「ご主人様…!?どうしてですか!?」
上海が悲鳴のような声を上げる。こう反応されるのは仕方ないわ…今の上海にとって最も重要な目的である豹との邂逅。それを真正面から否定されたように聞こえるでしょうしね。
だから、落ち着かせるために事実を挙げていく。
「落ち着きなさい上海。今すぐにでも連れて帰れと言ってるわけじゃないわ…さっきユキが言ってたでしょう?豹本人は魔界に帰る気がないのだから。
ただ、私が話を聞いて思ったのは…幻想郷にいること自体が豹にとってリスクがあるということよ」
「……?どういうことかしら~。さっき言ってた幻想郷と魔界じゃなくて、豹だけに危険があるってこと?」
ちょうど私の頭上に陣取るメルランが疑問を返す。ちなみにカナの上にリリカ、ユキと夢子の上にルナサという位置。
…ユキと夢子が合流してさらに金髪率が増えたわね。
「はっきり言ってしまうと、豹自身も母さんと夢子は許してくれるって判断できてるはず。今の話を聞けば、どれだけ豹が母さんとお互い信頼してたのかよくわかる。だからこそ母さんは豹を処刑なんて出来ないってことがわからないはずがないわ。それなのに自分が粛清していた側だから、同じ罰を受けるべきと考えているのでしょう?
良く言えば意志が固い。悪く言えば過去を割り切るのが下手。
―――この、割り切るのが下手というのは…今の幻想郷で相性が悪すぎるのよ」
豹本人の性格が、異変という形で妖怪を存続させている幻想郷に向いていない。
「…スペルカードルール、だっけ?たしかに兄さんに向かないルールに見えるけど、初見の相手ならどれだけの相手だろうと兄さんが負けることはないと思うよ。勝てはしないかもしれないけど」
「あー…話を聞いてたら私もそう思うわー。というか素手で光弾を弾き返したりビームの軌道を捻じ曲げるとか何なの豹の戦闘スタイル。むしろ私なんかじゃ弾幕ごっこに持ち込まないと無事に逃げることすら無理じゃん」
ユキとリリカが豹の戦闘面からそう評価する。…まあ、それに関しては同感。
母さんの護衛役なんて必要ない―――その考えはあの襲撃の日から変わった。でも魔界の大惨事の後も、母さんはパンデモニウムの警備や自身の護衛を増やすでもなく被害を受けた各地の救済に向かっていたわ。戦力強化より魔界の復興を優先するあたりはそれらしいな…とは思っていたけれど、実際は別の理由があったということ。
攻撃魔法なしで夢子に食い下がれる戦闘力持ちなんて護衛がいたのであれば、新しく護衛を創ってもお互い不幸になる。母さんは
母さんは、そんな悲しい存在を創りたくなんてないでしょうから。
「問題なのは戦闘面じゃないのよ。異変が解決された後のこと…幻想郷で異変が起きたら巫女が解決して、それで終わり。後腐れなく終わりどころか、首謀者側と解決側がすぐに宴会で顔を合わせたりする。
幻想郷の住民であれば、もう慣れた光景なのかもしれないけれど。魔界から移住してきた私からすれば、そんなにきっぱり割り切れるものなの?って思うことがあるわ。
…もし、豹が異変に巻き込まれたとして。豹は終わった後ですぐ割り切れると思う?」
「「「「「―――っ!」」」」」
騒霊4人と上海が息を呑む。これまでは豹自身が避けていたのでしょうけれど。
霊夢も魔理沙も…いや、異変を解決しに動くのであれば咲夜や早苗、妖夢も考えは同じ。
「無理よ。先輩は敵味方の区別をきっちり付ける。極端な話ここにいる誰かが巻き込まれただけでも、その相手と馴れ合うことはしなくなるわ」
「……むしろ、後者の方が問題になりそう。私たちだけじゃなく雷鼓や雛に椛、リリーにくるみとエリ―あたりが被害を受けても豹は加害者を敵視するでしょう」
「そうだね。兄さんは思った通りここ幻想郷でも妹を増やしちゃってるから、その子たちを守るためには力を尽くしちゃう…妹側で対処できるならだいじょうぶだとは思うけど」
面倒見の良い兄貴分が、理不尽に巻き込まれた妹のために報復するという可能性は十分にある。それに…
「今までは八雲が上手くフォローしていたのでしょうけど、ルナサの話を聞く限り今後は無くなる。それによって豹の方から動いてしまう可能性があるわ。
具体的に起こり得る事態だと…例えばリリーが人里の人間の憂さ晴らしに遭った場合。そうなれば豹は下手人である人間を始末しかねない―――私はそう思えるのよ」
「…そうですね、豹さんはそう行動してしまうでしょう。
このお家の記憶の残滓に、かつてリリーさんを捕まえた子供に痛い目を見せておくか?と…豹さんがリリーさんに確認しているものがあります。リリーさんが何かされる前に逃げられたからいらないですよー、と答えていますので実行に移しはしていないとは思いますが」
「あ~、そういえばそんなやり取りしてたわね~。結局は妖精をサンドバッグ扱いにする方針を打ち出したお偉いさんに、脅しをかけに人里まで出向いてたみたいだけど」
上海とカナが豹の行動予測に裏付けをとってくれた…って、ちょっと待ちなさい。
まさか、その人里のお偉いさんは――!?
「カナ、まさかそのお偉いさんって稗田阿求!?」
「ああっ!?」
「ふえっ!?どうしたのアリスに上海も?
…たぶんそうじゃないかな?その名前に聞き覚えあるから」
「―――ッ!?それは凄くマズいわよ…!」
「…あっ!?そういえば彼女は!?」
「豹は何やってんの!?思いっきり潜伏になってないじゃん!!」
上海と騒霊姉妹も豹のとんでもない行動に声を上げてしまう。
たかだか妖精のために豹はよりによって忘れることのない稗田の当主を脅迫しに出向いたわけ!?リリーには悪いけど、ハイリスクローリターンすぎるわ!
「なんかすごくヤバいことやらかしちゃってるの兄さんは?」
「ええ、その稗田阿求は記憶を忘れることが無い能力を持ってるわ。脅しに行ったということは口止めもしているはずだけど、豹の存在はそれほど苦労せずに知ることが出来るということよ。
忘れないという能力持ちの彼女は、有力な妖怪すらも情報収集の相手として選択肢に入るのだから…!」
「――そういうこと。本当に先輩は、変わってない…抱え込んだ相手を守るためなら自分を盾にすることを躊躇わない」
「だね。わたしからするとむしろ安心するぐらいだなあ」
…夢子とユキは予想の範疇とでも言うように反応が薄いわね。そこまで豹のことを信じられるというの…?
いえ、むしろ幻想郷に居辛くなる理由になるから二人としては歓迎なのか。
「…まあ、これも新しく理由に加わるわ。性格的にも、状況的にも…私が豹は幻想郷に留まるより魔界に帰らせた方がいいと判断したのはこういうわけよ。
―――とはいっても、上海たちは豹を魔界に帰らせる気は無いのよね?」
「わたしはずっとそう言ってるよ!このお家に取り憑く騒霊として、豹がここを捨てることは許せないわ!」
「ごめんなさい、ご主人様…!私も、カナさんと同じ気持ちです。
隠れ家さんのためにも、豹さんを魔界に帰らせてしまうのは受け入れられないんです…!」
「…私も豹を魔界に帰らせたくない。幻想郷に戻ってこれるといっても、そばで私の
「私も姉さんと同じ気持ちよ。豹は私にとっても、大切な聴き手だわ」
「定期的に戻ってくるんなら私はいいんだけどさ、雷鼓も連れ戻せって言ってるし。そう簡単に引き下がれないかなー」
そうよね。今日まで共に豹の行方を追っていた私だから、皆の想いを理解できる。
だからこそ、これから先は…一度分かれて動くべき。
「なら仕方ないわ。タイミングも悪くない…明日からは分かれて行動しましょう。
だからカナ、上海を頼んでもいいかしら?」
「「えっ!?」」
カナと上海が揃って反応する。というか他の皆も驚いてるわね…まあ仕方ないことだけど。
「ご主人様、それはどういう…!?」
「言葉通りよ。これからしばらく、上海はカナと行動を共にしなさい。目的が全く同じなのだから。
ただ、魔力の補給は必要だから定期的に私のところに帰ってきてもらうことにはなるけれど」
「………アリスは、ユキと夢子と行動するということね?」
「ええ、というか霊夢の勘の良さを考えるとそうせざるを得ないのよ。さっき一度私の家に来てる以上、たぶん今頃はルナチャイルドを捕まえて私たちが今日動いてたことを聞き出してるはず。
だから面倒なことになる前に、私たち3人揃って一度霊夢に釘を刺しに行かなきゃならない。魔界と全面戦争にしたくないなら、私たちに絡んでくるなってね。さすがの霊夢も私たち3対1なら手を出すより先に話を聞くだろうから」
ルナサは八雲からそれなりに状況を聞いてるからか、理解が早くて助かるわ。
夢幻館に豹が居なかった時点で霊夢にある程度感付かれるのは避けられなかった。なら逆にこちらから先手を打ってしまう方が安全…なぜなら八雲紫も夢子とユキが霊夢と交戦するのは看過できないはずだから。霊夢がいつものごとく実力行使に出ようとするならおそらく止めるために介入してくる…少なくとも八雲紫か八雲藍どちらかと接触できる機会になる。むしろ私としてはこの展開が最上…母さんもこっちに来る気でいる以上、強気に交換条件を出せる。
「いいの?わたしたちが先に豹を見つけたら、そのまま匿って知らんぷりしちゃうかもしれないよ?」
「まあ、そうされても仕方ないけど。
カナとルナサたちじゃ、幻想郷の管理者や有力者に抵抗するのは限界があるでしょう?そうなったら私たちを頼らざるを得なくなるんじゃない?」
「うわ、アリスが魔界神の娘っていうの今はじめて実感したわ…キッツいこと言ってくれるじゃん」
リリカが地味に失礼な返しをしてきたわね。これでもお互いに最大限利がある妥協案のつもりなんだけど。
「でもアリスの言う通りなのよね~。博麗の巫女や幻想郷の大妖怪を相手にして豹を匿うのは私たちじゃ無理だもの~。
帰る前に会わせてくれる。帰った後も幻想郷に戻してくれるっていうのを守ってもらえるなら…お互いに連絡だけ取って別行動っていうのは現実的だわ」
「うん、さっきも言ったけどそれは約束する。
わたしは兄さんが妹として扱ってるあなたたちとは、敵同士になりたくないから。この約束は守る」
「私たちに有利過ぎる条件なのは理解できるけど、これ以上の案が貴方たちに出せるかしら?
出せないのであれば…折れてくれない?」
メルランは思ったより冷静に見てる。夢子とユキは私の案で十分と判断してる。となれば後は上海とカナ。
「…ご主人様、私は…」
「上海、別に私に剣を向けろと言ってるわけじゃないわ。でも、自立するのであれば私と考えが相容れなくなることもあるというだけ。
たとえ上海たちが先に豹を見つけて匿ったとしても、私が責めることはないわ。カナと隠れ家がどれだけ豹のことを想っているのかは、私もそれなりに理解しているつもりよ。
…私と一度離れることも、上海にとって良い経験になるわ。隠れ家の想いを、貫きなさい」
「―――わかりました…!カナさん、お世話にならせてもらって良いでしょうか?」
「うん、それはだいじょうぶだけど。魔力の補充はわたしじゃできないから…それは今しっかりアリスと確認して!
…アリス、ユキ、夢子。さっきも言ったけど、わたしは諦めないから。上手く出し抜かれても、文句は言わないでね?」
「ええ。私たちは先輩のことはともかく幻想郷のことをほとんど知らないのだから、カナたちに頼らざるを得ないことの方が多くなる。だからそれぐらいのリスクは受け入れるわ」
ここにいる皆と敵対したくないというのは、間違いなく全員の本音。
上手い落としどころを見つけて、望まぬ決裂で終わる縁にはしたくないわね。