旧地獄街道を飛びます。地上の存在を嫌う地底の妖怪ですが、私に絡んでくる者は滅多にいません。というのも地底における大勢力の一角である鬼は鶏の鳴き声を苦手とするので、私を刺激すると鬼から制裁を受けることがあるためです。神としては力の弱い私が地獄において重要な役割を果たしている理由でもあります。
だからこそ、私では止められない強大な鬼からは敵視されてもいるのですが…幸いなことに四天王の一角である星熊勇儀さんが友好的に接してくれているため大事にはならずに済んでいます。私が関所の番人の責務をしっかり果たす限り地上の者が地底に入り込むことは無い。地上の妖怪を嫌う勇儀さんとしては私の仕事は重要らしく、職務を果たしているだけの私を評価してくれているようなのです。
(ですが、それだけで私に情報を与えてくれるのでしょうか…?『教えてやるから喧嘩に付き合いな!』などと言われると困ってしまうのですが)
四季様の命令ですし、幻想郷全体にとっても危険があるようですので否やはないですが…私一人で対処できなくなる可能性がある気がします。そうなった場合の逃走経路は先に作って頂くべきだった気がしますね…
そんなことを思いつつも、勇儀さんの妖気がある場所に着きました。どうやら今日も宴会を楽しんでいる様子です。
…ヒョウという者が、勇儀さんの機嫌を損ねる存在ではないことを祈りましょう。お酒を楽しんでいるところを不機嫌にさせてしまっては、私もただでは済まないでしょうから。
「ありゃ、久侘歌ちゃんじゃない。こんなところまで来るのは珍しいねぇ」
「お楽しみのところ失礼しますね。勇儀さんは…少しお待ちしましょうか」
「あはは、そうだねえ…まあ勝負は決まってるようなもんだし、それほど時間はかからないよ」
「地上のニワタリ神がなんで違和感なく入り込めるのよ…妬ましい」
「あれー?地底の妖怪じゃないんだ。めずらしー」
土蜘蛛のヤマメさんが追い返さず招き入れてくれましたので、その席の後ろで待たせてもらうことにしました。橋姫のパルスィさんは不満げですが…これはいつものことですので大目に見てもらいましょう。肝心の勇儀さんはどうやら飲み比べで相手に奢らせる気満々のようで、無謀にも受けて立った男性の鬼がふらつき始めています。勇気と無謀を混同してはいけませんのに…
「なんなら久侘歌ちゃんも一杯やってくかい?」
「ヤマメさんにいただいても、あとで勇儀さんに付き合わされそうですからね…お気になさらず。それこそ手土産もなしに入り込んでしまってすみません」
「相変わらず私にも気遣いしてくれるんだねぇ。地上の奴とは思えないよ。
まあ、それなりに厄介事みたいだし…勇儀に話すまでは素面のがいいのかな?」
「そういうことです。状況次第では地底にも影響が出るかもしれないので、地底で人気のあるヤマメさんも状況を把握しておいてもらえると助かります」
「なんで地上の厄介事を持ち込むのよ。不干渉は何処に置き忘れて来たのかしら?
ああ、鶏頭だから忘れたのね」
「そうですね、今は忘れたことにしておく方が都合が良いです」
「流すんじゃないわよ…まったく妬ましい」
「へー、なんか面白そうだね!私も話を聞いてくよー!」
…パルスィさんの動向がちょっと怖いですが、魔界人であれば魔界から直接地底や地獄に侵入することが出来るので不干渉を破ってでも伝えておきたい事案です。異界の関所の番人として地底と無縁ではない私が使者として出向いただけ配慮していると取ってもらいたいのですが…パルスィさんには無理ですよね。
そんなやり取りをしていると、酔いつぶれた鬼を並べた座布団に転がした勇儀さんがこちらに来てくれました。呼び出して他の鬼たちに絡まれずに済むので助かりますね。
「顔を合わせるのは久しぶりじゃないか久侘歌。せっかく来たんだ、一杯ぐらいは付き合いな?アイツの奢りさね!」
「お久しぶりです勇儀さん。ありがたくいただきますが…手加減してくださいね?強すぎるお酒は私にはもったいないので」
「相変わらず謙虚だねえ。まあ、悪目立ちしたくないってのもわかるけどさ。
まあまずは飲みな!話はそれからさ!!」
さっそく盃を持ってこさせてお酒を注いでくれます。…どうか私でも楽しめる程度のお酒でありますように。
「それじゃ、乾杯だ!ヤマメもパルもまだ付き合うよな!?」
「もちろんだよ、アイツの奢りなんだろ?遠慮しないよ」
「パルは止めなさい。まったく、元締めの勇儀がなんで歓迎してるのよ。その器の大きさが妬ましい」
「はい、いただきます。あまり酒の肴となるお話ではないのですが、お付き合いください」
「「「「「かんぱーい!!」」」」」
…うっ、やっぱり強いお酒ですね。ヤマメさんに奢ってもらうのを遠慮しておいて正解でした。
まあ、美味しいと思えるのでまだ幸運でしたね。強過ぎてしばらく二日酔いが収まらなかったり、辛口すぎて美味しいと思えないお酒じゃなくてよかったです。
「あっはっは!こういうとき渋らず付き合ってくれるから久侘歌は友人甲斐がある!あのお堅い閻魔や地上のくだらないことにこだわる連中じゃこうはいかないからねえ」
「勇儀さんにそう言っていただけるのは光栄ですね。私が地獄の職務を問題なく果たせているのは勇儀さんのおかげでもあるのですが」
「いやいや、ニワタリ神ともあろう久侘歌ちゃんが何言ってるのさ。ここ最近立て続けに起きた地獄の騒ぎでも活躍したって話じゃないかい」
「そうなんだー。結構有名なんだねおねーさん」
「あれも職務の一環でしたからね…私が解決したわけでもないですし」
「他の地上の奴らよりは弁えてたからまだマシだったわよ。奴らは地底で好き勝手暴れて…それだけの力を持つのが妬ましいったらありゃしない」
「そう言うなパル、結果的に騒ぎは収まったんだからさ」
「だからパル言うな!まったく…人の言葉を無視できるだけの力を持つのが妬ましい」
…何気にパルスィさんはもう出来上がっていますね。これはもう相手にしないでもいいですか。
それなら…私に追加のお酒が注がれる前にお話を伝えてしまいましょう。お酒が回り過ぎると逃げることすら難しくなってしまいますからね。
「それでは、さっそく勇儀さんにお聞きしたいことを。
ヒョウという八雲紫の庇護下にいた魔界人のことをご存じでしょうか?」
「……いや、驚いた。まさかその名前を今になって聞けるとはねえ」
四季様のお話通りですね!勇儀さんがここまで驚くところは初めて見ます。
どうやら、不機嫌にさせるような存在ではなかったようです。一番の不安要素はなくなりました。
「勇儀がそんなに驚くのは珍しいじゃないか。なかなか面白そうな奴だねえ」
「ああ、豹は面白い奴だったよ。なんてったって、この私と萃香から正々堂々と逃げ切った男さ。忘れられやしない!」
「に、逃げ切った!?鬼の四天王二人を相手にしてですか!?」
「おうよ、それどころか肉弾戦でもかなり戦える素晴らしい奴だったさ。本人が言うには強化魔法の賜物、力勝負とは言えないなんて言ってたけどねえ…強化魔法を使えばこの私との殴り合いに付き合えるような漢だよ!
逃げ切られたのは本当に惜しいけど、それも正々堂々と殴り合った後の結果だからねえ。私を楽しませてくれたという点で、逃げ出した相手なのに嫌いにはなれない面白い奴だよ。
―――それこそ、機会があれば再戦と洒落込みたいぐらいさ!」
…そう語る勇儀さんの笑顔は、これが鬼の四天王と痛感させるような。
恐ろしい笑顔。笑顔とは本来攻撃的なものであるということがよくわかる笑顔でした。
「うへえ、勇儀と殴り合える?とんでもない奴もいるもんだねえ」
「私もびっくりー。そんな奴なら、お姉ちゃんも知ってるかなー?」
「強化魔法なんてもので鬼の四天王との肉弾戦を行える?どれだけ規格外な魔法使いよ…妬ましい」
「ああ、魔法使いじゃなくて魔界人つってたけどねえ。強化魔法を差し引いても肉体を限界まで鍛え上げてたのはわかったからさ。それもあって私も萃香も喧嘩を買わせに行ったんだよ。
それを空間魔法を駆使して逃げ切り、それ以降私と萃香の前に姿を見せることは無かった。どうやら紫も豹を相当気に入ってたみたいでねえ。私ら相手に戦うような無茶は二度とさせたくないって匿われちまったのさ。
結果的に、二対二の勝負で引き分けになったのだから引き下がれって押し通されちまったよ」
「…凄まじい男ですね。それだけの実力者が幻想郷に潜伏していたのですか。
ですが、八雲紫に匿われていた彼と、勇儀さんはどうやって知り合ったのですか?」
そう尋ねると、勇儀さんは渋い顔になってしまいました。…地雷を踏んでしまったでしょうか。
「もうずーっと昔の話だけどね。四天王でも手を焼くような馬鹿な鬼が出てきてさ…
そいつが紫に喧嘩を売ったもんで、討伐されちまったんだよ。その時に豹が紫と藍に協力してたのさ。
萃香も紫と親しいし、鬼から出た馬鹿だったから私たちも討伐に参加したのさ。同族を討つ羽目になった苦い記憶だよ」
「そうなのですか…これは私の中に留めておいた方が良いでしょうか?」
「いや、もう覚えてる奴もだいぶ減っただろうからねえ。聞かれたら話すぐらいの認識で構わないよ。
ただ、そんな苦い一件の中で豹という面白い奴を見つけられたんだ。あの馬鹿に一つだけ感謝してやれることさ」
…割り切っているようで、機嫌を損ねずに済みました。危ない危ない。
「でも、久侘歌から豹の名が出るってことは…奴はまだ生きていて、尻尾を掴まれたってことだね?」
「はい。そしてそれが問題になりそうなのです。
現在、幻想郷と魔界の関係は険悪…魔界神である神綺は好意的なのですが、魔界人は個人で魔界から幻想郷に侵入することが出来ます。もし、魔界人であるヒョウという者が博麗の巫女に襲撃された場合…全面戦争の口実にされる可能性が高いそうです。そしてそうなってしまえば、魔界人はここ地底にも簡単に侵入できる。どこから出てくるかわからない以上、撃退はできても建築物や貯蔵された食料・酒類などの被害は防げなくなるというのが四季様の見解です」
「ちょっ…魔界人ってのはそんなにとんでもない魔法使いだってのかい!?厄介なことこの上ないじゃないか」
「異界間移動を個人が自由にできるっての?妬ましいにもほどがあるわよ」
「うーん…たしかにそれはちょっと困るなー」
「なるほどね、あの閻魔はそれを危惧して久侘歌をここに寄越したわけだ」
「はい、私は彼を探している者にその存在を聞きましたので四季様にご存じか尋ねたのですが…
まさかこれほど影響の大きい人物だったとは思いもしませんでした」
私が伝えられる状況はこれだけです。あとは椛とルイズの名前ぐらいですが…
勇儀さんは、これだけで動いてくれるでしょうか。
「いいだろう、閻魔の策に乗るのは気に入らないけど…豹と再戦できる可能性があるってのは血が騒ぐさ!久侘歌、しばらく地上で付き合ってもらうよ?」
「良いのですか?私としては助かりますが」
「いいんだよ、博麗の巫女なんかもこっちに乗り込んできてんだし、私が地上に出ても文句は言わせないさ」
「ま、私としてもそうしてくれた方がありがたいねえ。私も状況を知ってほしいってのは、地底にヒョウって奴が逃げてきた場合の保険ってとこかな?」
「それもありますし、全面戦争になった場合に同士討ちを未然に防ぐことをお願いしたいのです。侵入した魔界人の行動で仲間割れは避けたいので」
「そういうことね、それは任せときな」
「決まりだね!それじゃ久侘歌、私はちょいと留守にすることを伝えつつ今日は飲むからさ、明日関所に顔を出す。それでいいね?」
「はい、お願いします」
「自由に動くのがまかり通る…ああもう妬ましい」
四季様の理想通りに事が進みました。任務の滑り出しは上々でしょう。それに、これなら…
「それでは、私は準備を整えますので。一杯しかお付き合いできずすみません」
「それはちょいと残念だけど、しょうがないさね。明日からしばらくよろしくな!」
「はい、お待ちしています」
「そうなるかい。それじゃ、久侘歌ちゃんお疲れ!」
上手く宴会を抜けられました!私が二日酔いという情けない事態も回避です。
―――ただ、とても厄介な存在に興味を持たせてしまったことに…気付くことが出来なかったのですが。
「これは地上で面白いことが始まりそう!お姉ちゃんに言ってから出かけよっと!」
誰にも気付かれず宴会に参加していた古明地こいしも、地霊殿に一度帰っていった。