メイドです、仕事辞めたい 作:ブラック企業ナザリック
次回更新は未定です
「……お淑やかに、か」
ファースは最近よくエクレアから言われる言葉を、掃除の手を緩めず反復させる。
お淑やかとは、何だろうか。
そんな哲学じみた解答を求めるが、ファースの頭には浮かんでこない。
そもそも、今のファースが彼女本来の性格だ。
造物主である御方にそうあれと、決められたわけでも無い。
――だから、逆を返せば
ファースとて女の体で創造されたのだから、お淑やかさに憧れが全く無いと言えば嘘になる。
しかし具体的な方法が思い付かない。
というより思い付いても実行する気にはなれない。
何故かって? 小っ恥ずかしいからに決まっている。
「……まぁ良いか、不都合は今のところないし。そもそもあのペンギンに言われたから意識するのは何か癪にさわる」
ファースは鬱憤を晴らすかのように、手にしたモップに力を込める。
――そして、ファースを身に覚えのない妙な感覚が突然襲った。
何かが
それが何なのか考え始めるより先に、ファースの頭の中で声がした。
『聞こえるか? ファース』
「え、あ? あ、アインズ様――でしょうか? どちらに――」
ファースの頭の中で、至高の存在であるアインズの声が響く。
いつの間にお近くに?
転移なされたのだろうか?
そう思い辺りを見回すが、尊き存在は影も形も無かった。
声だけがするのだ。
『落ち着くが良い、魔法による念話のようなものだ』
「な、なるほど……これが魔法なのですね」
魔法の力が宿ったアイテムなどには、ファースもいくつか世話になっているものがあるが、実際に魔法の力を身をもって味わうのは初めてだ。
ファースは驚きながらも、お近くには居ないと知りながらもその場で跪き、主人の言葉を待った。
『さて、本来ならばもう少し早く連絡したかったが――すまない、最近少々立て込んでいてな』
「御身が謝罪する事など一つもございません、アインズ様」
アインズの謝罪に必要性はないことをファースはすぐに告げた。
主人の為なら何日でも、何年でも待てるのだから。
『そう言ってくれると私としても嬉しいな、お前達のような立派なメイドが居てくれるのが本当に誇らしい。それとヘロヘロさん、ホワイトブリムさん、ク・ドゥ・グラースさんにも感謝をしないとな』
「お、お褒めに与り光栄です!」
思わず頬が緩む。
メイドとして褒められ、創造主である方達も褒められて、頬が緩まないナザリックのメイドなんて居ない。
『――時間が惜しかったな、さっそく本題に入るぞ』
ファースは何を言われるのだろうかと、鼓動を速めながらアインズの言葉を待った。
『ファースよ、今から
「かしこまり……ぇ?」
ファースは己が耳を――いや、頭を疑った。
あまりにも衝撃的で、咀嚼しきれない言葉に脳がフリーズを起こしかける。
(何故アインズ様が私をお部屋に……? しかも1人で来るようにだなんて――)
要するに
でなければ人払いをする理由がない。
では密会をする理由の方は?
至高の存在であられるアインズ様が、単なるメイドを自身の部屋にまで呼んでお求めになられるその
(――あ、あぁ……え、でも本当に?)
ファースはやがて一つの結論に辿り着いた。
『どうした? 何か不都合があるのなら、日を改めても――』
「い、いえ! すぐに参ります! た、ただ……」
『ただ?』
今度はアインズがファースの言葉を待った。
「……ゆ、湯浴みと着替えの時間だけ頂きたく――」
『ふむ……? そんなに汚れてしまっているのか?』
「い、いえ……汚れてはいませんが……」
メイド服が清掃で大きく汚れるようなヘマはしない。
『それならば、別に着替える必要はない。そのまま来ると良い。先程も言ったが時間が惜しい、不都合が無いのであればすぐに来てほしいのだが』
「か、かしこまりした! 今すぐ向かいます!」
『そうか、では待っているぞ』
――何かが繋がっていた感覚と、アインズの声が完全にファースの頭から消えた。
「……そ、そのままで良いんだ――とりあえず、うん。行くか――」
ファースは真っ赤に染まりつつある顔で、悶々とした気分でアインズの部屋に向かい始めた――
――ナザリック地下大墳墓の階層守護者の一角である『コキュートス』が、ナザリックに
言葉にすると、とんでもなく許し難いものだ。
しかし、主人であるアインズがそれを赦した。
――というより、アインズはコキュートスの敗北を望み、弱い軍を使わせてリザードマン相手に
そしてコキュートス自身がそれを予期するのを期待していた――というのが正しいだろう。
とにかく、全てはアインズの計画のうち。
コキュートスはほんの少し、主人の期待に応えられなかっただけだ。
ナザリック自体の損失は何一つない。
しかし、栄あるナザリックに敗北をもたらしたのは事実。
コキュートスは罰として、リザードマン達と今度は己が身一つで戦い、その後リザードマン達を統治する事になった。
「――ときにアウラ、少し聞きたいことがありんす」
アインズへの今後の打ち合わせのようなものを兼ねた謁見が終わり、主人の居なくなった玉座の間。
突然シャルティアが思い出したかのように、同じ階層守護者であるダークエルフの少女『アウラ・ベラ・フィオーラ』に話しかけた。
「……急に何?」
アウラとシャルティアは仲良く喧嘩する仲。
シャルティアが何の嫌味もなく、自身に純粋に聞きたいことがあると言ってきたら、当然警戒する。
「第六階層――あなたの管理してる魔獣の中に、
「――えろげ? 聞いた事もないけど」
アウラは即答した。
そんな名前の魔獣は少なくともアウラが管理している中には居ない。
「逆に聞くんだけど、そのえろげって何? 新種の魔獣?」
アウラの脳裏には、主人であるアインズが外から連れてきた『ハムスケ』という魔獣。
そんなに強くはないが、あの毛皮には興味があるアウラ。
ハムスケが死んだら毛皮だけでも貰えないものだろうか――
そしてシャルティアのいう『えろげ』。
もしかしてハムスケのような、知らない魔獣がまた現れたのだろうかと密かに期待を胸に抱くアウラ。
「……本当に知らないの?」
「な、何よその憐れむような視線……知らないものは知らないわよ」
するとシャルティアから、ガッカリされたような、可哀想なものをみるような視線を向けられた。
「――えろげは
そして煽るような挑発的な態度。
どうやら先程、アインズから『愛してる』と言われていつもの調子が戻ってきているようだ。
アウラとしても、ぐちぐち落ち込んでるシャルティアよりこっちの方がやりやすい。
「……ちょっと待って、今なんて言った?」
普段なら挑発に乗ってしまうところを、冷静に聞き返すアウラ。
それは、シャルティアの言葉に自らの造物主の名前が入っていたからであろう。
「だから、ぶくぶく茶釜様がお造りになられたえろげなるペットを知らないかって――」
「ち、ちょっと! その話もう少し詳しく!」
アウラはシャルティアに飛び掛かる。
そして肩をガクンガクンと揺さぶりながら問い詰める。
あうあうと揺らされるシャルティア。
「お、お姉ちゃん……落ち着いて――」
「落ち着けるわけないでしょ『マーレ』!」
「あぅ……」
そんなシャルティアを見兼ねた、もしくは凄まじい形相の姉に堪え兼ねたのか、アウラの弟である――何故か少女の格好をしているが――『マーレ・ベロ・フィオーレ』が止めに入るが、姉の一言で引っ込んでしまった。
「……落ち着きなさい、アウラ。シャルティアの首が『ユリ』みたく吹っ飛んでしまうわ」
「それはそれで、見てみたくもあるけどね」
「……マタ、復活サセルノカ?」
マーレの代わりに、その場にいたアルベド、『デミウルゴス』、コキュートスが興奮するアウラを止めに入った。
「な、何をするんでありんすか……?」
アウラの肩ゆさゆさ攻撃から解放されたシャルティアが、訴えかけるようにアウラに言った。
「シャルティア、先に聞くけど出鱈目とかじゃないでしょうね? ぶくぶく茶釜様のお名前を出した以上嘘だったら承知しないからね」
「う、嘘なんてつくわけ――」
「じゃあ教えて、何であんたがそんな情報を知ってるの? ぶくぶく茶釜様が御創造されたペット――えろげの情報を。何処から? というか何処にいるの? ナザリック? あんたの階層にいるの?」
――ぶくぶく茶釜はアウラとマーレの創造主。
アウラはもちろん、自らの創造主の事は大好きだ。
そんな大好きな創造主が造ったペットの存在――しかも自分が知らなくて、シャルティアが知っている。
その事実は、アウラを興奮させるには十分だった。
「いや、わたしも居場所まで知らないから聞いて――」
「他には? えろげってどんな姿? 強さは?」
「知らないわよ……知ってるのは、えろげなるペットはぶくぶく茶釜様がお造りになられ、ペロロンチーノ様がそれを広めて癒しを与えていたっていう事くらいしか――」
――ペロロンチーノ様が広め、癒しを?
つまり回復系の能力に特化、もしくは愛玩系の種族のペットだろうか?
「……つまり、ナザリックの何処かにまだ居るかもしれないって?」
アウラはさりげなく、アルベド、デミウルゴス、コキュートスの方を向いた。
その意図を察した3人は即座に首を横に振った。
なるほど、3人の領域では見掛けない存在らしい。
となると残りは第四か第八だろうか……?
「だから、わたしは知りんせん。教えてくれた
「――メイドぉ?」
ナザリックでメイドというと、戦闘メイドか一般メイドを指す。
「メイドって具体的には誰? 『プレアデス』の誰か?」
アウラがさらに情報を求める。
もしかしたら、そのメイドに直接話を聞く必要があるかもしれないからだ。
「違うでありんすえ、第九階層で掃除とかしてる普通のメイド。名前は確か……
知らない名前だ。
しかしシャルティアの証言が正しければ、戦闘メイドではなく一般メイドだろう。
「そのファースっていうメイドが、ぶくぶく茶釜様がえろげなるペットをお造りになったって言ってたの?」
不思議な話ではない。
第九階層に普段いるのであれば、至高の御方々が住まう階層でもある。
であれば、そう言った話を耳にしていたのかもしれない。
「具体的には、わらわの話も合わせてそう結論が出ただけでありんす」
「ふーん……他には何か言ってた? そのメイド」
もしかして、ぶくぶく茶釜様について他に何か知っているのかも。
そんな期待もあり、シャルティアに聞いてみるアウラ。
「――それはもう、ペロロンチーノ様のあんな事やこんな事を……」
すると幸せそうな顔で、控えめな思い出し笑いをするシャルティア。
どうやら、そのメイドから自らの創造主の話を色々と聞いたようだ。
「ぶくぶく茶釜様は?」
「え?」
「だから、ぶくぶく茶釜様の事は?」
「……聞いてないでありんす」
――アウラはシャルティアに躍りかかった。
「あ……えと、やめようよ2人とも」
マーレが近くでオドオドとするが、何の効果もない。
「何で聞いとかないのよ! ペロロンチーノ様のお話聞くならぶくぶく茶釜様のお話も聞いとくのが常識でしょ!」
「知らないわよ! 自分で聞きに行けばいいじゃない! ナザリックの
――シャルティアがそう吐き捨てるように叫ぶと、辺りの空気が変わった。
具体的には、さっきまで野次馬のように傍観していたアルベドとデミウルゴス。
この2人の纏う空気が、張り詰めたものに変わったのだ。
「……シャルティア、今の話は本当かね?」
デミウルゴスが近づき、アウラとシャルティアの取っ組み合いをやめさせてから、シャルティアに尋ねた。
「え、えぇ?」
そんな質問をされるのが不思議、というか予想していなかったシャルティアはそんな間の抜けた返事をする。
「な、何……どうしたのデミウルゴス?」
まるで主人であるアインズと話している時のような真面目な雰囲気に、思わずアウラが聞く。
「――いやなに、ナザリックの
デミウルゴスの答えに、アルベド以外の守護者は首を傾げる。
「……一応聞いておくが、この中でナザリックの歴史――
デミウルゴスの問いに、静寂が答えを示す。
「……そう、不思議な事に
ナザリックの歴史書。
それは至高の御方々がいかにしてナザリックをお造りになり、どんな出来事があったのか。
偉大なるアインズ・ウール・ゴウンの歴史。
言ってしまえばナザリックの者達にとっての聖書、そして神話。
シモベである自分達は断片的で一部しか知り得ないが、その歴史書を読めば全てを理解できるであろう。
――
「えっと……つまりどういうことですか?」
マーレが代表してデミウルゴスに訊ねる。
「――これは推測に過ぎない上に、まだ情報が足りないからかなり暈して言うが……そのファースというメイドは、