メイドです、仕事辞めたい 作:ブラック企業ナザリック
「――なんて?」
ファースは思わず聞き返す。
それに対して困ったような表情を浮かべ、言いづらそうにするのは赤髪のメイド、オペランド。
最近食事の時間になると、ファースの隣に座りたがる同僚だ。
「その――メイド長が……
「…………」
ファースは言葉を失う。
締めのデザートを食べる手も思わず止まる。
「……確かに昨日から姿が見えなかったけど――それ確かな情報?」
「はい、偶々夜勤チームとの引き継ぎの時に聞いてしまいまして……」
どうやら夜勤チームのメイドには、早めにメイド長の謹慎についての通達があったらしい。
その場に居合わせたオペランドは、それを聞いていたようだ。
「理由とかは聞いてるか?」
「いえ……ただ、噂だとアルベド様がかなりお怒りだったらしくて――メイド長、大丈夫なんでしょうか?」
オペランドの顔に不安の影が出る。
「……あくまで謹慎なんだろ? それならいつか戻ってくるよ」
ファースが慰めるように言うが、不安はファースにもきっちり生まれていた。
どちらかというと、自分を慰める言葉でもあった。
――しかし、あの人柄の良いメイド長が謹慎とは。
余程のことがあったのだろうが、残念ながらファースには想像も付かない。
今は事実を受け止めるしかないだろう。
「……待てよ、メイド長が居ない間は誰が代役を?」
「えっと、『セバス様』が御戻りになったみたいなので、一先ずはセバス様になるみたいです」
――『セバス・チャン』。
戦闘メイド『プレアデス』のリーダーでもあり、ナザリック地下大墳墓の
「あー、そういえばそうだった……それなら安心か」
少し前に、ナザリックの外で任務を遂行していたセバスはナザリックに帰還していた。
――隣に、
「――『ツアレニーニャ』、だったか?」
ファースが記憶を掘り起こすと、該当するものを口にする。
いつもの朝礼の時間、ペストーニャと一般メイドが集まる中。
それはセバスと共に現れた。
何故か自分たちと同じようなメイド服を身に纏った、
「あの人間がどうかしましたか?」
隣に居るオペランドから、やや棘のある言い方が。
「……何だ、あの人間は嫌いか?」
「……ファースさんは嫌いじゃないんですか?」
とはいえ、オペランドの心情はファースにも想像が出来る。
突然現れて、かつ自分たちと同じ格好をしているナザリック外の人間が現れたら警戒するのも当然だ。
もしかして自分たちの仕事を奪うのか、人間如きが同じメイド服を纏う資格があるものか。
一般メイドからすれば、自分たちの領域に部外者が突然土足で入ってきたようなものだろう。
しかも、上司にあたるセバスの
とやかく言う事は出来ないが、文句の一つや二つは言いたいのだろう。
「――正直、思う所はある。けどそれだけだ、直接話した事すらないのに、好きも嫌いもあるわけがないじゃないか」
「そ、それは……そうですけど」
ファースはそう言い切って、残っていたデザートを口にする。
――あの人間、ツアレニーニャがこの先どうなるのかファースたちは知らない。
しかし、現在あの人間はナザリックでメイドとしての教育を受けているらしい。
つまり、働ける
ファースからすれば、後輩の40人が41人になっただけの感覚だ。
それに、人手が増えれば色々と
そう考えると、ファースにとってツアレニーニャの存在はプラスだ。
教育の手間が掛かるかもしれないが、それを差し引いても充分だ。
(上手くいけば、休日が2日とかに増えたり……)
ファースはデザートを噛み締めながら、己の願望を妄想する――
セバス・チャンは、謹慎中のペストーニャの代わりに一般メイドたちの朝礼を行いながら、頭を悩ませていた。
それは、現在隣に居るツアレをどうするか。
一言で言えばそれだけだ。
しかし事態はもう少し深刻だ。
現在、ツアレをメイドとして教育をしているのだが、頼りにしていたメイド長のペストーニャが謹慎を受けてしまった。
ペストーニャを何故頼りにしていたのか、それは彼女がツアレという部外者と、それを受け入れ切れていない一般メイドたちの間を取り持つ潤滑油のような存在だったからだ。
ペストーニャ抜きでツアレを一般メイドたちに任せるのは、セバスとしては少々不安だった。
――もちろん、セバス自身が教育するという選択肢もある。
しかし、出来るなら本場のメイドたちに任せた方が効率も出来も良くなるだろう。
それにセバスとツアレでは、きっとお互いに
それではツアレの為にならない。
その為、ペストーニャの代わりになる新しい潤滑油が必要だ。
セバスの中で候補は
1人は、戦闘メイドの1人である『ユリ・アルファ』。
比較的人間に対して優しい彼女なら、任せても問題はないだろう。
そしてもう1人は――
「――
持ち場の割り振りを終え、散り散りになるメイドたち。
そんな中、あえて持ち場の割り振りで名前を呼ばずに、この場で留まらせる事に成功したメイドの名前をセバスは呼んだ。
困惑した様子で、セバスに名前を呼ばれたファースは指示に従う。
――そう、もう1人はこのファースという名のメイド。
彼女は、謹慎を受けたペストーニャにセバスが、ツアレに関する懸念について相談を持ち掛けたところ、ペストーニャが自らの代わりなら彼女が適任だと名指しで指名したメイドだ。
セバスは少し悩んだ末に、ペストーニャの言葉を信用する事にした。
仮に彼女に任せて問題が起きるようなら、今度はユリに任せれば良い。
「暫くの間、ツアレの面倒を見てもらえませんか?」
セバスは近づいて来たファースに、率直に言う。
「私が……ですか?」
何故自分なのか、といった疑問がファースの表情から読み取れる。
「ペストーニャから、あなたが適任だと」
セバスは正直にその理由を言う。
ファースは少し困ったように眉を曲げるが、すぐにメイドとしての顔つきに戻した。
「――畏まりました、セバス様。責任を持って彼女を預からせてもらいます」
「ありがとうございます――さぁ、ツアレ。挨拶を」
横に控えていたツアレの背中を、勇気付けるように軽く押す。
「は、はい――ツアレニーニャです、よろしくお願いします」
「…………」
ファースがツアレの挨拶に対して、少し戸惑う様子を見せる。
そしてセバスに視線を送った。
その意図をすぐに察したセバスはこう答えた。
「ツアレを特別扱いする必要はありません。他のメイドと同じように扱ってください」
「分かりました――ファースだ、よろしく」
ファースはそう言ってツアレに右手を差し伸べた。
今度はツアレが困惑しセバスに視線を送る。
そしてセバスは優しく頷いた。
――こうして、ファースの右手とツアレの右手が繋がる。
ハディまえ、ケフいぇツ、ファッツェ、イェンメェ!