プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち 後編   作:ガチャM

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宇宙世紀0088年。ネオ・ジオンと地球連邦軍との関係は緊張状態にあったが、ジオン共和国で発生した暴動は、くすぶっていた火種に火を灯してしまった―。

挿絵:おにまる twitter @onimal7802
   ガチャM

■デザイン協力 
かにばさみ 4、5、11 twitter @kanibasami_ta
アマニア  7 twitter @amania_orz
いなり   8 twitter @inr002
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おにまる  10 twitter @onimal7802

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第1話「コロニー内のプルツー」

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 人類が、持てる技術を結集して生み出した宇宙の人工都市『スペース・コロニー』は、太陽と地球との重力均衡点、つまり大質量の構造物が宇宙空間でも安定して『浮かぶ』ことが出来るラグランジュポイントに位置している。

 その理由は、このポイントを外して好き勝手な位置に建設すれば、コロニーはたちまち地球や月に引き寄せられて、大惨事を引き起こしてしまうからだ。

 

 宇宙開発にとって重要なラグランジュポイントは、地球圏に5ヶ所存在したが、月の向こう側に位置する、地球から最も離れた『ラグランジュ2』には、サイド3『ムンゾ』が建設された。

 このサイド3は地球から遠く離れているゆえに、貨物シャトルやロケットによる補給は滞りがちで、恒常的に物資が不足する過酷な環境だった。

 それでも移住した人々は地勢的な不利を跳ね除けて、地球から自立するために必死に働き、サイドの中で一番の発展を遂げた。もとよりフロンティアを求めて遠い宇宙に旅立ったので、努力を惜しまない勤勉な人間が多かったのである。

 

 だが、サイド3の人々が一際高い自立性を有するがゆえに、地球とのコミュケーションを疎遠にしたことが未曾有の悲劇の始まりだった。

 

 サイド3は、怠惰な地球連邦政府に頼るのを止めて、独力で問題を解決するようになっていったが、それが高じて、いつしか地球を破壊する無能たちは、逆に管理しなければならないという思考に至ったのだ。

 

 宇宙移民から五十年が過ぎると、サイド3はジオニズムという独自のイデオロギーを構築するまでになっていた。

 ジオニズムの要旨は『人類は全て宇宙に移住するべきだ』というもので、当初の思想は穏やかだったものの、次第に先鋭化していった。そして独裁志向の指導者が実権を握ると、ついに独裁国家『ジオン公国』を誕生させたのである。

 

 地球連邦政府に替わって人類を管理するという野心を抱いたジオン公国は、みずからのイデオロギーを絵空事ですますことなく具現化することにした。

 まず優れた技術力で革新的なロボット兵器『モビルスーツ』を開発すると、それを迅速に大量生産して戦力とした。さらにスペースコロニーを巨大な質量爆弾とする、核兵器を超える大量破壊兵器を手に入れると、ついに地球に対して全面戦争を仕掛けたのだ。

 奇襲作戦で地球連邦軍を半壊させたジオン軍は、地球の制圧に向けて突き進んでいった。数で勝る連邦軍を圧倒するジオン軍を見て、だれもが宇宙から地球を統治する新時代が到来すると考えた。

 

 だが、やはり地球の工業力は桁違いだった。

 

 ジオンは開戦当初は優勢だったものの、迅速に開発された地球連邦軍の高性能モビルスーツに手痛い一撃をくらってしまった。そして大量生産されたモビルスーツの物量作戦に圧倒されると、ついには一年足らずであっさりと敗北してしまったのである。

 

 結果的に、スペースノイドによる地球への叛乱は、宇宙への移民開始当初から続く対立構造を強めただけだった。

 

 戦後八年、未だ地球圏の混乱は続いていたー。

 

 ※

 

 サイド3『ジオン共和国』に属する、34バンチ『メネラ』コロニーは、かつては工業が盛んだった。

 メネラは高度な技術力を有していたので、当時ジオン公国と呼ばれた国のために、休む間もなく人型兵器モビルスーツを生産し続けた。

 しかしながら、ジオン公国が地球連邦軍に敗北したあとは活気を失い、今ではすっかりさびれてしまっていた。

 

 もちろん、戦後は兵器産業から脱却して、家電製品やエレカを製造してみたりもしたのだが、無骨な兵器ばかり生産してきたので、製品は魅力と使い易さに欠けていた。

 加えて営業力も足りなかったので、市場でほとんど評価されずに撤退するはめになってしまったのだ。

 

 現在はどの工場もかろうじて下請け業務で食い繋いでいる状態で、収入は低く、税収が少ないので、メネラコロニーは慢性的に予算不足に陥っていた。

 発電プラントはろくに整備されず、電気不足のせいで人工太陽はパワー不足に陥り、コロニー内外の灯りも頼りなかった。

 悲惨な状況に耐えかねた市長が、たまらずジオン共和国政府に改善を求めたものの、重要度が低いコロニーなので、ずっと体よく放っておかれている。

 

 ようするに、ここ『メネラ』は、宇宙移民者の苦境を体現しているようなコロニーだった。

 

 

 いま、この廃れたコロニーのスペースデブリが堆積した宙域に一人の少女がいた。

 少女の名は『プルツー』といったが、なにやら暗号めいているのは、そのネーミングがある極秘のプロジェクトに由来するからだ。

 そのプロジェクトとは、戦闘力に優れた兵士を人為的に作り出すというもので、つまり彼女は大人の都合で産み出されたのである。

 ジオン公国の後継者を自認する軍事組織『ネオ・ジオン』に属する強化人間が、プルツーと呼ばれた少女の正体だった。

 

 強化人間とは、遺伝子操作によって能力を高められた人間のことだ。

 プルツーは子供ながらにエースパイロットとして名を馳せていて、前の戦闘では一人で七機もの敵機を撃墜したほどのスキルを有していた。

 だが、味方にも恐れられるほどの彼女が、単独でこの宙域にやってきたのは、戦闘が目的ではなかった。彼女が命ぜられたのは、開発中の新型兵器をテストすることだったのだ。

 極めて性能が高いゆえに、秘密裏に開発されている試作モビルスーツ。それを実戦で使えるように鍛えるのが、プルツーに課せられた仕事である。

 

 問題はそのマシーン、コードネーム《クィン・マンサ》が、性能の代償として信じ難いほど巨大だということだった。秘密裏にテストをするには、通常モビルスーツの二倍、全高四十メートルという巨体はあまりに目立ちすぎたのである。

 

 その意味で、このメネラ宙域はテストフィールドには理想的だった。電力不足でセンサーがろくに稼働していないので、巨大なマシーンが飛行していても、せいぜい岩かスペースデブリが漂っているくらいにしか思われないからだ。

 

「フン、だからこいつをカモフラージュなんてする必要はないんだよ。こんなデカいのを覆い隠すなんて無理な話なんだ」

 

 いまプルツーは、パイロット用宇宙服『ノーマルスーツ』を身に纏い、《クィン・マンサ》の傍らで忙しく偽装作業をしていた。

 偽装しているのは《クィン・マンサ》を隕石に見せかけるためで、彼女は少しばかり休息をとろうと考えていたのだ。

 テストスケジュールは終盤に差し掛かっているものの、彼女は七日間も連続してテストを行なっていたから、体力は限界に近づいていたのである。

 

「核融合炉は完全に停止したな。バッテリーには電力が充分に残っているから、再始動に問題はないはずだ」

 

 プルツーは、眠りにつかせた巨人が再び目を覚ますことを期待した。そうでなければ、二度と住処に帰ることはできないからだ。

 

 規格外で、既存の兵器体系に収まらない《クィン・マンサ》は、アクシズが極秘に開発した決戦兵器だ。

 しかしながら、開発の遅延から未だ開発段階であり、脳波コントロールシステム『サイコミュ』は未調整、両肩に接続される多目的兵装『アクティブ・バインダー』は仮の物が取り付けられている。

 遅れを取り戻すために集中テストを行っているが、完成にはまだ多くの時間が必要なマシーンなのだ。

 

 そもそも、このテストのためにサイド3宙域まで移動させることから、相当に手間がかかっていた。

 四十メートル級の機体を輸送するには、アクシズ最大級の戦艦《グワンバン》を用いるしかなかったが、秘密テストに持ち出すにはネオ・ジオン旗艦は、やはり目立ちすぎた。だから『カモフラージュ』するために、外交任務を利用したのである。

 

 ネオ・ジオン旗艦グワンバンは、アクシズの外交政策を“投射”するべく、ジオン共和国首都『ズムシティ』で開催される式典に参加することになっていたので、そのスケジュールに合わせたのだ。

 もちろん移送作業も念入りに偽装された。

《クィン・マンサ》の身体を“折り曲げて”大型コンテナに詰め込み、偽装貨物として運搬してサイド3宙域で放出すると、ジオン共和国のアクシズシンパがチャーターした民間輸送船で牽引して、34バンチ『メネラ』に持ち込んだのだ。

 

「サイド3への根回しは順調に進んでいるようだが、つまりエイトはズムシティで順調に作戦を遂行中、ということか?」

 

『根回し』が意味するところは、アクシズがジオン共和国を併合するための、経済的および政治的な包括的アプローチである。

 アクシズは巨大な要塞だが、所詮は隕石基地にすぎない。それゆえネオジオンは地球連邦に対抗するために、是が非でもジオン共和国を味方に取り込みたいと考えているのだ。

 しかしながら、サイド3には横暴な独裁政治をしたザビ家の記憶が未だ鮮明に残っているので、ザビ家の後継者を擁するアクシズに国民が反発するのは必至であった。

 

 それゆえアクシズ上層部は、ジオン共和国の賛同者(シンパ)と共に慎重に策を練り、資金やレアメタルの援助、さらには政治家やアイドルを用いた政治工作などによって、ネオジオンを受け入れるための地ならしをしようと考えたのだ。

 

 プルツーは、『アイドルを用いた政治工作』についてはかなり馬鹿げた作戦だと考えていたが、その役目を妹プルエイトが担っているから他人事ではなかった。

 彼女の妹は、半年前から新人アイドルと称してサイド3に潜入し、芸能活動によって、ジオニズムをジオン共和国国民に植え付ける任務を続行中なのだ。

 

 回りくどくて愚かしい作戦には違いない。だが、アクシズは他のサイドには騎士と称した大使を送り込んでいるから、似たようなやり方ではあった。

 

「フン、でもあたしに馬鹿なことをやれというなら、絶対にお断りだ!」

 

 プルツーは、自分もいつか妹のようにプロパガンダを押しつけられるのではないかと恐れていたのだが、その悪い予感は見事に的中してしまった。

 彼女は、ズムシティでの式典開催日の直前になって、突然外交任務を命ぜられたのだ。

 命令書には『グワンバン艦長と共にズムシティで開催される式典に参加し、ジオン共和国の大衆に向けてスピーチをせよ』との指令が書かれていたが、無論受け入れられることではなかった。

 

 だからプルツーは、試作モビルスーツのテストを口実に、急いでアクシズを飛び出してきたのだ。道化のような行為をさせられてはたまらないし、無知で純粋な子供を演じるのも寒気がする。

 その意味では、嫌な仕事から解放された単独テストは気楽ではあった。とはいえ、漆黒の宇宙空間での単独作業を五日間も続ければ、異なるストレスが溜まるのも確かなのだ。

 

「暗い宇宙に居続けたら精神がおかしくなるな。まともな食事や睡眠が必要だ。風呂にも入りたいし……。情報によれば、この工業コロニーには宿泊施設があるらしいが」

 

 食事と休息のために《クィン・マンサ》を離れてコロニーに向かえば、この巨大な秘密兵器が発見されるリスクは確かにある。だが、狭いコクピットで寝泊まりするのは、いくら十代だとはいっても肉体的、精神的にも辛いのだ。

 お前は強化人間ではないか、などと言う奴もいるが、断じて休みなしで働けるサイボーグではない。

 

「自分では何もしない奴らが子供を働かせているんだ。そんな連中が、地球圏を手に入れて一生楽をしようと考えているなら、いっそのこと連邦軍とまとめて排除した方がいいな」

 

 偽装作業がなかなか終わらないので、口からは再び過激な言葉が飛び出したが、作業を継続した結果、なんとかサマにはなってきていた。

 無重量空間で使用する反動推進装置(ランドムーバー)を何度も噴射させつつ、《クィン・マンサ》を熱光学ステルスシートとダミーバルーンで覆い続けると、巨体は宇宙に漂うデブリらしくなったように見えた。

 これで終わりにする。コロニー内部が『夜』に変化しないうちに中に入らなくては凍えてしまう……。

 そう自分を納得させて、プルツーは機体頭部に位置するコクピットに戻った。

 

 すでに潜入する準備は整えていて、プルツーは収納コンパートメントから衣服や現金などを詰め込んだバッグを取り出すと、それを身体の前に抱えてベルクロで固定した。

 さらにランドムーバーの水素燃料パックを交換し、ノーマルスーツの背面に付け直すと、ハッチを開けて再び外に出た。

 目指すは眼前に広がる巨大な円筒の蓋、艦船が入港するドッキングベイだ。気づかれないように港に潜入しなくてはならない。

 

 プルツーはバッグから双眼鏡を取り出すと、ランドムーバーで姿勢を安定させて、腰を据えて宇宙港の偵察を開始した。

 

「大勢の作業員とプチモビが展開しているか……。なるほど、これは船の入港が近いようだな」

 

 とはいえ、港周辺はガイドビーコンを伸長させて船の入港に備えているものの、あくまで日常のルーチンワークに備えているという感じだった。戦時ならば緊張感もあるだろうが、いまは平時なのだ。

 

 プルツーは、高性能センサーを備えるモビルスーツがいないのは幸運だと思った。

 なぜなら、入港する艦艇やシャトルは、全てコロニーが備える光学カメラやレーダーで監視されるが、小さな物体の動きまではチェックされないからだ。

 スペースデブリや極小アステロイドなどは監視対象からフィルタリングされてしまうのだが、それはつまり、監視員の目を誤魔化しさえすれば、密かにコロニーに侵入するのは容易だということだ。

 まして、こんなサイドの外れにある辺境コロニーは、人員不足で運用されているのが常である。

 

「どうぞご勝手に入ってくださいという感じだね……。ん、船が来たか?」

 

 プルツーは僅かな気配を感じて、双眼鏡で港から伸びているガイドビーコンの光を追うと、ゆっくりと入港してくる中型輸送艇を遠くに認めた。

 輸送艇は、何十年も使われているような古臭いモデルで、おそらく監視センサーの類も精度が低いはずだ。

 

「あの船の入港を利用して潜入できるな。作業員の振りをすれば誤魔化せるだろう。……やってみるか」

 

 十五分ほど待ち、輸送艇が港へ進入を開始すると、周囲に作業員が集まり始めた。

 プルツーは、それを好機とみて貨物船に向けて移動した。

 

 作業員とプチ・モビルスーツが、破損箇所や密輸の形跡がないかチェックするために、貨物船の周囲を飛び回り始めた。

 その動きに合わせて、プルツーも外板に損傷がないか確認する演技を始めた。

 目視で船体を確認したり、実際に外板を叩いて強度を確認するフリをする。そうしていると、実際にサビて強度が不安な箇所を見つけてしまったが、報告すれば正体がバレるし、面倒になるので見なかったことにした。

 

 プルツーはそのまましばらく演技を続けていたが、頃合いをみて、両腕を頭上で交差させてからヘルメットを指で叩き、ノーマルスーツに異常が生じたジェスチャーをした。

 酸素が漏れているという深刻な合図を視認したプチ・モビルスーツは、すぐにコロニーに戻れとマニュピレーターで合図してくれた。

 

『悪いな、作業をサボってしまって』

 

 プルツーは右手をあげて感謝の意を示すと、ランドムーバーを噴射して宇宙空間を慎重に移動し、十分後には港の作業用ハッチに辿りついた。

 ここから中に侵入が可能なのだ。しかしながら、スライド式ハッチはロックされていてびくともしなかった。開けるにはセキュリティカードが必要なのである。

 コンポジット爆薬で爆破してもよいが、もちろんそんな騒ぎは起こせないので、準備してきた便利なアイテムを使うことにした。

 

 プルツーは身体を半回転させると、靴底のマグネットで外壁に身体を固定して、バッグから片手で持てる大きさのデバイスを取り出した。

 このデバイスはロック解除器(ドアオープナー)で、見かけは軍用の標準モデルだが、妹のプルフォウが暗号解読器をアップグレードし、プルイレブンが高度なデコードアルゴリズムを組み込んだカスタム品だった。

 

「もしロック解除に失敗すれば、警報が鳴って作業員が集まってくるだろうな。民間人相手に戦いたくはないが……」

 

 プルツーは右足のホルスターをちらっと見てから、ドアオープナーをドアロックにかざした。果たしてその性能は驚くべきもので、一瞬で解除キーがディスプレイに表示された。そして、その通りにキーパッドに英数字を打ち込むと、ドアは簡単に開いてしまった。

 

「凄いな、これは」

 

 プルツーは妹たちの能力に感心しつつ、続けてもうひとつのドアも開いてしまうと、コロニー内部に侵入した。

 

 作業区画は、パイプが張り巡らされた通路の左右に、電源室や制御室、通信室が設けられている構造だった。さらに格納庫も設けられていて、ミドルモビルスーツやプチモビルスーツを運用して様々な作業をこなせるようになっていた。ここは港の管理を集中的に行う施設なのだ。

 

 船が入港中で作業員が出払っているので、施設に人影はなかった。プルツーはこの隙に急いで待機室を見つけて中に入ると、ランドムーバーを取り外し、ノーマルスーツを素早く脱ぐと、バッグから衣服を取り出した。

 

「サイズがあってるといいんだが」

 

 プルツーは、用意してきた黒色の袖なしシャツと同色のハーフパンツを身に付け、ベルトの付いたブーツを履き、赤に黄色のラインが入ったジャケットを羽織った。

 試着する暇もなく、購入したパッケージのまま放り込んできたので少々不安ではあったのだが、どうやらサイズはぴったりで、鏡に映った姿はまさしく民間人の子供だった。

 

【挿絵表示】

 

 プルツーは満足すると、不要になった装備を鍵がかかるロッカーに収納し、あとで回収するために鍵を服のポケットにいれてから通路に出た。

 

 記憶している図面によると、この作業区画の真上が出入国管理および税関ゲートだ。区画を通り抜けてしまえば、密かにコロニー内に潜入が可能なはずだった。

 

「このエレベーターのシャフトを通れば上階に上がれるな。カゴが降りてくるなよ!」

 

 プルツーは、自身のニュータイプとしての感を信じて、荷物搬入用エレベーターのドアをオープナーで開くと、目視でカゴが降下してこないことを確認してから、素早く非常用ハシゴをかけ登った。

 ハシゴを登りきり、再びオープナーでドアを強制的に開くと素早く外に出る。ドアを通り抜けてすぐに背後でカゴが降りる音がして、彼女は肝を冷やした。

 

 上階は手荷物の預かり倉庫だった。窓の外を確認すると、アーチのようなスキャナーと入国管理官が立つブースが見えたので、想定通り、出入国管理ゲートを無事に回避できたと分かった。

 この先に、コロニー内部に降りる大型エレベーターがあるはずだ。すぐに倉庫の廊下を通り抜けて、中央通路に出た。

 

 そこでプルツーは大勢の視線を感じて、突然に注目を浴びた感覚に陥ったが、実際はみな彼女に無関心で、子供が作業員用のドアから出てきても誰も気にしてはいなかった。安堵しつつ、通行人の流れに自然に身を任せる。

 

「なるほど、工業コロニーだから旅行客はいないのか。ほとんどが仕事目的の人間のようだな」

 

 周囲の環境に溶け込むためには、歩いている人間を良く観察しなければならない。素早く特徴を掴んで、仕草や表情の真似をするのだ。つまり大勢と同じように振る舞い、自身に『カモフラージュ』を施すのである。

 もちろん子供がビジネスマンのふりをするのは不自然なので、プルツーは『知り合いの家を訪ねに来た学生』を演じることにした。あらかじめ架空のプロフィールや人生のストーリーを組み立てておくと、いざというときに慌てなくてすむのだ。

 

 彼女はそうしたスパイ技術(クラフト)について、妹のプルセブンからレクチャーを受けていた。

 プルセブンは、秘密工作やサボタージュなどの特殊任務を実行している、諜報活動のプロフェッショナルなのだ。

 プルツーは妹の教えに従って緊張を解き、足取りを軽くして『子供のように』歩くことを意識した。子供が周囲を警戒しながら歩いていたら、何か悪いことでもしたのかと不審がられてしまうからだ。

 

 さらには念を入れて、彼女は尾行されていないかどうかチェックする手段を実行した。おもむろに通路脇にあるギフトショップに入って、土産物を選ぶふりをしたのだ。

 こうすれば仮に尾行されていても、相手に気付かれたと思わせずに背後を確認することが可能なのである。

 

 入った店には様々な菓子や食料品が並んでいた。プルツーはぶらぶらしながら店内を見て回ったが、ふとモビルスーツのスケールモデルが目に止まった。手に取ってみると、旧ジオン公国軍の陸戦用モビルスーツMS-09《ドム》だと分かった。箱を開けると分割されたプラスチックパーツが説明書と共に詰め込まれていて、組み立てると精密モデルが出来上がるようになっている。

 

『プルフォウが良く組み立てている、試作検討用ミニチュアみたいな物か』

 

 プルツーは妹の嬉しそうな顔を脳裏に浮かべた。プルフォウはモビルスーツエンジニアで、プライベートでもモビルスーツのミニチュアを飾っているのだ。妹に買ってやろうかと一瞬考えたものの、荷物になってしまうので、そのまま箱を棚に戻した。

 

 五分ほど時間を潰したあと、プルツーは再び通路に戻り、通路の終点まで一気に歩いていった。

 中央通路の終点は、目指していたコロニー内部へ通じるエレベーターだった。エレベーターは十人ほどが乗れる大型で、降下時に外の景色を楽ませるために、一面がガラス張りになっていた。

 プルツーが他の人間と一緒にエレベーターに乗り込むと、ドアが閉じてすぐ降下が始まった。

 

『みなさま、ミネラにようこそ。これから十分ほどかけて降下致します。緊急時には慌てずに指示に従って……』

 

 このような閉鎖空間は、敵が襲撃してきても逃れることが不可能なので、特に警戒レベルを引き上げる必要があった。

 だからプルツーは、利き腕をフリーにしてバッグを半分開いておき、いつでもハンドガンを使えるように備えた。さらに発射のリアクションタイムを最小にするべく、筋肉をリラックスさせておいた。

 だが彼女は、ガラス越しに外の景色が見えると、緊張するのをしばし止めて、感嘆の声をあげてしまった。

 

【挿絵表示】

 

「これは凄いな」

 

 スペースコロニーの、巨大なシリンダーの内壁一面に都市が造成されていた。人工物だけでなく、遥か遠くには湖や森も存在し、空には雲すら浮かんでいる。

 地球で見た景色とも異なる、壮大なパノラマがそこにあった。まるで風景を丸く切り取った絵画のようだ。

 

 

「お嬢ちゃん、コロニーは初めてかい?」

 

 ふいに投げかけられた声に、プルツーは右手をすばやくバッグに差し入れると、ハンドガンのグリップを掴みつつ振り向いた。

 声の主は、労働者らしいずんぐりした年配の男だった。昼間から酒を飲んでいるが、敵意は感じられない。

 プルツーが無言で頷くと、男は勝手にこのコロニーと自分との関係について解説を始めた。他人の話には全く興味がなかったのでほとんど聞き流したが、コロニーに関する話だけは聞いてやった。

 

「戦争中は仕事が大変だったなあ。大きな宇宙船やシャトルをばんばん建造してよ。このコロニーは、昔はもっと活気があったんだ。それが今では、すっかりさびれちまってな」

「なぜ?」

「そりゃあジオンが戦争に負けたからさ。お嬢ちゃんは昔の戦争を知らねえだろうけど、軍からの仕事が全部なくなっちまったんだ。技術者もみんな月に行っちまったしな。こんなコロニーは子供が遊ぶところもねえし、つまらないんじゃねえのかな」

「あたしは親戚を訪ねにきた」

「おう、そうか。あまり治安もよくねえから気をつけな」

「わかった」

 

 寂れたコロニーでは、はたしてまともな宿泊施設があるのか不安になるが、いまさら戻るのは無駄足だから進むしかない。

 だが、たとえ寂れていたとしても、スペース・コロニーの規模には驚かされてしまった。

 

『確かに岩だらけのアクシズとは違うな。上の連中がコロニーを欲しがるのも分かる。でも、これを地球に落とせば、中はメチャクチャになるだろうな……』

 

 そう考えたとたん、地球での不快な記憶が呼び醒まされたので、プルツーは頭を振ってそれを追い払った。気がつけばじんわりと手のひらに汗をかいている。

 彼女は心を落ち着かせるため、エレベーターが地上に到着するまで目を瞑りじっとしていた。

 

 約十分が経過して、エレベーターはようやく地上施設に到着した。

 施設は待合室になっていて、コロニー案内用のコンピューターや連絡用コミュニケーター、エレカ停留所などがシステマチックに設置されていた。

 

 プルツーは、水分補給のために自動販売機で飲料水を買うと、扉を通って外に出た。

 気温は少し低く肌寒さすら感じる。おそらく人工太陽の温度コントロールが正常範囲外になっているのだろう。このコロニーは、電力が不足しているのだ。

 とはいえ快適性は求めていないので、ともかく食事と睡眠が取れれば良い。

 

 プルツーは、進むべき方向を確認するためにバッグからコンピューターパッドを取り出すと、地図を表示させて商業施設の位置を確認した。

 

 主要な幹線道路は、スペースポートから首都メネラシティに通じている。郊外を通り、河に架かる橋を渡ればたどり着くことができるはずだ。

 だが、運の悪いことにエレバスの運行は停止していた。ディスプレイの表示には、ご丁寧に事故のためだと記述されていた。

 

「ちっ、徒歩では大変だぞ! だが、エレカを使うのはまずいしな」

 

 レンタルエレカは、オンライン決済による年齢認証を必要とするのだ。もちろん現金払いで書類に嘘を入力すれば借りることは可能だが、背の高さで年齢がバレそうだし、運転すれば背が低くて外から人の姿が見えず、無人エレカが走っていると警察に通報される恐れもある。

 とりあえずは歩くしかないだろう。現在時刻は午後五時。あまり時間に余裕はないが、途中でエレバイクか何かを調達することが出来るかもしれない。

 

【挿絵表示】

 

 プルツーは少し早足で歩き始めた。

 空が高くて広大な空間で、目的地がかなり遠くに感じたからだ。

 

「フン。地球の戦いで、あの忌々しいマシーンから脱出して歩いたときもこんな感じだったな」

 

【挿絵表示】

 

 地上から改めて眺めると、空は地球で見たのと似ていた。アクシズのプロジェクターで投影された空とは違い、何というかリアルなのだ。

 雲の隙間からこぼれ出る光は、まるで天から降りてきた階段のようで、実際『天使の階段』と呼ばれているのではなかったか。

 

 プルツーは、初めてみる壮麗な現象にしばし見惚れてしまった。個々の機能はアクシズと変わらないはずだが、規模が違うとこれほどまでに変わるものなのか。

 いっぽう下に視線を移すと、道路や街が、まるで巨大な壁に張り付くように遥か上まで続いていて、これまた圧倒的なパノラマを作り出していた。シリンダー内部の湾曲に沿って街が建設されていることが一目で理解できる。

 

 彼女は、しばらく地球からやってきた観光客のように、あらゆる物に新鮮さを感じていたが、同時に街に活気がないことに気付き始めていた。

 

「エレベーターで男が言っていた通りだな。工業コロニーの割には静かすぎる」

 

 大規模な工場はほとんど稼働しておらず、仕事をしているのは小さな町工場ばかり。中を覗いてみると、オートメーションロボットや立体プリンターなどはなく、人の手作業による溶接作業を行っているのが見えた。

 何かの部品を組み立てているのだろう。手慣れた仕草から熟練者ということはわかるが、技術力はあっても仕事そのものが少ないという印象だ。

 

「全体的にさびれているな。店もほとんど閉まっているし、人がいないのか?」

 

 アクシズ年次経済調査報告書によれば、連邦政府の失策でコロニー経済は破綻していて、地球とサイドとの経済格差は年々広がっているらしい。

 つまり、いま政策失敗の事例を目の当たりにしているというわけだ。

 

『地球圏は、未だ地球を頂点にしたヒエラルキー構造に過ぎず、このような閉塞した社会構造を壊すために、アクシズははるばる地球圏までやってきたのだ』

 

 プルツーは、アクシズの上層部がいつもそう主張しているのを思い出した。

 連邦の現行政府を打倒してその目的が達成されるかどうかは知らないが、『スペースノイドの解放』などと大層なことを言うからには、コロニー住民の生活向上のために戦っているはずだ。でなければ、ただ世界を混乱させて民衆を露頭に迷わすだけのテロリストになってしまう。

 

『フン、ネオジオンの政治的評価など、あたしの知ったことじゃないな』

 

 プルツーは吐き捨てるように独りごちた。

 

 ヒエラルキー的には下に位置するのだろう。辺りに点在する廃材置き場では、くたびれたモビルワーカーが軋んだ金属音を響かせながら、鉄パイプやら屑鉄をエレトラックに積んでいた。

 ザクのような顔をしたモビルワーカーは半分壊れかけたポンコツで、いまテストしている最新型の《クィン・マンサ》とは比較対象ですらない。仮にマンサで手伝ってやったら、作業は即座に終わってしまうに違いない。

 プルツーは、サイコミュマシーンで作業する自分の姿を思い浮かべて苦笑した。

 

「あたしも馬鹿なことを考えているな……。ん、子供か?」

 

 プルツーは、古びた工場や廃材置き場、雑な作りの倉庫などを通り過ぎて住宅エリアに入ったが、すぐに子供の甲高い声が聞こえてきた。

 声の出所を探すと、公園で子供たちがボール遊びをしているのを見つけた。

「遊ぶ」ということがどうしても理解出来ないプルツーは、子供たちの表情や振る舞いを興味深く観察してみた。だが、正直なところずいぶん幼稚な連中だと感じた。年齢は自分と大して変わらないはずだ。

 

 もちろん世間の常識では、子供が軍人やパイロットをやっている方が異常だということを彼女は知っていた。自軍の中ですら奇異の目で見てくる奴らもいるのだ。

 それでも、目的もなく、ただ遊ぶというのは理解不能だった。そもそも遊ぶという行為自体が無駄に思えるのだ。

 

「能天気な連中だね……。わっ!?」

 

 プルツーは、目の前にいきなり男児が現れたので跳び上がるほどに驚いてしまった。自分が気付かなかっただけなのだが、思考に没頭していて周囲の警戒を怠ってしまったのだ。

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