メイドです、仕事辞めたい 作:ブラック企業ナザリック
「もうだめだ」
ファースは全てを察した。
そして絶望する。
昼食を食べ終え、煙草の欲求を何とか和らげないかとファースは考えた。
その結果、昼寝という案に辿り着いた。
意識が無ければ欲求も感じない。
それに、昼寝というのには前々から憧れがあった。
ファースはすぐさま、自室に戻ってベッドにダイブ。
それは予想より遥かに気持ちの良いもので、ファースは静かに寝息を立て始めた……
――ここまでは良かった。
ファースが昼寝から目を覚ませば、時刻は既に夕刻を過ぎていた。
日付が変わるまで、あと数時間。
これなら何とかなるだろうと、ファースは安堵の息を漏らし、先ずは目覚めの一服を――
……そして今ファースが手にしている煙草は、残りの10本中、
「……は、はは、我ながら馬鹿というか――」
ファースは乾いた笑いをこぼす。
呆れ果てた、自虐に近い笑いだった。
「あと1本――日付が変わるまであと
ファースは頭を抱える。
そして確信していた。
あと3時間を、たった1本で過ごすのは
最後の1本に手を出したが最後、ファースは選択を迫られるであろう。
己の心を
「……い、いや、悲観的になるな。眠気がもう無いから睡眠という手はもう使えないが、
問題は、どう紛らわせるかだ。
正直に言って、ファースは趣味と呼べるものは持ち合わせていなかった。
強いていうなら喫煙、あとは食事だろうか。
体を動かすのも、本を読んだりする事にも特に興味は湧かない。
もしかしたら、やってみれば――という事もあるかもしれないが、少なくとも今のファースの状態では肝心のやる気すら出てこないだろう。
「……こうなったら」
ファースは切り札を使う事にした。
要は、喫煙の代わりに
それならば、1つだけ心当たりがファースにはあった――
「ドウカシタノカ? デミウルゴス?」
ここは副料理長が管理する第九階層にあるバー。
今日のお客は、階層守護者のデミウルゴスとコキュートスだった。
先日のコキュートスが見事リザードマンを統治する事になった件について、2人は祝いの席を欲した。
そこで副料理長のバーが選ばれたのだ。
「――あぁ、すまないねコキュートス。君の勝利を乾杯する祝いの席だというのに」
何処から用意したのか、カウンターに備え付けられている椅子ではなく、かなり大きい椅子に腰を下ろしたコキュートスが、いつもより口数が少ないデミウルゴスを心配するように言った。
「……デミウルゴス、何度モ言ウガ私ハ今回オ前ニカナリ助ケラレタ。ソノ礼ト言ッテハナンダガ、何カ悩ミガアルノナラ力ニナロウ」
コキュートスの口から冷気の息がこぼれる。
少々興奮気味なのだろう。
「ありがとうコキュートス。けれど心配は必要ないよ――少し前にきたアルベドからの伝言の内容を思い返していただけさ」
「……メイドノ働キ方ガ変ワルトイウヤツカ?」
「あぁ、それだ――特に大きく変わるのはアインズ様当番という制度。メイド達が交代で1日中アインズ様に侍る事が出来るものだね」
「ムゥ……少シ羨マシイナ」
同感だ。
デミウルゴスとて、主人であるアインズの側に1日中居られたらどれだけ幸福な事か。
しかし嫉妬はしない。
ナザリックのシモベにはそれぞれ役割がある。
メイドが主人の側に居る事は何らおかしな事ではない。
むしろ何故今までアインズは、メイドを侍らせなかったのか?
そちらの方がデミウルゴスとしては興味があった。
言い換えると、
「ソレガドウカシタノカ?」
「――アルベドから聞いた話だと、記念すべき初日のアインズ様当番のメイド。名前は……
「……ソノ名前ハ確カ――」
「その通り、例のシャルティアが言っていたメイドだ。アルベドも伝言で言っていたが――やはりこの前話した推測は
「メイドガナザリックノ生キル歴史書――トイウ話ダナ。何故正シイト?」
コキュートスは根拠を欲した。
デミウルゴスは眼鏡を指で押し上げてから答えた。
「ナザリックの原因不明の転移によって、我々は常に後手に回るしかなかった。謎の転移から始まり、冒険者モモンの誕生、シャルティアの洗脳、そして先日のリザードマン相手の戦争――色々あったが、ここらで
デミウルゴスはグラスに残っていた液体を飲み干す。
「外の情報があらかた集まり、精査が出来た。ナザリックはここから先手側に回る――要は転換期だよ」
コキュートスはデミウルゴスの言葉にイマイチ理解が出来ずにいた。
「すまない、言葉が少なかった――シャルティアの洗脳の件があるとはいえ、転移直後よりはある程度の安全性が確保出来た。今まではアインズ様やアルベドが選別した戦える者達がナザリックの外に出ていたが――これからは、きっと一般メイド達も外に出る事になるだろうね……そう、アインズ様当番として」
「戦闘能力ヲ持タナイメイド達ヲ? ……成程、安全ガ確保出来レバ低レベルノモノ達モ外ニ出レルカ」
言葉にすれば当たり前。
しかし今後――アインズ様が望む
ナザリックのシモベ全員に、役割がある。
もしくはこれから出来ていくのだ。
「――アインズ様のお考え全てを読み取ることは出来ないが……おそらく、これから歩む
記録は大事だ、歴史は重宝するべきだ。
過去と未来両方の教訓にも使えるから。
ナザリックはようやく、本格的に世界征服に向けて動き出す。
故に主人は決断したのだろう。
――そんなやり取りをしている中、バーの扉が開かれた。
「ピッキー……何か全てを忘れられるお酒を――何か寒くない?」
入ってきたのは、ナザリックではあまり見掛けない格好をした茶髪の女性だった。
コキュートスとデミウルゴスには面識が無いが、副料理長の綽名を呼ぶからには、彼とは面識があるらしい。
「…………」
そして茶髪の女性は一瞬固まる。
視線はデミウルゴスとコキュートス。
おそらくあちらも、面識の無い者が居て呆気に取られているのだろう。
「――階層守護者のデミウルゴス様、コキュートス様ですね? お会いするのは初めてですね」
しかしこの場にいるのだから、お互いナザリックの者なのは間違いない。
特に警戒する必要はない為、すぐに再起動をした茶髪の女性が綺麗なお辞儀を披露して2人に挨拶をした。
「……すまない、恥ずかしい話だが我々は君の名前を知らなくてね。良ければ教えては貰えないだろうか?」
服装からもどんな役職かすぐには予想出来なかった。
しかしすぐ様デミウルゴスの脳裏にはある予感がよぎる。
先程の彼女の披露したお辞儀だが、メイドがするものだとデミウルゴスはあたりをつけた。
そしてアルベドから伝えられた、アインズ様当番なる制度。
確かその中に、休日のメイドは判別のためにメイド服を脱いで私服に着替える――という項目があった。
デミウルゴスは沸々と湧き上がる感情を抑えながら、期待を込めて彼女に名前を聞いた。
「――失礼致しました。このような格好で説得力は無いのですが……私はメイドの
――デミウルゴスの眼窩に嵌められた宝石が妖しく輝いた。
「つまりここからが本番、という事ですねアインズ様……!」
「メイドに休日を作れたぞやったー!」
「念願の休日だ、いっぱい吸うぞ!」