夢子の反応がある地点に上海が辿り着いたわね。これで一安心…と私は思ったのだけれど。今日はまだ想定外の事態が起き続けていたわ。
「アリス!」
「ッ!追い付けたのね。思いっきり遠回りした形になるのだし当然か」
連絡用の露西亜人形と並行してメルランが追い付いてきた。
「何が起こってるの!?姉さんの反応が消えちゃったのはなんで!?」
「えっ…――っ!?」
言われて初めて気が付いた。あまりに展開が急過ぎて、把握できてなかったのだけど…
ルナサの魔力反応が探知できない!?いつの間に!?
「ごめん、色々あって今気付いたけれど…さっき呼び掛けた時点で夢幻館からこちらに向かい始めてたのは確認してるわ。メルランはいつ気付いたの?」
「私はアリスみたいにそんな遠くまで探知できないから、本当に探知できた途端に消えちゃってびっくりしたのよ。時間としてはこの人形、途中で急に曲がったじゃない。それよりは前だったわ」
「となるとユキが消えるより前か。ユキと妖夢を止めた時ぐらい…?
探知できたのはどのあたり?」
「ここからだとあっちよ。たぶん、夢幻館の入口になってるっていう湖のあたりだと思うんだけど…実際に行ってきたアリスから見て場所はどう?」
メルランが指した方向は間違いなく湖の方角。あまり遠くまで探知できないのであれば、洞窟内までは探知できていないはず。そう考えると湖を出るあたりで消えてしまったということになる…?
後はルナサが夢幻館を離れた後にエリーとくるみの反応は今も夢幻館から動いていない。彼女たちが裏切って襲撃したという可能性は低い…そうなると怪しくなるのは。
「―――八雲紫が接触してきた可能性があるわね。ルナサだけは八雲藍と直接会っていることを考えると、私たちが離れて孤立するのを待ち構えてたのかもしれない。エリーとくるみからもそれなりの距離を取ってから反応が消えてるあたり、一番怪しいのはそこになるわ」
「…スキマ送りか。アリスが見つけられないんじゃどうしようもないわね…無事でいてよ、姉さん」
「―――はじめまして、ルナサさん。冴月麟です」
「ええ…ルナサ・プリズムリバーよ」
橙に連れられてスキマを抜けると、そこは屋内だったわ。というか…
「ええと、この家は土足で上がって大丈夫なのかしら」
「「あっ!?」」
橙と麟が同時に声を上げた。…なんだか、緊張するような相手ではないみたい。
「…とりあえず、脱いだ靴はどこに置けばいい?」
「す、すみません…玄関はこちらです」
「ごめんなさい麟さん!お掃除しますね!」
「聞きたいことは色々あるのだけれど、今はまだアリスから離れるには早いわ。今日は手短にして後日また打ち合わせの時間を取る方向でもいいかしら?」
「はい!紫さまも藍さまもそうしてほしいそうです」
「そうですね。ついさっき幻想郷に来たユキさんと夢子さん…彼女たちともルナサさんに一度直接お話を聞いて来てもらいたいのです。今後私たちがどう動くかを決めるためにも」
なるほどね、今ならまだ私が魔界側の情報を聞き出せる。それを共有するために駒である私たちと連絡役の橙を引き会わせた、か。
「なら早速本題に入りましょう。私をここに呼んだ理由を聞かせてもらえるかしら?」
「はい。さきほど幻想郷に魔界人が侵入したことで豹さんが動いたはずです。藍様によると、遠くないうちに豹さんがここ――私の家に来てくれるそうです」
「ッ!私にそれを教えるということは、豹と直接会ってもいいのね?」
「それは私からお願いしたいぐらいです…私はまだまだ、弱いので。ここに豹さんが来てくれても、私一人では戦力にはならない…怪我を癒すことは出来ても、敵を追い払うことは私では出来ないのです」
「…私も豹を追ってくるような相手に対する戦力になるとは思えないのだけど、力を貸してくれるのは助かるわ。私はあなたと合流するほかに、魔界側に回ったアリスの足止めを頼まれたから」
八雲紫の意図はまだわからないけれど、豹に会えるというだけで彼女…麟の言葉は信じたくなる。私は豹のために何をすべきなのか…それを豹自身から伝えてもらえるのだから。
「藍様は遅くても三日以内には魔界神が幻想郷を訪れると予測しているので、その三日のうちに一度は豹さんが私のところに来てくれるはずです。私を守るために豹さんが魔力遮断領域と妖怪除けの結界をこの家に張ってくれましたので、豹さんの出口としてこの家は有用です」
「ただ、魔界神ならこの辺りに結界と領域があることを察知できるだろうと紫さまも藍さまも言ってたので、安全地帯とは言えないみたいです。むしろ怪しまれる可能性もあるって」
「それはつまり、豹が来てもここに長居はしないということかしら?」
「今の状況だとそうなってしまうと思いますが…そこも含めて豹さんと相談ですね。その際にルナサさんも同席してもらいたいんです。紫様も藍様ももう表立って豹さんを助けられないので、私たちだけでどうにかしなければなりません」
「私は連絡役として大丈夫そうなときにここへ来ますが、魔界人に姿を見られるわけにはいかないので…ここでお話を聞いたらそのままスキマで帰るだけになっちゃいます。役に立てなくてごめんなさい…」
「橙が謝る必要はないわ。八雲に情報を渡してもらえるだけでも十分助かる」
くるみとエリーは八雲の支援が期待できると言っていた。つまり橙に情報を渡せば夢幻館への情報提供は八雲が担ってくれるということ…それだけでも私たちにとっては大助かりだわ。そう何度も博麗神社の裏山に足を延ばしては、魔界人より先に博麗の巫女に目を付けられるでしょうし。
「ですので、ルナサさんに今日確認してもらいたいのはこの家の位置と魔界人の動向。そして明日またここに来てもらって私たちはどう動くかを詰めていきたいのです。そのためには明日以降ルナサさんはアリスさんたちから離れて行動してもらうことになるのですが…大丈夫でしょうか?」
「自信は無いけどやるしかないわ。今の時点で私の魔力反応が急に消えたように見られているのでしょう?どう考えても不自然に思われるのだから、上手く誤魔化さなきゃならないしね」
「あ、それについて私から補足させてください!さっき魔界人を分断するために妖夢さんが力を貸してくれたのですが、ルナサさん以上に演技が下手なので詳しいことは伝えていないんです。アリスさんを追う前に紫さまが回収してくれるそうなので、明日は何人か白玉楼に向かわせてください!」
…比較対象にされるのはちょっと悲しいけど、仕方ない。
「八雲で目的地を一つ作ってくれたのね。助かるわ」
「それでルナサさんは【藍さまから】八雲は豹さんを切ったということを今の時間で伝えられたことにしてほしいんです。今、妖夢さんには紫さまが指示を出してくれてますので」
「私が八雲紫と会っていたことにすると、妖夢と話が食い違うのね。そして、今後は援護できないから魔界人が侵入した今の時点で八雲は豹を切り捨てたことにする、と」
「魔界人が幻想郷に入り込んでしまった以上、紫様は博麗の巫女を優先せざるを得ません。魔界が豹さんを捕らえに来てしまったからには、余計な火種を作らないために豹さんを差し出さなければならない…
ですが、紫様も藍様も豹さんを見捨てることはしたくないから。豹さんが逃げたという体にした裏で私たちを豹さんに付ける。八雲としては、これが精一杯の援護なのでしょう…これ以上は、他の幻想郷の管理者から干渉されかねない」
「…ああ、管理者達も一枚岩ではないの。わかっていたことだけど、豹は最初から私とは格の違う舞台に立っていたのね…」
麟の言葉で不相応な舞台で踊っていることを思い出したわ。魔界神直々に乗り込んでくるだけの事態なら、幻想郷の管理者が動いて当然だものね。
「最後に、明日のお話なんですが幽々子さまから『隠岐奈さまに気を付ける』よう魔界側に伝えてもらうことになっています。魔界人の警戒を向ける相手として最適だそうなので」
「…誰?」
「摩多羅隠岐奈…紫様と同格の幻想郷の管理者です。私も面識はないのですが、豹さんを危険視している管理者の筆頭だと聞いています。豹さんからは、
『麟は奴の御眼鏡にかなう可能性があるから、絡まれても無理に抵抗するな。利用価値がある以上命の危険は無いだろう…紫さんの協力があれば俺でも救出できるはずだしな』
と言われていますので、私たちが気を付ける必要は無いようですが…豹さんの排除を狙って介入してくる可能性はあるのだと思います」
「そうなる前に魔界人をぶつけて共倒れを狙う…か。今後もこういった方向なら援護してもらえるのね」
「でも、あまり当てにし過ぎないでください…紫さまが隠岐奈さまのことをよく知っているように、隠岐奈さまも紫さまのことをよく知ってます。見破られてしまう可能性もありますから」
「わかった。あくまで気休めだと思っておくわ」
これから先は、頼れる相手がもっと少なくなる。裏切り者として動くことになるのだから。
「これ以上は明日ゆっくり詰める方が良さそうね。この家の位置のほかに、今日私が知っておくべきことはあるかしら?」
「いえ、大丈夫です。それでは、外に出て場所を説明しますね」
「それじゃあ、私はお先に失礼しますね。麟さん、ルナサさん。豹さんをお願いします!
藍さまも紫さまも、豹さんを助けたいと思っているのは本気なので!」
「ええ、こちらこそよろしく頼むわ」
「はい、今日は橙もありがとう」
スキマを開いて橙が去る。まだ幼さを残している橙だけど、八雲に見込まれただけはあるわ…こんなあっさりとスキマを利用できるなんてね。
「先に口で説明してしまいますと、ここは豹さんの隠れ家からそれほど離れているわけではありません。ただ、人里に近い位置になるので何者であろうと後を付けられているかだけはしっかり確認してもらえるでしょうか?
…不意を打たれてしまうと、それなりの力があろうと人間でしかない私ではあっさり消されてしまう可能性がありますので」
「もちろんよ。私もまだ内通者というのがバレるわけにはいかない…少なくとも、豹と直接会うまでは、ね」
彼女の…麟のことは今は置いておきましょう。明日、ゆっくり時間を取ってお互い話せばいい。
豹のことを話す麟の表情は真剣そのもので。私と同じように豹に惹かれているのがわかったから。
外に出ると、私でも霊力で結界が張られているのが感じ取れた。人間の少女がこんな森の中に一人住まいとなれば、ここまでやらないと危険ということね。
「ここは人里から見てほぼ真北に位置しています。ここから西北西に向かうと豹さんの隠れ家です」
「思ってた以上に人里から近いのね…たしかに後を付けられているかは注意が必要だわ」
「…豹さんのところに居させてもらえないか頼んだこともあるのですが、断られてしまいました。
呪いが解けたら、人里に戻ってくれって。俺の傍に居過ぎたら、帰り辛くなるだろうからって。
―――頼んだ時点ですでに、手遅れだったのですが」
「…本当に、豹は罪作りよ」
こんな一途な少女すらも、妹分としてしか見なかったということだものね。
「それじゃ、今日はこれでアリスたちと合流するわ。また明日、ね」
「――はい!よろしくお願いします、ルナサさん」
結果的に、人里へショートカット出来た形になるわね。それならとりあえず…慧音にでも明羅のことを聞いてみましょうか。
「また明日…ですか」
いつ以来でしょうか、明日もまた会う約束なんて。
今日は時間の都合で、顔合わせ程度になってしまいましたが。紫様が言った通り、ルナサさんは【調べた私の情報を覚えている】状態で私と会話できていました。
本当に、忘却の呪いが作用していない。
「この幸運を、活かさなければなりませんね」
ルナサさんも、豹さんのために力を尽くしてくれる。
豹さんのことを話すときの表情は、真剣そのものでしたから。
「よろしくお願いします、ルナサさん…!」
人里へ向けて飛び去った背中に向けて、同じ言葉を繰り返してしまいました。