「―――こうして俺は魔界から追放された。夢子は魔界のどこかに飛ばす気だったんだろうが…おそらく俺の往生際が悪かったせいだろうな。どうにかして逃れようと風魔法による加速から短距離テレポートまで移動・回避に使ってた魔法は片っ端から試したが、すでに発動した破邪の門に魔力を吸われたんだろう。
結果として何も起こらず破邪の門が夢子の制御外で強化された。そのまま俺は吸い込まれ、夢子の想定した地点ではなく―――ここ幻想郷に放り出された」
遠い遠い反逆の過去を語り終え一息つく。俺が消えた魔界でカタマサたちがどうケジメを付けたかは…近いうちに夢月と幻月が聞かせてくれるだろう。それまではどうにかして逃げ切りたいところだ。
「そして、豹は幻想郷に居付いたのね」
「ああ…飛ばされた時点では、魔界と幻想郷を繋ぐ扉は見つかっていなかった。要するに帰る手段が無くてな。いくら空間魔法に精通した俺でも、当時の状況…ゼロから魔界につなぐ空間魔法を編み出すなんざ無理だった。
あの扉が発見されたことで魔界の位置に目星がつけられた今だからこそ、俺だけでなく上位の空間魔法を使いこなせる魔導士なら魔界と幻想郷を行き来できるようになっているが…あの時は、魔界の位置を探る手掛かりが少な過ぎた」
ユキの魔力が回復していれば、俺たち兄妹の召喚魔法で即座に戻っていただろう。ユキなら…俺に手を貸してくれた可能性があるから。だが、この召喚魔法はお互いの魔力を消費するためユキの魔力回復が呪いによって妨げられていたあの時は使えなかった。
もう一つの可能性が…サリエル様の魔眼。神綺様を眠らせている限り、その効果が及んでいる位置を探るという方法があった。というか当時はそれしか手段が思いつかなかったんだが…
「俺が手掛かりとして頼ったのはサリエル様の魔眼…俺ごときには勿体ないこの魔眼は、異界に飛ばされても作用し続けていたのが理解できた。だからこそカタマサ達への援護も兼ねて神綺様を眠らせ続け、その反応で魔界の位置を探したんだが…間に合わなかった。
…3日後に、俺の掛けた睡眠魔法を第三者の介入で強引に解かれた。おそらく、魔界に帰って来たサリエル様が神綺様を救ったんだろう。
元の持ち主のサリエル様であれば、俺の魔眼など何の障害にもならないからな」
俺が完全敗北を思い知らされたのが、あの時。
「豹は魔界に帰るつもりは無いのね?」
「…軽く話した通り、俺は神綺様に刃向かった相手の粛清も請け負ってた。
故に、同じ罪を犯した俺も粛正されなければならない。
だが…神綺様も、ユキも、夢子も。俺を処刑する覚悟がまだ出来ていない。
魔界に帰らなかったことで、愛想をつかしてくれると思ってたんだがな…」
そう返すと…雛にしては珍しく、怒りの感情も混じった言葉が返ってきた。
「豹、本気で言ってる?彼女たちが豹を殺せるはずないでしょ」
ユキという豹の妹とは少しだけ話をした。神綺と夢子ってのは知らないけど、聞かせてくれた過去の話からすればユキと同じ気持ちでしょう。
だから、かなり強めに言ってやった。私も、豹に死んでほしくないから。
「…わかってはいるさ。皆、優しいからな」
「そうね。豹が幻想郷で自決したとしても絶対に冥界まで追ってくるわよ」
「笑えないが、そうだろうな…
俺が粛正されるべきと考えているのは、知る限りでは俺一人だけ。
俺が築き上げた屍の清算など必要ない。俺の粛正者としての矜持なんて、捨てろって。
…裏切ってしまった皆は、そう言ってる」
―――私の一番の危惧は、いらない心配だったみたいね。
豹が心の底から死という結末を望んでいるのであれば、自決という止めようがない最悪の事態に陥る可能性があったけれど。
幻想郷で生き延び続けていたことからもわかるように、豹にはまだ未練がある…死に急いでいるわけじゃない。なら、私がすべきことは変わらない。
「でも、豹は赦されることを受け入れられない。だからまだ逃げることを選んだ」
「ああ。ユキや神綺様が許してくれても、俺が
それに、俺の存在は今の魔界を不安定にしちまう。カタマサと会季は魔界のことを考えて反逆したんだ…アイツらに報いるためにも、俺がこれ以上魔界を荒れさせるわけにはいかない」
それに、ユキと話せたことで。私にはもう一つ選択肢が出来た。
「はっきり言わせてもらうと、私はこうして豹が定期的に会いに来てくれればそれでいいのよ。
それが継続できるなら別に魔界に帰ってもいいと思ってるけれど、魔界に帰ってしまうとこっちに戻って来れなくなったりするのかしら?」
「いや、頼めばこっちに戻ることぐらいは神綺様は許してくれるだろう。
…ただ、紫さんはともかく他の管理者に拒否される可能性はあるが」
…そっか、それは考えてなかったわ。なら少しでも豹が私に会いに来てくれることを多くするには、やっぱり幻想郷に留まってもらうべきね。
「その可能性があるのなら、私は豹を魔界に帰すわけにはいかないわ。豹が幻想郷に残れるように、手伝わせなさい」
「…力を、借りていいのか?今となっては、俺は幻想郷にとっても厄介者。魔界だけでなく、幻想郷の大妖怪も敵に回すことになるぞ?」
「今更よ。私は厄神…元から避けられる存在だわ。そいつらを敵に回すことより、豹が私に会いに来なくなる方がずっと怖い。
まあ、私が豹の傍に居る方が迷惑になるのは理解してるから、出来ることは限られるけどね」
ある程度は私の厄が移ることが防げる豹だけれど、四六時中傍にいれば厄に塗れてしまう。それは避けなきゃならないわ。私の厄で、豹を不幸にするわけにはいかない…これから先、豹は今までよりずっと厳しい逃亡生活を送ることになるのだから。
「ありがとな、雛。
…聞いてくれてたよな?大丈夫そうなら、出てこれるか?」
「――まったく、どうして気付けるんだ」
「え…?」
「雛、悪いが厄寄せに使える人形を一つ見繕ってくれないか?
このタイミングで直接接触するのはリスクもあるが…ユキと夢子にアリスが俺の隠れ家で合流してる今はこの先滅多にないチャンスになる」
「いや、これを使え。ここに飛んだことを把握できた時点で紫様が渡してくれた」
豹の後ろにスキマが開いて、九尾の狐…八雲藍が姿を現す。豹は手渡された符と筆を受け取ると手早く術式を書き加えて私の前に置いた。
「…覗き見とは趣味が悪いわね」
「何も言い返せないが、そうも言っていられない状況なのは今までの話で理解できているだろう?
豹が無事に逃げ切れたら謝罪も謝礼もするさ。今は情報交換に時間をくれ…豹の魔力遮断領域なら内部は問題ないが、外部からでも領域が展開されていることには気付かれる可能性はある。何者かに入り込まれる前に済ませなければならないからな」
「しかし、何かあったのか?ユキと夢子が合流する前から居たよな?」
「ユキはともかく、夢子が最初から豹を始末する気で来た場合は割って入るつもりだった。策が何一つ当たらず豹と夢子が相対した場合はな。紫様自ら介入するのは不味いが、私なら多少の誤魔化しは効く…それに私は夢子と直接面識もある。個人ではなく幻想郷と魔界の重鎮として交渉の余地があったのさ。
もっとも、話を聞いた限りその心配はなかったようだが」
「どこから聞いてたのよ」
「最初は唇を読んでいたんだがな。カタマサという名が出た時点で聞かせてもらうことにした。
…遥か昔、一度だけ豹が口にした名前だったからな」
「…覚えてたのか」
「当然だ。反逆に関して、豹が直接話した数少ない情報だぞ」
「なるほど、妙なタイミングで気付いたとは思ったが。俺が気付く前から視界に入る位置にいて、途中から音も拾えるようにした。そこで俺は気付けたってことか」
「…スキマに気付ける豹はやっぱり規格外よ」
「同感だ。魔界神の護衛は伊達じゃないということか」
「………元護衛だ。神綺様も流石に、一度裏切った俺を護衛とは呼べないだろ」
どうだか。ユキを見る限り、豹が首を縦に振ればすぐ復帰させそうだけど。
藍も同感の様で、目が合ってお互い肩を竦めた。
「まあいいわ、とりあえず私にも手短に状況を教えてちょうだい。単独でしか動けないから、大して役には立たないでしょうけど」
「―――というのが今の状況だ。雛にどう動いてもらうかを頼む前に、豹がこれからどうするかを聞いておきたい」
「とりあえずは魔力回復薬を調達できたから、精製し直すために設備のある場所に行くつもりだが」
「私の家にあるもので代用出来るなら使ってもいいわよ?」
「いや、精製し直す理由が味の酷さだからな…調理器具に染み込ませるのはマズい。ただ、ハーブやスパイス類があれば少量貰いたい」
「ミントとローリエぐらいしかないけど…それでいいのかしら」
「十分だ、ありがとな」
「それで、当てはあるのか?」
「ユキと夢子が来た以上、迂闊に飛ぶのが危険だからな。とりあえず地底へ続く洞穴の監視小屋で作業して、仮眠を取ったら一度麟の家に向かう気ではいる」
「麟…?誰よ?」
「訳ありの人間の少女でな…八雲の管理下に置いている。豹の味方の一人だ」
雛は自身でも言った通り単独行動させざるを得ない。今の状況で厄を抱え込むのは誰であろうとリスクになるからだ。となれば自ずと頼みたいことは決まる。
「雛、これを持っててもらえるか?」
「…イヤリング?」
「ああ、俺の言葉を伝えられる一方通行の通信具だ。ただ距離が遠いほど伝達に使う魔力が大きくなるから探知される可能性を考えると多用は出来ない。だから雛から何かある場合は手間をかけるが、ルナサか藍に伝えてくれ」
夢幻館でエリーとくるみに使わせたイヤリングと同じもの。4つあってエリー・くるみ・雛で3つ…残り一つは麟に持たせるのが効率的だろうな。
「何か頼みたいことが出来たら俺から通信する。基本的には霧雨魔理沙の動向を見てもらえると助かる」
「あの白黒の魔法使い?」
「そうだ。霊夢は私たち八雲である程度抑えられるんだが、魔理沙はそうもいかない。おまけに魅魔が動いていてな…」
「っ!?それか、リスクを負ってまで話に来てくれた理由は」
「ああ。情報を整合すると、麟が魅魔に接触した時点で豹絡みと理解して動いていたようだ。紫様が直々に接触して釘を刺してはくれたが…あの弟子の師だからな。弟子を止めるどころか自身で暴れてもおかしくない」
「…そういうことね。魔界に彼女たちが乗り込んだのはスペルカードルールが制定される前。この件に関してはあの悪霊が動いても管理者は黙認できる、と」
「あの二人から手を出した場合は、魔理沙を魔界に生贄として差し出す…紫様が魅魔に直接伝えた。今の状況であれば紫様以外の管理者も協力してくれるだろうしな」
「ただし、管理者が同調しようが巫女を筆頭に断固反対する連中も出てくる。そうなれば魔界と全面戦争どころか幻想郷で内戦だ…これが理解できない魅魔じゃない。自重はしてくれると思うが…」
「白黒の魔法使いは自重するはずがない、ね。私でもそれは理解できる。
ただ、私が妖怪の山から出ること自体が稀。逆に注目されることにもなるから、常時監視なんて出来ないわよ?」
「わかってる、だから状況が動くたびに連絡できるようそれを渡した。そもそもアリスたちも一度雛に話を聞きに来るだろうからな…当面は一度彼女たちと会うまでは動かないでくれ。ユキと夢子がアリスに会って、どう動いたのかを雛からも聞いてほしい。ルナサとは別の視点で話が聞けるからな」
「私たちに用がある場合は、マヨヒガに来るかルナサに伝えてくれ。
現状、豹を魔界に返さない方針で動いているのは我々八雲のほかに麟・ルナサ・エリー・くるみと夢幻姉妹。この6名とは敵対しないように頼む」
「…ルナサしか面識が無いわ。出来れば私が豹の味方ということを伝えておいてちょうだい…遭遇戦になったらどうしようもないから」
「藍、頼んでいいか?」
「任せろ。夢幻姉妹がこちらに来た時を見計らって伝えておく」
結局、雛まで巻き込んでしまった。エリーとくるみに呆れられそうだな…
「豹、監視小屋に居付いた野良妖怪が居ないかだけ先に見ておいてやる。そのかわり反逆の詳細は紫様にも伝えるからな」
「助かる。…直接話すことにならず済まない、とだけ伝えておいてくれ」
「いいだろう…雛、今後は頼むぞ」
そう言葉を残して藍がスキマに去る。幸いなことにまだ雛の家に近付く様子を見せる反応は無い…どうやら天狗や守矢も上手く誤魔化せていたようだな。
「ふぅ…気付いてたなら教えてほしかったわ。私からすれば藍も恐ろしい相手になるのよ?」
「すまない、ただ長話を切るタイミングが無くてな」
雛が大きく息をつく。そもそも俺自身気付くのがだいぶ遅れたのだから、驚かせないようにはできなかっただろう。
「とりあえず、まだここに向かう反応は一つとしてない。ここまで来たら隠形魔法を行使して夜陰に乗じる方が野良妖怪や獣を避けられるだろう。もうしばらく粘らせてもらって大丈夫か?」
「私としては泊ってもらいたいぐらいよ。まあ、厄の関係で無理なのはわかってるけどね。
もう少しいてくれるのなら、さっき話してくれた協力者…麟とエリーとくるみに夢幻姉妹と言っていたかしら?彼女たちのことを教えて。少なくとも外見さえ知っていれば同士討ちは避けられると思うから」
「そうだな…その前にさっき頼んだハーブだけ先にいいか?」
…雛が聞き上手なおかげで、俺もだいぶ落ち着けた。
これから先は、今までのように平和ボケを晒すわけにはいかない。気合を入れ直さないとな。