そうだ トレセン、行こう。   作:可能性の甲殻類

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唐突にこんな時間にしてすいません。


やられ千葉ァ

 私が居る学校であるトレセン学園には、選抜レースと言う物がある。

 端的に説明すると、専属トレーナーがついていなかったりチームに加入していないウマ娘がエントリーできるレースだ。デビュー戦で走る距離である、短距離部門の1200m、マイル部門の1600m、中距離部門の2000mから個人の適正に合う物を自らが選ぶ。

 エントリーするウマ娘の目標は、このレースで実力を示して観戦していたトレーナーからスカウトを受け、見事デビュー戦へと出走できるようになる事。文面にすれば簡単だが、トレーナーの数に対してウマ娘が飽和量ギリギリなので、ハードコア級の難易度なのは否めない。

 とはいえ年に4回開催されるこのレースはこの学園の一大行事とも言える物で、特に春のこの時期は人数が盛り上がりが凄い事になる。そして自分は今、それを身をもって実感している。

 観客席を見渡す限りトレーナーと観戦者の人だかり。自分もその中にいる訳なのだが、人混みにもみくちゃにされるのはぶっちゃけストレスがマッハだ。理由の中に現在進行しているのがレースの花形である中距離部門というのがあるにしろ、無茶苦茶に多い。

 それに比例して観客の盛り上がりも大きく、耳が痛くなるほど。聴力はプロゲーマーにとって視力を退けて1位に君臨する程トップクラスに必要な物なので、音楽の聞ける耳栓(別名を無線イヤホンと言う。勿論音量は低い)を付けて観戦している。

 現在はカフェが出走している中距離部門の最終ラウンド。今が丁度第3コーナーを回った所で、ここから勝負が動く場面になる。

 と、カフェが中団から差してきた。漆黒とも言えるその髪はよくよく目立つので位置を上げてきたのが簡単に見える。

 彼女は第4コーナーから着々と前にいるウマ娘を抜いていき、残り2ハロンの位置で既に2番手とは小さくない差が出来ていた。そしてそのままゴール板を通過した。学園附設の電光掲示板には3バ身差と表記されていた。

 流石はマンハッタンカフェと言った所か、余裕をもって1着の座を取っている。カフェが言う『オトモダチ』と、もしかすると自分の相乗効果もあるだろう。知らんが。

 さてと、次は自分が出るマイル部門だ。自分はカフェとの勝負で差の大きさが小さい方が飲み物を奢る事になっているので、色んな意味で負けられない。その次いでに差を付けてマイルでのハードルを上げておこう。

 規定の位置に集まれというアナウンスを聞きながら、時たま聞こえてくる自分宛ての不愉快な言葉を無視して、人混みを押しのけて歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 コナミコマンドの力は凄い。何故ならゲームでは超絶有名なコマンドの1つとして知られていて、それ故に隠しコマンドとして採用される事も多く、何よりリアルでは心を落ち着かせる合言葉にもなれるのだから。

 つまりは相応に緊張している訳である。流石に例の大会程では無い(比べる対象の差が大き過ぎるような気がするが)にしろ、ウマ娘のゲーム内と実際にやるとでは全くの大違いだった。当たり前だろと言われればそりゃあそうだが。

 コナミコマンドでも落ち着かないならとりあえず脳内で我らが本社でも爆発させて、と。

 

「……ふふっ……」

 

 存外面白い爆発に思わず笑ってしまったその途端、周りにいた出走者の視線がこちら側へと向く。おお凄い、これがもし陽動作戦をしていたのなら大成功を収めていた事だろう。それこそ陽動率がトップで、四冠の内一冠を勝ち取ってだ。問題は今やりたい事がライジングの付く方ではなく、どちらかと言えば代々続くソリッド系だった事なのだけども。

 ステルス任務なら別方向で有名なお陰でそもそもの時点で失敗している? 黙れ小僧、そんな事くらいそもそもから知っとる。自分が言っているのはレース結果を期待されないこと(それもそれでムカつくが)であって、そういう意味合いじゃない。

 閑話休題。

 自分が思い出し笑いしてしまったのを余裕の笑みと考えたか、はたまた他を低く見た嘲笑なのか、どっちを想像したかは知らないが(残念ながら正解はそのどれでも無いけども)体感感じられる周りからの闘志が倍増しているような気がする。本来ならここでもうリスタートしたいのだが、生憎ここは現実。これを乗り越えるしか無い。

 1番外側にあるゲートに入りながら、思案し始める。

 さてと、自分にとっては不利も良い所。敵の情報を知らないままで走らなければならないし、その上でハードモード。一応情報を駆使するタイプの自分からすれば、相当キツい状況だ。これを打開する方法、か。

 ……もうこの際周りの事なんて考えないで脳筋プレイでやっとけばどうにかなる気がする。ゲーマーソウルとなけなしのウマソウルを総動員すれば情報抜きでも多分勝てるとゲーマーの勘が囁いているのだから、やる価値はある。

 この思案の後、誰にも聞こえないように口の中で呟く。

 ……プロゲーマーを無礼(なめ)るなよ。

 

 ──ガゴン。

 

 重たい金属音が鳴ったと同時に、選抜レースは始まった。

 

 

 

 

 

 

 視界が明るくなる瞬間、FPS特有の「先を読んで行動する」というのが身体に染み付いていたのが功を奏し、その時点から1歩を踏み出して先手を取る事が出来た。

 とはいえ、そのまま逃げるのは自分の脚質に合わない。先頭を譲り、カフェと競走している内にいつの間にか身についていた戦法である追込に切り替える。

 一応調べていた事として、このレースに出走しているのは自分を除いて9人。レーストラックの形は東京レース場の物を模しているという事。これ以外は全く不明なので、聞こえてくる実況から情報を抜き取るしかない。

 流れてくる実況に耳を澄ませてみると、逃げが2人と先行4人、差しが2人、追込が自分を含めて2人というのが暫定として入ってくる。勿論随時情報を取り入れて行くために、自分は最後方で待機している。

 ここから直線で伸びて1着を取れれば、クスィー(クシクス)という人物は決してゲームだけじゃないというのを示せるだろうし、自分へのアンチをしている人も黙らせられる良い位置取りでもある。

 

「ははは、その想像通りに前が動いてくれたらまだ良いんだけども」

 

 自分の失態でハードモードにしてしまったのを後悔する独り言と苦笑を漏らしながらレースを進めていき、第3コーナーへと入りだす。

 実況を聞く限りだと前は殆ど変わっていないらしく、時折レースに直接影響しない所で位置が変わったりしているようだが、それがどうしたといった程度。

 

 反感を買うような事を言うが、1ストリーマーの意見としては、自分達がやる土壌よりも遥かに立派な物を持っているのだから、本物じゃなかったとしても魅せる努力をするべきではないかと思う。

 そりゃあ『レースを勝つ』というのなら正しい事だ。そのままを維持するべきだろう。多少の無理を承知で学ぶべきだ。なんだったら自分の『エンターテインメント』を重視した考えや脚質の方がおかしい。

 自分の脚質である『追込』はあまりにも不安定な物で、成功すれば一気に追い抜き1着、ただし失敗したら良くてギリギリ掲示板で悪けりゃビリ。だったら安定している択の先行か差しのどちらかを取るべきだろう。

 だがしかし自分はそれを取らなかった。それは何故か。1つは単純に走っている時に身に付いた。もう1つは情報戦で有利に立つ。そして1つは、1人のエンターテイナーとしての義務だ。

 観客が見たいのはハラハラとした戦いであって、圧勝劇でも無ければ勝ちが確定している物でも無い。観客はワガママなのだ。

 そして自分は、ゲーム内とはいえ1度は劇的な優勝を飾ったウマ娘。観客は種目が違えどそれと同じ物を求める権利があり、自分はストリーマーとしてそれに応える義務がある。予期しない事でこの道を進む事になったが、予期しなかったというのを理由につまらないレースはしたくない。これこそが理由である。

 後は「ゲームは動き面白いのにレースは安定取るとかつまんな」とか言われたらシンプルに腹が立つ。以上。

 

 さてと、視点をレースの方へと戻すと第4コーナーへと入る所になっていた。最後の直線も近く、そろそろレース展開が動いてもおかしくはない。

 と、中団にいたウマ娘が動いた。それを皮切りにして激しい先頭争いが始まったのが実況からも目視からもわかる。

 自分は勿論まだまだ待機。自分は白いアレもといゴールドシップのようにゆっくりと押す方ではなく、ナリタタイシンのように直線で一気に叩くタイプの追込なのだ。

 というかそれ以前に自分のスパートの要であるブーストは走るなどの身体を強く運動させている時だと、本来持つ時間の9分の1であるたったの40秒になるポンコツ気味な能力。大体のウマ娘だとその40秒はラスト3ハロンの秒数だ。

 そんな訳で直線まで堪える必要がある。かなり大きめの賭けになるが、しかしそれでこそエンターテイナーだ。

 そうしている内に前にいた追込のウマ娘もスパートをかけ始めた。まだスパートを入れていないのは自分1人だけ。しかし40秒で巻ける距離には入っていないのでスパートを掛けるにはまだ早い。

 自分で自分を焦らしながら前へと走る。既に前とは目視2、3バ身の差はあるだろう。

 しかし走っていれば、いつかはゴールが見える──そう、確かに最後の直線を自身の目で捉えたのだ。

 よし来たとブーストを起動させる為に『銃の重い引き金を引く』イメージをし、全ての思考を目の前にある勝利へと向ける。

 

 ──グヴァァァン、ペポペポペポ……

 

 よし、タイマースタート。こっからきっかり40秒で何としてでも勝ちに行くぞ。

 聞き慣れた脳内に響く音と、見慣れた身にまとわりつく赤い粒子を気に止めず、踏み切る寸前だった右脚で地面を力強く蹴り飛ばす。それと同時に姿勢も低くし、空気抵抗を受けにくい体勢にする。

 相変わらずブーストと言うのは中々狂った性能をしていて、自身でも簡単に自覚できる程に驚異的に、それこそ例えるなら殺人的な加速をもって(肝心のエレガントさこそは恐らく全く無いだろうが)前にいるウマ娘を大外から1人また1人と抜かしていく。その光景が実況者の目に留まったのか、実況のメインが先程まで前線争いをしていた事から自分の追込になっている。

 観戦の時に聞こえていた「どうせレースでは大成しない」だの「所詮狭い世界(ゲーム)でしか輝けない」だの不愉快な事をほざいていたバカに対して、性悪な質問の1つでもしてみたい所だ。その時にはさぞかし顔を真っ赤にして怒り狂うだろうな。

 想像に過ぎないその表情に、しかしそれに愉悦を感じながら前を見る。前には残り3人のウマ娘と3本のハロン棒。なるほど、勝ちは目前だけどもまだ安心は出来なさそうか。

 それならばと脚の回転を更に早める。痛みに軋む両足は一旦無視し、目の前にいる2人を目のレティクルに捉える。

 捉えられている事に気づいたらしい2人が更に加速し始めたが、ブーストを起動している自分よりはまだ遅い。

 

「今更気付こうとも……そんな体たらくじゃあな!」

 

 底上げされた身体能力の暴力で2人を纏めて躱して、残り100メートル、前には1人しかいない。残るタイマーも後5秒。

 ……どうせなら後ろで少しプレッシャーを掛けてからゴールするか。Eが付く付かないに限らず、スポーツは嫌がらせをより多くした奴が勝つ物だし。

 そんな考えで前にいる、体力を使い切ったのか少しふらついているウマ娘の背後について追い立てる。そうすると焦ったのか多少進みが速くなったが、それでもやはり限界は限界だったようだ。

 

「む……むりぃぃぃ……」

 

 下がっていく彼女を横からささっと抜き去り……そしてゴール板を駆け抜けた。

 

 ──プシュゥゥゥゥ……

 

 それと同時にガスの抜ける音──ブーストの効果が切れる幻聴が聞こえ、いつも通りの労力に合わない疲労が掛かって前へと倒れ込みたい衝動に駆られるが、どうにか根性で堪えて観客席へと目を向ける。

 ……してマンハッタンカフェよ。何故そんな勝ち誇った顔をするんだ。教えてくれ五飛、じゃなくて、カフェ。

 不可解に思っていると、疑問が顔に表れていたのか、カフェが電光掲示板を指さした。それに促されるままに指された方向を見ると、自分と先程抜かした相手の距離である『ハナ差』が表記されている。

 …………あ、しまった。そういえば賭けをしていたんだった。しかも負けている。

 

「……クソァッ!」

 

 言葉を吐き捨てた所でこの結果は変わらない。結局は試合に勝って勝負に負けたという訳だ。

 畜生めェ! 

 

 

 

 

 

 

「凄い……!」

 

 先輩に連れられて見たそのレースは、その一言に尽きた。あまりにもつまらなくて語彙力の無い感想なのは自覚しているのだけど、彼女の走りはそうせざるを得ない程に鮮やかな物だった。

 ラスト3ハロン。ここに来てから間もない新人の私からして誰が勝つのか、何となく予想していたそのレースに、突如として現れた赤い流星……髪の事を言うなら、白い流星なのだけど、その時の私には確かにそう見えた。彼女は後ろから赤い粒子的な何かを纏ったかと思うと、一気に追い上げて最後に前のウマ娘を躱して1着を勝ち取ってしまった。

 彼女は、圧倒的に強い。G3やG2なんて全く足りない、もしかしたら日本のG1だってまだ器に余裕で収まってしまうのかもしれない。

 だからこそ、私は彼女の元に駆け寄ってスカウトしようとした。でも、私と同じ事を考えていたトレーナーはいっぱいいて、たったほんの少し出遅れただけでもう彼女を中心とした人混みが出来上がっていて、肝心の私はそこに加われずに弾かれてしまっていた。

 ……あーあ、もう少しでも早く動けていれば、もしかしたらスカウト出来たのかも知れないのに……。

 後ろ髪を強く引かれる思いで、何故か彼女の事を「クスィー」と言うトレーナー達の集まりに背に、ひとまず観戦を続ける事にした。

 ……はあ。




レース描写って、難しいですね(小並)。
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