サラにすぐ接触できたので、それほどの時間をかけず訓練場に着く。誰ともすれ違わなかったのは幸いだったな…
神綺様も乗り気だったからか、既に開錠されている。この扉の先が、俺の戦場。
(今はただ、俺の欲望のままに。
求め続けた、勝利を…!!)
扉を開く。迷いなど今は忘れてしまえ。ただひたすら、闘争本能のままに。
「……お待たせしました、神綺様」
「ぜ~んぜん待ってないわ!ヒョウくんが付き合ってくれるのは久しぶりだし、楽しみましょう!」
好都合。神綺様はまだ、俺の事を信じ切ってくれている。
たった一度だけ、俺に使える奥の手。
裏切りという、最低な騙し討ち。
だからこそ、護衛としての俺を信じ切ってくれている神綺様への、効果は絶大。
そして…その好機を作ってくれる
「ええ、遠慮なく。
試し撃ちなので加減できません、ご容赦ください!!」
「どんと来なさい!しっかり受け止めてあげる!」
ハルバートを構え突進する俺に対し、神綺様は白翼を展開――美しき翼と共に光弾が降り注ぐ!!
今こそ、渇望を満たす時――!
「悪いな。しばらく寝てろ」
「うっ………」
門番の鳩尾に突きをくれて黙らせ、開閉装置部屋に放り込んでおく。鍵は…見当たらえねえな。流石に服をひん剥いてまで探す余裕はねえし、終わるまで起きないのを願うしかねえか。
「会季、俺の突入は成功。夢子は任せるぞ」
『了解。武運を祈る』
残りの突入組も続いてくるのを確認し、北の制御装置部屋に急ぐ。ここからはスピード重視だ。ヒョウも、会季もオレ達次第で負担が減らせる。そして交戦状態となった際に双方の被害を最小限に留めるための、オレの単独行動だ。
オレじゃまだ夢子どころかヒョウにもかなわねえが、格下相手に無双できる程度の腕はある。手加減することで命までは取らないことができるぐらいにはな。
護衛であるヒョウのもう一つの仕事…粛正。ヒョウはそれをこなしてるからこそ、苦しませず一撃で葬り去ることに慣れすぎちまってる。夢子に至っては今の魔界では神綺様に次ぐ魔界人最強。手加減しても死なせちまうことの方が多いだろう。
つまりだ…この反乱で犠牲者をいかに少なくできるかはオレ次第。首謀者がなに甘っちょろいこと言ってんだと会季は言うだろうが…ヒョウを支配者に据えた後のことを考えるとパンデモニウムに詰めている優秀な人員は犠牲にしたくねえ。俺は魔界を滅ぼしたいんじゃなく、変えたいだけだからな。
ただし!いかに優秀な人材だろうと今の歪な管理体制を利用して私欲を満たすゴミと、異界と交信できるだけの力量がありながら魔界を利用する方向にしか考えないクズは別だ!神綺様の緩い組織運営を利用することだけを考える悪臣は、この機会にオレが一掃する!!
「そういうわけだ、お前らは今ここでくたばれ!!」
無断で異界と接続を試みていた空間魔導士二人。会季の情報網に引っ掛かった異界相手の密売人。
神綺様の精製した秘薬の在庫を偽装したり、生物実験用の異界人を内密に召喚したりして荒稼ぎしている強欲なクソ野郎共。そして、オレが実験室に入ろうが気にせず空間魔法の行使を止めようともしない、立場に慢心しきったド素人だ。
「ぐえっ」「あがっ」
魔法を使うまでもない。ヒョウのように、腕力だけで始末できる…右手で頭を握り潰し、左手の手刀で首を切り落とす―――気分のいいもんじゃねえな。ヒョウは、こんなクソみてえな仕事までこなしてたのか…
ヒョウも神綺様も甘過ぎるほど優しいから。反抗さえしなければ滅多に粛正なんてしない…だが、それを利用して上層部に入り込み、私欲を満たすことに精を出すこいつ等みてえな有能なアホも増えてきちまった。次世代が増え続けていることで魔界の拡張・整備を優先に動いているせいで、そういった奸臣共の排除まで手が回せてねえ。
この先魔界が荒れれば、保身のためにヒョウどころか神綺様や魔界そのものすら売り渡すカス共も出てくるだろう。管理する側なんてめんどくせえから、パンデモニウムから距離を取ってたオレだからこそ見えちまう危険分子だ。
(だからこそ、魔界ごと変えなくちゃならねえ。
神綺様の理想だけじゃ、もう保たなくなっちまってる)
この反乱が成功するにしろ、失敗するにしろ…管理する側は変わらざるを得なくなる。
今ここでオレが、さっそく二人も粛正したんだからな。
「これで正真正銘、オレは反逆者だ!
さあ、今の魔界を変えたくないなら…オレ達を止めてみやがれ!!」
これが、オレの決別だ!
「うわっ!」「くそ、またやられた!?」
(――5人目!でもこれ以上は無理ね。何が起こってるのよ!?)
ヒョウさんが気を使ってくれたおかげで気が楽になったわたしは、休憩室で一服し終えて正門に戻ろうとしたんだけど…侵入者と鉢合わせした。まさか問答無用で先制攻撃されるなんて思わなかったから、わたしも思わず全力でやり返しちゃったんだけど…そのせいで多勢に無勢状態に。狭い廊下で1対3が限界だったおかげでなんとか立ち回れてたけど、どう考えてもこいつら全員を抜くのは無理。となれば…!
「これで!」
「なっ!?しまった!」「ちぃっ、やってくれる!一度道を作ることを優先するぞ!」
天井と壁を崩して足止め。わたし一人でどうにかなる事態じゃないなら、一度逃げて態勢を整えないと!
(こいつら明らかに何か目的がある。となると、わたしの判断で動くのは危険…)
全力で後退しながら緊急用の魔法具でどこに飛ぶかを考える。指示を仰ぐのであれば神綺様が確実なんだろうけど、訓練場にいるから空間魔法で飛ぶことが出来ない。直接向かうのもこの規模でパンデモニウムに目的を持って侵入されてる以上、移動中に鉢合わせるリスクが怖いわ。
丁度考えをまとめるのに都合のいい部屋があったから、入って中から鍵をかけちゃう。わたしは門番…施錠魔法と解錠魔法はお手の物。夢子さんでもこの魔法を解除するのは手こずった実績ありだから、考える時間の余裕は出来た。
(神綺様のところに飛べない以上頼るべきは夢子さんなんだけど、さっき例の連中を連れて外に出ちゃったわ。だから思いっきりパンデモニウム警備のお仕事を放棄する形になっちゃうのよね…その間にこいつらが目的達成しちゃう可能性もあるのがなあ)
戦ってみた感じ、本気の殺し合いは避けたがってたっぽいのよね。だからこそ5人抜きとか出来たんだけど。逆に言うと警備の排除より優先すべき目標があるってことだわ。
(わたしは今まで支給されたこれを使う危機が無かったからこの手を打てるんだけど、夢子さんがまだ使わずに持ち歩いてるかどうかがわかんないんだよね…もしもう使っちゃってたら、戻って来る時間のリスクがある)
夢子さんを連れて来ても、間に合わなかったら意味が無い。でもわたし一人じゃ訓練場まで辿り着けるかすらも怪しい。
…今のパンデモニウムで、一番頼れるのは…
(ヒョウさん、だよね。
ヒョウさんが神綺様の側にいる以上、神綺様の心配はいらない。
なら、わたしが向かうべきは…!)
―――彼女のその信頼は、すでに裏切られていたが。
彼女の行動こそが、反逆者たちにとって最大の誤算。
「―――夢子さんっ!緊急事態です!!」
パンデモニウムを出て氷雪世界が見えてきたところで、サラが突然現れ呼び止めて来た。
「何があったの!?」
先輩が信頼できる相手にだけ渡してくれた空間魔法具…先輩とユキだけが使える召喚魔法をダウングレードして腕輪に封じたもので、同じものを渡された相手の元へ空間移動できる。ただし距離が遠くなるほど消費魔力が増えてしまうから、交戦状態で使うのはハイリスク…基本的に緊急脱出以外には使うなと言われてる。つまり、一刻を争う事態だということ!
「パンデモニウムに侵入者です!5人は撃退しましたが、わたしが遭遇しただけでも15人ぐらいはいたかと!
神綺様とヒョウさんは訓練場で始めてるはずなので、夢子さんを呼び戻しに来ました!」
「なっ…!?お前たち、これが目的だったのね!」
「ち、違います!何のことだかわかりませんわ!」
「夢子様を連れ出すためだけに、大火事なんて冗談にならないことはいたしません!」
二人が即座に反応する。残りの二人も必死の形相で首を振っている。
――これは嘘じゃない。この面倒な連中は、理解できないことを繰り返すだけあって単純。隠し事なんて出来るはずもない。つまり、侵入者がこいつらを利用したということ…!
「やられたわねっ…!誰か残ってるかしら!?」
私も先輩に貰った腕輪を取り出し、パンデモニウムに誰かいないかを探る……一人だけ居た!時間短縮が出来る!
「サラ、付き合いなさい!」
「もちろんです!わたしからこそお願いします!」
「えっ!?夢子様、私達は!?」
「後で余裕があれば向かうわ、自分の後始末は自分で付けなさい!」
「「「「そんな!?」」」」
空間魔法具を起動!サラの手を握り強引に二人でパンデモニウムへ飛ぶ…!
「―――っ!?何が起こった!?」
「所長?」
夢子さんがこちらに向かって来たのを察知した時点で、愚者共の掃討に回っていた部下は呼び戻し迎撃の準備を整えたのだが。
途中で夢子さんの反応が消え、瞬時にパンデモニウムに戻っている!?空間魔法で即座に引き返したのか!?
「陽動は失敗だ!夢子さんが引き返した、全員戦闘に影響が出ない程度の最高速でパンデモニウムに向かえ!本隊との挟撃で夢子さんを捕らえる!」
「「は…!?りょ、了解!!」」
言うが早いか飛び出す、なぜ見破られた!?一度こちらに向かって来たのがフェイク?いや、奇襲される前の時点でそんなことをする必要は無い。夢子さんの実力があれば、警備の人員を率いて迎撃すれば問題なく撃退できるのだから。
「カタマサ!夢子さんが引き返した!理由は不明、我々は全速力でそちらに向かう!」
『なんだとぉ!?』
「装置の起動は各班に任せろ!カタマサが夢子さんを足止めしてくれ!
こちらが挟撃する側に回る!」
『クソったれ…!急いでくれよ!』
「当然だ!」
「うああぁぁぁっ!!」
「………は?」
思わず間抜けな声が出てしまった。油断してたと言うほかない。
外から封鎖した工房の方からユキの絞り出すような絶叫が聞こえた。まさか、強引にこじ開けて脱出した?
(ちょっと…何考えてんのよあのブラコン!?いやそもそもどうやってこじ開けたのよ!?)
計算外にも程がある。魔力が回復しきってないのにヒョウの弾丸精製を優先してたから、また魔力枯渇寸前まで減らしてたはず。それを考慮に入れないでもここに来た時点でのユキの魔力残量で開錠できるはずがない。しかも開錠じゃなくてこじ開けたような声。つまり開錠するより多量の魔力を使っているはず。
どうやってそんな魔力を得たのよ?
「まさかっ!?」
「止めに行かないと!」
…予備戦力として残された二人が確保に向かったけれど、これは不味い。魔力をどう回復したのかを気にしてる余裕なんてないぐらい不味い。
(ユキは終わるまで動かないのが大前提…!どう転んでも問題になる!)
あのスケコマシは救えないレベルのシスコンでもある。ユキを切り札にすることで反乱側が手駒にしているのだ。
始末すれば兄が復讐の鬼と成り、連れていくには今の魔力残量では足手まとい。だからおとなしくしててもらう必要があるのに、なんて無茶を…!
(…ああもう!こうなった以上私も動く必要がある。
「くっ…出れはしたけど!?」
さすがに無理が過ぎたかな…!兄さんと二人で精製した最後の砦の魔力回復薬を使い、工房内に残っていたモノの片っ端から残留魔力をかき集める。それをわたしの魔力ごと魔力増幅術式で瞬時に爆増させ、わたしの血で扉に刻んだ破壊魔法の術式に送り込むことで扉ごと封鎖領域を破壊した。
だけど、回復薬の効果は減衰してる上にかき集めた魔力はバラバラ。それを強引にわたしの魔力と一時的に同化させて増幅させた上に、術者本人の血という禁じ手まで使ったからわたしの肉体・精神共にかなりの負担が掛かっちゃった。たぶん、サリエル様に呪いを解いてもらえても前の魔力量までは回復できなくなったかもしれない。
(でも、じっとしてるわけには…!)
体が重い。それでも、兄さんのところに行かないと…!
とりあえず、飛べるだけの魔力でいいから回復させなきゃ…と思ったところで。
「ユキさん!?何しているんですか!?」
「無理しないで大人しくしててください!ヒョウさんは必ず戻って来てくれますから!」
「――何を知ってるのよ?聞かせなさい…!」
たしか、カタマサの部下?普段のわたしならこの二人同時に相手してもおとなしくさせられるけど、今の状況じゃ…!
もう手詰まり!?と思ったところで。救いの手が差し伸べられた。
「きゃあっ!?」
「え…うっ!?」
「………ちょっと寝てなさい」
「…マイ?手を貸してくれるの?」
思いっきりマイが後ろから不意打ちして、二人ともあっさり気絶しちゃった…
そして迷わず片割れの服を漁り始める。
「ちょっ…!?何してるの!?」
「………魔法使いなら緊急用の魔力回復薬は常備してる。そっちはユキが探しなさい。
少しでも足しにしないと、飛ぶことすら出来ないでしょ。
ヒョウのとこに向かう途中で話してあげるから、今は急いで」