メイドです、仕事辞めたい 作:ブラック企業ナザリック
アインズは悩んでいた。
ユグドラシルがサービス終了を迎えたあの日、何故かナザリックごと異世界に転移してしまい、何故か支配者を演じなくてはならなくなったアインズ。
既に数日で様々な心労が押し寄せてくるが、アンデッドになったお陰か何とか耐えられている。
――そんなアインズの頭を悩ます事が1つある。
(はぁ……何でこう、ナザリックのNPC達はみんな
それは、共に異世界へ転移したナザリックのNPC達が、
要は休もうとしない事だ。
(いくら疲労や睡眠をアイテムで何とかできるとはいえ……流石に24時間働き詰めなのはおかしい)
アインズが直接休めと命令として告げ、試験的に守護者達に休暇の概念を与えようとしたが、上手くはいかなかった。
(あぁ……無いはずの胃が痛い気がする。まさか守護者達だけでなく、ナザリック中のNPCが同じ認識なのはどんな地獄だよ)
これがNPCの一部に限った話であれば、まだ良かった。
改善の見込みはあっただろう。
しかしアインズは嫌な予感がして、それとなくナザリック中の意識調査をしたところ、休暇を欲しがるNPCは1人も居なかった。
食事が必要なものは、食事の時間を設けたりはしているが、あくまでそれは活動する為に
趣味や余暇活動に充てようと思う者は居なかった。
自主性が全く無い、何でだよ。
(何か良い方法は無いだろうか……理想はちゃんとしたローテーションのシフトを組んで、決まった休憩時間や休暇日を作ること何だけど)
アインズは空いた時間で、あーでもないこうでもないと考える……
"は、はい。
……とそこで、アインズは思い出した。
以前第九階層の通路で会話を交わした、茶髪のメイドの事を。
(……待てよ、あのメイドは休憩中に煙草を吸ってるって――という事は、
あの煙草の臭いがしたメイドの発言に、アインズは他のNPC達には無いものを感じ始める。
(彼女だけ……かはまだ分からないが、これは不幸中の幸いだ。少なくとも休息の必要性を理解しているNPCが1人はいる!)
アインズに一条の希望が差し込む。
(彼女を使って何かできないだろうか……闘技場にみんなを集めてそこで演説でもしてもらうか――いやいや、そんな事させたら他のNPC達から目をつけられてしまうな。ナザリックで休息を取ろうとする愚か者はいません――って言わんばかりの意見が多かったし)
要らない軋轢を生み出すわけにはいかない。
彼女を起点として、他のNPC達に休息の必要性を理解してもらう。
それは良い考えだと思うが、やり方を間違えてはダメだ。
(……しかし何で彼女だけ他のNPCと認識が違うんだ? もしかして『設定』?)
NPC達がギルドメンバーが与えた設定を基に、性格や行動が決められているのは、この数日でアインズは実感していた。
――『アルベド』の設定書き換えてしまって、実際大変な事になってるからね!
「……やはり、直接話すのがベストか」
アインズは茶髪のメイドに話を聞く事にした。
やはりこういう時は対面してこそ。
しかし秘密裏に。
これから彼女と話すであろう内容は、他の者たちに今聞かれては不都合だ。
彼女を探している事も、直接会おうとしている事も知られては不味い。
アインズはそう判断すると、遠見の魔法に合わせて盗聴の魔法も発動させた。
――ナザリックの外で発見した『カルネ村』、そこで出会った王国戦士長を名乗るガゼフ・ストロノーフとニグンという男の会話を盗み聞きした時と同じコンボだ。
このコンボの利点は、
欠点は、こちらの声や音も相手に聴こえてしまう為、悟られないようにするには静寂を保たなくてはならない点だ。
(さて、先ずは第九階層から探していくか)
アインズは遠見の魔法の接続先を第九階層に繋ぐ。
そして目的のメイドを目視で探していく。
メイド達は似たような格好をしていて、中には髪色や髪型も似ている者もいる為、アインズは遠見だけに頼らず声でも例のメイドを探していく。
(――中々見つからない……いや焦るな俺、見落としがないようにゆっくり探すんだ)
魔法を発動させて5分ほど、アインズはある事に気が付いた。
(確か第九階層に
もしかしたらと思い、アインズは第九階層の端の方にある喫煙所に魔法の眼を合わせた。
――そこに、目的のメイドがいた。
(よし、見つけ――ぇ)
アインズは思わず声を出してしまいそうになるが、ギリギリで耐えた。
――ナザリックのメイド達の動きは洗練されている。
リアルで本物のメイドを見たわけでもないアインズがそう感じるのだ。
素人目でもメイド達の一挙一動がとても素晴らしいのは間違いないだろう。
あの時話した茶髪のメイドもそうだ。
お辞儀から身振りまで見惚れるような動きだった。
――だというのに、今喫煙所で煙草を吸っている茶髪のメイドは一言で言えば
膝までしかない短めのスカートを履いているというのに、下着を隠そうともせずに脚を大きく開いて座っている。
そして表情筋を動かす事を止めて力を抜き、天井を呆けるように虚な目で見つめながら煙草をふかしている表情は、そうまさに――
(社畜だ! 日々の辛い労働環境を会社の喫煙所で諦めたように煙草を吸う社畜だ! 俺の勤め先の会社の先輩みたいだ!)
アインズはリアルで、死んだような目で煙草を吸う会社の先輩の姿を幻視した。
(何か見てはいけないものを見たような……女性のオフの姿っていうのか? 落差というかギャップ? が凄い……でもある意味仕事中とのオンオフがしっかり出来ているという事じゃないか?)
アインズは衝撃的な場面を見てしまった事を、楽観的に見る事で打ち消そうとした。
『――はぁ、仕事辞めたい』
「……ぇ?」
しかし、魔法によってまるで真横に居るかのように聴こえてきた彼女の言葉は、思わずアインズも無い耳を疑った。
(今仕事を辞めたいって……つまり現状に不満を持っているという事か? どうする、こういう時できる上司ならどう対応するのが正解だ? ん? でも今のナザリックの労働体制に不満を持ってもらうのは都合が良いというか別に普通じゃないか?)
アインズは焦る、混乱する。
まさか社畜属性極振りのナザリックのNPCからそんな言葉を聞く事になった事実を受け止めきれない反面、ナザリックの労働体制に不満を持ってくれている貴重な
喜ぶべきなのか、そうではないのか。
――アインズはここで己の精神が沈静化されるのを感じた。
『……なんて、毎回そう言いながら実は仕事はちゃんと終わらせるファースです』
(え? つまり単なる愚痴なのか? 仕事はこなすけど裏で愚痴は溢す……うーん、ますます社畜――ある意味で彼女がナザリックで1番真っ当な社畜なのかもしれないな。いや真っ当な社畜って何だよ)
アインズが1人ツッコミをしている間も、彼女――名前はファースというらしい。
ファースは愚痴? を溢し続ける。
『あー、生きてるだけで口や股から金貨とか出ないかなぁ。そしたら財政難なんてつまらない些事で至高の御方々を困らせないのに』
(何だそれ、ユグドラシルにいた
アインズはファースの呟きをきっかけに、遠い昔の記憶を思い出した。
――あぁ、資金を求めて効率の良い狩場を皆で探し回ったものだ。
『もしくは素材――月光蝶の鱗粉? だったかな。あの時至高の御方々が欲していたものをその場でお出しできれば御役に立てたのに』
(月光蝶の鱗粉……あぁ、ギルドの初期強化で必ず求められる低レア素材なのに、大量に必要な上にドロ率が異常に低いアレか)
懐かしい、あの素材もまた躍起になってギルドメンバーでかき集めたものだ。
(……それにしても、やけに
NPCがかつてのユグドラシル時代、ギルドメンバー達が発した言葉や行動を一部認識していて覚えているのはアインズも知っていた。
つい最近も、深読みし過ぎた守護者達が、わざわざ会議室でヘロヘロさんの言葉を議論していたくらいだ。
(…………あ、待てよ。
ギルド、アインズ・ウール・ゴウンが結成。
そしてギルドの拠点としてナザリックを手に入れた時。
当然、NPCを造る話は真っ先に出た。
拠点防衛という面において、NPCの存在は必要不可欠だったからだ。
しかし、当時のギルドにはNPCを造った事がある経験があるギルドメンバーは、何と一人も居なかった。
元はPKに叛逆する目的で集った異形種のプレイヤー達だ。
ギルドに所属した事がある経験者は数える程しか居なかった。
その為、先ずは勝手を知る為に、何人かのギルドメンバーが代表してレベル1のNPCを試しに造ってみようという案が出た。
そして創造されたのが、『ファース』という名前のNPCだった。
何故メイドなのか、それは制作に関わったメンバーの中に、ヘロヘロ、ホワイトブリム、ク・ドゥ・グラースなどが居たからであろう。
ちなみに本人達に理由を訊ねたら――
"これだけ大きい場所だからメイドは必要だよな"
――との事だった。
気が付けばそのメイドが四十一人にまで増えていた時は、流石に驚いたが。
(成る程、つまり彼女は1番の
もしナザリックが階級制度ではなく、年功序列だったらファースが間違いなくNPCのトップになるだろう。
『――あと1本、いや2本吸ったら仕事に戻ろう。アインズ様にも少し控えるように言われたし……はぁ、せめて
――どうやら、これ以上盗み見る必要も時間もない。
アインズは魔法を解除し、誰にも気付かれぬよう部屋を出た。
\メイド/ \スモーカー/
スゥゥパァァーベストマッッチ!(当社比