「―――ヒョウはそのまま魔界に帰って来なかった。ヒョウ本人が関わったのはここまでだったそうです」
マイに口を割らせた反乱の詳細…これで8割方語り終えました。さすがに喉が渇きますね…エリーが淹れてくれた紅茶で一息入れます。
「なんというか…豹さんの強さと甘さが思いっきり悪い方向に出たんですね…」
「自分の手が届かないところで勝手に動いて姿を消した…これはサリエルもヒョウを探すわけだ」
「そのマイという魔界人は好きになれそうにないですね。豹さんを利用して今も甘い汁を吸っているわけですか」
「ヒョウも同じ穴の狢じゃん!裏切られたからヒョウもサリエル様を裏切ったんでしょ!」
「エリス、黙ってなさい。ヒョウと巫女の話は後よ」
「むぐぐ…」
エリス以外は私と似た感想ですね。ヒョウと話したのは時間にして一日にも満たないですけれど、その人となりはよくわかりました。
甘過ぎるほど優しい、兄貴分。私と夢月すら、兄視点で対応していました。
それを、反乱に際して見事に利用したのがマイでした。
「ところが、そのマイにもとばっちりが行きました。話した通り、ヒョウは異常な仕事量をこなしてましたが…反乱を鎮圧した神綺は自身の組織運営が稚拙だったのを痛感して、マイの目論見通り高位の立場を増やしたそうです。
ちゃっかりそこに収まったマイですが、ヒョウが抜けたことによるマイナスは大きすぎて仕事に追われることになり、逆に私的な研究時間なんて取れなくなった。
結局、ヒョウが抜けた穴を埋められるまで魔界の管理人員が揃うのに5年近くかかり、その期間は馬車馬のように働く羽目になって後悔したそうです」
「それは自業自得よ。…いや、ヒョウが魔界から飛ばされたのが計算外だったのか」
「その通り。マイはヒョウなら反逆に失敗しても神綺と夢子が処刑できるはずがないと読んで、反逆に対する処分としてヒョウを奴隷扱いでコキ使う気だったらしいですが。ヒョウが魔界から消えるという結果は読めなかったそうですよ。ちなみに反乱が成功したらお飾りのトップに据えたヒョウの側近に収まって研究に専念する気だったそうです」
「どこまでも自分本位ですね…まあ、得てして研究者というのはそういった傾向が強いですから仕方ないのかもしれませんが」
「というか、そのマイ本人はお咎めなしだったんですか?反乱鎮圧に一役買ったのは事実なんでしょうけど、そのまま高位に就くのは大顰蹙な気がするんですけど」
「それは退屈してるエリスに話してもらいましょうか、補足はしますが」
「は!?そんなことわたしが知るわけないでしょー!」
「サリエルの動きを話す気がないならもうしばらく黙ってなさい」
夢月の一言で渋い顔をするエリス。本当にいつまでも子供ですね…
「…わかったわよ。でもわたしが魔界に帰ってきたときにはもうほとんど片付いてたわ。サリエル様が帰ってくるのを話に出てきたサラって奴が待ち構えててね。そのまま神綺様の危機だってパンデモニウムに連れてかれたわ。
そしたら神綺様がぐっすり眠っててさ。それがヒョウの魔眼の応用だと即座に見抜いてサリエル様が神綺様を起こしたの」
「マイもこの状況には参ってたそうで、そのまま高位に就けたのはこの時魔界中枢の動揺と混乱を収拾したことも一因だったようですね。ヒョウが魔界から追放されたことを理解した時点で残りの反逆者はパンデモニウム制圧を断念して撤退したそうですが、夢子とルビーに敗残者の追討を任せ、ユキとマイで神綺様とパンデモニウムを守り、サラにサリエルを迎えに行かせる。この基本線を立案したのがマイで、居残っていた際にパンデモニウム内の後始末からカタマサが粛清していた奸臣たちの悪行の証拠を揃えたことで反乱側の言い分を鎮圧側に示した。
その有能さを生かさなければヒョウの去った魔界の管理が難しかったということだそうです」
「あー、優秀だけど研究以外に時間を使いたくないタイプかあ…そりゃ人手不足な組織上層部からすれば処罰するよりエサぶら下げて働かせるほうが有用ですもんね。そこまで読み切って立ち回ってたんですか」
「…賢い人ですね。私はやはり好きにはなれませんが」
うーん…昨日くるみも言ってましたけどエリーの忠誠心が幽香からヒョウに移りかけてますね。幽香とヒョウを引き合わせるときは私か夢月も居合わせたほうが良さそうです。
…というか、幽香はいつまでエリーとくるみを放っておくのかしら?
「そこでサリエル様が神綺様からヒョウの悪行を聞いて、そのまましばらくパンデモニウムで魔界の鎮静化に協力することになっちゃってさ。
わたしはそのままサリエル様の指示に従って夢子の指揮下に入るよう言われたんだけど、合流する前に残りの奴らも壊滅しちゃったからほとんど何も知らないのよ。知ってるのはカタマサと会季の最期ぐらいよ」
「つまり3日で反乱側は全滅か。100名足らずにしては粘ったほうかしら」
「粘った、と言えば聞こえはいいけどね。私からすればつまらない意地を張っただけにしか思えなかった。
でも、ヒョウも魔界から飛ばされなければ…同じことをしてたかもしれない」
「そんなことしてたらわたしは許さなかったけどね。まあ今でもサリエル様から勝手に離れたのは許してないけど。
カタマサは死に場所を求めた奴らを連れて男性排除を肯定していた集団のアジトを虱潰しに襲撃して、最後の一つの基地で自爆して死んだわ。パンデモニウム攻防よりもこの襲撃による死者のほうが遥かに多かったから、ヒョウよりカタマサのほうが悪名高い…当時を知るわたしたちからすればね。
会季は逆に生き延びるために魔界を離れることを選んだ奴らを異世界に逃がしてた。敗残者だけでなく力の弱い男性で魔界から逃げたいと思ってた奴らも含めてね。希望者はほとんど逃がしたらしいけど、会季本人は手柄を狙って希望者を装ったハイエナ共の騙し討ちを受けて殺された。もっとも、15人ぐらいで襲撃して9人返り討ちにしたそうだから結構暴れたみたいだけどね。
オチとしては会季の首をパンデモニウムに持って来たハイエナ共の生き残りは、二人に事情を聴こうとしてた神綺様とサリエル様をブチギレさせてその場で消滅したわ…あの時はわたしどころか夢子ですら恐怖を感じてたわね」
「しょ、消滅って…」
「文字通り何も残らなかったわよ。ほぼ同時に放たれたとんでもない魔力密度の閃光に飲み込まれて、収まったと思ったらパンデモニウムの床ごとなくなってた」
「うわあ…」
「サリエルはともかく、神綺がやっちゃダメでしょそれ」
まあ、ヒョウのことを知った私としては気持ちはわかりますが…魔界のトップとしては感情的過ぎた行動ですよね。
「神綺とサリエルの怒りはこれで収まらなかったそうです。この翌日にカタマサが始末した空間魔導士二人が取引していた異界が契約不履行と会季による魔界からの人口流出を好機と見て、異世界間戦争を仕掛けてきた。でも神綺とサリエルだけで侵入されて半日もせずに塵殺し尽くしてしまい…これがヒョウの存在を伏せる遠因になっています」
「わたしや夢子の出番なんてなかったからね…仕掛けてきた奴らも電撃戦狙いで少数精鋭による強攻してきたってのもあるけどさ。
神綺様もサリエル様もただひたすらに無言で侵入者を死体に変えてくんだもん…味方だってわかってても怖いよあれは…」
「あー…あの神綺が無言でひたすら皆殺しにしてたら、一般人はそりゃ逃げるわよ」
「えーっと…どうしてそれが豹さんの名前が伝わってないこととつながるんですか?」
夢月はこれだけで理解できたのね。我が妹ながら頭の回転が速くて羨ましい。
「簡単に言ってしまうと、神綺とサリエルは力を見せすぎた。そしてヒョウとカタマサがいなくなったことで、魔界に残る有力な男性がさらに減ってしまったことも合わさり…無力じゃない男性や天使に否定的な悪魔まで恐怖心から魔界を出て行ってしまった。単純に、魔界の総人口が男性を中心に急激に減って都市機能の維持に支障が出るほどになったそうです」
「そうなってようやく神綺様とサリエル様も落ち着いた、というか我に返ってねー…止まると大変な施設に男性職員を創造して割り当てたり、異世界から住民を募ったりし始めたんだけど。
…どうしてそんな状況になったのかは魔界に来る奴らからすれば気になるでしょ?」
「…そういうことですか。正直に男女格差が酷くなったからと伝えてしまっては、いつまでたっても男性人口が増えず格差が縮まらない」
「それを誤魔化すために反乱の詳細について緘口令を敷き、【管理者層の人員不足による過重労働に不満を持った者たちの反乱】という体にして首謀者である男性陣の名前は伏せたそうです。まあ嘘は言っていないですし、すでに魔界を去っていた魔界人たちには正直に話したそうですが」
「ただ、神綺様の言うこと聞かない奴も多いからねー…それこそカタマサが好き放題してなかったら緘口令の意味がなかったんじゃないかな。あの時点で魔界に残ってたのは神綺様が好きでその理想を大切にしてたのが大半だったし…移住者から詳しい話を求められれば話してたけど、聞かれない限りはヒョウとカタマサのことは話さなかったはずよ」
当時を知らない私からすれば、男女格差なんて気にしないでいいと思いますけど。
神綺は何よりも
「こうして5年という時間はかかりましたが、マイが自身の研究に時間を取れるまでに魔界は持ち直した。そのまま発展を続けて今に至る…ヒョウの存在が隠されたままに。マイが私に話したのはこれだけです」
「…えーっと、つまりはサリエルどころか魔界神も豹さんのこと許してるから、豹さんが魔界に帰っても危険はないってことになりますよね?」
「そうです。むしろ問題はヒョウの方…粛清を請け負っていたヒョウは魔界に帰るのは処刑の時と決めている。
神綺やユキ、夢子がそれに納得しない限りは逃げ回るはず…というのがマイの出している結論でした。
…おそらく、これは当たってます」
「そうですね…豹さんなら、そう考えていそうです」
「でも、それなら姉さんにとっては好都合よね?」
「夢月の言う通り!ヒョウとサリエルを再会させることに何も問題はないです!
そういうわけなので、エリス?協力してもらいますよ」
「イヤよ!!ヒョウがあの巫女と繋がってないって証拠がないじゃない!」
「それはもうどうでもいいのよ。エリスがやるべきことは、ヒョウがサリエルに会いたいと戻ってきたときに夢幻世界にサリエルを連れてくることだけ。
逆に聞くけど、あの巫女と関わりがあるってだけでサリエルはヒョウを嫌うような薄情者なのかしら?」
「サリエル様はそんなに冷たくないわ!勝手なこと言うな!!」
「それなら、勝手にヒョウを消そうとした幽玄魔眼はサリエルの意に背いていることになりますね。
どうしてサリエルではなく幽玄魔眼の行動を支持しているのです?」
「うぐ………」
予想はしてましたが、サリエルに確認を取る前に口車に乗せられてますねエリスは。本当に悪魔とは思えないほど幼稚で素直ですね…
「………ヒョウはサリエル様だけを見ないんだもん!!あんな見境なしにサリエル様を任せるわけにはいかないわ!」
「「「「あー…」」」」
思わず出た声が揃ってしまいました。それが本音ですか…
これに関しては否定できませんね。エリーとくるみへの接し方で付き合いの短い私ですら納得できます。
「これは何を言おうとムダね。姉さん、エリスを連れて直接サリエルのところに行こうよ。
部下の暴走を謝罪させる方向で押し切るほうが早いわ」
「うえっ!?ちょっと、放せー!」
「そうね。エリー、くるみ。片付け任せちゃってもいい?」
「夢幻館の食器ですし、私がやっておきますよ」
「それじゃー…魔界の方はお任せしちゃっていいんでしょうか?」
「ええ。とりあえず先にサリエルにヒョウのことを伝えてくる。ヒョウが夢幻館に戻ってこれたら」
「その時にサリエルを夢幻世界に呼び出しましょう!」
「はーなーせー!!勝手に決めるなー!!」
やっぱり私たち悪魔はこうしたほうが早いですね♪
さあ、運命の再会を見せてもらうために…夢月と魔界に戻りましょう!