メイドです、仕事辞めたい 作:ブラック企業ナザリック
ファースは特別に頭が良いとか、そんな事はない。
単なるメイドなのだから、当たり前のことだ。
故に、正直に言って
――なので、自分に出来る範囲で行動をしなくてはならない。
だからファースは、ちょっとした小細工――いや、
「――そこ、まだ汚れが残ってる」
「あ、ご、ごめんなさい!」
ファースは
「謝らなくていいよ。それより……リボンがほつれてきてる。直してやるからジッとしてて」
「あ、あぅ……」
ファースは一般メイドの1人の胸元のリボンが緩んでいる事に気がつくと、ズイズイと迫り壁際に追い込んだ。
一般メイドの背中が壁と密着すると、挟み込むようにファースが前から軽く密着する。
そしてファースはメイドの胸元のリボンを結び直していく。
周りにいた他のメイド達は思わず作業の手を止め、頬を紅潮させながらその光景を見つめる。
壁とファースに挟まれた当のメイドは、さらに顔をトマトのようにさせ、何処に焦点を当てて良いのか分からない為か目をぐるぐるさせる。
「ほら、終わっ――大丈夫か?」
「ひ、ひゃい! 大丈夫ですありがとうございます!」
解放されたメイドは、ギクシャクと
(……もしかして、恥ずかしかったのか? でも着衣の乱れは心の乱れ、あのままにするわけにもいかないし――互いにそこそこ大きいもの胸にぶら下げてるから、触れちゃうのは仕方ないじゃないか)
ファースはやや見当違いな考察をする。
「さて、次の場所に移動しよう。次はどこ?」
流石に複数人でやると1人でやるより遥かに早く終わる。
ファースは偶には集団で仕事に励むのも、楽だし悪くないと思いつつ、この小グループのまとめ役のメイドに次の予定を訊ねた。
「はい! 次は――」
問われたメイドは事細かに、掃除する場所や順番、方法を教えてくれる。
「――ん? 一つ部屋が抜けてないか? 確か至高の御身の為の予備のお部屋があった筈だけど」
話を聞いていくファースは、ある事に気が付いた。
掃除する場所の流れからして、必ず通る筈の部屋の説明がメイドの口から出なかった事に。
「はい、そのお部屋でしたら今は守護者統括の『アルベド様』が使われているみたいです――それで、ご自身のお部屋の掃除は自分でやるとの事なので、掃除の対象から外してるんです」
「――アルベド様」
ファースは確かめるように呟く。
そして記憶の倉庫から、該当するものを引っ張り出す。
――あぁ、確か至高の御身の1人、『タブラ・スマラグディナ』様がお造りになられたお方だ。
「みんなは直接アルベド様と会った事は?」
ファースが聞くと、何とファース以外のメイド全員が手を挙げた。
「……まじか、私だけまだなのか――」
話はもちろん聴いている。
アインズ様がナザリックを離れている間は、守護者統括であるアルベド様がナザリックの管理をされる事は。
しかし単独行動でよく仕事をするのが仇になったのか、偶然巡り合わせが悪過ぎたのか。
ファースは実際にアルベド様と対面した事は無かった。
「どんなお方だった?」
「お優しい方です! 掃除してたら、アインズ様のように労いのお言葉を――」
「手芸やお裁縫も嗜んでいらっしゃるらしいです。今度教えてもらえないかなって――」
ファースがアルベド様について聞いてみると、それぞれが彼女の印象を語り始める。
ファースは適度に相槌を挟みながら、真剣に話を聞く……
――気が付けば、
(休憩――と言えるほどじゃないけど、積み重ねが大事。お喋り程度ならみんなも嫌な顔せず付き合ってくれるからね)
これは大きな一歩ではない。
小さな一歩だ。
まずは
それに実は、希望が全くない訳ではない。
こうして仕事の合間にお喋りをする者達――当然作業の手はそれほど緩めないが――もいる。
仕事の合間の一瞬の隙をついてお菓子などの簡単に食べられる携帯食を頬張る者。
気になっている本の続きを1ページだけ読む者――
ファースほどではないが、みんな
一般メイドはそれぞれに個性があるように、趣味や嗜好を考える者は居るのだ。
つまり、付け入る隙はある。
隠れるようにするのではなく、胸を張って仕事の合間の時間を、趣味や嗜好に有効活用できるんだという意識付けが出来れば良い。
(まぁ、それが1番大変なところなんだけど……)
ファースは仕事に対する姿勢が低いからこそ、休息というものに抵抗は殆ど無い。
しかし他のメイド達は違う。
仕事に対する姿勢や意識が高いからこそ、きっと休息というものに抵抗してしまう。
だから先ずは、その抵抗する意識を少しでも減らす。
それが今ファースにできる事だ。
(――これ、私の方がきっと変なんだよね。でも……アインズ様の為。アインズ様が汲み取ってくださった。アインズ様のお望みの為……)
ファースは奮闘するのだ。
「――それでファースさんはどう思います? やはりアインズ様には赤が似合うと思いません?」
気が付けば、話題が『アインズ様に似合う色は?』になっていた。
「そうだな……赤も良いけど、もう少し落ち着いた色の方が良くないか? 黒とか」
――とはいえ、お喋りに夢中になっていて、仕事が疎かになって後でお叱りを受けては本末転倒。
キリの良いタイミングで一度切り上げて、ファースは次の手を打つ事にした。
「――実は私、今日
ファースは小グループのメイド全員に聞こえるように、宣言した。
すると口々に、流石、羨ましい、頑張ってください、などの声が上がる。
現在ナザリックにおいて、アインズ様の存在はメイドにとって、とても大きな存在だ。
何せ、本来忠誠を捧げる筈の至高の四十一人は現在、アインズ様お1人しか居ない。
当然、行き先を求めてメイド達の忠誠心は殆どアインズ様に向けられる。
つまりアインズ様はメイド達の
そんなアインズ様のお部屋を掃除する者は、振り分けの際に飛ぶように歓喜し、一日中通路や食堂で周りのメイドに自慢をするのだ……
「……みんな知っての通り、アインズ様は今ナザリックには居られない――当然、アインズ様のお部屋は暫くの間主人を失う」
そしてファースは、わざとらしく演説するようにメイド達に語り始めた。
「だからこそ、
メイド達は思わず喉を鳴らす。
ファースの演説に聞き入っている。
――そこで、ファースは
「――だからこそ、
ファースは自身の言葉に目をぱちくりさせるメイド達に近づき、代表して1番近くに居たポニーテールのメイドの両手を取った。
「頼む、一緒にアインズ様のお部屋を掃除してくれないか?」
ファースは真剣な表情で、懇願するように言った――
「――――――はぅ」
――ファースはペストーニャが予想した通り、他の一般メイド達にとって
メイド達の中で、誰よりも先にこのナザリックでメイドとして仕えているファースは、文字通り憧れの存在。
つまり、
それだけで充分なステータスだ。
もしその称号を取って変われるのなら、誰もが欲するだろう。
そして性格。
一見すると冷めているように見えるが、とても
自分自身の、最初のメイドという名誉ある称号を鼻に掛けることなく、みんなと対等に接してくれている。
さらには、本来であればファース1人で余裕でこなせるであろう
本当はご自身でしたい筈なのに、本当は他のメイド達より洗練された仕事ぶりを発揮して、1人で何の問題なくこなせる筈なのに。
だというにも拘らず、ファースはよく
1番人気のある、至高の御身のお部屋の清掃という仕事を、優先的にやらせてくれる。
そしてファース自身は、たった1人で比較的
一般メイドにとって、ファースという存在は仕事をくれるとても優しい方。
加えて、男性のような言動や仕草もメイド達にとってはプラスのポイントだった。
メイドとはいえ、ホムンクルスとはいえ、一般メイドも女だ。
自然の摂理というべきか、ファースの男性的な部分に魅力を感じるのは仕方のないことだった。
――そんな憧れの存在から、普段は群れないファースが、
しかも
「や、やります! お手伝いさせてください!」
――当然、飛び付く。
甘い蜜に誘われた虫のように。
「――ありがとう、みんな」
ファースは心の底で笑った。
「――家具を動かすのなら慎重に、ついでに家具の脚の汚れも落として。私は次はベッドの方をやるから、天井と壁をツーマンセルで取り掛かって」
予定通り、アインズ様のお部屋に幾人かのメイドを連れて掃除をしに来たファース。
仕事を面倒だと感じるファースといえど、流石に至高の御身――それもアインズ様のお部屋の掃除となれば気合はいつもより入る。
「……ん? 何だ……?」
ファースがアインズ様のお部屋の、主寝室にあたる場所を掃除していると、ある事に気が付いた。
キングサイズと言われる大きさの、天蓋付きのベッドはまさしく至高の御身に相応しいものだ。
そんなアインズ様のベッドの、ベッドメイキングをファースが行っていると、ふとファースの鼻腔を刺激するものがあった。
それはまさに、目の前のアインズ様のベッドからだった。
「――嗅いだ事、無いな。何の香水だろう……」
失礼を承知で、ファースはアインズ様のベッドに顔を近づけて鼻を鳴らした。
やはり、ファースの知らない匂いがアインズ様のベッドからした。
甘くて、とろけるような甘美な匂いだ。
以前アインズ様のお部屋を掃除した時にはしなかった匂いでもある。
何かの香水ではあるのだろう。
しかし、掃除に使用するどの香水とも違う香りだ。
「なぁ、掃除に使う香水って新しいの増えたりした? ……そう、増えてないか」
もしかしてファースの知らないうちに、新作の香水が使われるようになったのだろうか。
そう思い主寝室で共に掃除に取り掛かっているメイドに聞いてみたが、答えは否だった。
「……となると、アインズ様ご自身がお選びになった香水か――流石です、アインズ様」
香水選びのセンスも良いなんて、アインズ様は素晴らしい御方だ。
それならば、他の香水で上書きしては不味いだろう。
ファースはそう判断しながら、ベッドメイキングを進めていった。
――けど、シーツは交換しなくてはならない。
匂いが薄れてしまうが、そこは仕方のないことだ。
「――あら、綺麗になってるわね」
きっと自身が離れている間に、メイド達が掃除をしたのだろう。
そう判断しながら、一直線にアインズの主寝室に向かったのは、ナザリック地下大墳墓の守護者統括――アルベドだった。
そして迷わず主寝室の扉を開けたアルベドは、
そのまま産まれたままの姿で、アインズのベッドに潜り込む。
「――はぁ、アインズ様」
呟く吐息は、ベッドの中を温める。
アルベドは今は居ない
「…………?」
そして気が付く。
最近ずっとマーキングをしていて、自らの匂いが染み込み始めたアインズのベッドから、微かに
「何かしら……嗅いだ事ないわね。まさか香水――って感じでもないのよね」
アルベドは自分以外の香りがする事に、一瞬だけ不快感を感じたが、すぐにどうでも良くなった。
メイドが掃除をしたのだから、自身の香りが薄れてしまうのは仕方のない事だし、すぐに上塗りすれば良いのだから。
「あぁ……早くお戻りにならないかしら――愛しいモモンガ様――」
半端な区切りになってしまった……
けどアルベド様が悪いんや……話のオチにし易いアルベド様の——