プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち 後編   作:ガチャM

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宇宙世紀0088年。ネオ・ジオンと地球連邦軍との関係は緊張状態にあったが、ジオン共和国で発生した暴動は、くすぶっていた火種に火を灯してしまった―。

挿絵:おにまる twitter @onimal7802
   ガチャM

■デザイン協力 
かにばさみ 4、5、11 X @kanibasami_ta
アマニア  7 X @amania_orz
いなり   8
ねむのと  9 X @noto999
おにまる  10 X @onimal7802

※Pixivにも投稿しています。


第4話「姫との密談」

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 サイド3の首都『ズムシティ』で発生した独立デモは、アクシズに混乱を招いていた。

 

 恫喝目的で敢行した地球へのコロニー落としによって、アクシズ上層部は地球連邦政府との間に何らかの和平協定を結べると期待していた。

 だが旧ジオン公国の本拠地であり、いまは地球連邦に加盟しているサイド3『ジオン共和国』で叛乱の兆候があると分かれば、事はそう単純には運ばなかった。

 独立運動を見過ごせば、その動きが他のコロニーに連鎖的に波及する可能性は高く、八年前に懲りたであろう連邦政府が、独立運動を阻止するために政治的圧力や軍事的恫喝などあらゆる手段を講じるのは明らかだった。 

 

 地球連邦軍が再び動き出せば、拮抗していたパワーバランスが崩れて全面戦争が始まる恐れがある。だからアクシズの上級士官たちは、みな緊急対策会議のために招集されたのだ。

 

『プルツーお姉様がいないときに、こんな事件が発生するなんて……。一週間連絡がないけど、新型機のテストは上手く行ってるのかしら』

 

 プルフォウは一人でネオ・ジオン宮殿に赴いていた。

 親衛隊の長であるプルツーが不在なので、会議には副隊長のシックスが参加しているのだが、待機命令が発令されているのにブリーフィングルームを抜け出すのは、本来なら軍務違反だった。

 しかしながら、より優先順位が高い任務。つまりミネバ殿下に呼び出されたのであれば、それは何よりも優先されるのだ。

 

 プルフォウは姫と親しいから、宮殿に呼び出されること自体は珍しくはない。でも、今回はいつもと訪問目的が違っていた。

 シミュレーターでモビルスーツの操縦をレクチャーしたり、一緒に映画をみたりするのではなく、サイド3事変についての意見を求められたのである。

 姫君に信頼されている証なのでプルフォウにとっては喜ぶべきことだった。でも、政治や軍事について側近を差し置いて姫に意見すれば、親衛隊が野心を持っていると誤解されはしないだろうか。

 

 ありもしない野望を疑われたらつまらないので、プルフォウは周囲を警戒し、目立たぬように宮殿に入城した。

 

「プルフォウさま、お待ちしておりました」

「ご苦労さまです」

 

 宮殿の入り口に着くと衛兵が敬礼で出迎えてきて、プルフォウは控えめに敬礼を返した。

アクシズ宮殿の豪奢な造りと高貴な雰囲気は格調高く、ネオ・ジオン親衛隊としての誇りを思い出させてくれる。パイロットやメカニックとして汗と油と汚れにまみれている日常を忘れて、まるで貴族にでもなったように感じることが出来るのだ。

 プルフォウは、自分でも似合ってないとは思いつつ、普段より姿勢良く、背筋を伸ばして廊下を歩いた。

 階段を何段も登り、さらに長い廊下を歩いて奥まで進んでいくと、ようやく食堂にたどりついた。

 

「ミネバ殿下、プルフォウ参りました」

「よく来てくれたプルフォウ。急に呼び出してすまなかったな」

「このプルフォウ、御用とあればすぐに馳せ参じます」

 

 プルフォウは跪いて礼をする。それを見た、長いテーブルの奥に座る姫の顔がほころんだ。姫として臣下に向けるすました笑顔ではなく、親しい友人への柔らかい笑顔。

 プルフォウは、姫の貴重な表情を間近で見られるのは自分だけの特権だと感じた。

 

「プルフォウ様、食事を御用意しております。ミネバ様とご一緒にお召し上がりくださいませ」

「恐縮です。ありがとうございます」

 

 宮殿を訪問するとき、プルフォウが密かに楽しみにしているのが食事だった。全てが驚くほど美味しいのだ。

 テーブルに座ってナプキンを身につけると、さっそく前菜の野菜のゼリー寄せを口に含んだ。

 

「……」

 

 もう一口で材料から質が違うということがすぐに分かった。

 プルフォウは、毎日栄養バランスに気を使ってくれているプルスリー姉さんには申し訳ないと思いつつも、普段の食事とは比較にならないと感じた。

 いつも完食してしまうので、姫と会うようになってから体重が増えてしまったくらいだ。

 プルフォウはダイエットの必要性を感じながらも、メインディッシュへと移った。

 

「本日の主菜は、鴨のコンフィ、オレンジソース添えです」

「カモ? カモって鳥ですよね? 私初めてです。妹が所有する図鑑で見たことはあります」

「この鴨は、アクシズで養殖したものなのだ。先人が苦労した結果だな」

「そうなのですね。そんな貴重な食材を私が食べてしまうなんて」

「ふふふ、気にしないで欲しい。プルフォウにはいつも世話になっているからな。さあ、食べておくれ」

「はい、頂きます」

 

 プルフォウは、フォークとナイフを使って、可能な限り上品にカモの肉を一切れ口に含んだが、瞬間、大量の旨味に頬がどうかなるかと思った。

 このカモのコンフィは、濃厚な味とさっぱりとした果実のソースの組み合わせが絶妙で、美味しすぎて自然と涙が出てくるほどだった。もはやこの世の食べ物ではないと、プルフォウは感じた。

 

「……」

「どうした? 口に合わないか?」

 

 正面のテーブルに座る姫が、心配そうにプルフォウの顔を覗き込んだ。

 

「いえっ。こんなっ、美味しすぎます! わたしの舌にはもったいない! 強化人間は、舌は強化されていないんです!」

 

 慌てたプルフォウが、思わずバカなことを口走ってしまったので、姫と侍女が愉快そうに笑った。

 でもプルフォウは本当にそう思ったのだ。

 

「アクシズの皆が、良い食事を食べれるようにする。それが姫としての務めだと思っているよ」

「素晴らしいお考えです。この私も、ぜひお力添えさせてください」

「ありがとうプルフォウ。そなたという友人を得て、私は幸せものだ」

「姫さま……」

 

 プルフォウは姫様の暖かい言葉に感激した。

 涙を誤魔化すために、彼女は続けてコンソメスープに口を移したが、これがまた素晴らしかった。

 透明な琥珀色の液体に旨味が凝縮されていて、この一杯でも大満足できる一品だった。添えられたパンも外側はカリッと香ばしく、中はふんわりと柔らかい。

 前菜、メインディッシュ、スープやパン、サラダもデザートも何もかもが素晴らしかった。

 食事に大満足したものの、今ごろ姉や妹は何を食べているのだろうと考えて、プルフォウは姉妹に対して申し訳ない気持ちになってしまった。

 

食事が終わると、二人は密かにミネバの私室に移動した。

 宮殿内は人が少ないものの、警備兵に見られたらまずいと思って、プルフォウはまるで東洋のニンジャのように忍び足で歩いてしまった。もちろん、ただ滑稽なだけで、無意味な行為ではあった。

 

 しばらく歩いて宮殿の最奥まで進むと、二人はようやくミネバの私室にたどり着いた。

 部屋の外見は目立たない作りになっていて、それは敵の侵入を防ぐ意味合いもあるのだが、いったん中に入れば印象は変わった。入り口とは打って変わって、部屋の中は豪華絢爛そのものだった。

 

 ソファーやテーブルなどの調度品は、強化プラスチック製ではなく重厚な木製で、職人が丁寧に作り上げた一品だ。

 もちろん、実際は職人が作った名品をスキャンして立体プリンターで複製、再現したものだということを、プルフォウは知っていた。

 

「プルフォウ、隣に座っておくれ」

「よ、よろしいのでしょうか?」

「この部屋で遠慮はいらぬ。その方が私も嬉しいのだ」

「では、失礼致します……」

 

 ミネバに促されて、プルフォウは初めて姫と並んでソファーに座った。

 姫の良い匂いを感じて、鼓動の高まりを感じた。

 プルフォウは、会うたびに姫と親密になってきているのを実感していた。姫とこれほどに親密になるなど、家臣としては過ぎた行為だ。

 だからプルフォウは不必要に警戒して、高層にも関わらず、窓の外を確認してしまった。

 

「プルフォウ。サイド3で良からぬことが発生したが、そなたの意見を聞かせてくれないだろうか?」

「はい、姫さま」

 

 ミネバの真剣な表情から、プルフォウは彼女の繊細さを理解する。アクシズが緊張しているのを、小さな身体全体で感じているのだ。

 普段は姫として気丈に感情を抑えていると思えば、プルフォウは思わずミネバを抱きしめたくなってしまったが、努めて感情を抑えて冷静に応えた。

 

「僭越ながら申し上げれば、地球連邦政府は、連邦内でのジオン共和国の立場を危うくするために政治工作を行なったのだと思います。そう、まるで忠誠心を試すかのように。リスクを犯してでも地球連邦から抜ける意思があるのかどうか、ジオン共和国に対して、あからさまに突きつけたのです」

「うむ。これは明らかな内政干渉だが、非力なジオン共和国には、抗議以外にできることはないだろうな。では、連邦政府がこれほどまで強硬手段にでる理由はなんだろうか?」

「その答えはひとつ。連邦政府はサイド3を手放しても良いと考えているのです」

 

 これはプルフォウの思いつきではなく、親衛隊が所有するリスク評価システムが導き出した結果だ。

 

「つまり火種を消そうというわけだな?」

「仰る通りです。連邦政府が、不安定な立ち位置にあるサイド3をこれ以上所有するメリットはないと考えても不思議ではありません。和平のための手土産としては、安いものだと考えたのでしょう」

「なるほどな……。私は歴史を紐解くのが好きなのだが」

 

 ミネバは、机に置いてあったコンピューターパッドに歴史の資料を表示させた。

 

「戦勝国の指導者は、戦利品として世界の国境を好きなように引きたがるものらしい。旧世紀末の地域紛争や民族紛争は、大国が好き勝手に国境線を引いたことが原因だったようだな?」

「紛争は、いつも大国の傲慢によって起きるのです。過去の大戦争、第二次世界大戦(ワールドウォーII)末期にヤルタ会談という秘密会議が行われました。これは大戦後の枠組み(レジーム)を、三大国が秘密裏に取り決めるために密かに開かれたものでした」

「私も歴史の講義で学んだよ。お前は、アクシズは歴史から学べと言うのだな?」

「はい」

「アクシズと地球連邦政府との間で行われた和平交渉は、不幸にも決裂してしまった」

 

 連邦政府と交渉するべく地球に降下したミネバ・ザビとハマーン・カーンは、旧アイルランドのダブリンで政府首脳とトップ会談を行った。しかしながら、連邦内で存在感を示したいエゥーゴが軍事介入してきたことで、会談は台無しになってしまったのである。

 

「だが、密かに話し合いは継続されていたのだ」

「えっ、それは初耳でした」

「そうだろうな。我々ネオ・ジオンがコロニー落とし作戦を実行した結果、地球連邦政府高官から密かに裏取引の申し出があったのだ。ハマーンは詳しく語ってはくれないが、サイド3の譲渡が、和平の条件に含まれているはずだ」

「秘密交渉で領土を手に入れたなら、必ず火種は残ります。アクシズは、コロニー連合との合意のもとにサイド3を平和裏に併合しなくてはなりません」

「スペースノイドにも、アクシズに不信感を持つものは多いだろうからな」

「姫様、差し出がましい意見であることを承知で申し上げますが、あのコロニー落としは、政治的にも、倫理的にも問題がありました」

「……責任は全て、ネオ・ジオンの代表たる私にある」

 

 プルフォウは、ミネバの瞳が怒りと哀しみに満ちたように思えた。いや、『思えた』のではない。プルフォウは、迂闊にも彼女の心を読んでしまったのだ。

 

「いえっ、そんな! 申し訳ありません。軽率な発言をお許しください!」

「それが事実だよ。ハマーンが強行手段に出るのを止める力は私にはなかったのだから」

「ハマーン閣下の独断であれば、責任は宰相たる彼女にあります。コロニー落とし作戦の概要は、軍の限られた部隊にしか知らされていませんでした。姫様ではなくハマーン閣下のみに忠誠を誓う騎士たちが、密かに作戦を実行したのです」

「ハマーンも国をまとめ上げるのに苦労している。彼女一人の判断ではないだろう」

「畏れず申し上げれば、あのようなことを続けていれば、コロニー連合を敵に回します。コロニー落としは、スペースノイドの住処を大量破壊兵器として使うのですから」

「住処を失うことは、人にとって根源的な恐怖なのだろうな。コロニー落としとは、アースノイド、スペースノイドの家を共に潰す行為なのだから」

 

 ミネバは、まるでアクシズの岩壁を通して、地球を見ているかのように言った。

 

「愚行を繰り返すなら、いつか我々もこの住処たるアクシズを失います。事実、私たちはそれを一度体験しています」

「あれは大変なことであったな。国民に大きな負担をかけてしまった」

 

 一年前ハマーン・カーンは、ティターンズの要塞『ゼダンの門』を攻撃するために、自らの居城アクシズを大質量爆弾として使用したのだ。

 簡単に言えば、アクシズを直接ゼダンの門にぶつけたのだが、ゼダンの門は元々は旧ジオン公国の要塞『ア・バオア・クー』として運用されていたので、ジオンの宇宙要塞同士が激突することになったのは皮肉な運命だった。

 

 だが運命はともかく、アクシズの軍人、民間人問わず、全住人が居住ブロックであるモウサに移るという大規模な引っ越し作業はとてつもなく大変だった。

 民間人は着の身着のままモウサに移り、軍人は戦艦やモビルスーツを慌ててアクシズから発進させた。目論見通り『ゼダンの門』は崩壊したが、アクシズ内部も滅茶苦茶になり、再びアクシズを復興させるのにも多大な労力を費やすことになったのだ。

 

「ハマーン閣下の独断専行は、このところ目に余ります。アクシズ人民のことを、本当に考えているのでしょうか……。私怨で動いてはいないのか。このままでは、国家が分裂します」

 

 プルフォウの、ともすれば無礼とも言える指摘に、ミネバの表情が沈んだ。

 

「ハマーンも、地球圏における全面戦争を避けるために必死なのだと思いたい。再び大きな戦争が起これば、こんどこそ人類は絶滅する」

「ハマーン閣下は、新世界の枠組みを作ってしまえば、地球圏の問題に対処し易いと考えたのでしょう。しかしコロニー連合や月企業体の意向を無視すれば反発を生み、混乱が生じます」

「そうだな。しかも問題は外だけではない」

「はい。身内を非難するのは憚れますが、ジオン共和国に、この状況を利用しようとする者たちがいます」

「ジオン共和国も、いまや国家存続の危機だからな……。そなたに紹介したこともある女優のファンネリア・ファンネルだが」

「は、はい」

 

 プルフォウは、姫がファンネリアの正体について看破したのではないかと不安になった。

 

「彼女が歌唱した会場で暴動が発生したのは偶然ではないだろう。彼女も利用されたのだろうな。あの女に政治的思惑はないはずだ。あれの存在意義は、サイド3の民衆操作にあると私は思う」

 

プルフォウは、妹の秘密がばれていないと分かり安心した。なぜなら、もし姫が気付いたならば、彼女が嘘をついていたことになるからだ。

 プルフォウは、ひとまず客観的な意見を述べることにした。

 

「正確な評論です。感服致しました。ファンネリア・ファンネルとは、人寄せのための演出でしょう。アクシズをオブラートに包んでいるのです。小惑星軍事要塞を砂糖に包み、甘いコンペイトウ(砂糖菓子)にするような……。ああ、どこかで聞いた手法ですね」

「ソロモンだな」

 

ミネバは、宇宙要塞ソロモンで戦死した父親のドズル中将を心に思い浮かべたに違いなかった。

 もちろん彼女が一歳のときのことなので記憶にはないはずだが、だからこそ自らが何を父親から受け継いだのか、いつも意識しているのだろう。

 プルフォウは、そう思っていた。

 

「ジオン共和国の野心家たちは、アクシズの力を上手く利用しようと考えているのでしょう。新たな枠組みが生まれてアクシズとサイド3が同盟を結ぶなら、主導権をどちらが握るのか。自分たちこそ本流で、ジオンの正統な後継者だと考えているから、小惑星からきた部外者が主導権を握るのを拒否しているのです。これは政治力学の問題であり、正義はなく、あるのは征服のみです」

 

プルフォウがシニカルな意見を述べると、ミネバは苦笑した。

 

「私もザビ家の人間のはずだがな。ジオン共和国は、私を国民をまとめるための都合の良いアイコンとしか考えていないが、そのような無礼をハマーンは受け入れないはずだ」

「はい」

「だが、それは正しい見方でもある。私に政治能力はないことは事実だからな」

「そんな……」

 

 プルフォウには、小柄な姫の身体が、いっそう小さく見えた。

 

「むしろダイクンの嫡子たるシャアが求められているのだろう」

「シャア・アズナブル大佐。行方不明と聞いておりますが」

「……」

 

 無言の中に複雑な感情が内包されているとプルフォウは感じた。姫とシャア大佐は親密な関係だったのだ。大佐が少女を好んだのは良く知られた事実で、あるいは二人は交際していたという噂もあった。

 同時に、プルフォウはミネバの幼い身体を想像して良からぬ妄想をしてしまったが、突然に姫がもたれかかってきたのでびっくりしてしまった。

 

「ひ、姫さま!?」

「私は、自分がただの子供だということは分かっているのだ」

 

プルフォウは、姫の柔らかさと体温を感じて、彼女の頭を胸で抱きすくめた。二人は、しばらくそのまま身体を重ね合わせた。

 

「私はいつでもあなたの味方です。自信を持つことが大事です。姫様にしかできないことがあるのですから」

「わたしにしか?」

「はい。上に立つものは正直であることが必要です。もちろん人をまとめあげるには、正直さだけでは足りませんが、自らの理想や目指すものに嘘偽りがないことが大切。あなたには、その誠実さがあります」

「そうだろうか」

 

プルフォウは、ミネバが不安げに見つめてきたので笑顔を返した。姫が少しでも安心してくれたら嬉しいと考えたのだ。

 するとミネバは、プルフォウの豊かな胸に顔を埋めた。母親を知らないからか、ミネバはそうするのが好きなのだ。

 プルフォウは、自分の胸が同年代の子と比較して大きいことは自覚していたが、姫が甘えてきているのだなと思うと、心に母性が広がっていくのを感じた。

 

「わたしはザビを名乗るには……」

「それ以上言わないで」

 

 プルフォウは、ミネバの唇に人差し指をそっとあてた。姫は驚いた風だったが、すぐに顔を綻ばせた。

 プルフォウは沸き起こる感情を抑えきれなくなっていた。胸がじわっと熱くなり、その熱りを抑えるためには唇を重ねることが必要だった。

 プルフォウはミネバに顔を近づけていき、二人の距離はすぐに半分になった。そして、あと少しでゼロになろうとしたとき、突然に部屋のドアがノックされた。

 

『ミネバ様、部屋のお掃除をさせて頂きたいのですが』

「ひえっ!? ひ、姫さま!」

 

 突然の展開にびっくりして、プルフォウはミネバから飛び跳ねるように離れた。

 

「すぐに隠れるのだ!」

「で、でも隠れるってどこに!?」

「早く!」

 

 プルフォウは部屋を見回したが、どこにも身を隠せる場所はなかった。

 

「い、いま着替えているところだ。少し待って欲しい」

 

姫が時間を稼ぐが、時間の余裕はない。だから、プルフォウは急いでバスルームのドアを開けて中に飛び込んだ。ここなら広いし、ワードローブもある。

 

『ミネバ様? お手伝い致しましょうか?』

『大丈夫だ。……うむ、待たせたな。入ってよいぞ』

『失礼致します』

 

 ミネバが許可すると、二人の侍女が部屋に入ってきた。

 せめて一人なら隙をみて部屋から脱出できるが、二人になれば難易度も二倍になる。プルフォウは、妹のプルセブンのようにスパイエージェントの訓練は受けていればと後悔した。

 息を潜めていると、侍女二人は掃除ロボットと掃除機を使って掃除を始めた。

 しばらくはバスルームに篭るしか無い。ワードローブは狭くて隠れられそうもないので、プルフォウは浴槽の近くにしゃがみ込んだ。

 浴槽には水がはられて泡が立っていた。食事の前に姫が入っていたのだろうか?

 

『バスルームにある下着や石鹸、シャンプーをお取り替えしますね』

『えっ。い、いや。まだ良い』

『そういうわけには参りません、ミネバ様。御身を綺麗にされませんと』

 

 プルフォウは、ドアの向こうに足音を聞いた。

 まずい、バスルームに侍女が入ってくる。まさか泥棒みたいに窓を割って逃げ出すわけにもいかず、壁や床はタイルだから剥がして隠れることもできない。ニンジャのように天井に張り付いてみるか? いやいや、すぐに見つかるのが落ちだ!

 万事休す。

 ガチャリとドアが開いて、侍女がバスルームに入ってきた。

 バスルームに間抜けにしゃがんでいる女が見つかるのは時間の問題だったー。

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