「ヒョウくんとカタマサくんの名前が伏せられているのはこれが理由。まあ、反乱について詳しいことを調べようとした子はみんな聞いてると思うけどね。緘口令なんて言っても、人手不足になっちゃうからしばらく隠して!ってみんなにお願いしただけだし」
「あの頃は本当にしんどかったですからね…ヒョウさんは《精神を休ませるために睡眠は重要》ってよく言ってたんだけど、それを身をもって知ったのがあの頃の魔界よ」
「ふあー…神綺様がそこまで怒るのもびっくりですけれど。サラってそんなにエリートだったのねー」
マイちゃんが帰るのとほぼ入れ替わりでサラちゃんが戻ってきてくれたから、私が眠りこけて知らないところの補足をサラちゃんがしてくれた。
…情けない創世神よね。肝心な時に、何の役にも立てなかった。
「わたしはエリートなんて思ってないけどね。反乱側に解錠魔法に詳しい奴がいたら、わたしごと神綺様は捕まっちゃってただろうし。夢子さんがあれだけ手早くヒョウさんを追放してくれたおかげで、訓練場入り口に施錠魔法かけただけで凌げただけだから。
…その追放のせいで、夢子さんも当時かなり落ち込んじゃってた方が危なかったのよ。ユキも言わずもがな…マイがいなかったらそれこそ魔界は自壊しちゃったと思うよ。神綺様に夢子さんにヒョウさんと、魔界全体を把握した上で指揮を執れる存在が軒並み頼れる状態じゃなくなってたから」
「ああ、マイが今でも平然と上層部に居座ってるのはそれもあるのね」
「マイちゃんの立ち回りに不満がある子もいたんだけど、その子たちも魔界を出ていくって選択を選んじゃったからね…
私自身が、子供たちには自由に生きてもらいたいって思ってるから。マイちゃんを否定することもしないし、出て行った子たちを連れ戻すこともしなかったわ。
それこそマイちゃんのことを知ってる皆からすれば、立場をもらった結果仕事に追われるようになったことが罰になってるって理解してたし」
「そうでしたねー、あれだけ忙しそうにしてたのに夢子さんすら手伝おうとしませんでしたもん」
「ふふっ!夢子さんもかなり怒ったんですね!さすがのマイもそれで懲りたのかしら」
「懲りたからこそ、魔界の組織運営に関して本気でマイちゃんは取り組んでくれたわ。私や夢子ちゃんだから簡単にできていたことや、ヒョウくんにしかできなかったこと…それが私と夢子ちゃんには判別できてなかったの。
これを他のみんなで分担することで負担を少なくしつつこなしていく。私はそういう組織の作り方が全然できてなかったから…今のパンデモニウムの組織・管理体制はマイちゃんが一人で一から立ち上げたといってもいいぐらい。
…マイちゃんも、自分が研究に専念する場所は魔界以外にないと言い切ってくれたから。自分のためであっても、魔界を守ろうと力を尽くしてくれたから。夢子ちゃんも今は水に流してくれた」
私は創世神として魔力量による力業で解決という手段が取れるから、できないことということに対しての理解が乏しくて。ヒョウくんは私の掛けた攻撃魔法制限の影響で、できないことに対して私よりずっと理解できていた。
そのヒョウくんが私と夢子ちゃんが気付けなかったところをフォローしてくれてたから、この時まで理解できていなくて。
それを教えてくれたのがマイちゃんだった。
「『……神綺様、普通は一人でできないことの方が多いんですよ』。
こんなことすらマイちゃんに直接言われるまで気付けなかった。カタマサくんや会季くんに見限られるのも当たり前よね…どこかで綻びが出るのは避けられなかった。
結果的に魔界は持ち直したけれど、その代償は大き過ぎた。巻き込んでしまった犠牲者もそうだけれど…無事なのに帰ってきてくれないってヒョウくんの行動は、ユキちゃんと夢子ちゃんの深過ぎる傷になってしまった」
「…神綺様とサリエル様もでしょう?」
「―――そうね。そうじゃなきゃ…あれだけ非道い八つ当たりには走らなかったでしょうね」
サリエルにとっては、救われた相手。私にとっては、当時一番長く私の傍で魔界を支えてくれた相手。
冷静になって振り返った時、サリエルとお互いに醜態を晒したと謝罪し合う変なことになったわ。
「それに、魔界に移住してくれた子たちだけじゃなくて、反乱が終わってから創造した
私が創世神を名乗るなんてまだ早いってことを、思い知らされた。今の私と魔界を見て、ヒョウくんがどう思い、そして許してくれるのか…それを聞くためにも、一度魔界に帰ってきてほしい。
…また魔界で過ごしてほしいなんて、私が願っちゃダメなんだけどね」
「別にそう願ってもいいと思いますよ。というか、夢子さんとユキはそれを心から望んでますし」
「ふふ、ありがとねサラちゃん。そう言ってくれるだけで、気が楽になるわ」
ヒョウくんが魔界に帰りたくないと望んでいるのなら、私はそれを否定しちゃいけない。
でも、少しぐらいズルくなってもいいって言ってもらえるのは精神的に助かる…魔界を見守る神としては失格なんだけどね。
「…その悪いことってのも聞いていいんですか?」
「今までの話で分かると思うけど、当時の人手不足は深刻だったの。だから久し振りにたくさん新しく子供を創ったんだけど、どうしても急ぎで人数が必要だったから魔力量が生粋の魔界人とは思えないぐらい…具体的に言うと次世代の子たちよりも少ない子ばかりになっちゃった。それこそ、今度は魔力量の格差ができちゃったの。
魔界が落ち着いてからその子たちにはちゃんと謝って、魔界を出ていきたかったら先に出て行っちゃった子がいる異世界を紹介するって言ったんだけど…みんな怒らずに許してくれた。安定した魔界が気に入ってるから気にしてません、って。
結局私は格差を作ってばっかりで。魔界の支配者としては無能ってことがよくわかる話よね…」
カタマサくんと会季くんは最期まで…自分の命を捨ててまで私が作ってしまった弱者を救うために動いた。
二人の思いを無駄にしないためにも、今度は先に謝って、逃げたいなら安全な異界を教えようとしたけれど…結果的にはただの自己満足でしかなかった。
「そういえば、同じ生粋の魔界人でも夢子さんやユキ、マイにサラあたりは魔力量が飛び抜けてますものね。純粋に最年長組のみなさんが強いからあまり気にしたことはありませんでしたけれど、本当に創造された時期が早いほど魔力量は多かったってことなんですね」
「それについては例外なルイズが言うのもなんだかなー…」
「隔世遺伝でしたっけ?私以外にも多数いるのですし、例外というほどでもないでしょう?」
「うーん…ルイズちゃんはそれこそ先祖返りってレベルだからねー。初めて会ったとき私もびっくりしたからなー」
ルイズちゃんは次世代の魔界人で、私が創造した子から数えて5世代目の子供なんだけれど…その魔力量は生粋の魔界人に並ぶほど。それなのに自分からパンデモニウムに旅行に来るまで一般人として潜伏できてたっていうある意味ものすごく貴重な子。これだけの魔力量の子を研究対象として見ることなく、ルイズちゃん本人も魔力の強さに驕ることのない普通の魔界人として育ててくれたルイズちゃんの両親は凄い。
そして、ルイズちゃんをこんな風に育てることができた今の魔界なら、カタマサくんも会季くんも…ヒョウくんも。納得して許してくれるんじゃないかなって…私は思ってる。
もう、それに答えられるのは…ヒョウくんだけ。
「でも、運命ってやつですかね?
先祖返りと言いたくなるような魔力量の次世代であるルイズが、物心つかないまま魔界に放置されたアリスを拾ってきて。
その神綺様そっくりな旧い魔力を持つアリスが、成長のために訪れていた幻想郷でヒョウさんを見つけてくれる。
こんなこと、神綺様も偶然なんて言葉で片付けたくないでしょう?」
「そうですね!私もそう考える方がロマンティックでいいと思いますわ」
運命、か。
悪くない、かもね。
「それが私にとってハッピーエンドで終われるかはわからないけど…
このチャンスは、逃すわけにはいかないもんね!」
そのためにも…はやくお仕事終わらせないと!
ヒョウくんだけじゃなく、アリスちゃんにも会えるんだし。頑張らなきゃ!
「―――そして、昨日ルイズが兄さんの消息を掴んでくれたから。わたしと夢子で迎えに来た」
長い過去語りを終えてユキが一息つく。魔界のことを全く知らないはずの騒霊たちも、余計な口を挟まず聞き入っていたわ。
「…豹が反逆なんて、全然イメージが湧かなかったけど。嵌められてリーダーに担がれたってことだったのね…」
カナが最初に感想を漏らした。直接面識がなくて話でしか豹のことを知らない私でさえ反逆なんて行動とは結び付かなかったけれど。そういうことかと納得できる経緯だった。
「先輩をここに飛ばしてしまったのは私だけど、それは処罰のためじゃない…私の制御不足で魔界に留めることが出来なかっただけで、先輩を罰しようなんてもう魔界の誰も考えてないわ」
「だから、わたしたちは悪いのはカタマサ一人って責任を押し付けることで納得できてる。兄さんが自分を許してあげられれば、それで済む話なのよ。
兄さんは、魔界から逃げ続ける必要なんてないの」
…あの過保護な母親のことを思えば、反逆者であろうと寛大な処置で留めるのは不思議じゃない。そのあたりを否定して厳しく処置するのが夢子なのだけれど、その夢子も処罰する気がない。
本当に、豹が魔界から逃げる必要はない。私もそう判断できる。
「…だとしても。豹が魔界に帰ることを望んでいないのなら…私はその意思を尊重したい。
魔界に帰ってしまったら、今までのように豹と過ごすことが出来なくなってしまうわ」
「うん、それはわかってる。でも、さっき軽く話した通り魔界からここに来るのは…兄さんなら難しくない。
だから、神綺様みたいにこっちに遊びに来れるはずなの。二度と幻想郷に帰ってこないなんてことにはならないわ」
ルナサの言うこともわかるけれど、ユキの言うことも真実。
パンデモニウムの召喚制御装置を母さんと共に製造したほどの空間魔導士であれば、魔界と幻想郷の行き来なんて大した手間じゃない。
「でも、幻想郷から離れると豹はこの家で過ごせなくなるわ。わたしはそれが許せない。
逆じゃダメなの?豹が魔界に顔を出して、その神綺様ってのと話をしたらこっちに帰ってくるっていうの」
「先輩がどうしてもって言うなら、仕方ないけれど。
私もユキも神綺様も、先輩と魔界で過ごしたいと思っているわ。カナと同じ、我が侭よ」
「む~…」
カナも自分の理想が我が侭ということを突き付けられて唸る。やっぱり、完全な協調なんて無理でしょうね。
―――私も自分の思った通りに意見を出させてもらおうかしら。
「私だけ豹との直接の面識がないから、無責任に言わせてもらうけど。
豹は、魔界に帰らせた方が良いと思うわ」
全員が驚いた顔をして、私に視線を向けてきたわね。