユキの方に向かい、妖夢共々止めることは出来たのだけど。
ユキとの話の途中で夢子も戦闘に入ったのを察知し、ユキが記憶にない魔法で消えた挙句上海まで交戦開始。完全に行動が裏目に出ているわ…!
「相手はチルノ!?ああもう、今日に限ってなんて余計なことを…!」
「あ、アリス?何が何だかわからないんだけど、何が起きてるの!?」
なぜ妖夢がここにいるのかも気になるけれど、上海が交戦中というのは放っておけない。チルノ相手ならなんとかなるでしょうけど、私抜きで連戦になると魔力不足で行動不能になる可能性がある。パスを繋ぐにしても距離を縮めるには動くしかないのだから、魔力補充のタイムラグを考慮すると上海が単独行動中の戦闘は1戦に留めたい。2戦目からは魔力枯渇のリスクが高過ぎるわ。
「妖夢、悪いけれど詳しく話す時間が惜しいのよ。聞きたいのであれば付いて来なさい」
「え、ちょっとアリス!?」
妖夢の問いに答える前に上海の元に向かう。ユキがどこに行ったのかが把握できなくなった以上、上海を回収して夢子に会うしかないようだからね。相手が誰だったのかは把握できなかったけれど、流石は夢子。すでに決着を付けているから、ユキのことは合流して聞けばいい。
上海が余計な連中に絡まれる前に、急がないと…!
「…ど、どうすれば」
夢子を逃がしてユキは消えてアリスは行っちゃった。細かい指示を受けてないから、これから私はどう動けばいいのかがわからない…私の判断でアリスを追っちゃっていいのかな!?
情報を持っていそうで追えるのがアリスだけだったから、このまま追おうとしたんだけど。
「――えっ!?」
「ご苦労様、妖夢。計画通りとはとても言えないけれど…なんとか当初の予定には戻せたわ」
私が飛び出した先にスキマが開かれて、その先に紫様が佇んでいた。もちろん止まることなんて出来ずスキマの中に閉じ込められてしまったんだけど。ほ、本当に理解が追い付かない…!
「じゃあ豹は何処に居るかわからないということなのです!?」
「ええ。先輩は最高位の空間魔法使いである以上に、誰よりも頼れる護衛…生き延びるための逃走経路はいくつか用意しているはず。おそらく空間魔法で移動してすぐに魔力遮断領域を展開することで魔力反応を隠している。このゴーレムを自身に似せる造形にしたのは囮のため…先輩の魔力反応をここに残すための」
「成程な。豹の強さに納得がいった…護衛か。魔界人といえども、暗殺のために標的の至近まで近付く者もいる。その対策としてのあの強さか」
明羅という女侍を退けると、金髪の妖怪と赤髪の妖怪がもう一人人間の少女を引っ張って来たのだけれど。
「むー!私を見捨てろなんて意味じゃないのです!明羅、追いかけるのです!」
「だから行き先がわからん。むやみに探し回ったところで見つかる豹ではない」
「そうでしょうね。逃げに徹した先輩を捉えるのは情報ゼロからでは至難よ」
里香と名乗る戦車技師が明羅よりずっと先輩にご執心だわ。先輩のことだし、ここ幻想郷で過ごした永い時の中で様々な魔法を編み出していたのでしょうね。
攻撃魔法以外の魔法であれば、先輩に教わるのが確実かつ簡潔に済んだのだから。
「おねーさんに心当たりはないのかー?」
「私はついさっき幻想郷に着いたばかりよ。こちらに居る先輩以外の知り合いは妹一人だけだわ」
「それこそルーミアちゃんはあの人の家とか知らないの?」
「教えてくれなかった。私じゃあお仕事に巻き込まれたら命が危ないって言われてねー。
おにーさんがとっても強いのは私でもわかったから、大人しく引き下がったのよー」
「それじゃあここにいる全員お手上げですね…というかなんでわたしも会話に入れられてるの…?」
私に心当たりはない。けれど…ユキの魔力反応も感知できなくなっている以上、早速兄妹で再会しているのでしょう。でも結局私たちが見つけるまで帰ってこなかったのだから、ユキの説得に応じる可能性は低い。
即ち今ここで私が為すべきは、余計な情報を渡さずやり過ごすこと。案の定ここ幻想郷でも先輩は慕われている。魔界に帰ろうとしても引き留められるでしょう…そこを巡って衝突する可能性を少なくするためにも、私たちだけが情報を得られるように動かなければ。
「むぅ…手詰まりなのですぅ。気は進みませんが人里に出て情報収集ついでに資材や食料の調達をするべきですか。明羅、手伝うのです!」
「やれやれ…ルーミアとオレンジはここでお別れだな。短い付き合いだったが達者でな」
先輩が慌てて逃げたこと、そして私が幻想郷に来たばかりということを信じたらしき人間二人は人里で情報を集めることにしたようね。どうやら妖怪は巻き込まれただけだったらしく、引き留めずに飛び去る背中を眺めているだけだったわ。
「それじゃ、わたしも失礼しますね。わたしは本当にただの通りすがりなので」
「そーなのかー、ばいばーい」
「いやルーミアちゃんが…なんでもない、さようなら!」
赤髪の妖怪は何故か逃げるように去って行った。何かあったのかしらね…?
でも、私にとって最上の状況に持ち込めたのは幸運ね。
「それで…ルーミアと呼ばれていたわね?少し話を聞かせて貰って良いかしら?」
「いいよ。そのかわり、おにーさんの居場所がわかったら教えてほしいのだ―」
先輩を追うとなると、この子はちょっと厄介なものを身に着けている。
「髪に結んだ封印のリボン、先輩から貰ったのかしら?」
「…そうだけど、これはあげないよ。おねーさんに勝てないのはわかるけど、大切なプレゼントだから本気で抵抗する」
「プレゼント…?その封印呪具が?」
「うん。おにーさんが私のために作ってくれた大切なリボン」
…どうして弱体化させる封印呪具をプレゼントと思い込んで喜んでいるの?見た目通り幼い精神の妖怪なのだろうけれど、何を考えてるのかわからないわ…
ただ、先輩がプレゼントしたというのが真実なら…ルーミアと対立するのは先輩の不興を買いかねない。とはいえ放置すると先輩の魔力を探知する際のジャミングになる可能性がある。どうにか区別できるようにしておきたいわ。
「――そう。別に奪おうとしてるわけじゃないから安心しなさい。ただ…これを持ち歩いてもらえるかしら?」
「んー?…これ、剣?」
「私が集めた剣で一番軽いレイピアよ。使いこなせなんて言わないわ、私にとっての目印。
先輩の居場所を教えようにも、ルーミアの居場所がわからなければ伝えられないわ。
私の魔力を宿らせてあるから目印になる。教えるときに回収するから、それまで背負って頂戴」
剣弾の一つだからあまり手元から放したくはないのだけれど、一振りぐらいなら現地調達できると思いましょう。戦闘を避けることの方が重要な以上、逃走や足止めに使う魔法具の方が重要なのだから。
「わかったのだー。持ってる…というか背負うだけでいいのか―?」
「そもそも鞘から抜けないようにしておくわ。下手に使われて怪我されるのも困るから。
邪魔になるかもしれないけれど、先輩にまた会いたいのであれば我慢しなさい」
「はーい。それじゃ、私も帰るのだー」
…素直な子供で助かったわ。警戒されて捨てられる可能性もゼロではないけれど…先輩を相当慕っているようだから大丈夫でしょう。
ついでに土のゴーレムに残された先輩の魔力をカトラスに移しておく。先輩と縁のある…手合わせしてもらった時に逆用されたことのある一振り。予想通り宿らせた私の魔力と上手く共存する形で先輩の魔力も移すことが出来た。捜索の際、役に立つかもしれないわ。
そこまでやり終えたところで、懐かしい魔力と共に声を掛けられた。
「―――夢子さん!お久しぶりです!」
「…え?上海?」
次の更新は12/15(木)になります。