これまで作った発明品の修理や、より使い易いように改良したりする仕事を終えて、それなりに懐が温かくなって、嬉しくなっているガラガラがそこには居た。ガラガラは、機嫌よく鼻歌を唄いながら、パンの一種であるバケットを棚から取り出し、晩御飯のサンドイッチを作ろうとしていた。
ガラガラは、まず包丁でバゲットを半分に切ってから、バゲットに切り込みをいれて、具材を挟めるようにした。朝に市場で買っておいた新鮮な葉物野菜と輪切りにしたトマト、チーズ、薄くスライスした塩漬け肉をカリカリに焼いたものを挟んで、BLTサンドイッチのようなものを完成させた。台所からサンドイッチを載せた皿を持って、いつものテーブルに配膳した。椅子に座り、目の前にあるサンドイッチをはしたなく大きな口でガブリと齧り付いた。塩漬け肉の塩気が良い具合に口の中に広がり、その美味しさでガラガラの機嫌がさらに良くなった。ガラガラにしっぽが付いていたら、激しく上下左右に振られていることだろう。
サンドイッチを食べ終え、白湯を飲みながら一息ついていたガラガラは、ふと考え始めた。なんでパンというものは、丸かったり、細長かったりした物しかないのであろうか。四角形や、三角形のようなパンがあってもいいじゃないか。こういった、ふとした疑問は、なるべく解決するに限る。疑問の解決策の大体が儲け話に繋がるはずだ。もう夕方を過ぎて夜になっていたので、明日、パン屋のメリンダに聞いてみようと心に決めて、寝床であるベッドに入った。
次の日の朝になった。ガラガラは、少し硬くなった体をほぐしつつ起き上がり、市場へ向かう準備をした。準備を終えたガラガラは、ベルをリンリンと鳴らしつつ、玄関のドアを開けてポプリの香りがする家を出た。幾分かの時間をかけて市場に辿り着いたガラガラは、メリンダが働くパン屋へと向かった。メリンダのパン屋の入口の扉を開くと、いつものようにパンの良い香りがガラガラの鼻孔を通り抜けた。
「いらっしゃいませ。あらガラガラさんじゃありませんか。いつもの大きなパンでいいでしょうか? 今日は、丸パンにしますか、バゲットにしますか、どちらがよろしいでしょうか?」
「今日は、丸パンをお願いしよう。ところで、メリンダは、なぜ四角いパンや三角のパンが無いのか、何か理由を知らないかい?」
「丸パンですね。ちょっと準備します。ご質問については、奥にあるパン作りの作業場にいるお父さんにでも聞いてみますね」
メリンダは、焼きたての大きな丸いパンを取りに店の奥へと向かって行った。何やら話し込んでいるみたいで、いつもよりも長くメリンダが戻ってくるのをガラガラは待った。
「ガラガラさん、お待たせしました。お父さんに聞いたところ、そもそもパンを焼くと丸く膨らむ物だから、四角い生地を焼いても丸くなるものだそうです。それに、焼きムラが出るかもしれないとの事です。あと、そんな事考えたことも無かったみたいです」
「そういうものか。メリンダ、例えばだが、四角いパンが作れるようになったとして、どうなると思う?」
「うーん、たぶんですけど、物珍しいから色々と有名になると思います。それ以外は、あまり分かりません。サンドイッチが作り易くなる位でしょうか?」
「ありがとう。パンの代金をここに置いておくから、パンを頂こう」
「ひい、ふう、みい……はい。ちょうどピッタリですね。いつもありがとうございます。焼きたてのうちに食べてくださいね」
大きな丸いパンをメリンダから受け取ったガラガラは、「ありがとうございました」というメリンダの声を背に受けながら、パン屋を出た。焼きたての丸いパンを齧りながら考えてみる。なんだか四角いパンを食べてみたい。どんな味がするだろう。四角いパンが作れるとしたら、斜めに半分に切れば三角のパンも作れるはずだ。早速、構造を考えてみよう。
家に戻ったガラガラは、丸いパンを棚に収めてから、工房に向かった。構造を考えてみる。パンを焼くと、丸くなるらしいとメリンダのお父さんが言っていたが、四角い金型の箱を使ってパンの生地を焼けば、丸くなるパンの生地の逃げ場が無くなり、四角くなると思った。ガラガラにはパンを焼く技術が無いので、とりあえず四角い箱のような金型を作ってみた。この金型をパン屋のメリンダのお父さんに試しに使って貰って、どんな形のパンになるのかを見てみよう。パンの生地を焼くと、出来上がったパンが丸くなるのだから、箱に蓋が無いとパンの生地の上にあたる部分が丸くなるはずだから、開け閉めできる蓋も作った。これなら四角いパンができるはずだ。今日は疲れたので、もう寝よう。ガラガラは、家に戻りベッドに飛び込んだ。ベッドに飛び込んだ時にガタンと重苦しい音が部屋に響いたが、それよりも大きなガラガラのいびき声が部屋を支配した。
あくる日の早朝、いびきをし過ぎて、喉を傷めたガラガラは、四角いパン用の箱を手にして、メリンダが働くパン屋に特に理由もなく走った。なんだかすぐに試してみたかったが、ガラガラにはどうしようもなかった。メリンダのパン屋に到着した。どうやらまだ営業していないみたいだったが、入口のドアを乱暴に叩いた。扉が開いて、小麦粉にまみれたメリンダのお父さんとその後ろにメリンダが立っていた。メリンダのお父さんが怒って言った。
「ガラガラの旦那、いつもおかしな奇行をするのは知っているし、みんなそれで作られたものに感謝しているのも知っているけど、こんなパンも焼く前の朝に来られて困るよ」
「神の思し召しか、ちょうどいい時間だ! この箱型の金型を使って、パンを焼いてくれ! 成功しようが失敗しようが、どちらでもパンを買うから、とにかくパンを焼いてくれ!」
ガラガラの気迫にメリンダのお父さんが怯んで答えた。
「えーと、ガラガラの旦那、分かりましたから、とりあえず中に入って、詳しい話を聞かせてください」
「うむうむ、失礼するぞ」
そう言うと、ガラガラは自分の家に入るように無遠慮に入った。
ガラガラがパンを作る作業場でメリンダのお父さんに四角いパンの金型について説明した。メリンダのお父さんは、とりあえず納得したが、少々迷惑そうだった。ただ、彼もパン職人だったので、いつも違う作業に楽しんでいた。メリンダとそのお母さんも一緒にパンの生地を作って、金型の内側に油を塗って、パンの生地を四角い箱の金型に入れた。皆、どんなパンになるのか考えて、いつものパンを作るのと違ってわくわくしていた。金型を石窯に入れた。皆、どうか成功しますようにと神に祈った。
幾分かの時間が経った。パンが焼き上がる良い香りが作業場に広がった。どうやら少なくともパンが焦げずに焼きあがったらしい。石窯からパンの金型を取り出して、蓋を開いた。パンが四角に焼き上がっていた。皆、声を上げて喜んだ。
「成功だ!」
すぐに問題が発生した。この四角いだろうパンをどうやって取り出そう。色々とみんなで相談したが、金型の開いた部分を下にて叩くしかないと結論をした。金型をひっくり返して、金型を机に向かって、コンコンと振り下ろす。四角いパンがポンと飛び出した。もう一度、皆は声を上げて喜んだ。
「四角いパンだ! 四角いパンだ! よく分からないけど、凄く面白い!」
皆、興奮していたが、そもそもちゃんとしたパンに焼き上がっているかを調べればならない。四角いパンを輪切りにしてみる。パンの中もきちんと焼き上がっていた。ガラガラ以外の三人は、さらに興奮して話していた。
「お父さん見てよ。ちゃんと四角いよ!」
「そうだな、メリンダ。それに白くて柔らかいクラムの部分が多い。これは、かなり売れるぞ」
「貴方、見てみて。周りの茶色いクラストを切れば、クラムだけのサンドイッチも綺麗に作れるわ」
ガラガラには、よく分からなかったが、盛り上がる三人を見ながら、勝手にクラストとやらが多く茶色い部分を切り落として、もそもそと食べた。おいしい焼きたてのパンの味がした。興奮が冷めたメリンダのお父さんがガラガラに伝えた。
「ガラガラの旦那、すぐにこの金型を幾つか作ってください! 色をつけて代金は先に払いますが、ちょっとの間だけ、他の店に売らないでください!」
メリンダのお父さんの気迫にガラガラが怯んで答えた。
「分かった。分かった。とにかく落ち着いて。すぐに家に帰って作るよ。代金は、金型を持ってきた時に頂戴するから」
ガラガラは何か見えない恐怖に迫られるように家に帰って、一心不乱に金型を作って、すぐにメリンダのパン屋に持っていった。パン屋では、綺麗なクラムだけのサンドイッチがパンの陳列棚に飾られていた。四角いパンを綺麗に三角に切った断面を見せて並べられていた。パンの陳列棚のところにメリンダが居たので、ガラガラは彼女に聞いてみた。
「一つしかない金型でよく作ったものだ。かなり大変だったんじゃないか?」
「ガラガラさん。とても大変でしたけど、この商機を逃すわけにはいきませんから!」
「まぁ、注文通りに金型を持ってきた。代金は、お金ではなくパンでいい。そっちの方がお互い楽だろう。どうせ、お金を貰っても、ここでパンを買うのだから」
「お父さんは、凄く喜びますよ! 明日には、へそくりをお母さんと一緒に探すはずですから!」
結局のところ、四角いパンを売り出したメリンダのパン屋は、その珍しさから大層儲かったらしい。それに、三角のサンドイッチは、断面をお客さんに綺麗に見やすくして、何の具材が入っているのかを理解出来たので、よく売れた。その売れ行きのおかげで他のパン屋からも金型の注文が入った。もちろん、構造が簡単だったので、他の工房に仕事を取られた。だけども、なんだかやり切った感を感じたガラガラは、メリンダのパン屋で買った四角いサンドイッチを食べながら満足した。ただ、三角のサンドイッチは、綺麗だけれども食べた感じがしなかったので、お勧めされない限り食べなかった。
国中に四角いパンが知られた位に日数が経ったその後、ガラガラがメリンダのパン屋で三角のサンドイッチを買ってみていた帰り道の途中で、何処からか不躾な視線を感じた。この視線は、ネズミ男に違いない。気づかれないように裏路地に入る。乞食が「お恵みよ」と言ってきたので、金を渡して逃げ道を聞いた。乞食は、逃げ道を指さした。その方向にガラガラは逃げた。あの乞食は既に買収されていたらしく、行き止まりだった。ネズミ男が静かにゆっくりと近づいてきた。
「ガラガラの旦那、私と旦那の仲じゃないですか。どうして逃げるので?」
「なんだかしょうもなく腹の虫が収まらないからだ」
「サーシャが居ないからでしょうな」
「自分でもよく分かっている。ただ、気に入らん」
「まぁ、其処らへんはどうでもいいです。なぜ四角いパンの金型を教えて下さらなかったので?」
「お前でも、あの金型で儲けられないだろうから。手間も省いてやったぞ」
「次回からは、いつものよう事前に教えてくださいな。旦那の奇行をいつも観察する身にもなってください」
「その必要はないぞ。儂はただのドワーフだから」
「貴方じゃなければ、一発顎に殴って何本か歯を飛ばしていましたね。今度からは事前に教えてください。そうでなければ、軍の秩序が混乱します」
シュシュっと、フックのように拳を握った片腕を左右に振りながら、ネズミ男はガラガラの答えに詰問した。
「ただの四角いパンになぜそんなにも困っているんだ。ただ四角いだけだぞ!」
「四角くて、どの兵士にも平等に分けられる部分で困るんですよ」
「意味が分からんぞ!」
「丸かったり、細長いパンでしたら、一番美味しい部分を将校に分ければいいですが、皆同じ部分ですと、貴重感が無くなりますし、兵士と同じものを食べたくないお偉い貴族の反乱の元になります。どうせ軍人なんぞ、ちょっとした些細な部分で勝手に怒るものですし、兵士の考えでは、結局、美味い部分を多く食べられればいいのですから。そういった事情なので、偉い偉くないといった階級という物を表す仕組みを無くしてはなりません。上も下も自分の事しか考えていません。国を考えろとは言いませんが、国民にとっての最善をお考え下さい」
「皆、上手い部分を食べられればいいではないか? それでいいではないか? お前の言い分も分かるが、そこまで困るものか?」
「ガラガラの旦那、上のお方たちは大層困っていますが、もうどうしようもないので、今度からは気をつけていただきたく」
「例えば、兵士達の一番優秀な誰かにパンの端にあるクラストを渡せばいいのでは?」
「ははーん。貴族ではなく兵士に特別感を与えることですか。それなら上手くいきそうですね。クラストの部分なんて将校は、そこまで重要視していませんし、兵士がおとなしくなれば、結果的に反乱に兵士が必要な将校もおとなしくなるでしょう」
ネズミ男が手で顎を擦りながら、ガラガラの提案に同意した。
「ちょっとお偉いさんと相談してみます」
そう言うと、ネズミ男は、足早に去って行った。よく分からないが、国の危機を解決したガラガラは、家に帰った。
ガラガラが三角形のパンを好きになった位の時間が経った頃、ガラガラがお昼ご飯用に四角いパンの上にチーズと目玉焼きをのせたオープンサンドイッチを作っていると、家の玄関のドアのベルがリンリンと鳴った。この足音は、どうやらネズミ男らしい。オープンサンドイッチを机の上に配膳し、ネズミ男が来るのをガラガラが待っていると、ネズミ男はかなり腹がへっていたらしく、勝手にガラガラのお昼ご飯を食べ始めた。その様子を、ガラガラは、顎が外れるかのように唖然と眺めていると、ネズミ男がお昼ご飯を食べ終えて言った。
「ガラガラの旦那、もう少し塩気が欲しいですね。塩漬け肉をカリカリに焼いたものとかどうでしょうか」
「お前の奇行は散々見飽きたが、今回は本当にびっくりしたぞ。で、何の用だ」
ガラガラは自身の奇行に付き合わせていることを自覚していたので、いつもその奇行に振り回されているネズミ男を許して、怒らず用件を聞いた。
「旦那、もちろん儲け話です。あと、勝手に食べて申し訳ありません。でも、美味しかったです」
「儂のお昼ご飯の感想は、ともかくとして何の儲け話なんだ?」
「えっとですね。とあるパン屋でサンドイッチの両面のパンをトーストした物で具材を挟もうとした店主が言うには、パンをトーストしたことなのか、普通のパンよりも具材が飛び出しやすくて食べにくいそうです。ですので、どうにかして食べやすくできる道具ができれば、今のサンドイッチ狂騒に乗り遅れず、良い儲けになるかと思いました。そこで朝からガラガラの旦那を探し回っていたので、とてもお腹が空いてしまって、先ほどの奇行をしてしまった訳です」
「まぁ、とりあえず奇行の訳は分かった。その話に出てきた店主が不器用でないことを前提として、本来の用事では、普通、パンをトーストにするためには、まず何が必要だろうか?」
「何かしらの熱した鉄板とかフライパンでしょうな。その道具でパンを2枚トーストしてから具材を挟みますよ」
「逆に考えてみると、最終的にトーストされたサンドイッチになればいいのだろう。では、サンドイッチを作ってから焼けば、そんな感じの温かいサンドイッチができるはず」
「でも旦那、サンドイッチをそのままひっくり返すと、器用な人間以外では、ボロボロになりませんか?」
「もう面倒だから、両面一気に焼けるようにすればいいか。フライパンを二つ使ってサンドイッチを挟みこむ感じでいいだろう」
「すると、両面を押し付けるように焼くという事ですか?」
「中身の具材が飛び出さないように、四角いパンの中心にある白いクラムの部分とそれの周囲にある茶色いクラストの部分は、基本的にどれでも輪切りした時に同じ位置にあるはずだから、クラムとクラストの境界部分で圧着するようにすればいいだろう。そうすれば、中身の具材をしっかりと閉じ込めるはず」
「では、旦那。そのようにしましょう。いつ頃、また来ればよろしいので?」
「構造自体は簡単だから、今晩にでも試作品を作るから、明日来てくれ。あと、サンドイッチの材料を市場で買っておいてくれ」
「旦那、分かりました。それでは、お暇させていただきます」
そのガラガラの要望に答えたネズミ男は、顔を赤くしながら、いつもより素早くガラガラの家から去って行った。どうやら思い出した先ほどの奇行が恥ずかしかったらしい。
とりあえずガラガラは、明日の為に試作品を作ることにした。まずは、簡単な構造である鉄板を二つ挟めるように作ってから組み立てた。鉄板にクラストがあるであろう部分に突起をつけた。これで四角いパンのクラストの部分で焼けて圧着できるはずだ。それから、ただ単に鉄板を作るのもドワーフ的に気に入らないので、先ほどと同じものにパンが焼き上がった時に模様ができるように綺麗な突起を作った。これで、焼け焦げた時にその部分の綺麗な模様がパンに刻まれるはずだ。ひとまず、大体の人が気に入るようにハートやクラブとかのトランプの模様や花、紋章が現れるようにした。試作品が出来たら、こういう時は名前を付けてあげなければならない。単純にホットサンドメーカーとしようとしたが、アイロンみたいなので、パイアイロンと呼ぶことにした。
次の日の朝になった。ネズミ男が早速ガラガラの家に来たらしく、入口のドアのベルがリンリンと鳴った。ガラガラは、いつもの机の上に試作品が並べて置いた。色々な材料が入っているらしい紙袋を持ったネズミ男が部屋に入ってきて、試作品の数に驚いた。
「旦那、試作品なのに、ちょっとだけ多いかと思いますが」
「ちょっと気が乗って、いくつか工夫を施してみた」
「まぁ、サンドイッチの材料を持ってきたので、試しに作ってみましょう」
そういうと、ネズミ男は、四角いパン、卵、塩漬けの燻製肉、チーズ、トマト、葉物野菜などのサンドイッチで使う材料を机の上に置いた。二人は、色々な材料を組み合わせて、ホットサンドイッチを作ってみて、分かったことがあった。少なくともハートマークがホットサンドイッチに刻まれた際に、半分に切って食べると、ハートマークがもちろん半分になり、なんだか失恋したみたいで縁起が悪そうな感じがする。なので、模様については、追加料金を請求して、購入者の指示に従うべきという結論になった。
大体、色んな種類のホットサンドイッチを作ってみて、焦げ付きやすい具材があったり、程ほどの焼き加減で美味しい具材が分かった。一応、その内容を紙にまとめて、パイアイロンを販売するときに付属することにした。所謂、お試しレシピという物である。色々な具材を使ったが、卵が4つ余っていたので、ガラガラが好きな卵黄のみを使ったホットサンドイッチを作ることにした。ガラガラは家の奥に行き、鶏の形をしている、よく分からない彫り物を持ってきた。
「旦那、これなんですか?」
「儂でも扱える卵黄と卵白を簡単に分けるものだ」
「へぇ、売れそうですね。どうやって使うので?」
「鶏の背に空いている部分がある。ここに卵を割って入れて、鶏の中に卵の中身を入れる。これを傾けると、くちばしの開いている部分から卵白だけがどろっと出てきて、卵黄だけ鶏の体の中に残る。そして、鶏をひっくり返して開いている背中から卵黄を取り出す。名付けて、卵白ゲロゲロ君だ」
「ネーミングセンスが最悪ですな。単純にエッグセパレーターでいいじゃないですか」
「いや、卵白ゲロゲロ君がいい。百歩譲って、卵白ドロドロ君だ」
「では、どちらかの名前で売りましょう」
ネズミ男は、ガラガラの提案に納得した風に答えて、名前を変えようと決心した。
その後、パイアイロンは、ちゃんと売れたし、焼いた後の模様の注文が多かったが、ガラガラ位しか作れなかったので、きちんと儲けることができた。ただ、卵白ゲロゲロ君ことエッグセパレーターは、あまり売れなかった。皆、卵の殻で卵白と卵黄をささっと分割できたので。
パイアイロンが酒場とか食事処に限らず、個人にも広がった位の日数が経った頃、メリンダのパン屋で出来立ての四角いパンを買い、ついでにメリンダにお勧めされて買ったホットサンドイッチを食べながら、ガラガラは市場を散策していた。市場にいる色々な人々の世間話を盗み聞きしていると、何やら綺麗な丘とか森でピクニックをしながら、パイアイロンと焚火を使ってホットサンドイッチを作って食べるのが今の流行らしい。いつも火を使って仕事をしているガラガラとしては、何が面白いのかさっぱり分からなかったが、なんとなく流行だし、自分もやってみようと心に決めた。
色々と準備が終わった次の日の早朝、曇り無い晴天に安堵したガラガラは、荷物を持って近くに小川が流れる森に向かった。手頃な椅子代わりになる岩の近くに焚火を作ることにして、荷物を下ろした。焚火が燃え移らないように周囲の燃えそうなものを取り除いた後、枯れた木の枝や落ち葉を探した。それなりに焚火の燃料に使えそうなものを取ってきて、焚火を作ることにした。持ってきた火打ち道具で火花を出して、近くにあったガマの穂に着火した。着火したガマの穂をあらかじめ組んでおいた木の枝の塊に火を移した。これで焚火が完成した。
パイアイロンにサンドイッチの材料を詰め込み、蓋を閉じて、パイアイロンを焚火に近づけ、少しの時間待つと、サンドイッチがいい具合に焼けた香りがパイアイロンからガラガラの鼻孔をくすぐった。これで、ホットサンドイッチの完成だ。ガラガラは、ホットサンドイッチを皿に移して、椅子代わりの岩に座ってからホットサンドイッチを手に取り、大きな口で豪快に食べ始めた。森特有の香りとホットサンドイッチの美味しさが合わさって、身近な自然の雰囲気でリラックス出来ている感じがした。これが、みんなの流行の証拠なのかと実感した。
ホットサンドイッチを食べ終えると、特にやることもないので、両手で頬杖をついて、ぼーっとしながら焚火を眺めていると、ちょっとした時間が過ぎた。すると、ポツポツと頭に何かの水分が当たってきた。ガラガラが空を見上げると、いつの間にか曇り空になっていた。朝は晴天だったが、空模様が変わり、雨になるようだった。雨が降るとき特有の雰囲気になった。雨が土砂降りになる前に、焚火を砂で消したりして、家に帰る準備をしていたが、あいにく間に合わなかった。この雨で焚火が森に延焼する恐れが無くなったが、焚火で温まっていたガラガラの体は雨で冷めきっていた。雨が降りしきるなかでガラガラは、あらん限りの力で家路に着こうとしたが、途中のぬかるみに足を取られ転び、泥で体を汚した。その泥で汚れた体が雨で綺麗になる位の時間が掛かって家に着いた。最初は、楽しかったピクニックであったが、最後は散々な目にあって、少なくとも近いうちにピクニックはしないことに決めた。
ベルが激しくなる勢いで玄関の扉を開けた。雨で濡れた服をすぐに脱いで、乾いたタオルで体を拭いた。家に置いてあった濡れていない服に着替えて、ガラガラはできる可能な限りの早さで炉に火を点け、鍋に水を入れて、白湯を作った。鍋からコップに白湯を注ぎ、一口、口に含み飲み込むと白湯の温かさが喉を通り、胃まで到達したのを感じ取れた。だけれども、ガラガラの冷めきった体が白湯だけで温まるはずもなく、明日の体調は絶不調だろうなぁと思いつつ、ガラガラはベッドの布団に潜り込み、そのまま体を横たえた。
次の日の朝、案の定、酷い頭痛にうなされていたガラガラは、とりあえず何か滋養のあるものを食べなければならなかった。色々と家にある材料を思い出してみる。今の棚には、いつもの玉ねぎと蕪、芋位のはず……そうだメリンダのパン屋で買った四角いパンがある! ガラガラは、ひとまずパンを輪切りして、いくつかの薄いパンを作った。その中から1枚のパンをトーストした。トーストしている間に気が付いた。サンドイッチに挟む具材の準備をする気力が無い。ちょっと思案してから、今作っているトーストを具材にして、トースト・サンドイッチを作ろう。2枚のパンのそれぞれにバターを塗り、塩コショウで味付けをした。出来上がったトーストをパンで挟んだ。ガラガラは、いつもの机の上に配膳し、元気なく小さく開けた口でもそもそとトースト・サンドイッチを食べた。
トースト・サンドイッチを食べ終えたガラガラは、洗い物をする気も起きなかったので、部屋の灯りを消して、そのまま寝床についた。風邪をひいた時、特有の体中の発熱と喉の痛みを感じながら、先ほどのトースト・サンドイッチについて考えてみたが、明らかに自分が絶不調であると再認識した。なんで儂はあんなサンドイッチを作ってしまったのだろうかと思いつつ、ガラガラの瞼が下がり、うとうと微睡みながら眠りについた。
これまで食べていた四角いパン、所謂日本名だと食パンですが、1800年のイギリスでブリキの四角い金型が発明されたみたいです。産業革命に伴う大量生産とかでしょうか?よく分かっていません。
日本ではホットサンドメーカーと呼ばれていますが、パイアイロンと世界では呼ばれているみたいです。1920年代にアメリカで発明されました。
お話の最後で登場したトースト・サンドイッチですが、きちんとしたイギリス料理で病人向けの食事です。1861年、このレシピを含む有名な本が出版され、2011年には出版150周年を記念して、そのレシピをイギリスの王立化学会が紹介しています。
あと、可能であれば、感想とか評価とかお気に入り登録を本当にお願いします。
他の作品も見ていただけると幸いです。