世界を越えてあなたを想う   作:剣 紅夜

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後編

 

 

 

 

静がロゼッタへの想いに気づいて数日が経った。あれからロゼッタに会うことはない。

他のオペレーターたちから彼女がやって来たという連絡が入らないのだ。

 

1階にある第二処置室で気だるげに白衣を着て、医療班として静は任務を淡々こなしていた。

 

 

(何かおかしい…)

 

 

任務をこなしながら静はここ数日の違和感に疑問を抱き始めていた。

 

 

(今までエネルギー資源の節約の為、船を稼働させる事すらしていなかったのに、どうして今頃になって?)

 

 

静が乗る船は太陽光や宇宙にある微量な小惑星を取り込みエネルギー資源へ換えて動いている。

太陽光で得られるエネルギーは微々たる量だ。それを1ヶ月と数日程度で充分に補填されるものなのか?と。

 

考え込んでいると、ビー!と静が持っている通信端末に着信が入る。

 

 

「はい、星科です」

 

〈私だ〉

 

 

聞こえてきた女性の声に「艦長?」と静は驚いた。

オペレーターであり医療班の自分に船の責任者である艦長本人からの通信が入ったのだ。

 

 

〈君と少し詳しい話を聞きたくてね。少し良いかな〉

 

「はい、問題ありませんが…話を聞きたいこととは?」

 

〈この世界の、ドラゴンに乗る女性のことだが〉

 

 

静は背筋が凍りつくような感じがした。

ロゼッタのことだとすぐにわかったのだ。

 

感情を声に出さず、普段通りに静は答える。

 

 

「それが何か?」

 

〈彼女から何か聞いていないかい?例えば、ドラゴンの特徴とか〉

 

「いえ、特には……」

 

 

静はロゼッタと最後に会った際に聞いた調査のことは話さなかった。

 

ドラゴンの特徴?

何故今になってそんなことを?

 

聞き返したくても一端のクルーである自分が艦長に聞くなんて出来ない。

 

 

〈ふむ、そうか。ならいいんだ。邪魔したね〉

 

 

そう言い通信は切れる。

 

 

「なんなの?それに…今頃になってドラゴンの事なんて」

 

「気になります?」

 

 

後ろから聞こえた声に静は振り返るとゴーグルをつけた後輩がいた。

 

 

「星科さんって好奇心強い方です?」

 

「あなた、バーにいた」

 

 

「ニシシ」と笑いながら後輩は静を見る。

 

 

「艦長の話、何か知っているんですか?」

 

「ついて来てください。あ、カモフラージュデバイスを忘れずにね」

 

「え?」

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

2人はカモフラージュデバイスを起動した状態で艦内にある技術班の開発スペースへやって来た。

 

後輩がパスワードを端末を使って入力し、開いた扉から素早く中に入る。

中にあるコンテナの影に隠れつつ、後輩は見つけたソレを遠目から見るように静に促した。

 

 

「っ……」

 

 

目を疑った。

 

そこには、カプセルのような機械に入れられたドラゴンがいた。

 

 

「なんですか、アレは」

 

「エネルギーに還元する機械だよ。数日前から導入されて、アレのおかげでだいぶエネルギーの補給には助かっているんだよ」

 

「補給、還元って…ドラゴンはどうなるんですか?」

 

「そりゃ、生命エネルギーや魔力ってやつを吸い取られてるわけですからね。死にます」

 

 

平然と応える後輩に静は睨みつけ、苛立ち紛れに彼女の作業着の襟を掴みコンテナに身体を押し付ける。

 

 

「技術班が作ったんでしょ!なんてものを作ったの!」

 

「けほっ……俺は知らないですよ。元々小惑星に使っていた機械ですし」

 

「なっ……」

 

「少し前から、腕利きの戦闘員である隊員たちにドラゴンの捕獲を艦長が命令し始めたんですよ」

 

 

その言葉を聞いて静は頭が真っ白になる。

エネルギーが補給され始めた、でもまだ捕獲を続けている。

生命体からエネルギーを供給しているのならば……頭にロゼッタの姿がよぎった。

 

最後に会った時、ロゼッタは調査任務でドラゴンの数が少なくなっていたことを教えてくれた。

その原因がまさか…自分たち…自分の上司だった事に静は言葉を失う。

 

嫌な予感がした。

頭の中で嫌なことばかりが浮かんでいく。

 

 

「艦長は、ドラゴンからエネルギーを供給できると分かって。実験でこの世界の人間でも出来ないか考えています」

 

「それって……」

 

 

静の背中になにかが突きつけられる。

「動くな」と、凛とした女性の声がした。

 

口を閉ざして後ろを向くと、バーテンダーがいた。

 

 

「マスター…?」

 

「星科さん、ゆっくりこちらに……お前は手をあげていろ」

 

「おー、こわ」

 

 

静は後輩から離れ、バーテンダーは持っている銃を後輩に突き付ける。

 

 

「特異点にちょっかいを出すのはやめろと前から散々言っていたはずだ」

 

「仕方ないじゃないですかー。今回ばかりは相手のやる事がヤバすぎて特異点の力を借りないと俺も行動に制限がかかってしまうんですから。それに邪竜がここの特異点と接触してるんですよ?」

 

 

ブーブー唇を尖らせて文句を言う彼女から出た『邪竜』の単語にバーテンダーはピクリと眉を動かす。

 

 

「マスター、どういうことですか?これは」

 

 

静に問われ、銃口は後輩に向けたまま彼女は静を見た。

 

 

「詳しくはこの場では話せません。ちょっと、頼んだものは問題ないのよね」

 

「星科さんのパソコンに転送しましたよー?あなたに教えたパスワードで鍵かけてますし」

 

 

ヘラヘラ笑う後輩に静は不気味さすら感じた。銃を突きつけられても笑顔を絶やさない、その姿に狂気すら感じた。

 

 

「よろしい。合流も出来ましたし、約束通り囮は頼みますよ」

 

「了解、了解。代わりにそっちも手筈通りにお願いしますよっと」

 

 

ヘラヘラした顔はスン…と無表情になり、冷たい眼差しでバーテンダーを見た。

 

 

「特異点は世界に必要不可欠ですからね」

 

 

そう言い彼女は指で空中に何かを書くような仕草をした後。

ガチャン!という音が複数聞こえ、ドラゴンたちの咆哮が聞こえた。

 

見張りをしていた隊員は驚き銃を発砲し始める。

 

 

「え?!」

 

 

何が起きたかわからない静は後輩を見たが、そこにはもう姿はない。

代わりにバーテンダーが静の右腕を引く。

 

 

「行きましょう」

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

静が使っている処置室のパソコンをバーテンダーは素早く操作し、パスワード画面を開く。

パスワードを入力後、データファイルを開き、それを取り出した端末へデータ移動を始める。

 

 

「これでよし。星科さん、あなた…銃器の扱いは?」

 

「一応…」

 

「よろしい」

 

 

バーテンダーは着ていたコートの裏側に挿してあるS&W M44、回転式拳銃を抜いて、静に手渡した。

困惑する静に「念の為よ」と言い、彼女は移動したデータファイルの中身を端末で速読し始める。

銃を見つめ、震える手で静は受け取った銃を腰のポシェットへ入れた。

 

 

「あなたは、なんなんですか?あの子といい……それに、特異点って」

 

「……私たちは調律者。そして特異点というのは私たちの能力を受け付けない者、かしらね」

 

「調律者…?特異点…?」

 

「特異点は世界に必ず存在する、所謂、世界の腫瘍みたいなものよ。悪性や良性が存在する」

 

 

バーテンダー、もとい調律者を名乗る彼女は静を指差した。

まるで、静自身が特異点であるように。

 

 

「調律者は各世界の基盤となっている天秤の守護者なの。大崩落(フォールダウン)に繋がるの規模の争いごとが起こる前に止めるための存在であり、天秤を守るためにその原因である特異点を処刑する為の存在ね」

 

 

1つのファイルデータを見て目を細めた後、調律者は静を見た。

 

 

「アレは天秤を守るためにあなたの世界で活動していたんだけど……私を呼ぶほどにかなり追い込まれていたのね。調律者が持つ修正能力も追いつかないくらいに30年前からあなたの世界の天秤は崩壊しかけていたから。本来接触することはない特異点と接触し、協力を仰いだ……天秤を調律するために」

 

「どういうことですか?」

 

「あなたの世界のバランスが闇側に落ちていた。邪な考えをする特異点がいたから……その特異点が今、大崩落が起きる規模の争いの火種を握っている。だから私も派遣されてこの船に乗り込んでいたのクルーとしてね。そして、見つけた」

 

 

嫌な汗が流れる。

それは自分のことなのか?

 

 

「安心して星科さん、あなたじゃないわ。他にいるのよ悪性な特異点が……そしてその特異点は、この世界の良性の特異点に手を出した」

 

 

そう言い調律者は端末に写っている画像を見せた。

 

写っているのは牢屋。

それだけでなく、中に誰かいた。

 

中にいたのはボロボロに傷ついたカノープスと、彼女を守るようにそばにいる傷だらけの人物がいた。

 

 

「ロゼッタ!?」

 

「悪性特異点は彼女を利用してこの世界の生き物を、あなたの世界のエネルギー源にするつもりよ。ここまで手を出すとは思わなかった……早急に手を打たなきゃ行けない……。このままだと、この世界も、あなたの世界も……大崩落が起こる」

 

 

端末を操作して牢屋までの道をマップに出す。

 

 

「すぐにでも出たいけど、準備することある?」

 

 

調律者の言葉に、目の色を変えて静は着ていた白衣を脱ぎ捨て、ロッカーに入れていたもう1着の白衣を出す。

この白衣は静がロゼッタとギルド任務をこなす際に使っていたもので、白衣には隠しポケットがいくつもありそこには危険薬やポーションなどの回復薬が複数入っていた。

白衣に袖を通し調律者の方を見る。それに彼女はフッ…と小さく笑みを浮かべた。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

真っ暗な檻の中でロゼッタは薄めを開けて、ボーっとしていた。

身体中が痛い。

ドラゴンについて教えろと暴行された傷が痛む。

 

ロゼッタの住む世界のことをよく調べたのか、檻には魔力遮断の魔法具が使われていてカノープスも力が出ずにぐったりしていた。

 

 

「バカなのかな、私……」

 

 

目を閉じて、先程隊員たちの上官らしき女性に言われた言葉を、思い出した。

 

『星科君は君のことを知らないと言っていたよ』

 

それを聞いて頭が真っ白になった。

我慢していたが、限界で…悲しくて…涙が止まらなくて…。

 

思い出し、ロゼッタはまた涙を流す。

 

それでも…あの日、高台での出来事を思い出した。あの日からずっと、自覚した想いが消えていない。

 

 

「……静様」

 

 

小さな声で、ロゼッタは静を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、ロゼ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻聴かと思った。

ずっと聞きたかった声にロゼッタは重い瞼を開けようとしたが、身体の痛みからなのか開くことが出来ない。

 

そのあと、唇に何か、柔らかい何かが押し当てられる感覚がしたあと…口内に何かが流し込まれる。

抵抗する気力もなく、ロゼッタはそれを飲み込んだ。

 

身体の痛みがだんだん抜けていく。

目を開けて、焦点が合わない視界の中…ぼんやりと目に映ったのは……優しく抱きしめてくれる大好きな人がいた。

 

 

「せぃ、さま…」

 

「ごめんね、ロゼッタ……遅くなって…」

 

 

そう言い静はロゼッタを抱きしめている腕に力を込め、彼女の頬に手を添え…ロゼッタの涙を指で拭った。

 

 

「なんで…」

 

「話はあと…ポーションをさっき飲ませたんだけど……身体の痛みは?」

 

「平気…」

 

 

ロゼッタの返答を聞いて安心したのか静は安堵の息を吐いた。

調律者の能力なのか不明だがどこからか結晶体を取り出し、パキリと割ると結晶体は光の粒に変わりカノープスへ集まっていく。

 

 

「ドラゴンの回復は済ませました。あとは」

 

 

調律者は牢屋の中にあるカメラを見る。

監視カメラの存在に静は驚いたが「大丈夫」と調律者は語る。

 

 

「アイツの方で細工済みみたい。さて、このままあなたたちを外に連れ出したいところなんだけど」

 

「私は、やる事があるので残ります。ロゼをお願いできますか?」

 

「構わないわよ」

 

「静様、私も」

 

 

ついていくと言い出そうとするロゼッタに対して静は首を横に振り、調律者の方を見た。

 

 

「ロゼはこの人といて。大丈夫だから……」

 

 

そういい、静はロゼッタを離し彼女の頬を撫で……離れようとしたが、ロゼッタが静の手を握り今にも泣きそうな顔で首をゆっくり横に振った。

 

 

(やだよ、いっちゃやだ……静様)

 

 

ここで手を離してしまったら、二度と会えないんじゃないか。ロゼッタは怖かった。

声に出して止めたいのに、声が出ない。

静の手を握る手が震えてる。

 

 

「ロゼ、大丈夫…」

 

 

落ち着かせるように、優しい声で。

静はロゼッタが握る手の上から空いている手を重ねてロゼッタへ向かってほほ笑んだ。

 

 

「ほんと……?」

 

「約束するよ、ロゼッタ。ちゃんと戻ってくるから」

 

 

ロゼッタの力が抜けるのを感じ静はロゼッタの手を離し、牢屋から出た。

 

 

「さて、ドラガリオンさん。外へ向かいましょう」

 

 

調律者はロゼッタへ手を差し伸べるが、その手を取らずロゼッタは立ち上がる。

 

 

「大丈夫です。かのぷぅ、飛べそう?」

 

 

ロゼッタの問いにカノープスは頷いた。

 

 

「心配しないんですね」

 

「静様が、約束してくれましたから」

 

 

そう、ロゼッタは満面の笑みで調律者に向かって言った。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

静は廊下を走る。

インカムを付けて音声を拾う。

クルーたちに渡されている通信用の携帯端末とは違い、オペレーターたちが持つインカムは電波受信型のものだ。少し受信電波の波数をいじる事により受信できる音声を切り替えることができ、現状把握にはうってつけのものだ。

 

すると受信機を触る前に…

 

 

〈繰り返す!ドラゴンが艦内に侵入した!直ちに避難せよ!繰り返す!直ちに避難せよ!〉

 

 

聞こえてきたのは艦長の声。

その声を聞き静は目を細め、インカムの受信機をいじり、受信する音声を管制室へ切り替えた。

管制室では突然の緊急の避難警報でオペレーターたちが混乱している声が聞こえ、逃げ出す準備をしていた。

恐らく避難警報のドラゴンは、開発スペースで逃げ出したドラゴンたちを対処する為だろう。クルーに見つからないように、ドラゴンを利用していることが他のクルーたちにバレないようにする為に。

 

人が走ってくる気配を感じて静は気づかれないように別な通路へ隠れ、避難の為に逃げていくクルーたちは静に気づくことなく通り過ぎていく。

そもそもそれどころではない。

ここは宇宙ではない、異世界であり魔物もいる。

逃げ場が存在し、身の危険がすぐ近くにあるのだ。

 

インカムを外し、静は銃を取り出し装填された弾丸を確認し、考え込む。

 

恐らく戦闘に腕があるクルーと思われる隊員だけが残りドラゴンを対処するつもりなのだろう。

そう考えると、クルーたちと接触した際は最悪の場合戦闘になる。

 

息を吸い込み、吐く。

大丈夫、いつも訓練通りに、昔のようにやればいい。と、静は自分にそう言い聞かせる。

静は医療班でオペレーターとはいえ、この船のクルーは全員戦闘訓練を受けている。

 

銃を持ち、静は出来るだけ人と接触しない通路を進んでいく。

行先は、決まっている。

 

あのインカムの音声はすべての艦内にいるクルーに聞こえる。

そんな権限を持つのはオペレーターと1人。

そして、聞こえた声。

 

静は艦長室へ向かった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

艦長室では、執務机で機械を操作している艦長の姿があった。

初老の女性で、セミロングの銀髪の髪、不気味な赤黒い鋭い目。軍服に似た艦隊の制服と黒いコートを着ている彼女は何かを悟り、前を向く。

 

 

「出て来なさい。いるんだろう?」

 

 

その声にケラケラとした笑い声が響く。

カモフラージュデバイスを解除したのか、その場には技術スペースで囮役になった調律者がいた。

 

 

「いやー、流石のキレ者だ。だからこそ他の調律者たちを倒せたのかい?」

 

「やはり、お前も調律者か。技術班から新人が入ったとは聞いたが……2人もいるとは片付けるのは面倒だ」

 

 

椅子から立ち上がり、艦長は調律者から一定の距離を保ち正面に立つ。

 

 

「前の調律者たちはどうしたの?それを聞きたいんだ、俺は回収も頼まれてるんですよ。特異点と接触しているって聞いたんですけど」

 

「ああ、アレらなら死んでいるぞ?戦闘でな。中でも愛するものを守るために死んだやつがいた。いやはや、お前たちが送り込んだ中でも1番始末しやすかったな」

 

 

それを聞いてヘラヘラ笑っていた調律者の顔は笑顔が崩れ、スン…と真顔になり冷たい目で艦長を見た。

 

 

「知り合いでもいたのか?」

 

「……まあね」

 

「あなたも同じ場所に行くだろうがな!」

 

 

ガチャ…。と、艦長は取り出したサブマシンガンを調律者に向ける。

向けられた銃口に目を見開いて驚き、回避しようとしたがもう遅い。

 

発射された弾丸の雨をまともに彼女は食らってしまう。

被弾し肉が抉れる音、潰れる音…部屋に充満する火薬の臭い。

腹を抉り人の形を残した肉塊は壁にもたれ掛かりズルりと床に座り込むように倒れる。

 

床に、壁に、鮮血が着き、近づき…弾切れになったサブマシンガンの銃口で調律者の顎を上げ、目を開き、右手を持ち脈を確認する。

彼女の死亡を確認した。

 

 

「さて、ネズミは後…もう1匹いたな」

 

 

艦長は後ろにいた存在に言うように言い放つ。

 

 

「手をあげてください…艦長」

 

 

拳銃の銃口を艦長へ向けた静がいた。

 

 

「なにをしているか、わかっているのかな?星科君」

 

「理解しております。そしてあなたが何をしたのかも。その子を殺したことについても…」

 

「技術スペースのドラゴンを見たのだね?」

 

 

手を上げることもなく、弾切れになったサブマシンガンを捨て、艦長は静の方を見る。

 

 

「どうしてあんなことを」

 

「逆に聞こうか。むしろ、何故…あんなにも素晴らしい資材を使わない?」

 

「資材…?」

 

「我々の世界にとってはこの世界は資源の宝だろう?いやいや、私も驚いているんだよ。まさか、この世界の生物に含まれる魔力というものが小惑星の何百倍のエネルギー源にできる」

 

「その実験の為に何体もドラゴンを捕らえたと言うんですか!?」

 

「当然さ。しかしドラゴンにも個体差があってね。我々が捕らえられる小さなドラゴンでは小惑星程度のエネルギーにしか還元できんのだ。それに比べ、あの白いドラゴンはどうだ?たった一滴の血の生命エネルギーでこの船の稼働1ヶ月分のエネルギーを取り出せた!!君のおかげだよ星科君」

 

 

白いドラゴン。

静はそのドラゴンがカノープスであると理解した。

 

そして、どうして簡単に捕まってしまったか……恐らく自分の所為だ。

ロゼッタが自分に会いに来たから、後日…対策を取られ、不意をつかれ……。

 

牢屋にいたロゼッタが受けた仕打ちを思い出すと拳銃のグリップを握る力により力がこもる。

 

 

「君も望んでいただろう?最高のエネルギー源を得ることが出来れば…戦うこともなく、誰かが傷つくこともない」

 

「黙れ……」

 

「悲しいものだね。元々腕の立つ戦闘員であった君がオペレーターで医療班に転属するとは」

 

「黙れ…」

 

「彼女への罪滅ぼしのつもりだろう?君が殺したみたいなものだからな」

 

「黙れッ!!」

 

 

怒鳴り、艦長を睨みつける静。

興奮したかのように、フーッ…フーッ…と呼吸が荒れ、怒りを抑えながらも殺意は消えない。

銃口はしっかり艦長へ向けていた。拳銃のセーフティを解除しトリガーを引く指に力が入る。

 

 

「星科君、少し話がしたいが、君は聞く耳を持たないようだ。出来れば君の協力の下、資源となるドラゴンの捕獲をしたいところだが、無理のようだな。残念だよ」

 

 

艦長は足のフォルダーに入った軍用のアーミーナイフを取り出した。

それを見て静はしっかり照準を合わせ、脚を狙い定めトリガーを引く。

 

カチ…。

 

銃口からは弾丸が発射されない。

 

 

「なっ…」

 

 

目を見開き静は2度トリガーを引くが弾は出ない。

艦長はナイフを手に静に近づき、ナイフを振り下ろそうとする。

 

振り下ろされるナイフを、静は左手で掴み。

艦長の眉間に銃口を押し付ける。

その目は冷たく、先ほどの焦りの表情は微塵もない。とても冷静な目をしていた。

 

静の行動に艦長はニヤリと笑っているが、目は動揺を隠せず冷や汗を流した。

 

 

「お前、やはり戦闘員に戻ったほうがいいんじゃないか?」

 

「お断りします」

 

「わざと弾丸を数発装填していなかったか」

 

「ええ、訓練以外で銃を持つことなんて、オペレーターになってからありませんでしたから…。あなたが相手となると余計に狙いにくい。ならば、と……ゼロ距離でなら確実に撃ち込めますからね」

 

 

手袋をしているとはいえ、ナイフの刃を直に握り動きを止めているのだ。左手からは血が流れる白い手袋を赤黒く汚していく。

 

痛みもあるだろうに、静の表情は全くと言って変わらない。ただ目の前の相手へ向ける怒りだけが滲み出ていた。

 

 

「全く、あの女は…最後の最後で余計な事をしてくれたものだ……私の駒を洗脳で奪いおってからに…」

 

「あなたの駒になったつもりも、彼女に…あの人に洗脳された覚えもありません」

 

 

そう言い、静は艦長からナイフを回収、銃口を離し、艦長の机に向かって歩き出す。

 

 

「殺さないのか?」

 

「……私は、大切な人の傍で笑えるような、相応しい人間になりたいので」

 

 

静はそう言い残し、壁にもたれ掛かる後輩、調律者を見た。

変わり果てた姿に思わず目をそらしてしまう。

 

机の上にあるパソコンを操作し、技術班スペースにあるエネルギー還元機の機能を停止させる。

それに「よし」と呟き、これでもう大丈夫と、静は安心する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからと言って、星科……安心していいのか?」

 

「え?」

 

 

顔をあげ、艦長を見る。

その手にはコードレス型のスイッチがあった。見せつけるかのように…艦長はスイッチを押した。

 

同時に爆発音と共に船が揺れる。

部屋中にアラートが鳴り響き、赤いランプで危険であることを教えるように部屋を照らす。

 

 

「一体何を!」

 

「なに、この船を捨てるだけだ。念の為代わりの船を用意していてね、残念だが君らとはここでお別れだ……調律者を脅して私は再びこの世界に訪れ、この世界を我が星の資源にしてやる!」

 

 

そう言い手に持ったグレネードを地面に叩きつけると、閃光で目の前が眩む。

静は思わず目を閉じ、腕で目を隠し光がおさまるまで立ち尽くしていた。

 

目が慣れた頃には館長の姿はどこにもなかった。

舌打ちして静はパソコンから監視カメラにアクセスし状況を見た。

 

 

「火災…壁の破壊跡……やっぱり爆弾……仕掛けていたのね。本当、昔から抜け目がないな…」

 

 

逃げ遅れ、倒れているクルーたちを所々で見つけるも外へ逃げていたクルーたちが戻り助けていた。

ロゼッタの姿はない、共にいた調律者も。

外にいるのだろうか…。ともかく自分も脱出しようと静は艦長室から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………逃スカ」

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

脱出の為、静は通路を走る。

遠くから爆発音やアラートが鳴り止まない、黒煙が通路の中に入り込んでくる。

今は考えを止め、とにかく走った。

どんどん爆発音が近づいてきている気がする、本気で艦長は自分たちを殺す気だったのかもしれない。

 

もし、船が空中に浮いている状態で爆発していたらと思うとゾッとする。

 

息を切らし、呼吸を整える暇もなく脚を動かす。

近くで起きる爆発の爆風で飛んできた船の瓦礫を避けながら進む。

 

ピシリと天井から嫌な音がした、横目で見ると天井に亀裂が入り、そこからパラパラと崩れ始めているのか塵が落ちる。

 

後もう少し、もう少しで外に。

 

 

「静様!」

 

「ロゼッタ!?」

 

 

入り口の方向からロゼッタがやって来たのだ。

会えて嬉しいのか彼女は笑っていた。

 

 

「こっち!」

 

 

手を伸ばしてくるロゼッタの手を取ろうと静も手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビシッ…。

 

嫌な音がした。

響いた音に静は咄嗟に…ロゼッタの手を取らず肩を押し、突き飛ばす。

 

直後、天井が崩れ静とロゼッタがいた通路は瓦礫で埋まる。

 

 

その様子を突き飛ばされ、座り込んだロゼッタは呆然と見ていた。

顔が青くなる、カタカタ震える、涙が溢れ出す。

 

自分がいたところは瓦礫に埋もれていた。

近くには、伸ばしていた手を握った人はいない…大好きな人がいない。

 

 

「静様!!」

 

 

声をあげて瓦礫に向かって叫んだ。

返事はない。

爆発音は鳴り止み、シン…とする空間にロゼッタの声が響く。

 

ロゼッタは泣きながら自分達がいただろう場所の瓦礫を退かし始める。

 

 

「やだよ、嫌だよ……こんなの、こんなのヤダ!!」

 

 

大きな瓦礫を退かそうとするが、女であるロゼッタには限界がある。

瓦礫を転がして退けようとしても動かない。

 

 

「早く、しなきゃ……死んじゃうよ、静様が、死んじゃうよ…!!」

 

 

瓦礫を押すロゼッタだったが、嘲笑うかのように瓦礫は動かない。

しかし、横から伸びた手が瓦礫を押して転がして瓦礫を退かせた。

 

後ろを見ると逃げていた船のクルーの人たちや、カノープスが呼びに行ったのかロゼッタの所属する騎士団の団長や団員がいた。

 

 

「ドラガリオン、無事か?」

 

「団長……静、様が…この下…に」

 

 

泣きじゃくりながら、ロゼッタは瓦礫を見た。

それに驚いたのかクルーたちは瓦礫を退かし始め、静を呼ぶ。他にも行方しれずのクルーがいるらしく他のクルーの名前も呼びながら瓦礫を撤去し始めた。

それを見て団長も団員たちに指示を出し、通路に入れる小型のドラゴンもやって来て瓦礫を退かし始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なに…?

何が起きたの?

 

身体が痛い……。

 

そうだ、私、確か…ロゼを助けようとして…。

突き飛ばして…あー、謝らないと、突き飛ばしたこと。絶対怪我させてるわよね…。

 

あの人も、こんな感じだったのかな。

冷たくて、痛くて…寂しい…。

 

血を流しすぎたせいか、呼吸が上手くできない…。

でも、すごく眠くて…。

 

 

― ダメ…静。 ―

 

 

 

 

― 生きて……約束したんでしょう? ―

 

 

約束…誰と……。

 

 

「静様!!静様!!」

 

 

ロゼ…?

ああ、そうだ…約束した。

 

身体はうまく動かないけど…少しは動く。

右手には、大丈夫…まだ、拳銃が手元にある。

 

どこに向かって、発砲するかわからないけど。音さえ分かれば、火薬の匂いさえ分かれば…。

 

私は…どこに向かってかもわからず…銃を発砲する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銃声が鳴り響いた。

ロゼッタのいる瓦礫の山の目の前からだ。

 

その銃声に一同は気づき、シンと静まり返る。

その拳銃の発射音に聞き覚えがあった人物がいた。調律者だ。

 

 

「S&W M44?星科さんに渡した拳銃ね」

 

「じゃあ」

 

 

ロゼッタが調律者を見て、彼女は頷いた。

それにロゼッタは目の前のがれきを崩し、退かし始め、赤黒く濡れていた床を見つける。

大きな瓦礫を退かし、その下には静の右手が見え手元には拳銃が落ちていた。

 

 

「静様!静様!!」

 

 

右手を握り、ロゼッタは声をかける。

見つけたことが周りにも伝わりロゼッタの近くに駆け寄った傍から静が埋まっているだろう瓦礫の山を退かし始める。

 

 

「もう大丈夫だからね。大丈夫だから……」

 

 

握る手はどんどん冷たくなっていく気がして怖かった。

でも、声をかけ続けると弱弱しくだがロゼッタの手を静は握り返した。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「くそ、くそ、くそッ!!こんなはずじゃなかった!こんなはずでは!」

 

 

悪態をつきながら艦長は森の中を彷徨った。

携帯端末で用意していた小型機の船を隠していた場所へ向かいながら。

 

 

「まぁいい。ここの世界の情報は掴んだ。その辺の土や草でも持ち帰ればまたすぐに来れる」

 

 

端末の地図ではもうすぐそこまで船の近くに来ていた。

艦長は嘲笑うかのように高笑いした。

 

 

「アハッハッハッハッハッ!!調律者!!また私の勝ちだ!!私に敵うわけがないのさ!!」

 

 

草木をかき分け、船を隠していた場所にたどり着いた。

 

 

 

が、艦長は笑顔は引きつり、目を見開いて絶句した。

携帯端末を落とし、目の前にある、船を見た。

 

船と呼んでいいのか?

それは最早廃品だった。

 

船の原型を留めず、バラバラに破壊されたガラクタがあった。

 

 

立ち尽くし、その場に膝をついて座り込んでしまう。

 

 

「なんだ、これは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにって、アンタの船ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背後から聞こえた声に、艦長はヒュッと言葉を失う。

振り返るとそこにはヘラヘラと笑っている人物がいる。

 

 

「な、なぜだ……?」

 

「あーベタな台詞は聞き飽きてるんでやめてもらえます?まあ大概の人は俺に向かってそう言いますし別にいいんですけど?」

 

 

ガチガチと艦長は目の前にいる人物に怯える。

ケラケラと彼女は笑っている。

 

 

「貴様は、先ほど殺したはずだろ!?調律者!!」

 

 

ゴーグルをつけニヤリと目を開き艦長を見下ろす調律者。

彼女は確かに艦長の手によって撃ち殺されたはずだった。

 

 

「調律者は、不死とでもいうのか?では、なぜあいつは」

 

「調律者にも『役職』があるんですよ。折角だから教えますね。まず、あなたが過去に殺してる調律者は役職がなく『固有能力』が『修正』しかない人です。

 今この世界の特異点といるのが『調停者』の役職で能力が『修正』と『収納』、後『対人』というやつですね。んで、最後の1つの役職の調律者が俺ってわけ」

 

「や、くしょく…だと……?」

 

「俺の役職は特別なことが許可されてるんですよ。俺の能力は『修正』『再生』『破壊』……。この能力のうち『再生』は俺にしか発動しない。『破壊』も特定の存在にしか発動しない。条件を満たせば、ほら」

 

 

不気味に笑う調律者は左手のひらから太刀を引き抜いた。

 

 

「その条件は、『特異点及び調律者が、天秤を破壊しようとした時』」

 

 

太刀を持ち、ジリジリと調律者は艦長へ近づく。

それに艦長は後退る。

 

 

「俺は『処刑者』です」

 

 

ザシュリ……嫌な音共に、ゴトリとナニカが落ちる音がした。

調律者がパチンと指を鳴らすと、肉塊は黒い炎によって煙も出さず燃えていく。

 

 

 

「…仇、取ったよ……師匠」

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

あれから1週間後。

 

調律者2人が事後処理をすると言い残して行方をくらませた。

あの事件の出来事、ドラゴンたちの拉致、世界を越えた犯罪が起きていたにもかかわらず異界人である静たちはお咎めなしとなった。

 

首謀者である艦長が亡くなったからだ。

騎士団の面々は死んだものだと考えている。なにせ、あの森には魔物だけでなく野良ドラゴンまでいる。

食われたのだろうと思われているが、真相は不明。金属のガラクタの山の近くに艦長の焼け焦げた軍服が落ちていたという。

 

何事もなく、船の修復が行われながらもクルーたちは王都の人々と交流していた。

たった1人を除いて。

 

 

王都にある療養施設。

 

 

個室のベッドの上では傷に包帯が巻かれ、腕には点滴がつけられ、小さく寝息を立てる静が眠っていた。

その様子をロゼッタが静かに眺めていた。

 

時折話しかけても、静は語り掛けることもない。眠っているだけ。

 

医者の話では外傷性のショックによる意識不明。

この状態が続けば、最悪……。

 

 

ロゼッタは医者の話を思い出さないように首を横に振ってから、開けていた窓を閉める。

外に日はすっかり暮れ、夜が訪れ始めていた。

ちらほら見えるだろう街の明かり。

 

空を見れば雲1つなく、月の光と共に星空が見えた。

 

 

「静様、今夜も星がきれいだよ?」

 

 

静の肩に触れる。

でも目を覚ますことはない。

 

泣きそうになるも、ロゼッタは笑う。

 

 

「もー、静様ってばお寝坊さんだね。あははは……はは…」

 

 

笑っていても、ポロポロと涙があふれてくる。

ロゼッタは床に座り、ベッドにもたれ掛かるように身体を預け、静の手に自分の手を重ねた。

 

 

「起きてよ……静様。また、頭撫でたりしてよ、からかってもいいから…また、かのぷぅに乗っていろんなところに行こうよ……」

 

 

1週間。限界だった。

心が折れそうになる。

 

静の世界ならまだ治せたのかもしれない。

目を覚ますことができたのかもしれない。

でも、自分の世界では、まだまだ医療は発達していないし、魔法で病気や怪我を治している。

 

魔法を使っても目を覚まさない。

もう、お手上げなのだ。何もできない。

 

 

「起きてよ……」

 

 

刹那。

ひゅう…と風がやって来る。

 

それにロゼッタは窓の方を見ると、小さな赤いドラゴンが青色の1輪の花を持って窓の縁にいたのだ。

 

 

〔くぴ〕

 

「君、どうしたの?」

 

〔……〕

 

 

ドラゴンは黙り、金色の眼が、ほのかに黄緑色のに変わる。

同時にキラキラと窓から光の雫が入り、ロゼッタとは反対側の位置に光が集まる。

それはやがて人の形に変わる。

 

ロゼッタは驚いて、目の前にいる女性を見た。

金色のハーフアップの髪、金色の眼、静と同じ制服と白衣を着た女性だった。

 

その女性はゆっくり唇を動かした。

 

 

― ありがとう ―

 

 

まるで、そう語りかけるように。

 

彼女は眠る静を見て、ゆっくり瞼にキスを落とし、顔を上げロゼッタを見た。

 

今度は、声が聞き取れた。

 

 

―「後は、お願い……私の大切な人を…。これからも、傍に、いてあげて」―

 

 

光が消えていくと同時に彼女も消え始める。

 

 

「あの、静様は、どうしたら!」

 

 

女性はゆっくりドラゴンを指さした。

正確には、ドラゴンが持つ花を。

 

ロゼッタは花を見る。

 

ユリの花に似た青色の花は仄かに青白い光を放ち、魔力を感じた。

 

 

「これ…」

 

 

その花の名前は『アオハルシオン草』

 

 

〔ぴ♪〕

 

 

〔どうぞ♪〕という風に、ドラゴンはロゼッタへ『アオハルシオン草』を差し出した。

ドラゴンの手から、『アオハルシオン草』を受け取る。

 

 

〔キミの願い、届くといいね〕

 

 

その声と同時にドラゴンは目の前から消えていった。

 

ロゼッタは「ありがとう」と涙を流し、『アオハルシオン草』を両手で握りしめ、静の方を向いた。

 

 

「『アオハルシオン草』……私の願いを聞いて」

 

 

呼応するように、『アオハルシオン草』の光は強くなる。

 

 

「静様を、私の、大好きな人を…助けて」

 

 

そう言った直後。

『アオハルシオン草』は光となって弾けた。

その光は静に集まっていき、やがて光は消えた。

 

 

「静様?」

 

 

名前を呼ぶ。

 

 

「ねぇ…」

 

 

話しかける。

返事は返ってこない。

 

ロゼッタは、声を殺して泣き崩れ、床に座り込む。

 

『アオハルシオン草』。

どんな願いも叶えてくれる。

そんなことはなかったのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優しく、誰かが頭を撫でた。

ロゼッタは顔を上げ、ベッドの上を見る。

 

静が、困ったように小さく笑いロゼッタを見ていた。

ゆっくりロゼッタの頭を撫でながら。

 

 

「おはよう、ロゼッタ」

 

「もー……寝すぎだよ…静様」

 

 

そう言いながら、ロゼッタは泣きながら笑った。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

それからまた時は過ぎ、日が高く昇っている昼下がり。

 

 

「イッテー!!」

 

 

公園で少年の声が響いた。

転んだのだろうか、少年の膝は擦り剥いて血が出ていた。

 

消毒液が染みるのか目に若干涙を浮かべ、手当てをしてくれている静を睨んだ。

 

 

「痛くしないっていったじゃんかー!!」

 

「はいはい、これでおしまい」

 

 

ベチッ。と静は少年の膝に大きめの絆創膏を貼る。

 

 

「まだ遊んでもいいけど怪我には気をつけなさい」

 

「へーんだ!静ねーちゃんだって怪我してるくせに!」

 

 

イー!!と歯をむき出しにして文句を言いながら少年は仲間が待っている広場へ向かい再びサッカーを始める。

少年の言葉に静は苦笑する。

 

動けるほどに回復はしたが行動制限はかけられている。

 

 

(やっぱり1週間以上もベッドの上で生活していたからかしら…少し動くだけでしんどい…)

 

 

公園のベンチに座り「ふぅ」と息を吐いた。

長く眠っていたと言う事もあるだろうが、と。静は左掌を見た。

あの時艦長のナイフを握ったことによる傷口はポーションによってあまり後はもう残ってはいないが、うっすらと傷痕は残っていた。

 

 

(オペレーターに転属して結構経ったけど……身体はまだ覚えているのね)

 

 

目を閉じて昼寝でもしようかと考えていた時。

 

 

「「いたー!!」」

 

 

と、目を輝かせた少女たちが静に駆け寄ってきた。

彼女たちとは何度もロゼッタと遊んでいる姿を目撃している。

今回もロゼッタと花畑で遊んでいるところだろう。

 

 

「あら、どうしたの?怪我でもした?それともロゼッタから逃げてきたの?」

 

「来て来て!」

 

「え?」

 

「いいからいいから♪」

 

「ちょ、ちょっと」

 

 

子供たちに両手を引っ張られて静は公園の雑木林の先にある花畑へ連れていかれる。

連れていかれた花畑には少女2人と花飾りをつけられたロゼッタがいた。

花飾りといっても花の冠、花で作った指輪をつけ、その手には今できたのか少女2人はロゼッタにブーケらしき花束を持たせた。

 

そして慌てた様子で少女たちのリーダーだろう年長の少女が本を持って走ってきたのだ。

 

 

「ん?ん?ロゼ、なにこれ。なんか無理矢理連れてこられたんだけど」

 

「え、あ、えと…ね」

 

「これつけて」

 

「ええ?」

 

 

静は無理やり連れてこられ困惑するも、連れてこられた少女に制服の胸ポケットに無理矢理花飾りをつけられる。

形を見て恐らくコサージュと思われる。

 

キラキラした目で少女たちは静とロゼッタを見る。

そして一番落ち着いている年長の少女が小さな十字架。ロザリアを取り出して、本を開いた。

 

 

「お姉さんたち、座ってください。これは司祭の命令です」

 

(いったい何なの?)

 

 

子供のままごと遊びに参加させられたのか?

と、静は困ったように目を伏せてため息を吐いた。

 

司祭役を名乗る少女は軽く咳払いし、本の内容なのか静とロゼッタへ向けて語り掛け始める。

 

 

「健やかなるときも、病めるときも」

 

 

それに静は察したのか、ポカンと目を開いてロゼッタを見る。

ロゼッタは顔を赤くして静を見た。

 

 

「富めるときも、貧しいときも、互いに敬い」

 

 

言葉を聞き流しながら静はフフッと笑う。

 

 

「なるほどね」

 

「ご、ごっこ遊びだと、思う…から……合わせてあげて?」

 

「ごっこ、ね」

 

 

子どもたちに聞こえないように小さな声で2人は会話をする。

静が少し考えている時

 

 

「誓いますか?」

 

 

その言葉の後、静はロゼッタの右手を取り、自分の方へ引き寄せる。

 

 

(え?)

 

 

ロゼッタが驚いて呆気に取られている時、静とロゼッタの唇が重なる。

静から唇を離して、クスッとロゼッタへ向けほほ笑む。

 

 

「ええ、もちろん。誓うわよ…ロゼッタ……私の傍にいて、この先も」

 

 

右手で軽くロゼッタの頬を撫でながら、静は答える。

 

 

「私も、ち、誓い、ま…しゅ……」

 

 

ブーケで、静から顔を見られないように顔を隠しロゼッタも答えた。

 

 

「これで満足?」

 

 

静は子どもたちを見ると顔を赤くして静止していた。

 

 

「(あー、もうかわいい子たちね)ほら、みんなそろそろ移動しましょう。あまり人がいないところに長居するものじゃないわよ?」

 

 

静の言葉を大人しく従い、少女たちはロゼッタと静に手を振って走りいなくなっていく。

 

 

 

「ごっこ遊びで『結婚式』しちゃったわね。ロゼ」

 

「ひゃい!?え、あ、あぅ……その、静様」

 

「んー?」

 

「さっきの、キス……も、ごっこ?」

 

「……さあ?」

 

 

胸につけられたコサージュを外してクルクルと花の茎を指で転がしながら静はロゼッタの方を向いて笑う。

 

 

「私は、ごっこじゃない、のが……したかった、かな」

 

 

ゴニョゴニョと呟くロゼッタに静は目を細める。

 

 

「………ロゼッタ。私は天邪鬼だから多分曖昧なことしか言わないし、あなたへこんなこと言うのもあまりないとは思うから、言わせて」

 

「…うん、私もね。静様に、言いたいこと…あるの…」

 

 

静は再びロゼッタを抱き寄せ、ロゼッタの耳元で、小さく言った。

 

 

「好きだよ、ロゼ」

 

 

ロゼッタはチラリと静の方を横目で見る。

照れているのか耳まで顔が赤くなっている。顔を見られたくないから、抱きしめて…小さな声で言ったのかもしれない。

 

 

「うん、私も…大好きだよ、静様」

 

 

変わらない笑顔で、ロゼッタは笑い静を抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〔くぴ♪〕

 

 

2人の様子を空の上から小さな赤いドラゴンが見ていた。

両手で口元を覆って楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時空世界。

それは我々が暮らす世界とはまた違う世界。

自分達の暮らす世界を現行世界と呼び、他の世界を時空世界、または異世界と呼んでいる。

 

住む人も種族も生態も様々で、時空世界の干渉は各世界の時空世界研究者たちが互いの世界を滅ぼしかねないのではと恐れておりました。

 

そんなある日のことでした。

時空世界各地が平和で平和で退屈をしている時空世界を旅する1匹の小さな赤いドラゴンがおりました。

気まぐれに世界を覗いてはいなくなる、自由気ままなドラゴン。

 

 

 

そんなドラゴンの力によって2つの世界がつながりました。

 

 

 

この物語は、世界を越え、互いを想い合う。

そんな2人の物語。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

どうかな?楽しめたかな?

物語を守る調律者がいるように、物語を楽しむ君たち観測者がいるように。

 

物語を生み出す人がいる。

 

 

― お疲れ様です。怪我はないですか? ―

 

 

― 勇者様に竜の導きがあらんことを! ―

 

 

さて、彼女たちの物語は次はどこへと続くかな?

 

 

 

 

 

 

Fin…

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