―――危なかった。もしルビーの隠形魔法無しでここに向かってて、付近の魔力反応だけに集中してたら巻き込まれてたかもしれない。
(…でも、誰が?夢子さんたちの交戦地点からここまで届く距離の魔法なんて、使いこなせるのは魔導士クラスよね?)
神綺様とヒョウさんに加勢を頼むために訓練場近くまで走って来たのだけど、後方から飛んできた魔力弾を感知して一度外壁上に避難した。地面に着弾すると同時に結構派手な爆音を上げてクレーターを作ったけど、魔力弾自体にしか質量は無かったらしくて私への被害は無し。つまり私の動きを読んで撃たれたわけじゃない。
隠形魔法無しだと目視される危険性が高かったけど、ヒョウさん直伝のルビーの魔法なら当てにできるから。着弾地点以外に夢子さんたちの状況も確認できる高所に立ったわけなんだけど…
(夢子さんたちは押し込んでる。正門付近に戻って来た奴らを中庭にまで追い込んでるのね。ルビーは…!?城外から増援!?感知できないってことは私と同じ状態であっちを叩きに行かせたかな?戦える警備員を二手に分かれさせてるのはこれが理由か。ただ、西制御室に手こずってた奴らがそろそろ合流すると夢子さんたちが入口が一つしかない中庭で挟み撃ちに――って!?それを狙ってカタマサさんが引き込んだ?それに警備員はもう全員中庭組か城外組に合流しちゃってる!?マズいかもしれない…!
なら、すぐにでも神綺様とヒョウさんに加勢を………?)
それは、状況確認をするという結果的に正解だったわたしの判断と、ヒョウさんが訓練場にわたしが向かっていたということに気付けなかったことで起こった…反逆者たちの敗因。
皮肉だけど…ヒョウさんがルビーに教えた隠形・魔力隠蔽魔法は、勝利を半ば確信し慢心していたヒョウさん自身にすら効果を発揮して。
(…え?ヒョウさん?
なんで一人で出てくるの?それに…施錠魔法?中に神綺様が残ってるのに閉じ込めたの?
……どういうこと?まさか、そんなことが…あるの!?)
神綺様が護衛として誰よりも頼りにしていた、ヒョウさん。
最年長の魔界人として、兄らしく振舞うヒョウさんを唯一親友として見ていた、カタマサさん。
そして、次世代の一部で広まり始めてしまった…無力な男性への迫害。
―――考えたくなかった可能性だけど、今のヒョウさんの行動は…裏付けになってしまって。
(まさか、ヒョウさんも侵入者側!?じゃあ、神綺様は!?)
空間魔法を行使して、ヒョウさんが一気に中庭まで飛んだ。見つからなくて本当に良かった。
ここで戻って来られたら最悪の事態になるから、わたしは飛行魔法すら使わず外壁から飛び降りて訓練場に駆ける。流石はヒョウさんで、なかなか複雑な施錠魔法を仕掛けてるけど…この程度すぐ開けられる。もう少し時間を掛けるか、錠の魔力強度を強くしてあったら手こずったかもしれないけど…余裕が無いのは反乱側も同じだったみたいで。門番として創られたわたしが隠密行動に回ってることまで想定は出来なかったようだった。
…後の展開を思い返すと、わたし以外でも開けられるようにあえて弱めの強度にしていったのかもしれないけどね。
そして、訓練場に入ったわたしは…状況が理解できずに混乱することになる。
「――えっ!?神綺様!?」
簡易ベッドで寝息を立てる神綺様に、ヒョウさんのマントが掛けられていた。
(―――!!気付いてくれたかヒョウ!流石だぜ!)
夢子を捕らえるという方針に切り替えた時点で、同志全員が予定通り動いてくれたのは僥倖だった。挟み撃ちで確実に確保、もしくは長時間足止めするために出入り口が一つしかない中庭に誘導する。都合よく夢子が剣弾を展開し始めてくれたおかげで違和感なく後退してくれた。
問題は夢子が警戒して中庭まで追ってこないことだったんだが、追い詰めて殲滅する方が効率的と判断したらしく中庭にまで増援を引き連れて入り込んでくれた。そのタイミングで訓練場近くに着弾させた魔力弾が代用と理解してくれたヒョウが訓練場から出て来たのが察知できた!
「――っ!ここまでよ。先輩が動いてくれた…カタマサなら先輩も情けをかけてくれるかもしれない。投降しなさい」
同時に夢子も気付き戦意が抑えられる。ヒョウはマジで流石だぜ…!夢子すら戦闘中でも気付けるほど意識してるんだからな。
「へっ、だからどうした。俺たちの覚悟はそんなにヤワいと思ってるのかよ?」
「………」
夢子からの説得は無駄と判断できたらしいが…ヒョウからならと考えたようだな。他の警備員も夢子が指示を出すまで戦闘行為を行おうとしない。オレ達も全員一度戦闘行為を止めている…ま、オレ達はヒョウが出てきた時点で勝利なのを理解してるからだけどな!
―――この時点で、敗北が決していたんだが。
敗因はヒョウの判断ミスになるんだろうが…それは責められねえ。
そもそもオレ達が目的を達成できなかったからこそ、ヒョウがフォローしてくれたんだから、な。
「カタマサ!何があった!?」
「って、ヒョウ!?神綺様はどうしたんだよ!?」
「眠らせて置いてきた、抱えながらじゃ夢子を抑えられん!」
「なっ…!?先輩!?」
空間魔法で一気にここまで飛んできてくれたヒョウだが、神綺様を無力化したものの連れて来なかった!!
そして、更なる計算外が立て続けに起こる。
『カタマサ、すまない…マイさんが裏切って、ユキさんを連れて行った…急いでくれ…』
「はぁっ!?」
会季の呻き声のような通信で驚愕の声を上げたオレに、ヒョウや同志だけじゃなく夢子さえも視線を向けて。
状況の悪化を理解したヒョウが、真っ先に動いた。オレ達に都合良く、会季の危機だと思い込んでくれたらしいな…!
「カタマサ!神綺様を確保して会季と合流しろ!俺が解除しない限り目は覚まさねえ!」
「――ッ!!お前ら行くぞ!!」
「「「は…はいっ!!」」」
ヒョウは自分がミスったと瞬時に理解して、当然のように自分が殿を務める腹を決めた。護衛として染み付いた考えと行動…オレが何を言ったところで止められないのは長い付き合いで分かり切ってるから、何も言わず従う。神綺様さえオレ達が確保できれば夢子は止められる――ヒョウは最低限の役目は果たしてきた、オレ達の失態をフォローしてだ。
今度は、オレ達がヒョウのミスを帳消しにしねえと…!!
「――待ちなさい!行かせな「俺を放置できると思うな、夢子!!」
「うっ!?」
会季の渡したサンプルの一つ…オレが仕込んだ白の魔法だ。夢子だけじゃなく他の警備兵の牽制も兼ねられる弾丸を選択出来てるあたり、やっぱヒョウは強い。オレじゃまだまだ敵わねえ。
(後は任せろヒョウ!まだ間に合う!!)
―――これが、オレが最後に見たヒョウの姿だった。
「そんな…どうしてですか、先輩!!」
何かの間違いであってほしかった。たしかに先輩はカタマサと仲が良かった。
「俺に期待した奴らに、応えるためだ!!」
帰ってきた答えは、いかにも先輩らしいもの。
先輩は、私だけの先輩じゃない…!むしろ魔界人全ての兄替わり。
私とは、家族らしい付き合いよりも仕事のパートナーとしての付き合いの方が多かったから。本当の妹として、ユキがいたから。私は先輩と呼ばせてもらってた。
「―――夢子、覚悟を決めろ。
俺の仕事は、こういう方向でキツい。
慣れるためにも、全力で来い。
…今の魔界を変えたくないのならな!!」
言葉と共に武器…サラが話していた物らしきハルバートを何故か石突側を私に向けて構える―――いえ、石突が無い?
―――まさか、さっきの白の魔法は!?
「全員散開っ!出れる者から神綺様の救出を優先しなさい!」
「「は、はいっ!!」」
「会季、使い切るぞ!!」
そうはさせないと言うように先輩が魔力を込め、私は咄嗟に射線から逃れるけれど…何故か発射されない?ならチャンス、先輩なら多少手荒にしても命を落とすことは無い、青の魔法で――ッ!?
「燃え尽きたくなきゃ近寄るな!!」
「「あっ!?」」
私が撃つ前に、なぜ今!?というタイミングで魔力を組み込まれた宝珠が射出され…中庭出入口付近が炎上する!!
…そうなってやっと気付く。本当に状況判断力では先輩にとても敵わない!カタマサたちが全員中庭から出るまで待ってから出入口を炎上させて、私たちを足止め…!
「くっ…!消火を優先して!先輩は私が止める!!」
「「了解です!」」
「止めるじゃ足りないぞ。
夢子、仕留める気で来い」
―――そんなこと、出来るはずないでしょう!?
…それを口に出す勇気は、私には無くて。
先輩として頼りにさせてもらってたけれど、私だって妹分として甘えたりしたかった。
それを素直に表に出せなかった私が、こんな何人もの部下に聞かれてしまう状況で先輩にぶつけられるはずもなくて。
「……その言葉、後悔しないでください!!」
可愛げのない言葉で、返してしまった。
…今思えば、私が後悔しているのは先輩をこの手で魔界から追放する形になってしまったことだけでなく。
結局、最後まで先輩に素直に甘えられなかったことも…重い後悔だったのかもしれない。
(ミスったが…これで神綺様をカタマサたちが連れてくれば勝ちだ。会季の火炎魔法なら夢子以外総掛かりでも消火に時間はかかるはず。なら俺は夢子だけに集中すればいい…!)
パンデモニウム内で空間魔法を行使するのは俺レベルまで空間魔法に精通していないと危険が伴う。謁見の間と中庭だけでなく研究棟も含め、それほど離れていない位置に三ヶ所も異空間と接続させるのに適したポイントがある。そのため3つのポイントに空間魔法の出口を吸い寄せられないように創る技術を習得しなければ、謁見の間・中庭・研究棟に出口が出来てしまうことが多々あるからだ。
そして警報は鳴っていないが、中庭には制御装置が起動しているか判別できるようにシグナルを4つ設置している。つまり現時点で西以外の制御装置は切られているので、下手に空間魔法を使ってもここ中庭に出てしまうというのが夢子たちにも理解できている。だからこそ、カタマサたちは皆出口へ駆けたのだ。
「ハッ!!」
「っ…!」
夢子の本領である中長距離の撃ち合いに持ち込ませる前に、接近戦で足を止める!カタマサも全く同じ手段を取ったらしくすでにフランベルジュを手にしていた夢子だが、あくまで夢子の剣は守りと弾丸のためのものだ。つまり、攻め続けることこそ安全策!!
フランベルジュをへし折ろうと狙った斬撃はそのまま剣弾として俺に撃つことで避けられるが、夢子が柄から手を離した時点でそれを察知した俺は斬撃の勢いのままハルバートを回転させる。それを盾代わりとして突進するも、剣がそれに弾かれた時点で夢子は目眩ましと近接防御を兼ねた炸裂弾で俺の足止めと自身の後退を図る。
だが、この程度で止まるわけにいかねえ!!炸裂弾をある程度弾き終えたハルバートを構え直し再度突きを繰り出す!
「くっ!?本当に、何処でこんな技術を!?」
「皆が攻撃魔法の修練に当ててる時間でだ!」
別の剣弾として展開していたバスタードソードで刺突の方向を逸らすことで凌ぐ夢子だが、これで剣弾を一つ潰した上で接近戦を継続せざるを得ない。距離を取ろうとレーザーを連射してくるが、俺なら急所を避ければ数発は耐えられる!!
「相変わらず、死ななければ安いという考えですね…!」
「そうじゃなきゃここまで生き残れてねえからな…!」
ここまで来たら肉弾戦に移行したいんだが、夢子の切り札を知る以上まだハルバートは手放せない。夢子は俺の連撃を褒めてくれたのだが、実際は修練不足で夢子の剣を抜き切れない…ハルバートと剣で切り結ぶというお互いに慣れない膠着状態が続くかと思ったが…俺に運が向いて来た!
「この向きなら!」
今の夢子には一つ欠点がある。剣弾や奥の手の禁呪など、使いこなす魔法が強力過ぎるが故の『多対一の経験不足』だ。俺クラスの相手に部下と共闘しようとしても、剣弾の誤射や広範囲魔法の巻き込みなどの対処はなかなか機会が無いため、今も俺を一人で止めようとしている。俺もそこまで読んで接近戦を挑んだわけだが…それを理解できなかった部下もいて。
夢子自身も部下への指示が徹底できていなかったがこそ…!
「――!?先輩相手に余計な攻撃は!!」
おそらく消火に適する魔法が不得手で手持ち無沙汰になった警備員の一人が、大きく蛇行するビームを2発撃ってきた!上手く夢子に当たらない角度で俺を狙えているあたり、間違いなく才能はあるが…不意打ちで声を出してしまっているあたり、実戦不足!!
「っらあ!!」
「ええっ!?」
「くぅっ…!」
「おごっ!?」
左から向かって来た1本は強化魔法を行使している左手で軌道を曲げて夢子に向かわせ、上から向かって来た1本は小型のワームホールに入れて入り口に送り込む!!撃った本人の驚愕の声と、運悪く消火作業に集中していたせいで直撃した警備の一人の悲鳴が聞こえた。だが、本命の夢子は流石…あえて俺側に踏み込むことで回避した、が!
「それは悪手だ!」
「いえ、切り札の切り時です!!」
そのまま左手で夢子の首を掴もうとしたが、透明化することで避けられ…展開済みの剣弾が夢子をすり抜ける!?
「がぁっ!?
…やられたな!射出に時間差をつけることで透明化と同時に攻撃できるようになったのか!しかもそれを自分の肉体で隠すとは!」
「これで決めきれないのが信じられないですよ…!先輩の反応は本当に異次元!」
右腕を狙ったファルシオンは上半身を捩ることで避け切れたが、左足を狙ったツヴァイハンダーは避けきれず…大腿部や腱をやられないよう、こちらからビックブーツの形で刺さりに行くのが精一杯。だが、今の状況じゃ抜く時間すら惜しい!!
「ここまでやっても…!どうして、止まってくれないんですか!?」
「神綺様に叛いた以上、後には退けないからな!
粛正者が、命を惜しむなんて無様でしかねえ!
多くの
魔界を手にするか、魔界に葬られるか!!どちらか一つの結末しか許されないんだよ!!!」
(――駄目!今の私では、先輩の意志を変えることは出来ない…!)
今まで私たちが先輩に押し付けていた…
そのすべてを押し付けてしまっていたから、先輩一人で結論付けてしまった暴論。
先輩が自分に下してしまった罰であり。
迷いを振り切る、覚悟の叫び。
(赦せるのは、先輩自身と、神綺様ただ二人だけ…!
私が口を出す資格なんてない…)
でも、私は…神綺様の従者。
神綺様と、魔界のために…行動しなければならない。
「こんなことで…先輩に教わった魔法を使いたくなんてなかった…!」
「―――?悪いが、まだまだ俺と接近戦に付き合ってもらう!!」
先輩がハルバートを構えて突っ込んでくるけれど。
剣弾で、先輩を貫けたことで。必中の条件は整った。
私が先輩を止めることが出来ないのは、本当に悔しいけれど。
神綺様のためにも、今は…強引にでも退いてもらう!!
『魔界の神、神綺が従者・夢子の名において。
城を穢す、咎人を地の果てへ』
「――しまった!?これで4本目ッ!?」
空間魔法において、神綺様と先輩に並ぶ存在はいない。
ここパンデモニウムの制御装置も、二人が中心になって組み上げたもの。
そして私は、その二人から教えを受け、扱い方を知る者。
『開け、破邪の門!!』
東西南北、4つの制御装置。西の部屋だけいまだ切られていないけれど…その出力不足は私が得た最高級の名剣、フランベルジュを西に充てることでカバーできる。
そして、先輩をツヴァイハンダーで貫けたことで…それを中心に開けば逃れられない!
「必ず迎えに行きます!!それまでに、どうか…
先輩が先輩を赦してあげてください!!」
「っ!?」
異界からの侵入者や、手に負えないクラスの召喚対象を問答無用で排除するための空間魔法。
パンデモニウムを核として組み上げ、パンデモニウムから追放することを目的としたこの空間魔法は…使い方次第で対象を異世界にすら放逐できる。
今は、神綺様を救出するまで先輩が戻って来れないように…魔界の果てへ。
先輩であろうと、空間魔法で戻って来るには魔力が足りなくなるほど遠い、パンデモニウムから最も遠い魔界の果てへ!!
「ぐ、ぐおぉぉぉっ!!」
先輩が魔力を振り絞って逃れようとしているけれど。
私では止められないのを突き付けられてしまったから。
「今は、ここから離れてください…っ!」
「―――!!!」
さっき使ってしまって、魔力を失ってしまった腕輪を…風魔法を宿らせて先輩に放ち。
巻き起こる強風で先輩が、破邪の門に消えていった。
私の犯した失態は。
カタマサが始末した利己的な二人の行使していた空間魔法に気付けなかったことと。
会季のハルバートに宿る魔力を甘く見ていたことと。
先輩が最後まで諦めず、這い出そうと足掻いているのをすぐ止めなかったこと。
これらが合わさってしまった結果…私の制御出来た範囲外でも魔力を取り込んでしまい、暴走した空間魔法の目的地は狂いに狂い。
先輩は魔界の果てどころか、異世界まで飛ばされ…昨日まで、行方知れずとなってしまったわ。