「………どこでこんな写真を手に入れたのかしら。隠し撮りは悪趣味よ」
「うっ…それを言われるとキツいわー。でも《幻影の裏方》を念写して出てきたのがこれ。アンタも写ってるのは不可抗力よ」
なるほど、念写…身に覚えがないわけだわ。私が正面を向いているのに右側の奥の方に写ってて、振り返る豹が中心に居るおかしな構図なのはそれが理由ね。
困ったわ…豹が逃げだしたのはついさっきなのに、すぐ顔の割れた写真が出回るなんて間が悪すぎる。どうにかして止めないと。
「彼が幻影の裏方と呼ばれているのは事実…だけどそれ以上話す気はないわ。とりあえず、その写真は処分させてもらおうかしら」
「えっ?ええっ!?」
今の私には余裕がない。何が起きてるのかわかってないし、手に負える事態とも思っていない。
だけど…今、豹の存在を多方向に広めてはいけない!
「ちょっとちょっと!?いくらなんでも理不尽よ!人の写真勝手に捨てようとしないでってば!」
「断りもなく念写を撮られた私たちの方が理不尽な話よ」
至近距離まで近づいてくれていたので写真を持っている右腕を掴む。
「このまま右手ごと消し去っていい?」
「いやいや落ち着いてってば!これ処分しても私なら同じ写真また撮れるんだから意味ないって!」
…なんてこと。強硬手段は意味がないなんて。思いっきり最初から間違えたわ…
「珍しいわね、ルナサがここまで攻撃的になるのは。何をやったのよそっちの烏天狗は」
その声で私も冷静さを取り戻した。逃がすわけにはいかないから掴んだ腕は離さないけど。
後で連絡しようと思っていた相手。ここで会えるなんて助かったわ。
「あー!ウィズHのリーダーでしょ!お願い助けてぇ!」
「そりゃ念写なんてするあんたが悪いわ。せめて事前に断りを入れなさいって」
「文を出し抜くには一番効率が良かったのよ。あれだけ狙ってるのにまだ逃げられてるとか、文でそれじゃ私が追い付けるわけないじゃない」
「だからって盗撮まがいの手段を取るあたり、あなたも大差ない迷惑な記者よ」
堀川雷鼓。元は和太鼓の付喪神で、今は外の世界のドラムを依り代に幻想郷で過ごしている存在。そして、私たち姉妹とともに音楽活動を行っている、仲間。
「ぐぐぐ…そういった面で文と同じ扱いはされたくないわねー。悪かったわ…」
「今は冗談にならない状況なのよ。再現できる以上、この写真の処分はあきらめる。
ただ、これだけは約束してもらうわ。彼の写真を新聞に使うことは絶対にしないで。それさえ守ってくれれば、あっちの記者にその写真を見せても構わない。優越感に浸りたいだけで彼を追ったのであればそれで我慢して」
「新聞の内容と売り上げで優越感に浸りたいのよー!」
「…そのカメラ壊していい?」
「ごめんなさい約束します」
雷鼓が聡明で本当に助かった。私が「彼」と言い続けてるだけで察してくれたらしく豹の名前を出さないでいてくれた。
「まあ、文が次に絡んできたときにこれで返してやれば面白くなりそうだからいいかー。本人確認が出来ただけ良しとするわ。じゃあねー」
烏天狗は妖怪の山の方へ帰っていった。…約束を守ることを期待するしかないのが辛いわね。
「それで、何があったのよ。逃げてるとは聞いたけど、ここまで徹底してた?」
「…ごめん、私もよくわかってない。でも、力を貸してほしい。これから時間取れるかしら?」
「いいわよ。場所も変えた方がいい?」
「メルランとリリカにも説明するから、うちまでお願いするわ」
こうして、目撃者も追跡者となる。
「豹がアリスから逃げ出した。ただ、アリスは逃げられる心当たりがなかったみたいなのに、話の途中で血相変えて飛び出していったわ。人形に何かあったのだとは思うけど…」
「へえ、豹が手を出すなんて珍しいじゃん。もしかしてかなりガチ?」
「そうみたいね~。珍しいというより、私たちが知る限りはじめてじゃない?豹が逃げる以外の対応取ったのなんて」
雷鼓を連れて屋敷に帰る。ここにはじめて来たときはあまりの廃洋館ぶりに相当面食らったようだけど、今では気にすることもなくセッションしに来たりしている。
「私はそのアリスと面識がないんだけど、どんな奴なのよ?」
「魔法の森に住む人形遣い。幻想郷の住人の中では、だいぶ良識的な魔女よ。人里の子供相手に人形劇を開いたり、白黒の魔法使いに協力して異変の解決側に回ってたりするわ」
プリズムリバーウィズHで状況の整理。音楽以外でも協調出来ればいいのだけれど…
「かなりまともな奴ってことね。だからこそ豹が本気で逃げた理由がわからない、と」
「そうね~、そもそも逃げてると言いながら、私たちの手伝いは率先してやってくれてるし。あの烏天狗ぐらいかしら、豹が徹底的に避けてたのって」
「私はそもそも逃げてるってこと自体嘘だと思ってたよ。だって目立ちたくないやつが私たちに近付く方がおかしいじゃん。なんだかんだで私たち有名だし」
リリカの言う通りなのよね。今日になってようやく実感したけれど、豹が私たちと関わったこと自体が根本的におかしい状況だったことになる。
「アリスが教えてくれた話としては、彼女は魔界から幻想郷にやってきていて、豹も同じ魔界人という種族だそうよ。私たちの音を聞いても大丈夫なところは、魔界人の特性ではなくて豹個人の能力らしいわ」
「魔界…?私はよく知らないわ。どんなところ?」
「というか、何気にとんでもないこと言ってない?霊界や地獄と違って魔界って異世界でしょ。そう簡単に行き来できるとこじゃないんじゃなかったっけ?」
「たしか~、魔界に通じる扉があるけど、封印されてるって聞いたことあるような。二人ともどうやってこっちに来たのかしら」
そのあたりも気にはなるのだけれど…私たちが考えてもわからないと思うのよね。だから話の方向を戻す。
「アリスが言うには、今の魔界はそれなりに平和らしいわ。ただ、手に入った情報はこれだけなのよ。
これだけじゃ何もわからない…だから豹の行き先や身の上話に心当たりがあれば教えてほしいのだけれど」
すると3人とも微妙な表情で私を振り向く。…ああ、これは…
「姉さんはこれだから…それは姉さんが豹に聞くべき話じゃないの~!」
「ルナ姉の奥手さはここまでだったか…何一つ進展する要素がない」
「ルナサ、貴重な相手と理解しているのならもっと積極的になるべきよ」
…色恋沙汰に絡めようとするのが増えた。雷鼓までそっちに行かれると話が進む気がしないわ…
「とりあえず、私たちだけじゃ何もわからないのはわかったわ。それがわかるだけで日が暮れるとは思わなかったけれど」
「えー、だってルナ姉が」
「リリカ、話が戻るからルナサをいじるのはまたの機会にね」
雷鼓がようやくこちらに戻ってくれた。疲れたわ…
「それで~?結局これからどうするの姉さん」
「アリスに情報を集めておいてと言われてるから、そのうちここに来ると思うのよ。だからしばらく誰も家にいないという状況を避けたい。ライブは終わったばかりで次の予定はまだだし…メルランはソロで動く予定入ってたかしら」
今日慧音のところに向かった要件は終わったライブに関して人里から何か指摘や要望があるかの確認と、会場の費用といった会計面の処理。昔は私一人でこなしていたのだけれど、ここしばらくは設営資材の手配や経費の明細化といった面で豹が手伝ってくれているので同行してもらった。
「私も別に入ってないわ。だから手伝うわよ~」
「ありがとう。当面は私の知る限り…といっても藤原妹紅ぐらいしかいないのだけれど。豹と面識があるらしい相手に話を聞きに行く間、メルランかリリカにここで待機していてほしい」
「ん?それじゃ私は何すればいいのかしら」
「雷鼓は豹の目撃証言を探してほしい。逃げてる以上望み薄だけれど…《黒い洋服を着た背の高い金髪の男》なんて幻想郷だと目立つから、目撃されてなくても知り合いが見つかるかもしれない。
手の空いてるときにそれとなく知り合いに聞いてみるぐらいでいいわ。とりあえずアリスと妹紅に話を聞いて内容を伝えるから、様子を見てもう一度ここに顔を出してくれる?」
「よしきた。たしかに認識できれば豹は目立つね、当たってみるわ」
今の私に打てる手は、これぐらいでしょうね。
屋敷から少し離れた森の中でヴァイオリンを奏でる。今日は本当に色々ありすぎて…私が落ち着くためにこの静かな場所は重宝している。
豹と出会ったこの場所は…かつて陰陽師が生き霊を祓った際に使用した楔が埋もれているらしい。ここにあるもの以外は破壊されたり発掘されて霊力を失ったりした結果、漂う残留霊力が集中してちょっとした霊場になっているそう。低級妖怪や野生の獣は本能的に避けるらしく、言われて初めてそういえば…と気付いた。
あの時はまだ太陽が昇っている時間だったけれど…演奏しながらも私の音が届く距離に彼が近づいてきたのは気付いてた。並の相手なら沈み切ったところを追い返すつもりだったから、平然と話しかけてきたのには驚いたものね…
―――音楽は詳しくないが…きれいな音色だ。邪魔をしたようですまないな。
―――……あなた、平気なの?
なにか機会があってこの場所のことを思い出すたび、様子を見に来ていたそう。そんな偶然出会った相手…豹が私のソロを彼自身の感情のまま聞くことのできることを教えてくれて。
貴重な私だけの観客として、それなりの付き合いはさせてもらってた。
(惹かれてない…なんて言えないけど。近くにいるから気付くこともあるのよ)
妹たちは私の色恋沙汰として楽しんでるけれど…豹が私に向ける感情は妹へのそれなのよね。私も姉だからわかる。そして、それはメルランにも、リリカにも、雷鼓にさえそう。
彼は、意識的に《兄》を演じようとしている。
距離を取られたくなくて、深入りしようとしなかった。それが、こんな形で返ってきた。
妹たちが言う通り、もっと踏み込んでおくべきだったのかもしれない。
「…話を、聞きにいかないとね」
一曲弾き終えて、ヴァイオリンをケースにしまい込む。それを待っていたように目の前の空間が開いた。
「ほう…誰にだ?私たちが把握できていない相手なら、ぜひ教えてほしいところだ」
「ッ!?」
八雲藍。妖怪の賢者の式神が、私の前に立ち塞がった。
感想までいただけました。ありがとうございます!
ちなみに作者はクソ雑魚メンタルなのでビクビクしながら確認して、好意的でホッとしました。