そうだ トレセン、行こう。 作:可能性の甲殻類
学園併設のターフの傍に立って、走っているウマ娘を新人トレーナーかの如く目をかっ開いてその姿を大学ノートに綴っている芦毛のウマ娘。
クシクスである。念の為言うが、今日は走るつもりは無い。たまには身体を休ませたって良いじゃない。
ちなみにどうしてこんな事をしているかと言うと、単純明快強そうなウマ娘を細かく調査して、その得た情報の中でも走りに関わる物(特に追込関連)を自身に定着させて強化させたいというのが理由である。何故かって? 前にカフェに負けた、それだけで十分だと思わないか、うん。
……姿が某オタクのアグネスのヤバい方かつピンクヘアーの某ウマ娘みたい? あーあー、聞こえない聞こえなーい。成長にはこういう事も必要なんですぅー。確かに見てくれは正しくそれと似ているけども、
さて、話を戻そう。そんな訳で現在偵察任務中だが、現在進行形で目を付けているウマ娘は2人いる。
「アンタにだけは、絶対負けない!」
「お前にだけは、ぜってぇ負けねぇ!」
言い争いをしながら2人並んで走っているウマ娘の、栗毛でツインテかつツンデレじゃない方。皆ご存知、『常識破りの女帝』の2つ名を持つウマ娘、ウオッカである。
……まあ待て。「おいおいおい追込って言ったのもう忘れたのかおおん?」とか思っている方、まずは話を聞いて頂きたい。
そりゃあ確かにウオッカは差し脚質である。だがしかし、差し脚質だからと言って何も参考に出来ないのかと言われれば当然だが違う。ゲームで例えて言うなら、FPSとTPSは区別こそ違えどやる事は似ている、と言った具合。
同じように、追込と先行はやり方違えど形は同じ走り。どこで仕掛けるか、どの位置に控えるか、どのタイミングで揺さぶりを入れるか、その他もろもろetc……。
定型的な先行と異端の追込ですら類似点が幾つもあるのだから、位置も仕掛け時も比較的似ている形の差しはより学べる数だって多くなる。だからこそ天性的に良い差し脚質を持つウオッカを選んだ訳だ。
まあレース場を見てたまたま居たから彼女を選んだというのもあるけど。
もう1人は、その隣で走っているダイワスカーレット……ではなく、その後ろに控えて走っている芦毛。ヒントは別名『イチゴ大福』『120億』。
2つ目のそれでもうマヤノトップガン並に察した人もいるだろう。正解は2つ名『黄金の不沈艦』の追込ウマ娘、ゴールドシップである。
これはもう難解な理由とかを挙げる必要もあるまい。同じ追込脚質で、かつ自分以上に実力があり、そしてたまたまレース場にいた。以上。
この2人を重点的に観察し、脚の回転数やストライド、姿勢等の見て抜き出した情報を自分なりに咀嚼して、手元にあるノートへと落とし込む。
こうして見ると、何だかんだぶっ壊れ級の実力なんだなという月並みの感想が出てくる。今の自分じゃあゴールドシップのように2冠を取るのも叶わないだろうし、ウオッカのように7つのG1を取ることだって夢のまた夢。それに対して、現状だと恐らくG1の1つすらも取れなさそうな自分。
これじゃあ、祖母に顔向け出来ないじゃないか。
はあ、とため息をついたその時。
「ほう、良い脚を持っているじゃないか……! 全体的にバランス良く鍛えられていて、そうでありながら柔軟性も高く、柔らかい……スプリンターの素質がある、良いポテンシャルを感じる脚だ……!」
「きっ……!?」
おおおおちおちおちつけ、ビークールだ、ビークール、ビー、クール。上上下下中略AB×3で落ち着かせろ、オーケィ?
よし、グッドだ、グッボーイ、グッボーイ。
さて、と。ここでこそ初対面だが、何度も画面越しに見たお陰で自分はコイツの事をよくよく知っている。チームスピカを率いるトレーナーだ。アニメではスペシャルウィークやトウカイテイオーにG1の花を持たせるという申し分ない実力を有し、チームとしても普通に厨パクラスのウマ娘を率いている、人間を辞めてるタイプなトレーナーの1人。
ここまでだとただの厨系トレーナーにしか聞こえないが、問題は彼の悪癖。それを一言で表すなら、『妖怪ウマアシサワリ』である。うーん、現実だったらセクハラで警察にドナドナされてそうだ。
本題に戻るが……アニメだと何とも言えない感情だったが、現実でやられると相当、その、すっごく気色悪い。背筋が凍るってこんな事を言うのか。外付けブレーキの『不祥事として取り上げられる』が無かったら危うく蹴る所だった。
「……あの、申し訳ないんですけども今すぐ脚から手を離して貰えます? そろそろ外付けブレーキが壊れそうなので」
「ん、ああ、すまんすまん。それで、ウチのチームに何か用か? もしかして入部しに来たか!?」
「んなわけ無いでしょうよ、仮にそうだとしても今ので入る気無くしてますから。まあ、情報収集ですよ。データ取って、それを自分の走りに活かしたいからここにいたんです」
「そうか……じゃあな、とりあえず見学の1つでもしてみるか? 近くでその走りってのも詳しく見れるだろうし、もし良いと思ったら入部する、お前さんにとっても悪い話じゃないだろ?」
「それはそう……ですね、はい。じゃあ見学してみます。入るかどうかは後ろ向きに検討しますけど」
駄目か、と漏らすスピカトレーナーに対してそりゃあそうだろと心で呟きながら、見学場所へと向かっていった。
あれは今から以下略。
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「……いやぁ、つくづく見ると趣の度数が尖りまくったポスターだな、本当」
チームスピカの見学を終え、日が東に深く傾いて来た時間帯にふと首を横に動かし、目に写ったスピカの勧誘ポスターを見て思わず出た感想である。今まで気づかなかったのは、その、今後の予定云々で気づかなかったんだよ。
さて、話を戻して、と。
アニメを見た時からも思っていたが、これを考えた奴はマジで何考えてるんだろうか。何をどうしたらダートに埋まってる写真をベタ付けして「入部しない奴はダートに埋めるぞ」とか書くんだ。そのセンスは尖らせるな、尖らせるのは顎にしとけ。
こんな紅茶でもキマったかのようなポスターのチームに入る奴いるのか……いたわ、ダイワスカーレットとウオッカ。やっぱりスピカじゃないか。こんな所にいられるかってんだ、自分は自室にこもってランクマでもこなしてるぞ。
ほぼフラグじみたそれを内心吐き捨てて前に進むと、よそ見からか誰かにぶつかる。
「いっ、ああ、すいま、せ……」
……うわあ何でだろう、マスクとサングラスを付けたウマ娘が3人いるなぁ、何でだろうなー、ナンデダロウナー。
「ウオッカ、スカーレット、やっておしまぁーい!」
「わかりました、ゴールドシップさん!」
ワアイ、ナンダローソノフクロー。ヒトサライカナー?
……よし、現実逃避してる場合じゃねぇ、即刻逃げよう。
「こういう所で使わされるの、本当迷惑なんだけどなぁ!」
ブーストを起動してからバックステップで瞬時に距離を取り、迂回してからの全力疾走。逃げというのは先手必勝なのだ。
とはいえ、そもそもの脚のスペックが違う。このままだと袋に詰められて部室にドナドナされる。フラグビンビンだった発言だが、それはただ面白そうなだけで立てた訳じゃなくて、半分くらいは本当なのである。
と、前方に先日会った女性トレーナー。彼女らの目的はあくまで自分であり、そこには他人を巻き込む理由は無いはず。悪いが、この女性トレーナーに追っ払ってもらおう。
「どうも昨日ぶりですねと言いたい所ですけども、現在進行形で面倒くさい事になっているのでちょっと助けて下さります!?」
「あっ、うん勿論! 何かあったの?」
「ええとですね、あの3人衆を追い払ってもらいたいんですけども! という訳で前線に出て下さい!」
「よし、わかっ……あー……うん」
……なんだその何とも言えなさそうな声は。ジョークでもコイツらが担当とかはやめてくれよ?
「……えっとね、ごめん」
「へ?」
嘘だろ承太郎?
「……私、あるチームのサブトレーナーやってるって言ってたじゃん? 目の前のウマ娘達ね……そのチームの娘達なんだ……だから、うん、その、ごめんね」
嘘だろ承太郎ォ!?
……く、くそう。謀ったな、謀ったなゴルシ。よりにもよってこんな善良極まりなさそうなトレーナーをアレの巣窟ともいえるスピカに引きずり込むなんて。しかもその彼女を罠に使いよってからに。
衝撃の事実でフリーズしたままの自分に袋を被せられ、担ぎあげられる自分は最後に悲鳴を上げた。
「
──
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という訳で、現在スピカの部室にいる。
とりあえずむっちゃくちゃに言いたい事は宇宙空間の広さ程あるが、その中でも選抜をしての一言。
「部室への持っていき方が野蛮!」
「落ち着けよ、そんなに荒ぶっても仕方ねぇだろ。ほら、ウーロン茶」
そこはせめて緑茶だろ。何故にウーロン茶だ。
「そこはウーロン茶じゃなくて、緑茶だと思うんですけど……?」
よく言ったぞダイワスカーレット。正にその通り……だァ違う! 危ない、スピカのアレな雰囲気に飲まれかけてた。
目の前のお茶云々の事を一旦置いておき、右斜めに立っているスピカトレーナーに話しかける。
「それでですけども、何故ここに拉致ってきたんです。事と次第によっては110番も視野に入れますよ」
「おっと待て待て待て……そういう事はしないっての。簡単に言えば、俺らのチームに入らないかって事だな。やり口はその、お前さんの言う通りなんだが」
「自覚してるんだったら最初っからやらんで欲しいですけども」
「それはさておいて、どうだ? 入部してみないか? お前さんが前向きに検討しておくって言ってた、俺の後輩のトレーナーだっているぞ?」
「多分あの人の事だと思うんですが、ただ目の前の誰かさんのお陰でプラマイゼロの検討をしなけりゃいけなくなったんですけども、ねぇ妖怪ウマアシサワリさん?」
「あ、あれはその……許して?」
「はあ……自分は、まあ今回は許しますよ。でも──」
「アタシ達が許さねえってなぁ!」
「へぶっし!」
自分の言葉に感応して実行犯3人が彼を思い切り蹴り飛ばした。
お、おぉ、リアルで見ると普通に死にそうな吹っ飛び方をしてる。なのに多少呻いてるだけで済むってやっぱりアイツ何かの合金製じゃないのか。具体的にはルナ・ナントウム合金のそれ。
その様子を見かねたか、交代して件の女性トレーナーになる。
「話が逸れちゃったけど、どうする? 私としては、入部してほしいのは勿論なんだけど、あくまでも決めるのはあなただからね。だから、好きに決めて?」
……現ここの優良枠に言われたらなぁ、そのなぁ。
……というか、選択肢なんて実質的にないような気もする。だってだ、スピカ恒例(?)『ウマ娘ドナドナ』をされて、それで現在この部室にいる訳だ。
これがどうなるかって?
知らんのか。
スピカに加入せざるを得なくなる。こうやって選択肢が狭まるからファンとしてはそうでも1ウマ娘としてはこれを食らいたい気持ちがなかったんだよなぁ!
……まあ、起きてしまったことは仕方がない。早めに即興の攻略手順を建てて、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応していこう。
「スピカのマトモな人にそこまで言われたら流石に背中を向ける訳には行きませんなぁ。わかりました、加入しますよ」
「……え、本当!? ありがとう、本当にありがとう!」
「よっし、チームに1人入部した! これで暫くチームはどうにかなりそうだな! アタシはゴールドシップ! ゴルシって呼んでくれ!」
「まあ、ラフにやりましょうよ、ラフに。じゃあ今後はタメ口なんで、よろしくですよっと。それじゃあ自己紹介は後回しにして、と──」
喜んでいる4人を尻目に、ゆっくりと立ち上がるスピカトレーナー、以後チームトレーナーへと歩を進める。
「良かったねぇ、チームトレーナー。1人入部するってさ!」
「お、おお! それは良かった! 良かったんだが……なあ、何故お前さんは握り拳を作っているんだ?」
「何でか、だって? 実は自分、とある1人の大きめの配信者なんだな。それで、いつもはこの時間帯に配信をしてるのよ」
「そうだったのか!?」
「知らなかったらそれはそれでなんか腹立つな……まあ良いか。ともかく、基本的にこれに関しては絶ッ対に遅刻したくないってマイルールとして定めてる訳だ。だけども、現状はバリバリ遅刻してる、と。この責任、誰が取る必要あるんだろうね?」
「……ま、まあ待て。話し合いをしよう。話せば、話せばわかる、違うか?」
「暴力って最高の
まずは逃げられないように肩を両手で掴み、瞬時に右手を左肩の位置に入れ替え、しっかり握ってその間に脚を払ってバランスを崩させ中に浮かせるっ!
そのまま体をほんの少し持ち上げてから地面にシュゥゥーッ!
「轟け、クソザコナメクジカウンターァァッ!」
「ブギャァーッ!」
……ととと、こんな茶番をしてる場合じゃなかった。さっさと配信準備に取り掛かろう。ただでさえ遅刻しているというのに、更に視聴者を待たせては行けない。
「じゃあ他の手続きは任せましたよ! 自分はちょっと色々と予定に急かされているんで!」
そのまま足早に部室を出て、駆け足で寮へと向かった。