「よお、夢子。どうしてすぐ帰って来た?」
「サラが呼び戻してくれたからよ。それで、カタマサは何をしているの!?」
カタマサ…肉弾戦においては先輩と並び魔界最強と目される猛者。パンデモニウムからは距離を置いているけれど、先輩と親しいから異界との抗争には惜しまずに協力してくれていた相手。
何故、こんなことを始めたのかが全くわからない。予想すら出来なかったからこそ、ルビーも不意を打たれてしまったのでしょう。
「魔界を変えに来た。
なあ夢子、ヒョウとお前さんには負担がかかり過ぎだ。
それを少なくするからよ、手を貸してくれねえか?」
…何を言い出すかと思えば。
「この程度、私にとっては負担じゃないわ。神綺様が私を信頼して任せてくださったのだもの。メイドとして信頼に応えるだけよ」
「そう返って来るとは思ってたぜ…あのな、夢子がそう思ってても、周りはそう思ってねえんだ。
パンデモニウムが人手不足なのはよく理解してんだろ?その原因はヒョウと夢子が働き過ぎだからだ。お前らぐらい働くのはイヤだって思われてんだよ。それをオレ達が変える…どうだ?」
「耐えられないなら採用する理由が無い。先輩と私は問題なくこなせているのだから。
それに―――私は神綺様の従者として、魔界に害を及ぼす者は見逃せない!」
周りがどう見ようと関係ない。私にとって、神綺様の理想は絶対…それを貫いてもらうためにこの身を尽くすだけ。
それを妨げる者は…たとえ
(後輩として、先輩の悲しみを少しでも和らげるためにも…
カタマサを、先輩に粛正させるわけにはいかない!)
先輩からも、頼まれていること…二人目の粛正請負人としての経験。先輩はあくまで護衛が本来の役割…護衛として鍛え上げた技術が魔界人を葬ることにも有用だったがゆえに兼務してくれていた。でも、次世代が増え続けると同時に粛正すべき
―――精神的にキツい仕事だが、やれるか?夢子。
そうか、助かる…あらためて、これからも頼む。
攻撃魔法が不得手だというのに、神綺様の護衛として魔界でも最上位の実力を持つヒョウさん。私の方が実力は既に上と言われているけれど、戦闘以外…特に精神面はまだまだ私は先輩に敵わない。
神綺様のメイドとして傍仕えするための心得や、魔界全体を支えるために必要な情報や技術を一から私に伝えてくれた先輩が…頼む、と。
私の手が回らないところを率先してフォローしてくれていた先輩が、初めて
(少しでも先輩に近付くために――今、ここで!)
「カタマサ、退かないのであれば…私がここで粛正します!!」
「ったく…忠実なメイドであり過ぎだぜ。
全力で行くぞ!お前に勝つには手段を選べねえからな!!」
(…ユキさんに、マイさんまで!?どういうことだ!?)
計画通りに進むことなんて滅多にない。それは重々理解していたつもりだが、ここまで予定外が重なるものか!?夢子さんへの陽動失敗の可能性はいくらでも考え付くが、この状況は考えもしなかった。
まさか、全て終わるまで大人しくしていてもらう予定のユキさんが脱出して戦場に向かってしまうなど…マイさんの魔力を察知できたから辛うじてユキさんも拾えたというほどの弱々しい魔力。あんな状態で戦場に向かわせるわけにはいかない…マイさんは何を考えている!?
(しかし、ゆっくり考える余裕は無い。ユキさんは間違いなくヒョウさんを止めようとしている。顔を合わせてしまえばヒョウさんは迷うだろう…こうなったら仕方ない…!)
最優先すべきはカタマサの援護。ヒョウさんと神綺様はお互い仕留めるところまではやらないからだ。ゆえに、私が取るべきは。
「各員聞け!ユキさんが脱出しており、マイさんも止めようとする気配が無い!この速度なら間もなく追い付くが、二人は私が押さえる!
お前たちはカタマサの援護を優先、妨害されない限りはそのままパンデモニウムに向かえ!神綺様か夢子さんを捕らえたら私の援護に戻って来い!」
「所長!?一人では無理です!」
「優先順位を間違えるな!我々の目標である【神綺様の確保】さえ達成すれば、夢子さんもユキさんも降ってくれる。そのために戦力が必要なのはパンデモニウム隊だ!
今のユキさんは戦闘に耐えられない。マイさん一人の足止めだけなら、私一人でもなんとかなる。逆に、カタマサ一人では夢子さんを完全には止められん!」
「――了解!所長、ご武運を!」
部下とユキさんをぶつけるわけにはいかない。今の状況で部下たちが再度捕らえようとすると、ヒョウさんが我々を見限ってしまうからだ。今の状況でユキさんを止めるには、ヒョウさんより事情を知っている相手に意識を向けさせる以外に方法が無い。
すなわち、私だ。私一人でユキさんとマイさんを足止めしなければ、ヒョウさんという首領を失ってしまう。ユキさんは魔力が半分も回復していないとはいえ、格上二人が相手…勝利どころか、長時間粘ることすら難しいが。
(やらなければな…もう後には退けんのだ!!)
はあ…後ろから見てるだけで勝ち馬に乗るなんて楽は許されない、か。流石はヒョウの妹…あの魔力状況で戦闘に加わる気満々なのは見上げたものだけれど、その護衛を優先しなければならない私の身にもなってほしいわ。
(まあ、ユキに止めを差したら終わりなのはあいつらも理解できてるし、最悪の事態にはならないだろうけど。
裏切った私には容赦なしよね…そこが厄介)
カタマサはともかく、会季相手なら骨は折れるけど負けはしない。ただしこの状況、後が無い反乱側は死力を尽くしてくる。格下の奴等にも油断と慢心は絶対に出来ない…となると、こいつを上手く囮に使いたいわね。
「ツララ、前衛は任せるわ。しっかり援護してやるから、後ろは気にせず突っ込みなさい」
「わかった…」
あのシスコンの置き土産…氷雪世界の守護霊。相変わらず攻撃魔法以外は息をするようにハイレベルな魔法を行使するわね。戦闘経験は皆無でしょうけれど、これだけ強くこの地に縛り付けられていればそう簡単に消滅はしない。つまり都合のいい盾役になるわ。
私と組まされたのが運の尽きよ。恨むなら勝手な都合でここに縛り付けたあの兄妹を恨みなさい。
―――頭の中で考えをまとめ終えてほどなく、迎え撃つべき相手が追い付いて来たわ。
「―――マイさん、これはどういうことです?」
「………見ての通りよ。ユキが動いたから、私は裏切った。ヒョウに『任せなさい』と言い切ったからね」
「随分と迂闊な…そのユキさんはどうしました?」
「家に一度寄って魔力回復薬をあるだけ使ってくるそうよ。話を聞く限り、そうしたところで戦えるとは思えないけど。
まあ、こうなった以上あんたらを進ませるわけには――っ!?」
慌てて牽制の光弾をバラ撒くけどもう遅い。そう来るとはね…読みが甘かった!
「………まさか、あんた一人でやり合う気?」
「戦力を集中するには、これが最善策なので。我々が勝利するために一番時間がかからない方法は、協力していたマイさんならわかるでしょう?」
「……まあ、全体で見ればそうなるか。でも正直、あんたがこんな作戦で来るとは思わなかったわ」
こいつ、自分を囮に部下をパンデモニウムに向かわせた。たしかに、ここから一発逆転を狙うなら神綺様をヒョウが捕らえるのが一番現実的…!
「そうでしょうね。私は後方支援を得意とする陰謀家…前線に出ること自体が稀です。
―――ですが、私もヒョウさんやカタマサと同じ【漢】の一人ですよ?
正々堂々と戦った果てに倒れる…それを心の底では求めている!
付き合ってもらいますよ、マイさん!!」
「…勝手にやってろよ、巻き込むな!
行け、ツララ!!」
「――っ!」
命令に従って守護霊が三角弾を乱射しつつ前進、私はその隙間を縫うようにレーザーで狙い撃つ!
「亡霊?いや…守護霊か?
どちらにせよ、亡者を弔うは炎――燃え上がれ!!」
「…うあっ!?」
って、容赦ないわね!ツララの三角弾は被弾前提に私のレーザーだけを避けられた途端、ツララの進行方向で爆音とともに火柱が上がる。会季は燃費の悪い火炎魔法を得意としている…全力で戦えばすぐに魔力切れを起こすような威力過多な高位魔法。
それを
(自爆覚悟!?そこまで覚悟を決められてるのは面倒過ぎる!!)
ついさっき自立させられたばかりのツララでさえ、命令に逆らい本能的に避けるような炎。行使した会季の被っていた帽子さえ燃えている。
「敵わない相手だからこそ、全力でブチかまします。―――猛り狂う炎よ、その威を我に!!」
「…っ!?ツララ、下がれ!!」
「はいっ!」
次発、燃える帽子を脱ぎ捨てながら更に高位の火炎魔法。燃費が悪い上に予備動作も長い、おまけに効果範囲も集中する魔力でバレバレという使い勝手の悪過ぎる業火魔法。だけど、これに巻き込まれたら黒焦げじゃ済まない!
当然使う前に狙撃して止めるつもりだったんだけど、今度はツララの光弾どころか私のレーザーすら被弾しつつ行使を優先…覚悟決め過ぎよ!本気でここを死に場所にするつもり!?
「灰と化せ!!」
寒々とした景色の氷雪世界に爆炎が躍る。ツララは従ってくれたから辛うじて無事、後は…!
「そんな覚悟に兄さんを巻き込むな!!」
「むっ、隠形魔法か!ですが、今のユキさんの魔力では!」
ヒヤリとしたけど無傷ね…!ヒョウの妹だけあって、ユキも隠形・隠蔽魔法に通じている!会季はユキに止めを刺せないからこそ、こちらの決め手もユキ。護衛対象を攻め手に使う、ハイリスクながら最も確実な伏兵策!完全に、会季の背後を取った!!
「悪いようにはしません、大人しくし――!?」
「はぁっ!!」
振り向いた会季が目を剥く。
それは、私どころか神綺様にすら話していなかったという…ユキの奥の手。
「そのシリンダーは――ぐぅっ!?」
「気を散らした時点で負けよ」
氷の双刃薙刀。黒魔導士であるユキが接近戦を挑むなんてこと普通は予想できるはずがない。初撃の袈裟斬りは辛うじて躱した会季だけど、背後からの速度に極振りした私のレーザーが直撃し動きが止まる。
「後で話を聞くから、自爆なんかさせない!!」
「がっ………」
そしてユキが続けざまに繰り出した連撃…斬り上げからの逆刃を使っての刀背打ち。それを会季はまともに喰らい、地面に叩き落とされる。
――だが、会季の覚悟は最後の足掻きを繰り出せるほどで。
「――燃えろ」
「なっ!?」
「っ!?」
「あっ…!?」
ユキの方に向き直ったことで視界から外れ、地に墜ちる会季を見て完全に勝利を確信した私は。
こちらを見もせずに行使された火炎魔法に巻き込まれた。
「くっ、完全に油断した。あの覚悟を見てたのに、私らしくない…!」
「本当に悪足搔きだったから大事にはならなかったけど、このまま向かうのはイヤだよね…」
兄さんとの手合わせ以外では使ったことのない奥の手…普段は柄も魔力氷で作り上げてた双刃薙刀。会季がサンプルとして渡したシリンダーを柄にすれば少ない魔力で作れると踏んで持ってきたのは大正解だった。マイとツララのおかげで会季を逆に捕まえることは出来たんだけど、最後の悪足掻きは…時間稼ぎとしては敵ながら絶妙で。
「………とりあえずユキの服でいいわ、貸しなさい。着替えてから向かわせなさい」
「そうなるよね…時間が惜しいけど、家に寄ろうか」
まともに炎に巻き込まれたマイだけど、火傷はマイ自身の回復魔法で十分だった。
でも、服が焼け焦げてボロボロ。下着まで見えちゃってるからもう服として機能していない。この格好で今すぐ一緒に来てなんて…女の子として言えないよね。
「…ツララ、会季を引っ張って来れる?」
「ちょっと試す………ぐぐぐ、重い。だめです」
うーん…会季を放置するわけにもいかないよなあ。魔力を私とマイで奪って抵抗できないようにした上でマイの拘束魔法で身動き取れないようにしたけど、私たち三人掛かりで引き摺ってくのはそれこそ時間がかかり過ぎる。仕方ない、か。
「ツララ、ごめんね。兄さんのことはちゃんと話すから、終わるまでここで待っててくれるかな?
会季が目を覚ましたら、見張るついでに会季からも色々聞いていいからさ。
…会季も、兄さんのことはよく知ってるから」
「わかった。待つ」
「それじゃマイ、急ぎましょ!」
「………ユキのスピードに合わせてるのは私の方よ。私が着替える間に備蓄してる回復薬も飲んでおきなさい」
勝利に安堵しながらも、手遅れになるかもという焦燥に駆られていたわたしたちは。
わたしとマイが飛び去るのとほぼ同時。会季が目覚め、なにか呟いていたことに…気付けなかった。
ユキの奥の手はブ〇ンズスワローの刃部分を氷にしたものをイメージしていただければ。
この兄妹の得物でお察しできると思いますが、作者はクセのある長柄武器が大好きです。