ドワーフが少女のために生活用品とか作る話   作:貯金缶

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タイトル通り、そんな感じなのです。
あと、いつもよりちょっと長いです。
前編後編にしようかとも思いましたが、ここら辺は勢いで読んでくだされば幸いです。


貴人のクローディアとドワーフのガラガラ編
結局のところ、総集編というか最終話です


 

 そこそこ大きな仕事を終えたガラガラは、お金に余裕があるため、とてつもなく暇になっていた。仕方が無いので、数日の間、掃除、洗濯、道具の手入れ、最近できるようになったポプリの入れ替えなどをしていたが、結局のところ、やるべきことが全て終わってしまった。普通の職人なら、酒場でお酒でも飲みながら、適当に職人仲間としゃべりながら過ごすのだろうけれども、ガラガラは下戸なのでそんなことはできなかった。

 

 そんな暇なガラガラの家の玄関のドアのベルが激しく鳴った。この感じだと、どうやらネズミ男らしい。急ぐ必要も無いので、ガラガラはゆっくりと玄関に向かった。ネズミ男が荒げた息を整えながら言った。

 

「ガラガラの旦那!何も言わずに匿ってください!」

「お前さんが借金でもしているとは、思ってもみなかったぞ。少なくとも儂が知る限りのお前さんは、質素堅実だ。最近、一緒に仕事を終えたはずだが、何か変な女にでも貢いだのか?」

「誰にも貢いでいませんよ!ただし、匿って欲しい問題には、女性であることも関係しています。さぁ、こちらへどうぞ、この方がドワーフのガラガラさんです」

 

 頭を下げながらネズミ男が貴人に対するようにそう言うと、彼の後ろからフードを被って顔を隠した人間が前に出てきた。その人間がフードを後ろに下げ、頭を出し軽く振って、絹のような美しい髪の毛を左右に揺らせた。嗅いだことのない花の香りが周囲に満ちた。また、その髪の長さと風貌から明らかに女性であることが分かった。美しい女性がハープを奏でたような幾人も魅了する声で話しかけてきた。

 

「ガラガラさん。今日からお世話になるクローディアと申します。貴方のご慈悲を賜りたく」

 

 クローディアという彼女は、恭しく一目で育ちが良いことが分かる綺麗なお辞儀をした。まるで、国の美術館にある彫像のようだった。ネズミ男もそれに倣うように、いつもよりも綺麗な行儀のよいお辞儀をした。ガラガラは、二人のいきなりの懇願に困惑した。ただ、明らかに厄介事であることは理解できた。

 

「ネズミ男、これはどういうことだ!さっぱり訳が分からんぞ!」

「旦那、何も聞かずにそこのところをお願いします。旦那しか裏切らず信頼出来て、旦那の家が一番安全な場所があるところなんです」

「今のところ、納得は出来ないが、難しい事情であることは理解できた。それで、何日匿えばいいんだ?」

「すみません、旦那。出来るだけ長くクローディア様を匿ってください」

「つまり、何かしらの状況が変わるまでの時間が必要で、何日かかるかは、分からないのか」

「その通りです」

「一人分の飯が増えるくらいは大丈夫だと思うが、少なくとも長期に渡って、その量の食料を買い続けるとなると、いつか無理が来るぞ」

「では、どうしましょうか?今のところ、市場や孤児院の人間、煙突街の人間も、追手がいることが無く、大丈夫であることが分かっています」

「そこまでの人間が安全なら、逆に堂々と過ごせばいいんじゃないかなぁ?こそこそするから怪しまれるんだ」

 

「ガラガラさんの言う通り、堂々としましょう。私もこの地方に溶け込むことにします」

「クローディア様、その決意には感謝いたしますが、少々、今持ってきているお召し物や装飾品もそうですが、御身の姿からして、目立つこと間違いないですよ」

「大丈夫ですよ。もし、ここが草原であり私が一輪のアイリスの花であるならば、私は花びらを自ら千切り草原の一部になればよろしいでしょうから」

 

 クローディアの決意が曲がることが無いことを感じたガラガラは、とりあえずの仮の提案をした。

 

「ひとまずは、儂の親戚とか古い知人とかにしておこう。あと、ネズミ男、流石にこの格好は、すぐにばれるだろう。お前が持ってきた面倒事なんだから、クローディアが着られる服を買ってきてくれ。儂が買うのはちょっと道理が通らないかもしれんからな」

「まぁ!お買い物ですか!一度、やってみたかったのです。ネズミ男さんに一緒について行きましょう。なんたって私が着る服なのですから!」

 

 嬉しそうに手を叩きながら、はしゃぐクローディアの姿を見て、いつものことながら、小さくとも大きくとも女性というものは、なぜなのかお買い物が好きらしいとガラガラは思った。

 

「クローディア様のお申し出は、残念ながらお聞きできません。こちらのガラガラさんの家でお待ちください」

「それは、仕方がないですね」

 

 初めて会ったガラガラにも、クローディアの表情を見るに、とても残念そうだということが分かったが、買い物をしたことがない人種ということも分かって、これからどうしようかと悩んだ。

 

「さっそく、服を買ってきますので、お二人とも家から出ずに、静かに待ってください。お願いしますよ」

「はいはい、さっさと行って来い」

 

 ガラガラは、手を払って、さっさと行けと促した。服という言葉に、クローディアが反応し、ガラガラにはよく分からない希望をネズミ男に伝えてきた。

 

「ネズミ男さん、綺麗なものよりも可愛いようなお洋服で御願いします。アイリスの花とかの刺繍があると嬉しいです」

「クローディア様、できる限りのご要望にはお答えしますが、少なくとも、いつも着ている服よりも、服の品質が落ちるので、我慢してください」

「はーい。いってらっしゃいませ」

 

 貴族のように手を小さく左右に振りながら、クローディアはネズミ男を市場へ送り出した。

 

 これ以上の立ち話もなんだろうから、ガラガラはクローディアを自分の家の中に招き入れ、机を挟んで椅子に座り、色々と注意事項を話し始めた。

 

「一つ、危険なので工房の中には許可無く入らないこと。一つ、質素になるだろう食事は、別々に作るのが面倒なので一緒に食べること。一つ、仕事の都合上、徹夜があるので、儂より先に寝ること。こんなところか」

「はい、分かりました。ガラガラさん」

 

 なんとなく気まずくなったので、ガラガラは、内心、混乱していたようで、お茶を淹れようとした。お茶缶から茶葉を取り出し、白湯に入れようとすると、いつの間にか後ろにいたクローディアがガラガラのお茶淹れを止めた。

 

「ガラガラさん、その淹れ方ですとお茶の渋みが強くなりすぎて、かなり人を選ぶ味になります。」

 

 つまるところ、糞不味いお茶になるとのことだった。ガラガラは仕方が無いので、クローディアに任せることにした。手慣れた手つきで彼女はお茶を淹れた。一口飲んでみた、旨いお茶だった。二人でお茶を飲み干し、ガラガラがクローディアに話を切り出した。

 

「それでだ、お前さん。何が出来るんだ?」

「先程のように、お茶の淹れ方は分かりますが、他がどれだけできるのかは、ちょっと分かりません」

「えーと、とりあえず、料理でいいかな。スープなら大丈夫だろう。ナイフを扱ったことは?」

「教養の一部として、軽くなら教えてもらったことがあります」

 

 クローディアの言葉を信用したガラガラは、不器用に台所へ向かい、スープの準備を始めた。

 

「クローディア、儂は台所のかまどに火をつけているから、野菜の皮むきをお願いしよう」

「ガラガラさん、分かりました。ナイフはどちらにありますか」

 

 ガラガラは、台所から手慣れた手つきでナイフをクローディアへ渡し、ついでに蕪や芋を棚から取り出して渡した。火打石でかまどに火を点け、鍋に水を注ぎ、かまどに置いた。ふと、クローディアを見てみる。ナイフの心得があることは分かったが、丁寧に皮を剥きすぎている、このままだと今日の晩御飯は無いだろう。直接、指摘するのも何だろうと思ったので、台所近くの棚の引き出しから皮むき器を取り出し、クローディアに渡した。

 

「クローディア、皮を剥きやすくする道具があるから、これを使ってみてくれ」

「ガラガラさん、面白い形状をしていますね。どうやって使うのですか?」

「ここを持って、刃を野菜に押し当てて、手前に引くと、こんな感じで皮が剥ける。ちょっと見ておくから、練習してみなさい」

「分かりました。えーと、刃を押し当てて、手前に引く。あらっ、本当にするりと剥けました」

「それじゃあ、頼んだぞ」

 

 ガラガラが見るからにクローディアの野菜の皮を剥く速度が上がった。その様子を見て、クローディアが寝るであろうベッドの掃除と布団の準備を始めるために台所を離れた。本当ならば、この時点で気づく必要があった。彼女は貴種であることだ。

 

 そのことをガラガラが気づいたときは、もう既にスープが完成したようで遅かった。野菜を切る手つきから考えると、一応の花嫁修業みたいなものをしていたみたいだが、明らかに実践をしたことがないはずだ。そもそも彼女のような身分では、料理人が料理を作るのが常識だ。

 

 クローディアが既に出来上がったスープを皿に盛り付けている間、ガラガラは棚からパンを出して、いつも齧り付いて食べるパンを何度か薄く切り出し、皿の上に置いた。二人で配膳を終えて、食事をする時間となった。しかし、彼女は一向に食べ始めない。何かを待っているようだった。あぁ、初めて作ったであろうスープの味が気になるのか。クローディアがじっと見つめているので、その圧力に負けたガラガラは、スープをスプーンで一匙掬って、口に入れた。やはりそうだ、貴族的な薄味だった。

 

「なんというか、野菜本来の味が楽しめるスープだな」

「そうですか?そこそこお塩と香辛料とハーブを入れましたけど」

 

 クローディアもスプーンでスープを掬い、一口飲んでみた。その味に納得した。

 

「もう少しお塩を入れるべきでしたね、それに味見の重要性がよく分かりました。本で書かれているような量で正しいときもありますけど、その時々、状況に応じて、調味料を入れるべきでした」

「まぁ、塩辛いスープよりかは、大丈夫だろう。今日は、これでいいじゃないか」

 

 ガラガラは、そうクローディアに伝えると、晩御飯を食べ始めた。その様子を見て、クローディアも完璧なテーブルマナーで食事を始めた。食事をしていると、ガラガラの家の玄関のベルが鳴った。ガラガラが家の玄関に向かうと、大量の荷物を持ったネズミ男が立っていた。

 

「旦那、とりあえずクローディア様の服と日用品などを買ってきました。とりあえず家の中に入れていただけないでしょうか?荷物が重くて、腕が震えてきました」

「荷物を半分持っていくから、どれかを儂に渡せ」

「ありがとうございます。とにかく女性というものは、男性に比べて必要なものが多いですから、考えられる限りのものを買ってきました」

「そういうものなのか」

「では、お邪魔します」

 

 ネズミ男は、荷物の半分をガラガラに渡し、家の中に入った。それに続けてガラガラも家に入った。微妙な出来のスープの香りが広がった居間に入ると、ネズミ男は聞いてきた。

 

「旦那、この香りはいつも作らないようなスープの香りですな。客人がいる、こんな時にスープ作りに失敗しないでくださないよ」

「スープを作ったのは、クローディアだぞ」

「げえー!クローディア様に料理をさせたのですか!何とも不敬なことを!」

 ネズミ男は、大層驚いて叫んだが、しまったと思い、周囲を見渡した。もちろんクローディアが机に座っていた。ちょっと悲しそうな表情だった。ネズミ男は話題を逸らすように言った。

 

「ひ、クローディア様、晩御飯のご相伴に預かせていただけないでしょうか?」

「どうぞ、よしなにお食べ下さい」

 

 あぁ、まったく話題が逸らせていないとネズミ男は感じたが、どうしようもないことなので、この重い荷物を下ろし、クローディアに伝えた。

 

「クローディア様、喫緊で必要な物を揃えました。あと、特急でアイリスの花の刺繍が入った服も用意していますので、明日にでもお届けに参ります。それまでに、不足しているものを教えていただきたく存じます」

 

 二人で話している間に、ガラガラがネズミ男のために、味が微妙なスープと嫌がらせ目的のとても硬いパンを持ってきた。ガラガラも微妙な味だと思ったが、クローディアの姿を見てなんだか少し癪に障った。もうどうにでもなれと考えつつ、開き直ってネズミ男はスープを一口飲み問題点を指摘した。

 

「まず、塩が足りません。あと、ハーブの種類が多すぎて、風味が殴り合っています。そういうことなので、塩をこれくらいの大さじ1杯を追加して、このハーブを少し食べる前に入れてください。恐らくこれで安酒場のお店とかの味になります」

 

 ガラガラがやんわりと指摘したのに比べて、ぴしゃりと具体的な指摘をネズミ男はした。クローディアとガラガラは、悲しくなった。そんな様子を見ながら、軍隊的な早食いでネズミ男は、ガラガラの家から去って行った。

 

「明日の朝ごはんのときに、あいつが言ったように手を加えてみよう」

「そうしましょう、今夜は、これから荷物を確認しますので、ガラガラさんは、先に寝ていてください」

「一応、防犯的なこともあるが、クローディアがこれから住む部屋というか家を案内するから、明日、朝早く起きて荷物の確認をしよう」

「よしなに」

 

 ガラガラが家の中を案内すると、クローディアにとっては初めて見るものばかりだったので、先ほどの気分も幾分か和らいだようだった。ガラガラがリリーの為に作ったベッドを紹介し、ここで寝るように指示すると、ベッドに刻まれた装飾に驚きながら、了承した。

 

 次の朝がやってきた。ガラガラは早朝に起きたが、疲れていたクローディアは、まだ寝ているようだった。朝食用のスープに塩とハーブを追加して、温めてから味見をする。明らかに昨日のスープよりも美味しかった。クローディアが身だしなみを整えたようで、居間にやってきた。皿にスープを入れて、パンと一緒に配膳した。クローディアがスープを口に含んだ。

 

「悔しいですけれど、昨日よりも美味しいですね」

「悔しいが、昨日よりも美味い」

 

 やるべきことは、日用品とかのクローディアの必要な物が揃っているのかを確認することだった。ガラガラには、どんなものがどうするのかが分からなかったので、色々と吟味しているクローディアの様子を眺めていた。どうやら足りないものが無く、きちんと必要な物が揃っているらしい。やはりネズミ男は、そつない男だった。薄々気づいていたが、間諜の類だろう。儂の何を調査したいのか、さっぱり分からなかったが、そもそもそんなことを相手に気づかせること自体、二流なのだろう。

 

 ガラガラは、とりあえずクローディアには自宅に待機してもらい、ネズミ男を待って貰うことにした。自分は、溜まりに溜まった汚れた服を洗濯する予定だった。

 

「ネズミ男の言う通り、クローディアは、奴が来るまで家で待っていてくれ。扉は鍵をかけてしっかり戸締りしておくこと。儂は、洗濯に行ってくる」

「まぁ!お洗濯ですか!一緒についていきます。どちらにしろ、貴方の傍が一番安全そうなので、ネズミ男には書置きでもしておけばいいでしょう」

「うーん、そういう事にしておこう」

 

 どうしようもないで、二人でえっちらおっちらと洗濯物を持ちながら、洗濯場に歩いた。そうしていると市場の奥様方が世間話をしている洗濯場に着いた。珍しい二人の組み合わせで、何かを探るような市場の奥様方の視線を受けながら、二人で洗濯機に汚れた服を入れてガラガラが水と洗剤を入れた。面白がって二人で洗濯機を回した。何度か回して、市場の奥様方がもう大丈夫と言ったので、排水した。洗濯機から出てきた水は汚かった。きちんと洗濯できた結果だった。濯ぎも特に問題無かったが、脱水が困った。

 

 脱水機の蓋の上に乗ったが、体の線が細いクローディアでは脱水できなかったが、彼女は飛び跳ねたりして楽しんでいるようだった。そのままにしておくと日が暮れそうなので、ずんぐりむっくり体のガラガラが脱水機の蓋の上に乗って、彼女を手伝った。脱水機の脱水穴からは、水が溢れるように流れ出た。

 

 脱水できたとしても、濡れた服という物は重いので、家路に着くのには、行きよりも時間が掛かった。幸いにして、日差しがそれなりにある洗濯日和だったので、服をすぐに乾かすことにした。なので、ガラガラの家に着くと、まずはガラガラが何本かの物干し紐を取り出し、物干し台に物干し紐を結び付けた。その物干し紐に先ほど洗濯した服を掛けて、洗濯ばさみで固定し、服が風で飛ばされないようにした。両手で頬杖をつけたクローディアが、その様子をガラガラの後ろで近くの岩に座りながら、微笑みつつ眺めていた。

 

「ガラガラさん、今度のお洗濯の時は、私にも物干しをやらせてください」

「機会があればいいだろうが、もしかしたら、次の洗濯日の前にお前さんの問題が好転して、家に帰ることになるかもしれないが、念のため、憶えておこう」

 

 服が乾くまでの間、特にやるべきこともなかったので、二人は家の中に入り、お茶を飲むことにした。もちろん、クローディアがお茶を淹れた。ガラガラが棚を開けて適当なお菓子を探していると、ガラガラの玄関のベルがリンリンと鳴った。一応、クローディアを匿っているという状況なので、ガラガラは不審者の息の根を確実に仕留められるように、小型の金属製の槌を後ろ手に持ち、玄関へと向かった。目の前には、恐らく急いで来たのだろう、汗だくで荷物を持ったネズミ男が立っていた。

 

「昨日、特急でアイリスの花の刺繍が入った服を持ってきましたので、中に入れていただけないでしょうか?」

「まぁ、とにかく入れ。丁度よくお茶の準備も出来ている」

「なんとも、準備がよろしいようですな」

 

 荷物を置いたネズミ男にお茶を勧めた。最初は、あの糞不味いお茶を飲まされるのかと思い出したネズミ男だったが、えいやとお茶を一気に飲み干した。明らかに美味いお茶の味がする。まさかと思い聞いてみる。

 

「ガラガラの旦那、もしかして、クローディア様にお茶を淹れさせましたか?」

「よく分かったな。流石、誰かに手ほどきを受けただけある。旨い茶だろう」

「また、クローディア様に小間使いをさせたのですか!」

「そう言ってもな、ずっと家に居て何もしないのも楽しくないだろう」

「今度、何か詩集とか物語の本を持ってきますので、それで勘弁してください」

「ネズミ男さん、カップが空ですよ」

「あ、ありがとうございます。クローディア様。なんとも恐縮ですが、お慈悲をいただきます」

 

 ネズミ男が飲み干したカップにクローディアがお茶を注いだ。ネズミ男がゆっくりとお茶を一口のみ、クローディアに椅子に座るように懇願し、二人に話を始めた。

 

「ひとまずの状況としましては、少なくとも旦那にはクローディア様を一月は匿っていただきたいです。その間の資金も後日お渡しします」

「ネズミ男さん、そんなにも状況は混乱しているのですか?」

「酷いです。誰が味方で敵なのか、誰も確信していないので、後ろ手に短剣を持ちながら、話しています。つまり、疑心暗鬼が蔓延っています。クローディア様の弟君が所属している派閥に関しては、誰が味方なのか判明しています。吹けば飛ぶような弱小派閥は、こういうときは結束が強いものです。ただ、紙のように軽いので、周囲の風に巻き込まれやすいので、どうにかしてつむじ風に飲まれないようにしないといけません」

 

 そう言うと、ネズミ男は残りのお茶を飲み干した。ガラガラはメリンダのパン屋のクッキーを食べながら、その話を聞いていた。行儀悪くクッキーを齧りながら、疑問を表した。

 

「そんなに期間が長いのなら、クローディアには、色々と手伝ってもらおう。まずは、そろそろ乾いているだろう儂の服の取り込みからかな」

「そうですね!そうしましょう!今日のお洗濯も面白かったですし、何事も経験ですしね」

「ええー!洗濯も手伝わせたのですか!もう諦めました。せめて、御身のお怪我だけには注意してください。お茶もありがとうございました。それでは、お暇させていただきます」

 

 そう言うと、ネズミ男はガラガラの家から去って行った。クローディアとガラガラの二人は、彼の後ろ姿を見送った後、一緒にきちんと乾いた洗濯物を取り込んだ。クローディアにとっては、なんというか初めて小春日の香りを感じたようで、新鮮だった

 


 

 クローディアとガラガラの生活が幾日か過ぎた。クローディアを匿っている以上、毎日、クローディアと一緒に市場に行くのもどうかと思ったガラガラは、ふとネズミ男の言葉を思い出した。少なくとも、孤児院は追手がおらず綺麗なはずだから、ピクニック代わりに孤児院に行ってみよう。ちょっとした気分転換になるはずだ。早速、クローディアに留守番を任せ、市場へと向かい、孤児院で食べられるだろう量のパンと具材となる野菜や肉などを買って帰った。

 

「クローディア、明日は孤児院に向かうから、丈夫で汚れてもいい服を用意しておいてくれ」

「まぁ、孤児院ですか!初めて行きます。他に準備することは?」

「明日の朝に適当にサンドイッチを多めに作って持っていくから、早起きしてくれ。ある程度の下拵えは、儂の方で今晩やっておく」

「ガラガラさん、分かりましたと言いたいところですが、私も一緒に下拵えをしてみたいです」

「簡単な物だけだぞ。夜もそろそろ深くなってくる」

「承知しました。貴方の御心のままに」

 

クローディアは、右手を胸に当てて、そう答えた。ガラガラはミキサーを取り出し、クローディアに渡した。

 

「これは、なんの絡繰りでしょうか?」

「今、具材を適当に小さく切っているから。後で使い方を教えるから、待ってくれ」

「はい、ガラガラさん」

 

 そうしていると、ガラガラが具材を小さく切って、ミキサーの中に入れ、ぐるぐるとハンドルを回し、入れた具材をさらに細かく、滑らかにしていった。

 

「こういった具材をさらに細かくする絡繰りだ。クローディアは、具材を小さく切るのと、絡繰りのハンドルを回す作業のどちらがやりたいか」

「もちろん!ミキサーのハンドルを回す方です!」

 

 結局のところ、ガラガラが具材を細かく切って、ミキサーに入れる。クローディアがミキサーのハンドルを回し、具材をさらに細かくするか、滑らかになるまでハンドルを回すという作業をクローディアが満足するというか疲れるまで行なった。それなりの時間が過ぎて、具材の下拵えが終わり、それぞれの具材を陶器の保存壺に入れて、明日の朝に味付けとかをすることにした。

 

 次の日の朝がやってきた。サンドイッチを直接持っていくよりも、孤児院でその場で作って、作り立ての方が美味しいだろうと考え直したので、パンを数斤と具材の入った陶器の壺を籠の付いた台車に載せて、ガラガラとクローディアの二人は、ガラガラが台車を引きつつ、孤児院へと向かった。ついでに、ホットサンドメーカーも持っていった。

 

 幾分かの時間を要して、二人は孤児院に着いた。ガラガラは、クローディアをその場に残し、とりあえず孤児院に入り、孤児院長の所へ挨拶をするために向かった。

 

「どうも、孤児院長、お久しぶりです。」

「これは、ガラガラさん、お久しぶりです。今日は、何用で来られましたか?」

「最近、やっていなかった食料の寄付ですよといっても、今日はその日に食べることができるサンドイッチ作りなのだが」

「それは、それは、ありがとうございます。材料はどちらにありますか?」

 

 そう孤児院長が感謝の言葉と共に材料のありかを聞いていたときに、孤児院の外で何やら騒ぎがあったようで、色々な声が聞こえてきた。ガラガラと孤児院長の二人は、孤児に怪我があっては困るので、慌てて外に出た。しかしながら、二人の心配は杞憂であった。ハープを奏でたような優しい歌声が聞こえてきて、ガラガラにはクローディアが唄っているのだと分かった。

 

 二人はそのハープの歌声に導かれ、その方向に向かった。案の定、クローディアが唄っていたが、その周りにいつもは騒がしい孤児達が、行儀よく座って、クローディアの歌を聞いていた。ガラガラには、さもあらんと思っていたが、孤児院長には衝撃だったらしかった。ただ、孤児院長もその歌声に魅了され、孤児達と一緒に座った。ガラガラは、歌声を聞きたい欲求を抑えて、サンドイッチを作る準備を始めた。

 

 一斤のパンを数枚のサンドイッチ用に切り分け、適当な具材を勝手知ったる孤児院から器を拝借して、孤児達が具材を見られるようにその中に少しだけ入れた。クローディアの歌が終わるのを待ちながら、ついでにスープも作った。

 

 クローディアの歌劇が終わったようだと確信したガラガラは、お玉と鍋の蓋をカンカンと子気味よく鳴らし、簡潔に全員に伝えた。

 

「飯の時間だ!集まれ!」

 

 歓声と共に孤児が集まった。それと、クローディアと孤児院長も来たが、二人には役割を与えた。孤児院長が孤児達の具材を入れて、最後にクローディアがパンを挟むのだ。流れ作業のようにしようとガラガラは考えた。

 

 ガラガラがパンの一枚を載せた皿を差し出し、孤児が食べたい具材を孤児院長がパンの上に置く。そして、最後にクローディアが残さずお食べなさいと母のように言いつつ、上にパンを載せてサンドイッチを完成させる。 効果覿面だった。いつも賑やかだった孤児達は、今回ばかりは、夜のしじまのような静かさで恭しくサンドイッチを作ってもらった。ただし、刻んで炒めた玉葱だけは大量に残った。年長の孤児が年少の孤児に嫌いな玉葱を横流しし、年少の子も玉葱を嫌いになる玉葱事件の事がよく理解できた。

 

 ちょっとの間だけ、孤児達は静かに食事をしていたが、生来の元気さが戻ってくるにつれて、いつものように鐘の音が響くように騒がしくなっていった。その様子をクローディアは微笑ましく感じながら眺めていた。食事の時間が済み、クローディアが年少の孤児たちに歌を教えている間、ガラガラと孤児院長、それに年長の孤児のまとめ役の子達と一緒に皿洗いなどの食事の後片付けをした。

 

 楽しい時間とは、いつの間にか過ぎてしまうもので、そろそろ夕暮れが訪れて、ガラガラとクローディアが家に帰る時間となった。クローディアは引き留めてくる孤児達の手を優しく引き離し、一人ひとり頭を撫でて別れの挨拶をしていた。全員分の別れの挨拶が終わったので、行きと同じようにガラガラが台車を引いて、クローディアと一緒に家路に着いた。

 

「ガラガラさん、そういえば、あのフライパンのようなものは、結局使いませんでしたね」

「フライパン?あぁ、ホットサンドメーカーのことか、今晩、使って見せよう」

「約束ですよ?」

「約束だな。分かった。忘れないようにする」

 

 他愛のない世間話をしながら、二人はガラガラの家に着いた。二人は、余った具材が入っている壺を家の中に運び、台車を倉庫の中に置いた。

 

「さて、早速ホットサンドメーカーを使って、熱いホットサンドを作ろう。クローディア、具材は何がいい?」

「余っていた炒めた玉葱、チーズと薄切りのトマトでどうでしょうか?」

「そうするか」

 

 手慣れた手つきでサンドイッチを作り、ホットサンドメーカーで挟み、かまどの火を使って焼き始めた。少しすると、焼けたチーズの香りが周囲に漂った。ホットサンドメーカーを開けてみる、良い具合にきつね色をしたホットサンドが出来上がった。

 

「クローディア、すまないが皿を取ってくれないか?」

「分かりました。それにしても良い香りですね。お昼に食べたサンドイッチとは、大違いです」

「サンドイッチもいいものだが、温かいサンドイッチも美味いものだ。ほれ、クローディア、お前さんの分だ。温かいうちに先に食べなさい。この皿とフォークとナイフを持っていきなさい」

 

 ガラガラは、二つ目のホットサンドを作り始めた。クローディアは、ガラガラの言う通りに、クロックムッシュを食べる感じで、ナイフとフォークで器用に食べ始めた。予想以上に熱かったみたいで、彼女の綺麗な口が少し火傷した。だが、温かい食事は、いつもそうであるが、体中が元気に溢れる。自分の分のホットサンドを持ってきたガラガラは、ナイフとフォークを使わず、手づかみで豪快に齧り付いた。噛みついて口からホットサンドが離れた時に溶けたチーズが伸びた。

 

 テーブルマナーとしては、赤点みたいなものだったが、ガラガラが食べている様子を見ていたクローディアは、そういう食べ方もあるのかと驚愕しつつ、そんな美味しそうな食べ方があるのなら、最初に教えてくれればいいのにと、ちょっと拗ねた

 


 

 

 クローディアがガラガラの家に逗留してから、幾月が過ぎた。クローディアがハンカチに刺繍を施しながら、ガラガラに聞いてきた

 

「ガラガラさん、今思いついたのですが、私の髪の毛は特徴的らしいので、髪切り屋とかで髪を切ってもらったら、どんな感じになると思いますか?」

「正直なところ、髪切り屋が困ると思うが、行ってみるか。出来るかどうかは、ともかくとして、ちょっとした気分転換になるだろう」

「いつもお屋敷で髪を切ってもらうので、楽しみです」

 

 善は急げという事もあるので、二人は市場に行く準備を整えた後、仲良く折りたたみの日傘を差しながら、市場へ向かった。すぐに馴染みの髪切り屋に到着した。ガラガラにとっては、いつものように髪切り屋の扉を開け、昔、髪切り屋の息子だったが、今では髪切り屋の主人となった男を呼んだ。 

 

「すまないが、儂と彼女の髪切りをお願いしたい」

「へぇ、旦那と言いたいところですが、ちょっとあっちの方で話し合いましょう。お嬢様は、ここの椅子に座って待っていてください」

 

 髪切り屋の主人は、店の奥へとガラガラを連れて行き、ひそひそと小さな声で相談した。

 

「旦那、貴族に疎い私でも分かります。あれは不味いですよ。失敗したら、誰の首が無くなるので?」

「儂とネズミ男だけだろうから、大丈夫だぞ。ところで、女の髪を切ったことは?」

「経験はありますけど、あの髪の質の女性の経験はありませんぜ。私と娘のどちらが切ればいいでしょうか?」

「とりあえず、女のことは女に任せるとして、先に儂の髪の毛をバリカンで適当に切ってくれ。その間にお前の娘が準備をしっかりと済ませるようにして、クローディアの散髪をするときは娘の傍で何か間違いが無いのかの確認をしてくれ」

 

 そういう結論に至ったので、髪切り屋の主人がバリカンでガラガラの髪を切る様子を見てもらうことにした。所詮、ただの時間稼ぎだった。髪切り屋の娘は、綺麗な髪の人が来店したということしか事情が分からなかったが、父親の指示に従った。

 

「クローディアよ。これがバリカンという物で、髪の毛を一定の長さに切れる物だ」

 

 髪切り屋の主人が緊張からか紅顔しながら、バリカンを使って、ガラガラの髪の毛を切った。間違って頭を切って、頭が痛くならないような構造で作ったバリカンであったが、少し色んな所がぶつかって痛かった。どうやら手が震えているらしい。

 

「まぁ、お屋敷のお父様も一度試しに使っているところを見た覚えがあります。すごく面白いですよね」

 

 ガラガラには、どうやらすでに知っているらしいという事が分かった。髪切り屋の主人が堪えきれずバリカンを使う速度が速くなった。少なくとも二人の男は、どうしようかと思いながらもどうしようもないことが分かった。

 

 ガラガラの髪の毛が切り終わってしまった。ここからが本当の地獄である。どうにかして、静かに着陸したかった。髪切り屋の娘を見てみる。ただの経験不足から来る無知から、少なくとも緊張はしていないようだった。

 

「お客様、どんな長さまで切ればよろしいでしょうか?」

「うーん、市場の奥様方と同じ位に切ってください。今回は、さっぱりしたいので、肩くらいでしょうか」

「こんなにも艶やかで、長い髪の毛を切るのですか?少々、形を整える位がいいでしょうが」

 

 髪切り屋の娘の言葉に男二人は、よくやったと同じ気持ちだった。

 

「でも、これを機に心機一転して切ってみたいのです」

「お客様のご要望通りにしますね」

 

 儚く二人の男の希望が砕け散った。髪切り屋の娘が鋏でクローディアの髪の毛を切った。いや、切りすぎている。二人の心境は最悪だった。髪切り屋の主人は、顔を青くし、いまにも口から泡を吹きそうだった。流石の髪切り屋の娘も切りすぎて、混乱していたが、女性ならではの繊細さで髪を整えて、散髪を終えた。手鏡を持ちながら、髪切り屋の娘がクローディアに問う。

 

「いかがでしょうか?」

「久しぶりに頭が軽いです。ありがとうございます」

 

 少なくとも、怒ってはいないようだ。クローディア以外の皆は、安堵した。クローディアに店の玄関口の椅子に座って待っていてもらいつつ、二人の男は店の奥で相談した。

 

「それでだな、この髪の毛は、買いたいか?」

「絶対に買いません。お二方が帰った後、すぐに閉店して、しかるべきところで焼いて消します。少なくとも証拠が無ければなんとかなるはずですから」

「そうなるよな」

「少なくとも数日前に、こんな状況を教えていただければ対応できたのですが、二度としないでください」

「聞いておくがどんな対応だ」

「そりゃあ、もちろん臨時休業です!」

 

 髪切り屋から出て、クローディアとガラガラの二人は、市場を散策することにした。しかしながら、掃き溜めに鶴というように、クローディアはその美貌から市場では目立っていた。ガラガラは近場の八百屋で片手で持てる位の小さいリンゴを二個買って、一つをクローディアに渡した。クローディアは、よく分からなかったようで、ガラガラが手本を見せた。リンゴに齧りついた。クローディアもその様子を見て、リンゴに小さく齧りついた。初めての経験で、彼女に尻尾があったならば、激しく振られているだろう。

 

 ついでに、近くの料理店で、薄切り器で薄切りにした野菜を適当な油でカラッと揚げたお菓子も食べながら、二人は歩いた。どのお店の商品もクローディアには珍しく感じ、結構な時間が経ってしまった。もうそろそろ帰らなければ、家に着くころには夜になるだろう。ガラガラは手早く必要なパンとか、スープの材料となる野菜を買って、クローディアが逸れないように手を繋いで、ちょっと気まずい感じで家路に着いた。家に帰った後、適当にスープを作り、パンと一緒に食べて、その日は終わった。

 

 次の日にクローディアはハンカチの刺繍を完成させたようで、椅子に座り、机で絡繰りをいじっていたガラガラに日頃お世話になっているお礼としてハンカチを贈るために声をかけた。

 

「ガラガラさん、どうぞハンカチです。日頃からお世話になっているお礼です。」

「これは見事な刺繡だな。ただし、ふだん使いには向いてなさそうだな。あの箱にでも入れておくか」

 

 ガラガラは、そう言うと机から離れ、一つの箱を持ってきた。

 

「クローディア、ちょっとした絡繰りの箱を見せてあげよう」

「まぁ、どんなものなのでしょうか?」

「こことここの隅を順番通りに押すと、ほれ!こうやって箱の底だと思われていたところよりも深く底が出てくる。大事なものをしまうときに、よく儂が使う絡繰り技術だ。今度、同じような箱をクローディアに贈ろう」

「面白い絡繰りですね、かなりの手間が必要だと思いますけど」

「そこまで難しい絡繰りではないから、大丈夫」

 

 ガラガラはそう言いながら、大切にハンカチを絡繰りの箱の底に丁寧にしまった。

 


 

 いつかの日の朝、ガラガラとクローディアの二人は、家の掃除をしていた。ガラガラは、以前に作ったカーペットスイーパーで床を適当に掃除していた。一方、そのとき、一緒に掃除をしていたクローディアが香りの無くなったポプリを見つけた。

 

「ガラガラさん、このポプリ、結構な時間が経って、香りが無くなっていますね」

「もうそんな時期なのか。今度、市場で買ってこよう」

「私も一緒に行きます」

 

 そういう訳で、二人して市場へ向かった。いつもの雑貨屋に入り、ポプリを探す。程なくして、ポプリが見つかったが、色々な種類があったので、どうせならクローディアの好きな香りにしようとガラガラは考えた。

 

「クローディア、好きな香りのポプリを選びなさい」

「いつもアイリスというのも何ですし、今回は、このバラのポプリにします」

 

 雑貨屋の店主にポプリの代金を支払い、二人は雑貨屋から出た。世間話の中で、ちょうどいいので、花屋にでも寄って行こうという話が出てきたので、花屋に向かった。

 

「花を飾るにしても、すぐに萎れると思うが」

「今回は、花ではなく観葉植物を飾ることにします。それに、アイリスの種が欲しいですね」

 

 二人は花屋に入り、適当な観葉植物とアイリスの種というか球根を買った。ちょっとした荷物になったが、気分が良かったので、そんなに重さを感じずに市場から家に帰った。 そうして、家に帰った二人は一緒に玄関近くの庭にアイリスの球根を植えた。

 

 幾日か過ぎ、ピョコンとアイリスの球根から出ている茎が伸びていた。いつかは、アイリスの花が咲くだろうその様子を見つけた二人は、一緒に笑って眺めていた。

 

 クローディアとガラガラの髪の毛が最初に出会ったときと同じ長さまで伸びる位の時間が経った。相も変わらず、クローディアの迎えが来るというか匿っている時間が長くなったが、二人ともこの時間が長くなることを歓迎していた。なんというか、二人だけでいるときが心地よかった。二人とも頭の奥底では理解できていたが、この時間が永遠に続いてくれることを願った。男は火で女は麻くずというか、詰まる所、遠くて近きは男女の仲である。

 

「貴方、今日のお昼ご飯ですよ」

「分かった。今向かう」

 

 いつの間にかクローディアがガラガラを呼ぶとき、時々貴方となっていたが、ガラガラはあまり気にせず受け入れていた。いつもの机の椅子に座ったガラガラだったが、目の前の料理に驚いていた。その様子を見て、クローディアが今日のお昼ご飯の説明をした。

 

「シャルティバルシチェイという冷たいスープですよ。市場の奥様方にレシピをお聞きし、ビーツという蕪を買ってきて作ってみました。なかなか独創的な見た目ですが、綺麗な紫というかピンクですよね。半分に切ったゆで卵も目玉のように中心に置きました。それに味見してみましたが、味も問題無いと思います。付け合わせは。蒸かした芋にちょっとの香草をかけたものです」

「とりあえず食べてみよう」

 

 ガラガラは、奇妙なスープを一口口に含み、口の中で転がしながら、どんな味なのかを確認した。口当たりのよいさっぱりとした味だった。付け合わせの蒸かし芋を食べる。いい味の組み合わせだった。そのまま、ガラガラは、お昼ご飯を食べ続けた。クローディアは、その様子を机に頬杖をつけながら、愛おしそうに眺めていた。

 


 

 クローディアの白磁のような柔らかな指先が、働き者の薄い紅茶のような少し固い指先に変わる位の時間が経った。最初はうまく出来なかったが、いつのまにかエプロンを着こなしながら、クローディアが器用に色んな料理を同時に作っていると、豪華であるが装飾が慎ましい馬車がガラガラの家の前に停まり、青年が降りてきた。その青年が勝手にガラガラの家に入り、机で絡繰りをいじっているガラガラを無視して、料理をしているクローディアを見つけると叫んだ。

 

「やっと見つけました!姉上!もう家に居ても、無事です。誰も姉上の命を狙ってきません。だから、このような寂れた場所から、さっさと我が家へ帰りましょう!」

 

 ガラガラは外に出て、馬車を見る。見た目と馬車に刻まれた家紋からみるに、どう考えても貴族の馬車であった。遂に、このときが来たのかと、ガラガラは悲しい思いになった。だが、いつまでもこうしている訳でもなかったが、別れ際にクローディアにドワーフ謹製であろう、紋様自体はかなり質素でありながら、所々にドワーフのガラガラ以外にできない技術が施された箱を手渡した。この箱だけでも国に献納すれば、恐らく国宝になるだろう。

 

「ここでの暮らしを忘れて、自分の家で達者に暮らしなさい」

 

 ガラガラは、正直、かなり寂しいが、クローディアを悲しませないように気丈に別れの言葉を告げた。

 

「ここでの暮らしは、絶対に忘れません。それに、ここは既に我が家なのですから。大変お世話になりました。お体に気を付けてお過ごしください」

 

 悲壮な顔をしたクローディアは、箱を大事そうに抱きかかえながら、馬車に乗った。その後、青年も続けて乗った。御者が鞭を叩き、馬が歩き出した。ガラガラは、馬車が見え続ける限り、手を振った。しかし、ガラガラの家から馬車が見えなくなる時間は、そう掛からなかった。

 

 揺れる馬車の中でクローディアは、ガラガラから受け取った箱を開けて、中を覗いた。箱の中には、それぞれ曜日に対応するのであろう7つの見事な植物の装飾がある髪飾りが納められていた。それぞれの指輪には、別々の植物があった。アイビーの髪飾り、赤いカーネーションの髪飾り、四葉のクローバーの髪飾り、ジニアの髪飾り、ピンクのナデシコの髪飾り、ヘリオトロープの髪飾りだった。

 

 最後は、クローディアが好きなアイリスの花の髪飾りだった。その花びらは、白かった。その色を見て、さらにクローディアは悲しくなった。やはりガラガラは、あの人は不器用だなと思った。なんというか、このままじゃいけないと思い始めた。これまで周囲に流され続けてきたけど、どうにかして万難を排して我が家へ戻りたい。彼女の心に決意の火が灯った。考えられる限り、ひとまずは、ネズミ男の協力が必要だ。

 

 クローディアがいつか聞いたガラガラの言葉を思い出し、箱の底の絡繰りを外してみた。指輪とネックレスが入っていた。とても綺麗だった。これらの装飾品を身に着けた姿も見せてあげたいとも思った。絶対に我が家に帰るのだ。再び、帰る覚悟を決めた。

 

 後日、ガラガラがクローディアの作ったハンカチを手に人生で一番失意に沈んでいると、ネズミ男がガラガラの家にやって来た。クローディアを匿ったお礼をその手に持って、ガラガラに話しかけた。

 

「旦那のお気持ちは、痛いほど分かりますが、こちらがクローディア様を匿ってくださったお礼のお金になります」

「すまない、ちょっと受け取れるような気分じゃない。適当にそこに置いておいてくれ。なんならそのお金を持って帰って、お前のものにしてもいいぞ」

「意地悪をするわけではないですが、そんなことできるはずないでしょうが。とりあえず、ここに置いておきますね。かなりの大金なので、金庫に納めた方がいいと思います。それでは、きちんとお渡しできたので、これにて失礼いたします」

 

 ガラガラにとっては、お金欲しさでクローディアを売ったような気分になって、さらに落ち込んだ。恐らく月日が経つと、彼女との思い出が薄れていくであろう気がして、もっと嫌な気持ちになった。永遠と続く坂道を転がっている気分だった。サーシャが良縁を得て結婚した時、リリーが出世して帰って来なくなった時や、ステラがなんとか結婚できた時の寂しい悲しさを感じとは、違う悲しみだった。彼女がこの家に住んでいた時に使っていたものを眺めながら、彼女との思い出を繰り返し思い返していた。あぁ、こんなにも寂しいし、もっと良い作りの装飾品を作って渡すべきだった。今にして思えば、なんであんな出来の髪飾りを渡したのだろう。

 

 ガラガラの失意が続いて、その心が癒されないまま、幾月か時間が過ぎた。そんな日の朝にガラガラの玄関のベルが鳴った。あまり体を動かす気分ではなかったが、玄関から外に出て、誰なのかを確認した。疲れた顔をしているネズミ男ともう一人の二人の人間が立っていた。

 

 見た覚えがあるフードを被って顔を隠した人間が前に出てきた。その人間がフードを後ろに下げ、頭を出し軽く振って、絹のような美しい髪の毛を左右に揺らせた。その髪の長さと風貌から明らかに女性であることが分かった。その髪には、白いアイリスの髪飾りが付いていて、薬指には指輪と首にはネックレスを身に着けていた。

 

 その姿は綺麗でこれまで見てみたいと願っていたクローディアだった。ついに、ガラガラは、妄想を見始めたみたいで、もう今日はふて寝しようとしたが、クローディアが居候しているときに、嗅いだ覚えがある彼女のアイリスの花の香りを感じて、目の前を凝視した。本物だ!クローディア本人だった。

 

 驚いたガラガラに対して、クローディアは、ハープを奏でたような幾人も魅了する声で嬉しそうに話しかけてきた。

 

「貴方!ただいま!」

 

 クローディアは、そういうとガラガラの胸に飛び込んだ。ガラガラは、クローディアの軽い体を受け止め、くるりと一緒に回ってから、彼女を降ろして不器用な笑顔で答えた。

 

「おかえり!」

 

 ガラガラの家こそがクローディアの我が家なのだ。

 


エピローグ


 

 そろそろ良い子が寝る時間のとき、ネズミ男が幼女に語りかけていた。

 

「そうして、ルールー、お前さんのご両親は、結婚したんだ。そういった結果でお前さんが生まれて、私にとっては、大変大きい一悶着がありながらも、三人で幸せに暮らしている。いや、そろそろ四人になるんだったかな」

 

「ネズミ男のおじ様、肝心な所が抜けているよ。お父さんとお母さんは、どうやって、その一悶着を乗り越えたの?私は、何で生まれたの?神様にお菓子でもあげたの?」

 

「まぁ、そういう事にしておこう。物語としては、最高に良い終わり方だと思うがねぇ?これにて、ガラガラの旦那のお話はお終い。もう寝なさいな」

 

 そういうと、ネズミ男は、ガラガラとクローディアの娘のルールーに布団を掛けて、ルールーをベッドに寝かしつけ、部屋のランプの明かりをふっと息を吹きかけて消して、部屋から出て行った。暗闇の中、アイリスの香りに包まれながら、ルールーは、段々と微睡みながら眠りについた。両親の出会い話をこっそりと聞けて、幸せだった。

 





いつもヒロインだけ幸せなるのもどうかなぁと感じました。

という訳で、主人公であるガラガラさんにも幸せになってもらいました。

いつか加筆修正して、Amazonとかで自費出版でもしようかと思います。

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