寂しがりやな魔界人の幻想郷逃亡録   作:影就

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この作品において原作キャラで一番扱いの評価が割れるであろうマイ。
書いてる側としてはとても楽しいキャラなのですけれど。


第80話 氷雪世界の護り手たち

「………待ちなさいヒョウ。ユキからよ」

「ユキから?」

 

ハルバートを背負いパンデモニウムに向かおうとしたヒョウを呼び止める。

 

「この短時間で弾丸として使える状態まで精製し終えた分。相変わらずヒョウが絡むと仕事が正確かつ早い。

妹に好かれるのも大概にしておきなさい」

「そう言われてもな…ユキが良い相手を連れてくれば応援するぞ。だが結ばれた後でも俺とユキで任務に当たることは多くなるだろうし、疎遠になるわけにはいかないだろ」

「………はぁ

 

小さく呆れの溜息をつく。相変わらずこの兄妹は…これだから周りが諦めきれなくなる。

この無自覚限界社畜兄妹はお互い背中を護る同士として誰一人割り込めない世界を創ってるくせに、お互い兄妹としてしか見ないせいで男女として結ばれることを欠片も考えていない。そのせいで「ワンチャンある…!」と好機を待ち続ける被害者を結構な数作っている。

 

精神面も大きく影響する魔法使いにとって失恋というダメージはそこそこ重いわ。重要な実験の際にそのダメージを引きずって来た後輩が居たせいでそれを知った私としては、さっさと相手を作るか本気になられるような態度を控えろと言いたい。

 

「………とりあえず、あんたらが全員出たらユキごと工房を封鎖するわ。終わるまでは閉じ込める形で守ってあげるから、さっさと終わらせて」

「…簡単に言ってくれるな」

 

それはそうよ。私はこの反乱を利用するだけなのだから。

 

 

 

「私はどう転んでもいいように動く。そのためにユキは使えるのよ。

 だから、ユキの心配はいらないわ。自分の心配をしなさい」

「…ハッ、それでこそマイだ。

 ――ユキを、頼む」

 

 

 

ヒョウも私の目論見を理解して、逆に迷いが一つ無くなったようね。

こんな状況ですら私に「頼む」と頭を下げられる。本当にこういうところが被害者を増やす…いい加減自覚しろよスケコマシ。

…口に出したところでこの男が変わるとは思えないから言わないけど。他の推測はともかく、恋愛感情に対するヒョウの淡白さは能力による悪影響だと私も思う。

 

行動指針が護衛として一貫してるせいで、いわゆる【お姫様願望】持ちな小娘の琴線に思いっきり触れる。ただしそれは感情的な行動ではなくビジネス的な行動だからヒョウにとっては任務の一環でしかない。そのくせ片腕で抱えて逃走したり、任務完了後も襲撃者側の情報を提供したり、お礼の品などを送られると手紙付きで贈答品を返したりとアフターケアも律儀に応対するせいで勘違いを加速させる。

 

護衛任務に関しては《不要なところでも手を抜かず》被害者を続出させておいて《これも仕事の内》としか思わない…行動に対し向けられる感情を予測せず【護衛】として尽くす。そして、ヒョウ本人は【精神的な影響を受けない】。

恋愛に対し片想いを拗らせた夢見がちな少女を次々爆誕させる傍迷惑なスケコマシ。妹のユキでさえ「そのうち後ろから刺される」と評したわ。

 

(そういう意味で、人気取りの支配者に据えるのは悪くない。これ以上被害者を増やさないために、ハーレム作らせてその人脈による一団に面倒な内政・外交を押し付ければ護衛に出る暇なんてなくなるでしょうし)

 

私は研究に専念出来る立場に就きたい。それも、パンデモニウムの膨大且つ貴重な資料を自由に出来るほどの高位に。

神綺様は組織の運営にあまり興味が無いから、有能な限界社畜二人のどちらかが欠けただけで今の魔界はガタガタになるということを実感していない…神綺様本人と夢子さんにヒョウ。この三人に負担が集中し過ぎているのを分担・調整すれば高位の立場を増やせる。

 

この反乱で、それがハッキリするから。私はその新設されるであろう高位を狙えばいい。

 

「任せなさい」

 

パンデモニウムに向け飛び去るその背中に。私にしては珍しく…ちゃんと聞き取れるだろう大きさの声をかけてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

会季もよくここまでかき集めたなあ。実験の触媒として使うには加工が必要な形状の鉱石や、魔力伝導が不安定で魔力的な価値の低い宝珠。既に実験に使用されて強度や滞留魔力が厳しい残骸まで工房の保管室に確保してあった。

 

「たしかに使えるのもあるんだけど、もう少し整理されてないと時間がかかり過ぎるよ…

わたしが勝手に仕分けちゃってもいいのかな?」

 

とりあえずわたしが魔法を仕込めばすぐ弾に出来そうなのが一目で5つ見つけられたから、兄さんの援護に多用する魔法を組み込んでマイに持って行ってもらったけど。それを引っ張り出すためにちょっとよけただけでも加工しなきゃ使えないもの・再利用するために残留魔力を放出しないとダメなもの・流石にこれは廃棄って感じで3つに仕分けられる。どれだけ乱雑に山積みしてるんだか…

 

(それにこれ以上わたしが魔法を組み込むと魔力回復がまた遅れそうだし…マイは見返り無しで兄さんの戦力強化に協力はしてくれないだろうしなあ。仕分けか加工ぐらいしかできることないんだよね)

 

兄さんのために多用するからこそ、兄さんが一緒に魔力消費軽減術式を組み上げてくれて。これを行使することでわたしと相性が良い属性である黒・赤・青系統の魔法なら、ほぼ魔力消費は3割減で済むようになった。

…まあ、そこまでやってもこの前の月みたいにほぼ枯渇まで行くこともゼロじゃないんだけどね。あれは流石に相手が悪かっただけだと思いたい。いつか兄さんと共にアイツらを超えられるようにならなきゃ。

 

「あのハルバート、兄さんなら使いこなせる。わたしを頼ることが減っちゃうのはちょっと寂しいけど…逆にわたしが兄さんをもっと頼れるようになる」

 

それがよく分かったから、サンプルとして渡されたシリンダーに合わせて加工。シリンダー内の空洞の直径じゃなくてシリンダー自体の直径がハルバートの口径とほぼ同じって時点で、相変わらず使い手を選ぶ武器なのがよくわかった。要するにサンプルのこれより大型化したってことよね…会季は相変わらずよホント。

 

加工した5発分の弾丸にわたしが魔法を仕込んで完成。

…ただしわたしの魔力がもうギリギリ。半分どころか平常時の3割ぐらいしか回復してなかったところに、魔力消費3割減とはいえ兄さんの戦闘に見合うレベルの上級魔法を5発分弾丸に凝縮したらそりゃーまた魔力枯渇しかけるよね。効率は悪いけど魔力回復薬でなんとかなるのと、サリエル様のご厚意に甘えるつもりだったから兄さんのこと優先しちゃったけど。

 

そういう状況だから魔力を使う実験や製造に関して、今日のわたしはもう協力できないわ。だからここにいても出来ることは仕分けと加工ぐらい。でもここに保管してある在庫を全部兄さん用の弾丸に加工するのはマズそうだから、結局今の私に出来る作業ってこの山積みの仕分け一択になっちゃうんだよね…

 

(カタマサ相手の手合わせじゃ、そう簡単に兄さんが戻って来ることは無いだろうし。魔力がほとんど回復してないわたしがそっちに行っても手伝えることなんてないしなあ)

 

結論、おとなしくこの山を仕分けてどこまで兄さんの報酬にしちゃっていいのかを会季に確認するぐらいしかやれることがない。

 

「こういう細かい作業はわたし向きじゃないんだけどなー…仕方ないか」

 

マイも兄さんに弾丸を渡したら別の実験室で作業するって言ってたし、しばらく戻ってこなさそう。なら、仕分けをしながら…兄さんのことを少し整理してみよう。

 

(ここ半月、お仕事ほとんどお願いしちゃったからなあ。その分家事や月の資料探しと並行できたパンデモニウムの事務仕事はこなしてたけど…兄さんの攻撃魔法に関しては全然手伝えなかった)

 

今までは、役割分担という形でわたしが使っていた攻撃魔法。元々兄さんは苦手なのがわかってたし、得意な空間魔法なんかは魔力消費が重いから兄さんの魔力は極力温存するのがわたしたちの戦闘スタイル。それでなんとかなっていたんだけど、月ではそれが通用しなかった。

…兄さんは己の無力なんて言ってるけど、そんなことない。あの時の兄さんは、意識を失っていたサリエル様をずっと守っていたのだから。結果的には間に合ったけれど、本来であればわたしと兄さんが同時に月に乗り込むべき案件だった。

 

サリエル様が窮地に陥ったことを神綺様が察知していなかったら兄さんが迎えに行く前に終わっちゃってたし、わたしが追い付かなきゃ兄さんごとサリエル様も捕まっちゃってたと思う。そしてサリエル様がいなかったらわたしと兄さんは神綺様が間に合う前にやられちゃってた。

 

兄さんが無力だったんじゃなくて、月の実力者が規格外過ぎた。わたしや兄さんのように【不足部分を兄妹(あいぼう)が補う】ことが必要なレベルじゃ力不足だっただけ。

 

アイツらに近付くには、わたしも兄さんももっと強くならなきゃならない。そして、お互いに背中を護り合っていたからこそ、何が不足しているのかは理解できている。

わたしなら、兄さんに頼り切りな守備面や状況判断能力の向上。

兄さんなら、わたしに頼り切りな攻撃魔法の習得。

 

(でも、ここまで兄さんが攻撃魔法を使えないのは絶対におかしいよ。少なくとも、わたしたち兄妹のルーツに近い青系統…水属性や氷結属性は使えると思ってたんだけどな)

 

ヒョウ()ユキ()。今となってはわたしと兄さんが最年長の魔界人になっちゃったからあまり知られてないけど、わたしと兄さんの名前は氷雪世界から取られてる。攻撃魔法を除けば、兄さんも青系統の魔法は得意なのに…

わたしは最高位の黒魔導士として白系統の魔法以外はだいたいこなせるから、兄さんが青以外どれに適性があるのかぐらいは判断できると思ってたんだけど、まさか各系統・属性関係なく一律で攻撃魔法がダメだなんて思わなかった。

 

(こればっかりはやっぱり神綺様に聞くしかないんだよね…でもここ半月ずーっと静養って名目でお仕事免除してもらってたわたしが、忙しそうな神綺様に個人的な時間を取ってもらうわけにもいかないしなあ)

 

 

 

―――そんなことを考えながら仕分け作業を並行してたせいで、わたしは周囲への警戒が少し甘くなってしまってたから。工房が外から魔力で封鎖されたことにしばらく気付けなかった。

 

そして、あの時精製した弾丸を自分で兄さんに渡しに行かなかったことを…とても永い時間、後悔することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

パンデモニウムに向け氷雪世界を飛ぶ。決心が鈍るだろうからユキと顔を合わせずに会季の研究所を出たが、やはり俺の甘さはどうあっても捨て切れないらしい。

 

氷雪世界の川辺、視覚的にも魔力的にもそう簡単に発見されないよう細工してある俺とユキの家。

視界に入ってから、視界から外れるまで。目を逸らすことが出来なかった。

 

(…迷うなよ。心からの全力を尽くさなければ、俺の求める勝利は得られない)

 

神綺様を、敵として認めなければ。俺は全力を尽くせない。

勝利を、この手に掴めない。

 

「…ユキには、ちゃんと謝らないとな…」

 

こんな精神状態では神綺様に勝てるはずもない。俺は、何を迷っている?

未練を捨てるには、どうすればいい?

 

(―――ここも、俺の未練になるのか。ユキが大切な妹であることを、その名で示す地。

なら、俺がここを離れているときも…守護してくれる存在を創ればいい)

 

運が良いのか、その力を持てそうなモノを感知できた。

俺の勝手に巻き込んで悪いが…縛り付けさせてもらおう。

 

『彷徨える魂よ。我が求めに応えその姿を象れ』

「………?」

 

この世界を象徴するような蒼髪の少女が、俺の魔力によって顕現し…赤い瞳で俺を見つめる。

 

「この氷雪世界から出ない限り、君はこの地に護られる。

 その姿で、好きにするといい。俺の事は、ユキに聞いてくれ」

「………」

 

雪のような白い衣服を纏った、氷結世界の守護霊。

自分勝手な反逆者の、悪行の始まり。

 

迷いと未練を振り切るように、俺はパンデモニウムへの速度を上げた。

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