プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち 後編 作:ガチャM
挿絵:おにまる twitter @onimal7802
ガチャM
■デザイン協力
かにばさみ 4、5、11 X @kanibasami_ta
アマニア 7 X @amania_orz
いなり 8
ねむのと 9 X @noto999
おにまる 10 X @onimal7802
※Pixivにも投稿しています。
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『プルフォウどこにいる!?』
薄れゆく意識の中で、姫の声が微かに聞こえてきた。ここに身を潜めてから、はたしてどれほどの時間が経ったのだろうか。
今日は姫様から宮殿に招かれて、サイド3『ジオン共和国』で発生した暴動について自身の見解を申し上げたあとで、彼女の私室で個人的な友好を深めていたのだ。
その最中、姫のお世話をしている侍女が予定外に部屋にやってきて、慌てて身を隠すはめになってしまった。
だが、もはや隠れていることは限界になろうとしていた。ここに酸素の供給はないからだ。このままでは……死んでしまう!
「ブハァッ! げほげほっ、げほっ!」
プルフォウは、姫の呼ぶ声がしたので、もう侍女はいないと判断して、隠れていたバスタブから勢いよく飛び出した。
打ち上げられた魚そのままに、身体を折り曲げながら、飲み込んでいた大量の水を必死に吐き出した。
「プルフォウ!? そこにいたのか、心配したぞ!」
「げほげほげほっ!! うげぇっ」
姫様の前ではしたない真似は出来ない、と考える余裕はない。もはや肺には酸素が1ccも残っておらず、全身の細胞がそれを欲して悲鳴をあげている。
姫が乾いたタオルを手渡してくれたので、それを受け取り顔を覆った。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
バスタブに身を潜めたのは無謀だったかも知れないが、侍女がタオルやシャンプーを交換するためにバスルームに入ってきたとき、もはや身を隠す場所は他になかった。
考える暇もなくバスタブの中に飛び込んだが、侍女が作業する間、そのまま十分弱ずっと息を止めるはめになってしまった。
プルフォウは強化人間だから少しばかり肺が強化されているものの、何分も素潜りできるほど訓練してはいないのだ。
「まさか、ずっとバスタブの中に?」
「ぞ、ぞうでず。ゴホゴホッ!」
「すまなかった。考えてみれば、そなたをゲストとして招いていたのだから、別におかしいことではなかったかも知れぬ。今度から侍女には話をしておくよ。これでは返って怪しまれてしまう」
「あ、ありがとうございまず。あ、危うく死にかけました」
「もう少しで不名誉な死を迎えるところだったな……」
姫が苦笑いをして冗談を言った。
プルフォウはミネバ殿下を間違いなくお慕いしていたが、内心イラッとしたことを否定出来なかった。
だが、確かにこの状況では、バスルームに入ってきた裸の姫を襲うつもりだったと疑われても仕方がないだろう。あるいは姫のお風呂を覗く変質者か。
ネオ・ジオン軍人として、親衛隊に属する者として、それだけは絶対に嫌だとプルフォウは思った。
***
「本当に酷い目にあったわ。下着までずぶ濡れで最悪! 姫様も慌てん坊なんだから……」
妙な疑いを持たれたら怖いので、プルフォウは服を乾かすのもそこそこに宮殿を出た。
軍服から下着までぐっしょりと濡れていて気持ち悪く、早く待機室に戻って上から下まで全て取り替えたかった。
いそいでアクシズ宇宙軍基地へと向かい、ふらつく足取りでようやく親衛隊の施設にたどりつくと、モビルスーツハンガーで、妹のプルテンが作業している姿を見つけた。
彼女は親衛隊の兵站担当だから、受領した補給物資をチェックしているのだ。でも、なんだか沈んだ雰囲気だったのが気になってしまった。だから、部屋に戻る前に寄り道することにした。
「テン、調子はどう?」
「あ、プルフォウ姉さん……。ど、どうしたんですか? なにかずぶ濡れですけど」
「あ、いえ、モビルスーツの整備中にうっかりラジエーターの水を被っちゃって……。それより、なんだか元気なくない? まるで失恋したみたいな感じじゃない」
「えっ……。べ、別にそんなんじゃ」
「本当に? まさか好きな男の子がいるとか?」
「違いますっ。……いえ、プルツー姉さんのことなんです」
「ああ……」
姉プルツーのことは自分も心配だった。姉は、この一週間ずっと音信不通なのだ。
「プルツーお姉様は、新型機の秘密テストを実施していると聞いているけど」
「それは知ってますけど、一週間も音信不通だなんておかしいです。プルツー姉さんの身に何かあったんじゃないでしょうか? わたし、心配でおかしくなりそう」
テンは、コンピューターパッドを胸に抱えながら、泣き出しそうな顔で言った。
妹は優しい性格だし、プルツー姉さんを慕っているから、居ても立っても居られないのだろう。
「大丈夫。プルツー姉さんはヤワじゃないわ。すぐに帰ってくるわよ」
「でも、定時連絡が一回もないんですよ?」
「あの新型機は最高機密だから、妹の私たちにも詳細は言えないんでしょう。それに、もし何か緊急事態が発生したなら、上層部から副隊長のシックスに伝えられてるはずよ」
「シックス姉さんにも訊いてみたんですが、何も知らない様子でした」
「……」
テンと話しているうちに、自分も心配になってきてしまった。考えてみれば、これほどプルツー姉さんが不在なのは初めてのことなのだ。
「わかった。……あとでイレブンに頼んで、密かに司令部のデータを調べてもらうわね」
テンに近づき、耳元で囁いた。許可なく勝手に中央データベースにアクセスすることは違法行為だからだ。でも、イレブンのスキルならバレることはない。彼女はアクシズどころか、地球圏でトップクラスのハッカーなのである。
「あ、ありがとうございます。プルフォウ姉さん」
「なんでもないわよ。テン、落ち着かないときは仕事に集中すればいいよ」
「はい、わかりました」
肩を抱いてあげると、テンは無理に笑顔を作ってくれた。自分も心配症だから、気持ちを切り替えることをいつも意識しているのだ。もちろん、言うほどには出来ていないけれど。
「じゃあ、私は部屋に戻るね」
「はい。風邪引きますから、早く着替えてください」
妹の頬に軽くキスをして、服を着替えるために自分の部屋に足を向けた。
だが、ふと横を向くと、大型輸送エレトラックやMS運搬用のサムソン・トレーラーが駐車している物資搬入口に、見知った顔が現れたことに気が付いた。
「おーい、ヨン子。元気!?」
「スミカじゃない」
士官学校で同期だったスミ・スミカだ。ラフな軍服姿で、手にはパッドを持っている。
彼女はギリギリの成績で士官学校を卒業した後、第四補給隊に配属されたのだ。
「プルテンちゃんも」
「スミカさん。こんにちは」
「補給物資のチェックしてるの?」
「はい。間違いがないか確認してます。いつも、ありがとうございます」
「姉さんと違ってきっちりしてるね。偉い!」
スミカは妹の頭を撫でながら言った。
「スミカ、あんたに言われたくないわよ。テン、物資がちゃんと揃ってるか確認しなさい。たぶん足りてないからね?」
「おうおう、言うようになったねプルフォウ君。仕事も順調、彼氏とも上手くやっとるようだね? そろそろイケメンのイロン君と同棲したらどうかね?」
「もう余計なこと言うな! あ、テン。今の気にしないでいいから」
妹は顔を赤くしながら、困ったように苦笑いを浮かべている。
「ヨン子も恋話には縁がないと思ってたのにねぇ。プルテンちゃんも可愛いから、ヘンな誘いには気をつけなよ。あたしの周りのバカ男子がみんな狙ってるからさ」
「いえいえ、そんな。私は……」
妹の顔が、さらに赤くなった。
「妹をからかわないでよね。あんた、仕事の邪魔をしにきたの?」
「まあね。ってのは冗談で、艦長についてきたの」
スミカが振り向きながら言った。
「若々しい女子の諸君! 青春してるねぇ。いいねぇ、嬉しくなっちゃうねぇ」
スミカの後ろから、桃色のロングヘアが特長的な、スタイルの良い女性が現れた。第四補給隊の部隊長で、改パプア級補給艦『ハッピーパラダイス』艦長のクレナ・イネーテ少佐だ。……艦長にしてはずいぶんラフな格好ではあるけれど。
「クレナ・イネーテ少佐であられますね。初めまして、親衛隊のプルフォウです。スミカから常々お話は伺っています」
姿勢を正し、敬礼をする。
クレナ少佐は一年戦争時にはモビルスーツパイロットで、相当のエースだったらしい。ア・バオア・クー攻防戦では、すでに旧式と化していたMS-05B《ザクI》に搭乗し、敵機を五機撃墜して、苛烈な戦場を生き残ったのだ。
戦後はアクシズに逃れてパプア級の艦長を引き継いだのだが、実はあまり上層部からの評判は良くなかった。
下着を着けず、前をはだけてイヤリングをした姿からは、あまり真面目ではない印象を受ける。最もネオ・ジオンの騎士や士官は、そんな雰囲気の人間が多いので問題はないが、とはいえ部隊長そのままに部隊の規律も緩く、補給物資が遅延することがままあるとの評判なのだ。
「プルフォウちゃんだね」
「は、はい」
顔が赤く、足取りがおぼつかないことが気になっていたが、少佐が近くによるとお酒の匂いがした。
まさか?
「ま、固いこと言わないでさ、仲良くしようよ?」
「きゃあっ!?」
クレナ少佐が素早く背後に回りこんできて、いきなり胸を揉んできたので、プルフォウは思わず悲鳴をあげてしまった。
テンも、普段髪で隠れている左目がみえるくらいに驚き飛び跳ねている。
「い、いきなり何をするんですか!?」
プルフォウは少佐の腕からすり抜けると、胸を両手で防御した。
少佐の慣れた手つきから、普段から同じことをしてるのだと想像する。
油断していたとはいえ、強化人間の自分の反射神経を超えるとは、さすがにエースパイロットというところか……。冗談ではないけれど。
「あはっ。いやね、最近の子は成長が早いなって」
「クレナ艦長! 初対面の子にまでそんなことしないで下さいって言いましたよね!? 私も部隊に配属されたとき驚きました」
スミカが呆れた様子で言った。どうやら彼女も被害者のようだが、妹に襲い掛からなかったのは幸いだろう。
すでにテンは、少し離れた場所に退避していた。
「ああ、そうだったかね……」
「ごめんねヨン子。このセクハラ艦長には注意しとくからさ」
「べ、別に苦情は言いませんけど……」
「ははは……」
クレナ少佐は許せという感じで、笑いながら手にしたドリンクを口に含んだ。大きく『水』とラベルに書いてあるが、この匂いは間違いなくお酒だ。
「それでクレナ少佐、どんな御用なんですか?」
あんな真似をされれば、少しばかり非難めいた口調になってしまうのも仕方がない。
「うん。実は補給物資の件なんだ。プルツーはいないのかな? あいつに謝らないといけないんだわ」
「姉は不在です。すみません、理由はお話し出来ないのですが……」
「あ、そうなんだ。まあ、あいつのことだから秘密任務なんだろうね。いや、頼まれてた核融合炉がさ、ないんだねこれが」
「えっ、それは困ります。モビルスーツの整備に支障がでてしまいます」
ミノフスキー・イヨネスコ型核融合炉は、モビルスーツの根幹をなす重要パーツだ。この動力源がなければ、巨人は指一本動かせないのである。
「そうか、プルフォウちゃんは親衛隊のメカニックだったね。いや、いま全軍でモビルスーツの部品が足りてないんだ」
「その状況は存じています。この前も、姉を通して資材コマンドに直接パーツを発注したばかりですから。でも、あまり良い方法ではありません」
「そうだね。まるで抜け駆けみたいだからね。でも、そうしたい気持ちはわかるよ」
「新型の量産型キュベレイの製造が滞っているんです。定数が揃わないので、隊では既存機を改修して使用しています」
「うん、この前配備された、ガズアルとガズエルを合わせた改良型は面白いね」
「ありがとうございます。あのクロスガズは、私が改修計画を担当しました」
「おお、凄いじゃないか!」
「ヨン子は士官学校時代からジュニアモビルスーツを設計してたんですよ。私と違って優秀なんです」
スミカが自慢するように言った。プルフォウは士官学校時代、学園祭のジュニアモビルスーツ大会用にオリジナルの機体『アッティス』を独力で設計して完成させると、競技を勝ち抜いて優勝したのだ。
「はっはっはっ。そうだろうなぁ。うん、姉さんに似て優秀なんだね。あいつの厳しい指導も良いんだろうねぇ」
クレナ少佐の話しぶりからすると、姉プルツーと仲が良いのだろうか? 姉は友人が少なそうだから意外だった。でも、そうだとすると、あることが気になってしまった。
「……」
「ん? あたしが姉さんにも初対面で同じことしたんだろうかって顔してるね」
「えっ……。い、いえっ、そんなことはっ」
まるで心を読まれたと思い、少佐がニュータイプなのかと焦ってしまった。
同時に、テンのクレナ少佐に対する殺気を感じとった。大人しい彼女には珍しいことだが、姉に無礼なことをしたのかと怒っているのだろう。
「大丈夫、してないよ。あいつにそんなことをしたら殺されるからさ! それに彼女に掴むモノはないしね」
「……」
安心はしたが、今の話は聞かなかったことにしようと思った。
「すみません少佐、核融合炉の件ですが」
「ああ、そうだったね。資材コマンドの話だと、アナハイムから物資が届かなくなったらしいんだわ。なんでも地球連邦軍の監視が厳しくなってるようでね。月軌道上に展開している部隊が、貨物船を密輸扱いで検閲してしまうんだ」
「そんな馬鹿なことって! 地球連邦軍に取り締まる権限はないはずです! コロニー警察ではないのに。それに、アクシズはアナハイム社から正規に購入しています」
「うん、確かにね。そこが政治力の差というものだよ。地球連邦政府は、経済制裁や貿易規制でアクシズの戦力を削ごうとしてる」
「そ、そんなことって」
「今はハマーン閣下の外交手腕に期待するしかないね。あるいは」
「あるいは?」
「月に直接取りに行くか」
「えっ、直接ですか?」
「おそらく上層部では既に考えているだろうね。具体的な作戦プランを立案してるかもしれない。でも、地球連邦軍に攻撃される可能性は高いだろうねぇ」
「敵要塞の真っ只中に飛び込むようなもので、ほとんど自殺行為だと思います。核融合炉をアクシズで増産できれば良いんですけど……」
「うん、これはプルフォウちゃんに期待するしかないね。そう、アクシズには若い力が必要なんだ」
クレナ少佐が肩をポンと叩いてきて言った。また変な事をされるかとビックリしたが、彼女の本音だと感じて嬉しかった。
「わかりました。核融合炉の製造工程を改善できないか、プロジェクトを立ち上げてみます。すべてアクシズで内製できることを目標にします。計画書を作成して、上層部から承認が降りたら実行します」
「うん、その意気だ! 何か必要なことがあれば、あたしも全面的に協力するよ」
「ありがとうございます少佐」
「じゃあプルツーには、謝罪を伝えておいて欲しい」
「はい、わかりました」
「またね、ヨン子。あとで連絡するから」
「うん」
クレナ少佐とスミカはエレカに乗り込むと、軍港に向かっていった。
核融合炉のスペアが届かなかったのは痛いが、新たなプロジェクトについては俄然やる気が湧いてきた。
「ねえ、よかったらテンもプロジェクトに参加して貰えないかしら? 製造工程と、工場の組み立てラインを一から見直す必要があるし、部品の品質管理も改善しないといけないのよね。そういうの得意でしょう?」
「はい、私にも手伝わせて下さい。モビルスーツの製造って興味があったんです。わたし、物作りが好きですから」
テンはアクセサリーや小物を作るのが得意なのだ。エイトのアイドル活動用のジュエリーやアクセサリーはテンの手作りだし、先日姫さま専用のキュベレイを作り上げたときにも、三重に塗り重ねたメタリック塗装とエングレービングを手掛けてくれたのだ。
「それにわたし、モビルスーツ設計にも興味があるんです」
そういうと、テンはパッドに設計図を表示させた。どうやら彼女オリジナルの量産型キュベレイのようで、鳥をモチーフにした全体的にファンタジックな雰囲気の機体だ。
「あら、凄いじゃない! ちょっと見せて。……うん、機体のバランスも正しいし、外装からはリズムを感じる。このフェザーファンネルという武装も面白いわね」
「ありがとうございます。ちょっと恥ずかしかったんですけど、頑張って設計したので、プルフォウ姉さんに褒めてもらえて嬉しいですっ」
「テンの理想の機体ね。モビルスーツを設計するときには、目的を明確化することが重要よ。情熱もね。その意味では、あなたの設計は素晴らしいと思う」
「いえ、そんな……」
テンの顔がクシャクシャになった。
「もちろん現実に製造するときには、妥協しなくてはいけないところもあるけどね。でも、これは良い機体になるんじゃないかしら。あとで高機能の設計ソフトやツールをあげるね。サポートするから、絶対に完成させましょう」
「はい、わたし頑張っちゃいます」
妹を応援したかったし、と同時に少しばかり下心もあって、自分を手伝ってくれる才能あるエンジニアがいれば、とても助かるとも考えたのだ。モビルスーツ開発作業は膨大な工数が必要だが、複数人で進めれば良いアイデアが産まれることが多いのである。
「じゃあ、今度こそ着替えてくるわね。ほんとに風邪を引いちゃうから」
「気をつけてくださいね」
身体はまだ冷えていたが、プルフォウの心は燃えていた。