寂しがりやな魔界人の幻想郷逃亡録   作:影就

76 / 289
主人公の過去語り最終幕。


第76話 自ら壊した平穏

―――サリエル様と共に月から帰還して半月が過ぎた。天使が魔界で過ごすことに反発する連中を軒並み黙らせて余裕の出来た俺とユキは、再びサリエル様に助けられていた。

 

「サリエル様ですら完全な解呪は出来なかったか…すまないユキ、俺がしっかりしていれば…」

「兄さんは悪くないよ、あの時はサリエル様を守ってくれてたんだから。

それに完全回復とはいかなくても昨日までよりずっとマシになったからね。サリエル様にはあらためてお礼言わないと」

「そうだな。もう少し魔界が落ち着くまではゆっくりしていてもらいたかったが…世話にならせてもらうか」

 

帰還して二日後、俺たちはユキの魔力の回復が遅いことに気付く。お互いに魔力枯渇寸前まで追い込まれたわけで、一晩休んだだけで全回復するとは思ってなかったためにユキ自身も自覚が一日遅れたのだが…二日休んでも平時の1割にも届かない回復量だったのだ。幸いなことに急ぎの案件は入っていなかったので、神綺様に状況を伝えてユキはしばらく静養させることにしたのだが。

 

「でもまさか、月人の呪いだったなんてね…負傷に留めて救助に数を割かせるつもりだったんだけど、当たり所が悪かったのが多かったのかなあ」

「俺に呪いは効かないからな…その可能性は完全に見落としてた」

 

しばらく静養させても自然回復の速度が一向に戻らなかった。なので魔界でも指折りの白魔導士であるマイに魔力回復薬を2本精製してもらい、ユキと任務遂行直後の俺で服用してみたところ「俺の回復量に対しユキの回復量が1/4以下」という効果が出たことでユキに異常が出ていることが確定した。回復薬に頼ればなんとかなるということがわかったとはいえ、俺の魔力を1本で全回復できるほどの上物…秘薬レベルの回復薬でも複数必要となるとユキ一人のためだけに使うのは各方面から顰蹙を買うだろう。

 

そもそも、マイが協力してくれた理由も【原料費はこちら持ち、パンデモニウムの施設・資料を無償で使用させる】という条件を俺と神綺様が飲んだからだ。夢子はあまりいい顔をしなかったが、長期間ユキに抜けられるのも困るのが理解できていたため反対はしなかった。材料費と施設はともかく、パンデモニウムの資料に関してはあまり多数に開示したくないと考えるのは仕方ない…俺でさえまだ半分も目を通せていないのだ。魔界を出て行った同胞(あにき)たちですらすべてを網羅したという話は聞いていない。魔界を創造するためにあれだけの資料を集め、残してくれた神綺様には感謝してもしきれない。

 

…話が逸れたが、回復薬で強引に全快するのはユキ自身も避けたかったようで。原因は月としか考えられなかったから月絡みの資料をユキに調べてもらい、ユキの仕事も俺がこなすという日々を過ごしていたのだが―――しばらく俺とユキが共に行動していないということをサリエル様が知る方が早かった。

 

「解呪できなかったとはいえ、ユキに及ぼされた効果をすぐに見抜いて弱める…神綺様と肩を並べられるだけあって、凄まじいなサリエル様は」

「なんの見返りもなしに癒してくれたしね。あんなに優しい天使様を実験対象にしようとするなんて…月の奴らは滅びるべきだよ!」

「同感だ…だが俺たちだけじゃ壊滅させることは出来ない。神綺様とサリエル様を中心に、戦力を集めて侵攻する必要がある。

そうするには魔界を安定させてからだ。サリエル様が移住するというだけで悪魔が大騒ぎし出すような状況じゃ、神綺様が留守の間に魔界が内乱状態になるだろうからな」

「だよね…サリエル様には悪いけど、月への報復はずっと先になっちゃうか」

 

サリエル様にユキのことを聞かれて状態を話したところ、直接見せてほしいと言われ連れて行ったら即座に呪いによる悪影響と判別してくれたのだ。丁度居合わせた神綺様も「真っ先にサリエルを頼るべきだったわね~…」と漏らしてたので、白魔導士系の魔法・技能に関しては神綺様よりサリエル様の方が得手ということなのだろう。

 

そしてサリエル様の処置は正しかったことが一晩静養したことで確定したので、今日も引き続きサリエル様の所に向かっている。

 

「わたしの方はこれでなんとかなりそうだけど、兄さんはどうなの?ずっとそうだったから深く気にしてなかったけど、ここまでだとやっぱり何かあるよね?」

「そうなんだよな…生活に使うようなちょっとした魔法なら各色問題なく扱えるのに、攻撃に使える威力になると全滅ってのは異常としか言えないんだが――困ったことに全く心当たりが無い」

 

そして今回のような醜態を繰り返さないために、俺一人でも攻撃魔法を使いこなすために修練を始めたんだが…何一つ成果が上がっていない。

ユキの業務もこなしながらだったから長時間腰を据えて試せてはいないとはいえ、ここまでどうしようもないとは思わなかった。初歩の初歩な攻撃魔法だけでなく、サリエル様から正式に頂いた魔眼すら攻撃的な方向に使うことは出来ずにいる…月の格上相手に通用したように夢子や神綺様すら身動き取れなくさせることが出来たにもかかわらず、即死の邪視に昇華させられる気配が皆無。持ち主のサリエル様すら原因が分からず仕舞いだったのでお手上げだ。

 

まあ、サリエル様のご厚意で俺の力として引き続き左目に宿してはいるのだが…正直言って使いこなせる気がしない。期待に応えられるよう努力は惜しまないが。

 

「神綺様に聞いてみるしかなさそうなんだが…しばらくは手が離せないだろうしなあ。カタマサが研究所にいい武器があると言ってたが、魔界全体の戦力を考えると格闘がメインの俺に回すのは勿体ない」

「武器だとどうしても使い手が限られるから、兄さんが貰っちゃってもいいんじゃない?カタマサの言う研究所だと物理的な武器としても使えるように造られてるんでしょ?」

「そうだとは思うが、研究の成果をほぼ無関係な俺が横から掻っ攫ってくのはマズいだろ」

「カタマサがわざわざ兄さんに話して来たんだし、不良在庫の処分って可能性もあると思うけどな」

 

サリエル様の移住とユキの魔力枯渇が重なったため、神綺様も夢子もここ半月は多忙も多忙。昨日サリエル様のところで聞いてみようとも思ったんだが、そこに来てたのも少ない休憩時間での気晴らしだったから余計な負担を負わせないために止めておいたのだ。サリエル様だけでなく、神綺様と夢子ももう少しゆっくりさせてあげたいんだが…如何せん今の魔界には管理する側の人手が足りない。

 

要するに、俺個人の鍛錬に神綺様を巻き込む余裕なんて無いのだ。

 

「とりあえずは、ユキを通常業務に復帰できるまでに回復してもらえれば少しは余裕ができるはずだ。サリエル様に何か手立てがあればいいんだが…」

「そうだねー。わたしも流石にこれ以上静養なんてしてたら特別扱いが過ぎるってどやされちゃうだろうし」

 

二人でサリエル様の仮住まいに辿り着く。探知用の結界が張られているが、今日も来てるであろう彼女が居れば必要ないだろう…問題は、サリエル様が歓迎してくれるほど、彼女が不機嫌になることだった。

 

 

 

 

 

「また来たー!どうしてヒョウがここに来るのよ!」

「サリエル様に助けを求めに来た。ユキを救うためにな」

「昨日来たばっかりじゃないの!甘え過ぎよ!」

「いや、私から今日も来るように言っておいたんだ。エリス、すまないが下がってくれ」

「え………わかりましたー。手を出されそうになったら呼んでくださいね!ヒョウは見境なしなんで!」

「ひでえ言いがかりだな。俺は兄として皆を支えてるだけだぞ」

「いや兄さん、夢子も言ってるけど距離感はおかしいよ?勘違いする子絶対いるからね」

「フフ、そうだろうな。私にもそうしてくれたからわかってしまう」

「むー…ほんと気を付けてくださいねサリエル様!」

 

不満を隠さずにエリスが外に出ていく。エリスは数少ないサリエル様を受け入れてくれた悪魔だ。一目でサリエル様を気に入ったらしく、仮住まいを建てるスペースや資材は神綺様とエリスで手配してくれた。それを知りこの地ごとサリエル様を排除しようとする悪魔たちも居たのだが、そいつらを逆に始末する際エリスも共闘してくれたおかげで俺たちの消耗を抑えられたのだ。

 

そういうわけで俺からすると感謝している相手なのだが…エリスは俺を良く思っていない。どうもサリエル様を俺が落とそうとしてるように見えるらしく、警戒心MAXなのだ。神綺様の大切な友人として丁重に扱っているだけなのだが…気に入られようと媚びている風に見られているようだ。

…まあ、俺は兄として振舞うのが普通なので、年長者として対応する相手が魔界にはサリエル様以外には神綺様しかもう残っていない。そのせいでエリスからはそう見えているんだろう。

 

「―――どうやら、少しは影響を抑えられたようだな」

「はい!とっても助かりましたサリエル様!」

「いくらお礼を言っても足りません。俺では手の施しようがなかった…本当にありがとうございます」

「気にしないでいい。返しきれない恩があるのは私の方だ。

だからこそ、完全に解呪できないのが情けない。ラファエルに次ぐ癒しの天使と呼ばれていたのにな…

傷を癒すこと、生死を司ることに特化し過ぎて、呪いのように肉体に作用しない事象に関しては私もまだまだ知識不足だったのを認めなければならない」

「いえ、そこまで気になさらないでください!これだけ良化しただけでもだいぶ違いますから!」

 

実際、俺とユキどころか神綺様さえ呪いの存在に気付けなかったのだ。サリエル様がいなければユキの魔力が回復するのは半年ぐらいかかってもおかしくない状態だったのだから。

 

「だが、この件で逆に私の決心がついてな。解呪に関して心当たりがある…そのためにしばらくここを離れることにした。神綺にも許可は取ってある」

「「えっ!?」」

 

予想もしなかった言葉がサリエル様の口から出て来て、思わずユキと声が揃ってしまった。

 

「過去・現在・未来の知識を持つ堕天使グシオン。月の支配を捨てた私も最早堕天した身―――同類だ。今の私であれば知恵を貸してくれるかもしれん。むしろ、拒むのであれば脅してでも聞き出すさ。罪を犯した天使を堕天させる役目も私が請け負っていたのだ…そう簡単に遅れは取らない」

「わ、わたしのためにそこまでしていただけるんですか!?」

「気にするな、と言っただろう?それに下界がどうなっているのかも知っておきたいからな、私自身のためでもある。エリスも供として付いてきてくれるそうだ」

「それなら安心ですが…本当にそこまでして頂いていいのですか?なにか俺に出来ることがあれば引き受けますが」

「フフ、その気持ちだけで嬉しいよ。神綺も良い漢を育てたものだ。

―――そうだな、帰って来てユキの呪いを完全に解呪したら何かお願いするかもしれん。頭の片隅にでも入れておいてくれ」

「わかりました。その時は必ずお応えします」

「神綺の協力もあるからな、長くなっても3日で戻って来る予定だ。今すぐ回復させることは出来ずすまないが…時間をくれ。必ずその呪いを解く」

「お待ちしてます。心配するのが失礼かもしれませんが、サリエル様もお気をつけて!」

「俺も無事を祈ります。お気をつけて」

「ああ、月で慢心を思い知ったからな…もう不覚は取らないさ。ヒョウもユキも、安心して待っていてくれ」

 

 

 

 

 

 

「なんだか畏れ多いなあ…サリエル様直々にわたしのために動いてくれるなんて」

「そうだな…だが俺たちじゃ手に負えない呪いだったんだ。お言葉に甘えさせてもらおう」

 

エリスを連れてサリエル様が空間魔法で開いたゲートに入るのを見送ると、思わずといった感じでユキが言葉を漏らした。正直に言って俺も同感だが、ありがたくご厚意に甘えよう。

 

そのまま家に帰ろうとしたところで、こないだ世話になった少女がこちらに飛んできた。

 

「………ここにいたのね。ヒョウ、カタマサが呼んでるわ」

「ん、マイか。この前はありがとうな、あんな秘薬レベルの魔力回復薬を精製してくれるなんて思ってなかった」

「うん、神綺様も満足してたよ!施設を貸した価値はあったって!」

「…そう。感謝してるなら、またパンデモニウムの資料を閲覧できるよう融通して」

「ああ、俺が手を回せる範囲ならどうにかしよう。

 それで、カタマサは何処に俺を呼んだんだ?」

「研究所。なんなら案内するわ、できればユキも付いてきて」

「え、わたしも?まあいいけど」

 

―――サリエル様の言葉は、頭の片隅どころか俺の心にしっかりと刻まれることになる。

果たすことの出来なかった、約束になってしまったのだから。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。