賢王ゴドリック   作:Humanity

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臆病のゴドリック

 

外がやけに騒がしい。

 

留守を装うように薄暗く明かりを消した部屋。そのカーテンの隙間から館の外を見れば、眩いばかりの黄金に照らされた黄金の王都とその下で息をする誇り高き黄金樹の民が群れを成しているのが見てとれた。松明を掲げ、あるいは赤子を掲げて声を発する群衆がなんとも、市民はいまだ元気なようだ。

 

 

「……ふっ…。」

 

 

思わず口をついて出た笑いに呼応するように、階下の窓へ石が投げ込まれたらしく悲惨な音が鳴り響く。従者のうち幾人かが負傷したのか助けを呼ぶ声と、小姓と騎士たちが完全武装で駆ける音がしてすぐ私はどこからともなく現れた小姓によって窓から引き離された。

 

『ローデイル攻防戦』

実父ゴドフロアが何を狂ったのか戦端を切ったこの戦争は王都ローデイルの周囲をゴドフロア軍勢が包囲する、極めて有利な情勢まで攻め込むことに成功した。

が、これは第一次攻防戦の戦果だ。

 

そしていま終わろうとしている第二次攻防戦はローデイルの竜信仰を礎とした兵力増強が極めて高い効果を示し、王都軍勢は英雄とまで謳われるほどの騎士を多数立てて一か所の穴から一挙に前線を押し上げ趨勢が覆されたのだ。一時期は二段目の城壁を越え水堀を渡ってくるかというほどに迫ったゴドフロア軍勢も今やその見る影無く、一段目の城壁に取りつくこともできずまた火山館からの挟撃にもあってむざむざと敗走しているのである。

 

さて今一度目を戻せば私は今、その愚かしい実父の過ちとその咎を群衆によって被せられようとしているのだ。これほど腹立たしいことがあるだろうか。

 

 

「……はぁ………。」

 

 

小姓に連れられて自室へ戻る。ここは邸宅の中庭へ向いた部屋であり、都合よく外界の喧騒から目をそらすことのできる部屋なのだ。窓の外から黄金樹とその直下に存在する王宮、そして議場を兼ねる大舞台を見上げる形になっている。即ち永遠の女王マリカと、祖父ゴッドフレイの座す白亜の王宮だ。

 

実のところ、私自身は実の父であるゴドフロアを直接目にしたことはあまりない。父はかつて祖父ゴッドフレイが築城を命じたストームヴィル城の護りを任じられ赴任しているためだが、それ以上に私自身が「望まれぬ子」であったことが大きいだろうか。父の思惑のほどは図り得ないが、しかし確かに私は父に似て祖父ゴッドフレイほどの力を受け継ぐことはなかったのだから。

 

 

『力こそ、王の故よ。』

 

 

とは祖父の言だ。

その言葉の通りに、祖父と女王マリカの直系である我ら「黄金の一族」は武力を誇る傾向が強いのである。叔父であるゴッドウィンや忌み子ゆえに存在を隠されているものの祖父からは重用されているらしいマルギットなどはその好例だ。父ゴドフロアもまたその系譜を濃く受け、自らの体に力を蓄えんと画策しているという事を祖父から伝え聞いた。

 

とはいえ、父ゴドフロアの赴任というのは体は良いとしても殆ど左遷に近いだろう。私と同じく祖父の力を完全に受け継ぐことはできなかった父はデミゴッドであるにもかかわらず只人に似通った体格に生まれついたのだから。

 

ふと視線を落として気がついた。黄金の光で照らされる机上に封書が置かれている。先程の小姓が置いていったものであろうか、黄金樹の落ち葉が縫い付けられていた。

 

封書を開くと丁寧な字で簡潔にまとめられた一枚の書簡が私に宛てられており、差出人の欄に名はないが黄金樹の葉とそれを縫い付ける黄金の糸で十分すぎるほどである。

すなわち差出人は黄金律のもとの唯一神、永遠の女王マリカ。彼女は私にとって祖母でありながら乳母以上の母替わりでありまた姉のようでもある不思議な女性だというのが印象だった。

 

 

「……。」

 

 

肝心の中身はというと、私に王都からの脱出を勧める旨であった。

父ゴドフロアの敗走あるいは捕縛か討ち死にという結末はすでに決定的であり、そのうちどの分岐を行くかという程度のものでしかない。そうなればゴドフロアは封牢行きか、良くて狭間の地からの追放になるだろう。マリカ様は私をも追放する気はないと書簡の中で述べており、ストームヴィル城の新しい領主として継承させるとのことだ。

しかしそれではおそらく民衆の暴走は抑えられないであろう。それを危惧してのことなのだ。

 

 

「つまるところ、王都追放の宣言に先立って亡命しろということか。」

 

 

封書を机上に置き、また机に向かって体重をかけて肩より下へと首が曲がっていく。まっすぐに伸びた黒い髪が両肩から垂れ、力んでいる小さな手や細く白い腕を視界で覆っていく。一生に吐けるすべてを今この瞬間で吐きつくすのではないかとすら思えるほどに溜め息がちとなりながら、目の前へこれ見よがしに立ちはだかった問題を考える。

 

 

「亡命、亡命…か。」

 

 

おおよそ得物を取ることは疎か甲冑を身に纏うにもましてやそれで行軍するにも適さないであろうというほどに脆弱なこの身。頭の内側で、やけに頭蓋骨に響いて反芻されるは祖父の『力こそ王の故』というその言葉だった。

 

 

「そんなことが可能なのか?戦乱のさなかで?この私に?」

 

 

無理だ。無理に決まっている。到底不可能に違いない。

この「私」がもし、もしももっと短慮的であれたなら可能であったのかもしれない。すこしでも「黄金の一族」たる誇りが「私」に備わっていたのなら、矮小なこの体には大に過ぎるような強靭な根性があったのなら、あるいは強い力への憧憬があったなら、その「私」はきっと実父のもとへとっくに駆け込んでいたに違いない。あるいはこの時点で亡命を決意出来ていたのだろう。

しかし今どれほど逃避しようとも「私」はこの私である。

 

 

「はは……ああ………は…は。」

 

 

狂い火に侵された病人のように私は書簡を持ったまま両手を眼もとへやり天を仰ぐようにして笑い打ち震えた後、膝をついた。そして頭を抱えるような格好で丸くなり、もはや何かをする気力もなくして床に就くこともできなくなってこれ以上考えることから逃げた。

せめて私が女であればよかったのだろう。継承とか血族とかそういったものより距離をとって、何か他の仕事に従事しながら他人事として見るこの状況はさぞかし面白いであろうに。

 

 

夜が明けた。

私は自分のベッドの上で目が覚める。側には昨日の例の封筒があり、どうやら給仕たちが茫然自失に陥った私を発見して介助し床に就かせたようだ。耳を澄ませると外は先ほどよりも騒がしくない。むしろ不気味なほどにこの館の周辺は静かであり、また館の内部もインプ像しかいないのではないかというほどに物音がしなかった。

戦況はどうなっているのか私の処遇はどうなったのかと、目覚めてすぐに私の頭は考え始める。そうして居てもたってもいられなくなった私は半身を晒すのも気にせず起き上がり、そうしているうちに何者かが戸をたたいた。

 

 

「……エドガーか、入れ。」

 

 

その主は、失地騎士のエドガーだろう。そうあたりを付けて返すと相手はたじろぐように戸の前で足甲の音を立てる。

 

 

「は。」

 

 

やはりエドガーだ。そもそも私のもとについている騎士はその多くが父ゴドフロアの送った者たちである。館の守衛をしているローデイル騎士を含めたとしても私の手勢はあまりにも少ないのであり、やはり父にとっての私は価値があまりないのだろう。形だけ取るといったところだ。

それはさておき、私の部屋へ入ったエドガーは跪きこちらを見るなり直ぐに目を逸らし言う。

 

 

「…お召し物を持ってこさせましょう。」

 

「いやいい、ここにはお前と私しかいないのだろう。」

 

「しかし」

 

「いらん。戦況報告か、あるいは公務に予定の変更が生じたのか、用件は何だ。」

 

 

エドガーは渋々といった調子で報告を始めた。

彼の携えた報告内容が私をついに書簡に記されていた問題の真っただ中へ陥れるものであったのだ。

 

 

「………ほ…捕縛、され、た。」

 

「、は。ストームヴィル勢は王の捕縛を機に降伏を昨夜遅くに宣言し戦闘は終結しました。」

 

「…。私の、処遇、は?」

 

「まだ判断しかねます。ローデイルの民意を汲めば狭間の地追放か王都追放となりますが、マリカ様の意思は何れであるかあるいはまた別の処遇をお考えであるのか。」

 

「…………っ。」

 

「本日より公務は王宮が戦後処理に入っていることからすべて取り消しとなります。……またゴドフロア様は明日封牢へ…。」

 

 

動悸を起こし始めている私はベッドの上で猫背でやや前かがみとなりながらエドガーの報告に耳を傾けていた。が、ついに私は耐えきることができなくなりエドガーに退出指示を出した。

 

 

「エドガー。」

 

「は。」

 

「……ご苦労であった。褒美をとらせたいが暫し待ってくれ、退出を許す。」

 

「………ご厚意に感謝いたします。」

 

 

戸を閉め去ったのを聞き耳を立てて確認した私は、うつ伏せになってベッドに倒れこんだ。

 

 

「………この意気地なし。」

 

 

枕に埋めてそうつぶやき、再び鉛のように重い上体を起こして書簡に目をやる。

封筒の中に入っていると思われるそれは、開き癖がついてしまったのか昨日机上で見た時よりも膨らみを有しており手を伸ばすと心なしか初めて取ったときよりも重く感じた。

 

 

「む…書簡以外になにか入って……?」

 

 

封筒を見て何かあると察した私は筒を傾け、手の内に滑り込んだそれを見て固まった。

 

 

「は………『擬態のヴェール』…?」

 

 

永遠の女王マリカの戯れとして知られる、『擬態』の能力。それ自体ではなくこれは単にマリカ様の持つ能力のうち一つを彼女自身が写し取ったものでありやや不完全性を孕んでいるのだが、ローデイルの秘宝であることに違いはない。

 

 

「それがなぜ…?給仕や小姓なわけはない。まさか、あの書簡は…。」

 

 

封筒を開きその中をどれほど確かめようと、ヴェール以外のものは無い。空っぽだった。

 

 

「書簡の存在を他の誰かに知られることはない…か。」

 

 

なんと豪勢な隠蔽工作であろうか。とはいえ私は自身の手元にローデイルの秘宝があるという状況が怖く、これをなんとかして返せないものかと画策しだす。

足のつかないルートなどあるのだろうか、と。そして私はそもそもマリカ様はいかにしてこの書簡をこちらへ寄越したのだと考え出し、部屋の中をうろうろと歩き回るなかその視界に映り込んだ姿鏡に目がとまった。

 

 

「………あ。」

 

 

黒髪の、やや貧相な娘がそこにあったのだ。

 




 
接ぎ木のゴドリックが接ぎ木をしない世界線、思いついちゃったので形にしました。また遅ればせながらトロコン記念です。
独自の設定や展開は少なくするつもりですが、初っ端から独自展開を入れているのであまり信憑性はないかもしれませんね。
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