メイドです、仕事辞めたい 作:ブラック企業ナザリック
評価者もいつの間にか至高の四十一人より多くなっていて、とても驚いています。
——何かこれ後に引けなくなったような……
「――はぁ、落ち着くなここは」
ファースにとって、この喫煙所は特別な場所だ。
赤色で描かれた煙草のマークが刻まれた曇りガラスのドアを開ければ、そこは第九階層とは別世界。
無機質な色の石材で構成された床と壁は独房のよう。
そしてそんな独房を照らすのは、天井から吊り下げられた細長い蛍光灯。
部屋全てを照らす光量ではないので、部屋の隅には影が出来ている。
さらに部屋の端には簡素な青色の細長い椅子が2つ。
その向かい側の壁沿いには、金貨を入れ対応したボタンを押すと、それに応じた飲み物を金属などの容器に入った状態で提供してくれる自動販売機という
そして中央には、立ちながら煙草を吸えるように、細長い筒のような灰皿が配置されている。
広過ぎず狭過ぎない。
それでいてこの無機質な空間に違和感を与えない様々な物が設置されている。
――嗚呼、何て素敵な場所。
守護者達が各階層に割り当てられているように、ファースにとってはここが己の守護領域だ。
1日の始まりにこの場所を自分で掃除、手入れ、管理をし、1日の終わりにその日最後の一服を吸いに来る。
ファース1人で管理をしている場所。
ファース以外に煙草を嗜む者は今のナザリックには居ない。
故に己以外は誰も近付かない、ファースの守護領域。
――そんな喫煙所も、
『わ、ビックリした! メイドが何か入ってきた――』
『すげぇ、煙草吸ってるモーションしてるよ――』
『流石ウチのギルドが誇るプログラマー達、その謎技術他に使えよ――』
『あー、リアルでもこんな美少女メイドと煙草吸いたいよなぁ――』
『そういえば聞いたか? たっちさんとウルベルトさんがまた――』
「――あぁくそ……最近涙脆い気がする」
ファースは鼻を鳴らしながら、溢れ出た涙をハンカチで拭き取る。
――いつしか、そういつしか。
もしもお隠れになった至高の御方々が戻ってきてくれたら。
…………また、一緒に煙草を吸ってくださらないだろうか。
そうすれば寂しくなった素敵なこの場所が、もっと素敵になるというのに――
(――え、ドアが……?)
――ファースが感傷にのまれ、発散するようにすぐ真横に置いたマイ灰皿に煙草を押し付ける。
……すると、喫煙所のドアが突然
ファース以外が決して開けることのない筈の扉が……
「――アインズ……様?」
扉を開けて、喫煙所に入ってきたのは今までこの場所に来た事が無い御方。
アインズ様だった。
「……っ、申し訳――」
なぜ此処に、という疑問よりも先に体が動く。
ファースは慌てて立ち上がり、跪こうとする。
呆気に取られてしまい、一瞬固まってしまった。
完全に気を抜いた姿を晒してしまった。
「よい、
アインズはそれを手で制止し、ファースを備え付けられている
(あ……私の名前を――)
知ってくださっていた。
それだけでこの身が震えるほど歓喜しているのに、その上で気を遣った優しいお言葉を掛けてくださる。
ファースは何とか押し寄せる感情の波を内側に押し込めつつ、マイ灰皿を持って指定されたベンチに腰を降ろした。
「――では私も座らせてもらおう」
「あ……」
アインズがファースの隣に腰を掛けた。
至高の御身と同じ椅子に、しかも隣同士で座るなんて身に余る光栄。
それと同時に恐れ多い、不敬なのではないか。
様々な感情がファースを襲い、今すぐに何かを言う事が出来なくなってしまった。
「ふむ……すまないが、
そんなファースの状態なんてお構いなしに――いや、知っているからこそ気を遣われたのではないか。
アインズはファースに煙草を分けてもらえないか頼んだ。
当然、ファースに断る理由も権利もない。
ファースはシガレットケースから、一本――1日の終わりに楽しもうと思っていた、質の良い物を躊躇なくアインズに差し出した。
アインズは受け取った煙草を、剥き出しの歯列で挟み込んだ。
「――ぁ、し、失礼します……!」
ファースはハッと思い付いたかのように、火付け道具であるライターを取り出し、それを使ってアインズが咥えた煙草に火を付けた。
「ありがとう――ふむ、まぁ吸う事はできないか」
アインズはアンデッド。
骨だけの身体に呼吸器はない。
やはり、と思いつつも煙草を一度口から離しては、ファースが両手に収めている小さな灰皿に燃え尽きた部分を落としては、また咥えるといった一連の動作をアインズは行う。
匂いを感じる事は出来るので、喫煙はアインズにとって全く無駄ではない。
「…………」
そんなアインズを、ぽーっと頬を赤らめて見つめるファース。
女としてではない。
メイドとして、ファースというホムンクルスとして、目の前の慈悲深くいと尊き存在に心酔しているだけだ。
「……ここは良い場所だな、静かだ」
先に静寂を破ったのはアインズだった。
「――さて、少し私とお喋りでもしないか?」
「そ、そんな……恐れ多い、です――」
「気にする事はない、私も実は
アインズは続ける。
「ここは喫煙所だ、ファース。無礼講――とまではいかないが、上司や部下、同僚が気兼ねなく立場を気にする事なく互いに会話をする……そんな使い方が出来る場所だ」
「っ……」
ファースは思い出す。
自ら話しかける事はできなかったが、かつてここで様々な話をしながらお喋りをしていた至高の御方々の存在を。
それを黙って聞く事を許していただき、共に煙草を楽しんでいたあの時間を。
「そうだな――ここは定番だが、
――ファースは言葉がすぐには出なかった。
タイミングが良すぎる。
まるで見透かされたような感覚に、ファースは身震いをした。
(どうしてアインズ様は知って――)
――まさか、
最初からアインズ様は知っていた?
(……そう、か。じゃあこの前私の前を通り掛かった時、あれはそういうことか――)
以前、アインズと通路ですれ違った時。
供回りも連れず、お一人で歩かれていたのは疑問だったが、その目的はファースだったのだ。
アインズ様はきっと、ファースの悩みを知っていた。
もしくは、ファースが何かを抱えている事に気が付き、わざわざ接触をしそれを確かめに来た。
何という御方、何という智慧者。
ファースは真横にいる絶対の支配者にして、偉大なる御方に感涙する。
「――じ、つは……」
ファースの感情はついに崩壊した。
罪を告白する罪人のように、己の心情を全てアインズに打ち明け始めた。
ナザリックの為に生まれた存在でありながら、至高の四十一人の為に御役に立ちたいと願いながらも、仕事に対する熱意が薄く不敬な考えを持ってしまっていること。
考えの違いから、他の同僚と上手く馴染めないこと。
過去の思い出に縋るように、この喫煙所に執着してしまっていること。
そうであれと、メイドとして生まれながらも己の身体に違和感を感じること。
肩凝りが酷いこと――
もう兎に角、ファースは思いつく事全てをアインズに話した。
懺悔するように、この後処罰が待っているかもと考えながらも、様々な感情の狭間で嗚咽を出してしまいながらもファースは話し続けた――
(……休憩の取り方について聞こうとしてただけなのに、何かメチャクチャに重たい悩みを聞いてしまった。どうすれば良いんだ? 慰め方なんて知らないぞ)
なるべく自然と聞き出そうと、遠回しな発言をしたのが失敗――いや、部下の深刻な悩みを聞き出せたのだから失敗というのは違うか?
とにかく、想定よりも遥かに重い案件を抱えてしまったような感覚を覚えつつも、アインズは次の手を真横で号泣してしまっているファースを横目に必死に考えていた。
(しかしますます不思議だ。設定だけじゃなく、創造主の影響やその時の環境もNPCの性格や考え方に作用する――と考えるのが妥当か)
正直、ファースの言う地獄のワンオペ事件は本当に単なる事故のようなものだ。
ファースを創造した後、他のNPC達を各ギルメンが造り始めたのは言うまでもない。
しかし、すぐに完成したかと言われると違うとしか答えられない。
ギルドの拡大、維持費用、本格的なギルド活動の開始――
様々な事を並行しながらNPC達は造られていった。
ファース以外のメイドだって、比較的ギルドの活動が軌道に乗ってから、余裕が出来始めた頃に徐々に造り出されていった。
その間、ファースを同僚も居ない1人きりの状況を作ってしまったのは事実だ。
こうして異世界に来て、NPC達が自我を、心を持つようになるだなんて当時の
もちろん、誰にもそんな現実離れした事が起きるだなんて予想出来るはずもないし、信じる筈も無い。
だからこれは事故だ、誰も悪くない不幸な事故だとアインズは正当化する……
だが、
不本意ではあるが、今はアインズがナザリックの支配者だ。
部下の失態や悩みは、できる限りアインズが解決しなくてはならない。
「――成る程、よく正直に話してくれた。さぁ、そろそろ泣き止むんだ。綺麗な顔が台無しになってしまう」
「も、申し訳――」
何か勢いでキザっぽい台詞を言ってしまったが、えぇいままよ! とアインズは続けた。
「さて、単刀直入に言おう――ファースよ、お前の考えは確かに一概には良いとは言えない。しかし、それは
「ぇ――しかし……」
「もちろん、他のメイドやシモベ達のナザリックに対する忠誠心が間違っているわけではない。いついかなるどんな時でも、私たち――四十一人の役に立ちたいという想いはとても嬉しい」
アインズは虚空を見つめる。
「――だが、お前達は私の宝だ。皆が残した大切な存在だ。無理はして欲しくない、これは私の嘘偽りのない本音だ。だからこそ、そこでお前の力を借りたい。ファースよ」
「私の……ですか?」
「あぁ、私は
ずるい言い回しだとアインズは思ったが、この際仕方がないと割り切った。
ファースは噛み締めるように、"至高の御方々も……"と呟く。
「その点、少し困った事にシモベ達は自分から休息を取る事が苦手なようでな。これもかつての私たちの指導不足のツケだろうな」
アインズは冗談めいたように笑う。
「そ、そのような事はございません!」
ここでやっと、落ち着きを取り戻してきたファースはマトモな言葉を喋れた。
「――そうだな、お前がそう言うのであれば、全てが間違っているわけではないだろう。何故なら、ファースよ。お前は自らの意志で休息を取れているからな」
「あ……で、ですがそれは――私が仕事に対して」
「熱心ではないからと? 確かにやる気も大事だが、何より重要なのは
それは無い。
とファースは断言できる。
確かに仕事に対してネガティブな発言や考えをするものの、それを怠った事はない。
「勤務態度が悪過ぎる……というのも考えものだが、私が知る限りそこまで酷いものではないと思う。つまり、今のお前の仕事振りには皆が見習うべき点があると私は考える」
――アインズの手にしていた煙草が、ついに燃え尽きた。
残骸をファースの手にした灰皿にそっと乗せると、アインズは立ち上がった。
ファースも主人が立つならと、立ちあがろうとするがまたもやアインズにまだ座っているようにと言われる。
「ファースよ、私は作りたい。理想の環境を、お前達が安全に、健全に、安心して私たちの為に働いてくれる環境を――協力してくれるか?」
アインズは骨の手を片方、座っているファースに差し出した。
手を取れと、主人は仰りたいのであろう。
「――はい、はい。勿論でございます。いと尊き至高の御身よ」
ファースは迷いなく、アインズの手を取った。
――ナザリックのホワイト化計画が、今此処から始まる。
「――そのアインズ様、もしよろしければ何か罰をお与えくださいませんか?」
「ん? 気にする必要は無いと言ったはずだが?」
「しかし……その、気が収まらないと言いますか」
「……そうか、ではそうだな――以前1日の煙草の本数を10本減らすと言っていたな? 10本ではなく、
「……………………はい」
サーっと顔が青くなっていくファースに、アインズは気が付かなかった。
おっほ、泣きじゃくる美少女大好物でご(心臓が潰される音